彼女の弱点

相談部シリーズ番外編

彼女の弱点

 成績優秀。容姿端麗。穏やかな陽だまりのような性格で、常に何事にも真剣に取り組む優等生。
 彼女について聞かれたら、皆そんな感じで答えるだろう。あたしだって多分そうする。
ただ、一つだけ付け加えないといけない事柄がある。
 あいつは料理ができない。まったくと言っていいほど。

「親がキッチン使わせてくれないんだ・・・」
 そう切なげに目を細めて呟いた友人に、あたしは数学の参考書から顔を上げた。季節はもう間もなく夏になろうとしている。夏が来れば、冬なんてあっという間だ。今、勉強の手を休めることが何を意味するかは受験生なら分かるだろう。それでも、無視することができないほどに布施の声は沈んでいた。
「忙しいんじゃないの?」
「そうなの。だから、代わりに夕飯ぐらい作ろうかなと思ったんだけど・・・」
 どうにも複雑な事情がありそうだ。そもそも、こういうことは相談部の仕事だ。なのに、その部長直々に悩みを打ち明けられるのは――――変な感じ。
「料理したいの?」そう問うと、
「したいよ」布施の返事。
 しばらく思案する。そして、
「じゃあ、調理室借りようよ。今日は料理部の活動日じゃないし。材料ぐらいはそこのスーパーで買えるから」
 そういうわけで、放課後になってから調理室に入ったのだけれど・・・。


「卵割って、ボウルに入れて」
バギッ ガシャンッ
 突然爆弾を手渡された人のように、それを一瞬で放り投げる布施。まさか、卵を殻ごとボウルに投げ入れる人がいるとは。
「あの・・・布施さん?」
「えっと・・・違うの?」
 キョトンとした顔で首を傾げられると、あたしの方が間違っていたのかと疑いたくなってしまう。
「料理経験は?」
「それがね、調理実習はみんなから皿洗いを任されてたから。皿を割らずに洗えるのは布施しかいない、って言われちゃって・・・えへへ」
 完全に邪魔者扱いされていたのか。なるほど、それも頷ける料理の腕だ。
 これは包丁を持たせたら、あたしが殺されるパターンではないか。
 今更にして恐怖がこみ上げてくる。もしかしたら、あたしは今頃、頭から卵を被っていたかもしれないのだ。
「よし、布施。あんたは野菜を洗っておいて。そしたら、あたしが皮むくから」
「はーい」
 体よく布施に安全な仕事を任せ、その間に刃物を使うような作業を終わらせる。殻が遠慮なく浮かんだ卵も、箸とスプーンを駆使して殻を取り去る。


「三浦、できたよー」
 頼んだ通り、炊飯器から器にご飯を移して来た布施から容器を受け取ってフライパンの脇に置く。
「あ、オムライス作るんだねぇ。全然分かんなかった」
 あの材料を見た瞬間に分かってほしかった。そもそも、新しいケチャップを何のために開けたと思ってるんだ。
「いい?こうやって、薄く卵をフライパンに広げて・・・」
 円状になったそこにあらかじめ具材と混ぜ合わせたご飯を入れる。そうっ、と下の卵が崩れないように。もう何度もやってきたし、慣れたもんだ。
「で、ひっくり返して・・・」
 腕の使い方がポイントだ。少しずつずらしながらひっくり返す。それを皿に移した。
「おぉ・・・」
「ね?すごいでしょ」
 そう言って、もう一つのフライパンに手をかけると、遠慮がちに手が出された。
「ん?」
「やってみたい!」
 瞳を輝かせて言われれば、
「いいけど・・・」
 頷いてフライパンの柄を明け渡す。深呼吸した布施は、一気に気合を入れて。
「はあっ!」
 全てがスローモーションの出来事だった。布施の爽やかな表情。見守るあたしの険しい顔。それが徐々に崩れていく。宙を舞う黄色い物体。あらぬ方向に向いたフライパン。
 どしゃっ
 気づくと頭が熱い。肩も。そして、何だか粘り気のある何かが纏わりついている。
「ふ・・・布施ぇぇぇぇええええええ!!」
 調理室にあたしの絶叫が轟く。


「ごめんねぇ・・・まさかこんなことになるなんて」
 卵とケチャップでとんでもない色に染まったジャージを洗うあたしの横で布施が手を合わせる。あたしはそれを横目にため息を深くついた。
「すぐに部活行けるようにエプロンの下にジャージ着といて正解だったわ」
 制服姿だったら家に帰れない。
 布施がごめん、と呟く。そして、不意にあたしを見やり、
「でも、美味しかったでしょ?」
 怒る気力も何もかもを根こそぎ奪われたあたしは脱力して部活へとのろのろと出かけるのだった。
 あれ以来、教訓にしている。
“布施に料理だけはさせるな”


「あれ・・・?何か今日の三浦、美味そうな匂いすんな」
 体育館に入るなり、くんくんと鼻をひくつかせて小首を傾げるバスケ部主将の浅井を思いっきり蹴り飛ばしてやった。
 あたしの周囲に立ち込めるどす黒い空気に怯えてか、その日は後輩マネージャーの美貴ちゃんでさえ近づいてこなかった。髙橋や志田をはじめとする後輩男子部員に関しては、あたしと目すら合わせようとしない。
「腹減ったな・・・何か作ってよ。オムライスとか」
 尚も言い募る浅井に、二度目の蹴りを入れたのは言うまでもない。

彼女の弱点

 部活を引退間近になって時間稼ぎで考えたショートストーリーです。完璧そうな布施にも何か秘密があればいいな、と思い考えたのがこの話。なのですが、最終的には三浦の苦労話になってしまった気もします・・・。

彼女の弱点

完璧な最強美女と謳われる、布施蓮美。しかし、そんな彼女にも弱点があった。親友の三浦のみが知る、その弱点とは・・・。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-23

Copyrighted
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