Valentine's Invasion

「我々は宇宙人だ」
 まばゆい光の中でそう告げられた時、私は自らの置かれた状況を把握するよりもまず、呟いていた。昭和か。
「昭和?」
「この地域で年代を示す記号のようなものです」
「成る程、つまりこの検体Xは自らの時代を再認識しているわけだな」
 まばゆい光の向こうで何者かが頷いた。私は首を振ろうとしたが、そこでようやく気付いた。自分の体が何か紐……のようなゴムのような、それでいてぬめりのある何やら不可解な物質によって、椅子に括りつけられていることに。
「ようこそ、検体X。ようこそ、と言っても、我々が強制的に君を拉致したわけだが」
「拉致……!? あなたたち、一体――」
「我々は宇宙人だ」
「いえそれはもう――」
 もういい、と言いたかった。だが、それを為すだけの余裕を、私は一瞬にして奪われた。
 視界に入ったのは、身長約百三十センチほどの小さな人影が複数。まばゆい光が薄れてきて、その姿形を私はようやく把握したのだ。そう、そこに居たのは確かに宇宙人だった。鈍色に輝く三頭身の体躯、膝まである細長い両腕、そして楕円形の頭部に少女マンガなど比較にならないほど巨大な真っ黒な瞳が二つ。胡散臭いテレビ番組で昔見たことがある――グレイ型とかいうタイプの宇宙人だ。
 地球は狙われている――そんな古びた文句を見て、かつて友人とゲラゲラ笑っていたものだが、流石にそんな態度をこの場で取れる筈も無い。それに、だんだん思い出してきた。確か私は仕事帰りに買い物をして、彼氏との待ち合わせの場所に急いでいた筈で、それが何故だか今、ここにこうして謎の者たちに取り囲まれている……。
「ドッキリ?」
「ドッキリ? ドッキリとは何だ」
「この地域特有の方言のようなものです。意味は『全部冗談だよ』です」
「冗談ではない。冗談ではないぞ隊員219」
 どうやら隊長格らしい正面の宇宙人が、不愉快そうに隣の宇宙人に告げた。隣の宇宙人――隊長よりも少しだけ背が小さく、眼が細い――は「知ってます」と極めて冷静に応える。
「つまり検体Xは、この状態を同朋による何らかの冗談ではないかと疑っています」
「成る程だ……いや私とてそれくらい分かっていたぞ隊員219。馬鹿にするんじゃないぞ隊員219」
「大丈夫です」
「何が大丈夫なのか分からないけど、あの、私をどうするつもりですか」
 私は恐る恐る尋ねた。どこの馬の骨ともしれぬ宇宙人の漫才に付き合っている余裕はない。今日は特別な日だ。早く彼氏との待ち合わせの場所に向かわねばならないのだ。
「私、急いでるので、世間話なら別の人に頼んだ方が」
「待ちたまえ検体X。未開の地の住人とは言え、キミたちが知的生命的な特徴を有していることは何となく知っている」
「何となくですか」
「その通りだ。よって我々はキミたちとの対話を望む。対話?」
「何故疑問形に」
「隊員219!」
「正しくは『侵略価値があるか否かの判断材料として検体Xを利用する』です」
「そういうことだ検体X! 対話では無かった検体X! この地域の言葉は実にミームに富んでいて曖昧模糊としているぞ検体X!」
「私に言われても」
 血の気が引いていくのを感じた。実によく分からない調子の宇宙人たちだが、隊員219とやら今こう言ったのだ。『侵略価値があるかどうかの判断』と。これはつまり、そう……地球は狙われているのだ。そして、私はその狙われた第一号というわけであり、これでは命の危険も――。
「生命の危険はありませんよ検体X。それからこれまでも同様の情報採取はこの星の至る地域で行っています。あなただけが特別というわけではありません」
 第一号ではないらしい。
「隊員219!」
「失礼しました、隊長。どうぞお話を」
「貴公のそういう慎ましさは私を非常に満ち足りた気分にさせるぞ隊員219。さて、それでは本題に入ろう。検体X、今日我々は宇宙人……違う、今日我々がキミをここへ連れてきてあまつさえ意識を取り戻させたのは他でもない。キミにこの地域の文化的特徴を包括的に現地民として率直に語ってもらうためだ。それからキミに変な機械をくっつけ、記憶を消して元の場所に返す。現地時間で言うところの四十八時間ほどは経過しているだろうが、キミの生命活動において然程影響のある期間では無い筈だ」
「変な機械?」
「変な機械だ。隊員219!」
「ご安心ください隊長、変な機械、という言葉が最も適切です」
「間違いでは無かったぞ検体X!」
 隊長は居丈高に胸を張って言い放った。変って何よ、と言いたかったが、とても言い返せる雰囲気ではない。いずれにせよ彼らはまともではない。それに、四十八時間? 丸二日?
「あ、あの、困ります! さっきも言いましたけど、私、急いでて――」
「キミに拒否権は無いぞ検体X。既にここはキミが居た座標から高速で1秒かかる地点だ。キミに出来ることは速やかにかつ滑らかに自地域および自星の特徴を我々に語り、その価値を吹聴することのみだ。例えばこれだ」
 そう言って隊長が手にしたのは、私が帰りがけに購入したばかりのプレゼントの包みだった。淡いピンクと白のストライプの包装紙に赤いリボンをつけた、掌サイズの直方体の包みは、しかし隊長の大雑把な持ち方によって、既に一部が破れてしまっている。わざわざ綺麗に包装してもらったのに――そんな私の想いとは裏腹に、隊長は包みに顔を無遠慮にくっつけ、何やら匂いを嗅いでいるようだ。
「無臭だ。しかし、内部に幾つかの指先大の固形物が含まれていることは我々は宇宙人だ……違う、我々の透視装置によって既に突き詰められている。検体X、この物体を所持していることの意味を文化的背景を含めて我々に説明したまえ」
「分かりました、分かりましたから乱暴なことはしないでください。それからあんまり強く持たないでください、中身が溶けちゃう」
「溶ける!? これは融解するのか隊員219!」
「この空間で維持している圧力とケルビン濃度から計算して、融解する可能性は低いと思われます」
「検体X!」
「中身! 中身です! チョコレートなんです、それ! 今日はバレンタインデーだから、彼氏に渡そうと思って!」
 いかめしく告げられて、私は慌てて釈明する。しかし、意味が隊長には伝わらなかったらしい。隊長はまた傍の隊員の名を呼び、傍の隊員は綽綽とチョコレートなる物体の特性を述べてくれた。
「バレンタインデーというのは、一部の者に憎まれ、一部の者に愛される、この星の一部の住人にとっては共通の記念日のようです」「憎まれ愛され! 狂乱の宴というわけか!」
「違います」
「隊員219!」
「信愛の情を他者に示す機会として用いられているようです。彼氏、とはつがいの者でしょう。要は検体Xは、これを贈り物としてパートナーに渡そうとしていると」
「パートナー! はん、下らぬ」
 何やら隊長は不愉快そうだった。理由は……何となく想像がついたが、何せ相手は宇宙人だ。私の想像が正しいとは限らない。
「で、これはどう使う?」
「食物のようです。食べてみますか?」
「無論だ隊員219!」
「ちょっと、やめてください! 折角の贈り物を――」
「慌てるな検体X! この幸せ者! 隊員219!」
「はい。複写します」
 隊員219はそう言うと、どこか荒々しく隊長から私のプレゼントを奪い取り、ふわりと宙に浮かべた。それから、どこから取り出したのか、何やら拳銃のようなものの銃口を、宙に浮く私の贈り物に向ける。
 果たして、その銃口から撃ち出されたのは、一筋の緑色のレーザー光線だった。彼(彼女?)はそのまま、またどこから取り出したのか、もう片方の手に同じ形の銃を用意して、虚空に向けて引き金を引く。すると、瞬く間に虚空に私の贈り物と全く同様の物体が形を成していった。
「複写完了です」
「流石だな隊員219! そして検体X! 複写した方なら我々が口にしてもよろしいか!」
「あ、はい、まぁ、どうぞ」
 私が言うと、隊長は複写されたプレゼントの包装紙をバリバリと剥がし、中身の箱の蓋を開け、四つ詰められたチョコレートの内の一つを口に運んだ。躊躇なく口に運んだが、他の星の食べ物をそんなに軽々しく口に入れて大丈夫なのだろうか。
「いま私の心配をしたな検体X! そして言うに及ばず隊員219!」
「私は別に」
「私も別に」
「チョコレートなる物質がこの星の食物の内の一つであり、その内部に我々にとって有害な物質が入っていないことは調査済みである! 心配を掛けたな検体X、そして隊員219!」
 隊長は私たちの言うことも聞かずにガハハと笑い、しかしすぐにその大きな瞳に緑色の光を走らせた。それから、彼はぺっ、と、チョコレートを吐き出した。
「実に口に合わない。何だこの塊は」
「はぁ!? ちょっと、それ聞き捨てならないんですけど!」
 高かったんですよ、と私は憤慨した。そう、高かったのだ。四つで三千円! 三千円あればランチに二回行ける!
「ちょっと隊員219さん、これ外して! そんな変なコピーした奴だから不味いんじゃん、絶対!」
「分かりました」
「隊員219!?」
 隊長が驚くのも無視して、隊員219は何やら腕に巻いたベルトに指を這わせた。すると、私の両腕両足を椅子に縛り付けていた拘束具は音も無く外れた。隊員219は中々話の分かる人(人?)のようだ。私は宙に浮いたままのオリジナルの包み紙をがっしと掴み、丁寧にリボンと包装紙を剥がして、チョコレートを一つ取り出した。
「ほら隊長さん、こっちなら美味しい! 美味しいから!」
「必死だな検体X!」
 私は隊長に取りつき、無理やり口を開かせてチョコレートを放り込んだ。それから、巨大な頭部の頂部と顎をがっしと組み合わせ、無理やりにでも吐き出させないようにする。乙女の贈り物を馬鹿にした罪は重い。
「どうですか、これでも不味いと!?」
「この星の民は怒ると凶暴さが増す、と」
 隊員219がベルトに指を這わせている。どうやら隊長に対する親愛の情は薄いらしい。一方の隊長はというと、その瞳に黄色いラインを幾つも走らせ、ガクガクと頭部を震わせ、むーむーと何やら告げたが、やがてゴクンとチョコレートを飲み込んだ。それを見届けてから、私は一つ息を吐いて隊長から体を離し、腕組みして椅子に戻る。
「で、どうです?」
「う」
「鵜?」
「美味い。成る程、これは確かに」
 えらくあっさりと評価が反転して、私は些か拍子抜けした。だが隊長はご満悦なようだ。ガハハと笑い、隊員219の頭をバンバンと叩いている。隊員219の顔色は私には分からないが、多分苛々しているのだろうな、と私は思った。
「隊員219! これで資料および成分比較だけでは分からないことを私も知ったぞ! 成る程、オリジナルのチョコレートなるものは美味い! 実にだ!」
「良かったですね。では調査の続きを」
「待て隊員219」
 隊長は隊員219を腕で制し、私に正面から向き直った。それから、実に威厳ある調子で言い放つ。
「もう一つ食べていいか?」



   ●

「それで」
 隣を歩く彼が話を促した。私は言い返す。それで、って?
「いや、その後どうしたの、って話」
「お話して終わり。帰りにデパートに寄ってもらって、新しくチョコレート買ったけど」
「それがファーストコンタクトの顛末? 何だか夢もロマンも無いなぁ」
 彼は苦い顔をして空を見上げた。灰色の空、ビル街の上。そこには今、複数の銀色に輝く円形の飛行物体が留まっている。
「良かったじゃない、こうして地球は無事なんだし」
「無事ではあるけど、人道的な点での問題がここ一年で増えたじゃないか。『他星の隣人奴隷化問題』」
 そう言うと、彼は苦々しげに背後に目を遣った。後ろからおずおずとついてくる銀色のグレイは、私に懇願するように言う。
「検体X……私にチョコレートをくれ。気が狂いそうだ。気が狂いそうだ」
「夕方まで待ってって言ってるじゃない、隊長さん。それから、こんなところに居るけど、宇宙船の情報の提供はちゃんと出来てるの? 昨日、政府から私に催促が来たんだけど」
 妙な話で、あれが縁で、今や私は彼らと日本を繋ぐパイプ役となっている。と言っても、彼らは最早、私の言う通りに動くだけのチョコレート中毒者だ。成る程、資料及び成分比較だけでは分からなかったのだろう。彼らの肉体に、チョコレートがどのような影響を与えるのか。
「隊員219に取り出して貰っている。成果は必ず出す。出すから私にチョコレートを」
「はいはい」
 私がしょうがなくカバンからチョコレートの包みを取り出すと、隊長はその瞳にピンク色の光を幾重にも走らせた。その姿に私は穏やかに笑うが、隣の彼は気味悪そうに言う。
「非人道的に見えるよ、やっぱり」
「人道的じゃない。誰も傷ついてないもの。彼らは甘さに酔ってるだけ」
「酔ってるというより……いや、やめておくよ」
 チョコレートを夢中で貪る宇宙人を見ながら、彼はやはり、気味悪そうに言った。

Valentine's Invasion

Valentine's Invasion

【第129回フリーワンライ】 使用お題:触れた甘さに酔いしれる ジャンル:オリジナル 備考:Twitterで開催しているフリーワンライに参加した際の作品です。大変しょうもない話です。少しでもくすってなったら嬉しい。さくっと読めますので宜しければどうぞ。 超備考:新作書いたらTwitterで告知してます。宜しければ。http://twitter.com/drawingwriting

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-25

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