鬼火の箱

相談部シリーズ3

鬼火の箱

 明らかに悪意を持っているとしか思えないほどの大音声でセミたちが騒ぎ立てている。それに呼応するかのように非情な太陽は容赦なく焼けるような光線を地上に落とす。それは夏休みに入った今、一層強くなっていた。
 このままでは茹で上がってしまう。本能的に危険を感じた俺は、夏期講習の終礼と同時に教室を飛び出した。目指すのは恐らく今、学校でも有数の冷房スポットであるあそこ。生徒会相談部。
「ちわー」
 ガラリと扉を開けると、涼しい風が頬を撫でた。
「来たな、芳樹」
 冷風の吹き付ける場所に陣取ってのんびりとマンガ雑誌を読んでいる宋さんが、そう言って軽く手を上げた。
 俺も部室の中に入ると、机の上に鞄を置いて、並んだ椅子の一つに座った。
「渡海は?」
「掃除当番です」
「ふーん」
 しばらく先輩が雑誌のページをめくる音だけがする。
 そこへ、
「早いねぇ、二人とも」
 澄んだ鈴の音のような声がする。自分でも驚くぐらい素早く顔が上がった。
「先輩!」
「あ、涼しい・・・」
 エアコンの風で揺れる髪を押さえながら、先輩が部室に入って来た。俺と同じように机の上に小さな鞄を置いた先輩は、窓際の椅子に座る。
「そういえば、みんな」
「はい?」
 顔を上げる俺と宋さん。すると、先輩は小さく笑って、
「今日も相談者が来てるよ」
 夏休み中にも関わらず、相談者がいるらしい。まぁ、相談部は生徒会直属というだけあって、ほぼ毎日部室を開いているから構わないけど。
「相手は?」
「演劇部」
 何だか、部活からの相談事って多いよなぁ・・・。バスケに美術に、次は演劇か。
「二時からって向こうには言ってあるから。海ちゃんが来たら、相談事を受ける準備をしないとね」
 何事もきっちりとした先輩は、今までの相談内容をメモに取り、ファイルを作っている。今はそれを渡海に任せ、先輩は聞くだけになっているが、先輩が今までに作った資料の数はファイル数冊に及ぶほどだ。何気にここって忙しいんだよな。
 そうこうしているうちに、渡海もやって来、何だかんだと準備をしていると、演劇部の部長さんもやって来た。


「鬼火って知ってますか?」
 演劇部部長の高崎という先輩は俺たちを見回しながらそう言った。真面目に話を聞く布施先輩の後ろで、俺たちは一様に眉をひそめたのだった。
「心霊スポットとかでよく見られるやつですよね?」
 確認する渡海に、高崎さんは頷いた。
 俺も話には聞いたことがある。生で見たことはないけど。というか、そもそも俺はそういう話は大の苦手なんだ。
「でも、それが今回の相談にどんな関係が?」
 宋さんがそう聞く。すると、高崎さんは困ったように一度顔を伏せて、
「うちの部室にも出たんです」
「え?」
「・・・鬼火が」
 話によると、こうだ。昨日、七時まで教室で自習をしていた高崎さんは、大会が近いこともあって準備物の確認のために部室に戻った。だが、鍵を持ってくるのを忘れていて、開いているかもしれないと思い、窓の方に回ったという。だが、やはり施錠されていて、仕方なしに職員室に鍵を取りに戻ろうとしたとき、
「見たんですよ。ピンポン球くらいの大きさで青白い鬼火を・・・」
 すりガラスの窓越しに部室の中に現れたそれは、ふわふわと浮き上がりやがて消えたそうだ。
 その後に鍵を借りて部室に入ってみたところ、部室の中は特に何も変わっていなかったという。ただ、棚の中の物の配置だけが少し変わっていた。しかし、それは誰かがやったのだろう、と高崎さんは話した。まだ確認はしていないそうだけれど。
 背筋が冷える。それに気づかれないように俺は自分を抑えた。
「にしても、よく一人で入ったね。私だったら先生呼んじゃうな」
 そう言った布施先輩に、高崎さんは頬を指先で掻きながら、
「そん時は部員の悪戯だと思ったんです。俺、結構そういうジョーク好きだし、ノッてやろうって思って中入ったら誰もいなくて。そしたら何か気味悪くなっちゃって・・・」
 分からなくもない。普通、そんなもの見たら誰だって悪戯か何かだと思う。でも、それでも一人で行くのは・・・勇気がいるぞ。
「そのこと、みんなには?」
「まだ話してません。むやみに話して、怖がらせたりしたらこの後の練習にも支障をきたすかもしれませんし・・・」
 そういえば大会近いって言ってたもんな。この時期にそんな問題が出たら、確かに大変だ。
「今、部のみんなは?」
「ホールで声出しやってます」
「じゃあ、部室には誰もいないんだね?」
「はい」
 こうして、現地調査のために俺たちは揃って演劇部の部室に向かうことになった。
「鞘脇、これ!」
 不意に服の袖を引っ張られた。見ると、マスクを突き出す渡海がいる。
「これを付ければ問題ない!」
 そういえば、バスケ部の一件の時、部室で随分酷い目に遭ったな。
 部室の臭いを思い出し、俺は渡海からマスクを受け取った。宋さんと渡海はしっかり着用済みだ。布施先輩は苦笑しつつ遠慮した。まぁ、先輩は何とも無かったしな。
「ここです」
 開く部室の扉。身構える俺たち。だけど、
「あれっ・・・?」
 予想していた臭いは無く。いや、むしろ、
「いい匂い・・・」
「あぁ。ここ、衣装とかも置いてあるので、空調管理はしっかりしてるんです。年中一定気温になるようにしてあって」
 そういえば、涼しい。職員室みたいに強力な冷房ではなく、過ごしやすい気温だ。
「あと、臭いも衣装に移っちゃったりするので、女子部員たちが定期的に消臭剤とかで管理してくれてます」
 そう言って高崎さんが説明してくれた時、
「あれ・・・先輩?それに鞘脇じゃん」
 部室の扉を開けて入って来たのはクラスメイトの原田だった。そっか。こいつ、演劇部だった。
「ちょっと相談事があってな。ていうか、お前。何でこんな時間に来てるんだよ」
「あ・・・その、数学の補習で・・・すんません」
 そういえば、今日は補習もあったんだ。そう思って前を見ると、
「なんスか、二人とも・・・」
 俺を見つめる布施先輩と宋さん。渡海は一人笑っている。
「芳樹、お前は呼ばれなかったのか」
「当然でしょう!」
「へぇ・・・そうなんだ」
 意外、とばかりに頷いた布施先輩。って、俺ってそんな印象?今回は英語と物理の補習しか呼ばれてないんだけど。
「お前は早く準備して声出し行けよ」
「はーい」
 手早くジャージに着替えて出ていく原田を見送って、高崎さんが俺たちに向き直った。
「鬼火が出たのはこの辺で・・・」
 窓のすぐ前。ちょうど、何やら大道具が集まっているところの上あたりだ。そばに歩いて行った先輩が、歩きにくそうに大道具の間を進む。
「悪いなぁ・・・。道具が収まりきらなくてさ」
 正直、かなり邪魔だ。開いてる棚とかあるんだから、そこに少しでも入れればいいのに。そう尋ねてみると、
「出しやすいほうが便利だって原田が言ったんだよ。大道具の移動も全部原田がやってくれた。あいつ、追試とか何とかで遅れたりはするけど、真面目な奴なんだ」
 ふーん。まぁ、出しやすいのがいいってのは確かにそうか。そう考えていた時、
「あ、マズい。携帯の電池死にそう・・・」
 宋さんが呟く。ていうか、調査中に何やってんだよ。そう思っていると、
「玄関のとこにコンセントあるから、使っとけよ。先生には内緒な」
 礼を言ってコンセントに近寄る宋さん。胸ポケットから出した取り出した充電器を挿し込む。初めからどこかで電気もらうつもりだったな、この人。
「本当は窓際にもあんだけど、今は大道具に埋もれてるしな」
 窓の下の壁にもコンセントはあるらしい。片方使えなかったら不便だろうに。
 ふと布施先輩が高崎さんを見た。
「さっきの一年生、呼んできてくれる?」
 そう言って小首を傾げる先輩の表情。それを見て確信した。これは、謎が解けた時の顔だ。
「最初に聞きたいんだけど、今回の件はまだ私たち以外には誰にも相談してないんだよね?」
「はい」
 高崎さんが頷く。隣では何が何なのか分からない様子の原田がきょろきょろと視線を巡らせている。その答えに満足そうに頷いて、布施先輩は宋さんを見た。
「宋君、この大道具を全部移動させて。壊しちゃ駄目だよ」
 俺と渡海も手伝って、何とか無事に移動させた。すると、そこに現れたものは驚くものだった。
「これって・・・」
 出てきたのは焦げ付いたコンセントだった。二つの細い穴の周囲は溶けていて、煤のようなものがついている。
「そう。コンセントがショートした跡だよ。そしてこれが、今回の騒動の原因なの」
 布施先輩が振り返り、原田を見た。すると、先輩はただ見ているだけなのに、原田が蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。
「もう分かってるから隠さなくていいよ。この部屋のどこかに隠したもの、見せてくれる?」
 それだけで意味は通じたらしい。原田は慌てて棚の中のものをかき分けはじめた。そして、奥からボロボロになったビニール袋に包まれたものを取り出す。それは、小型のDVDプレイヤーだった。ノートパソコンのような形状のもので、少し古い感じのするものだ。近寄った先輩は、ひょいとコードを掴むと、プラグの部分を俺たちに見せた。
「曲がってる・・・?」
 プラスチックの部分はコンセント同様に溶けて、金属の部分も少し変形している。
「鬼火を起こしたのはこのプラグ」
「どういうことですか?」
 尋ねる宋さんに、布施先輩は原田の方を見て、
「君はこれを使ったんだね?」
「・・・はい」
「このプレイヤー、結構古いものだよね。それを包んでいた袋も随分古いしボロボロ。といことは、最近はあまり使われていなかった。そんなコンセントなら埃だって溜まっている。だけど、それに気づかずに挿したら」
 ショートしたコンセントから火花が出て、それが燃え移り埃が飛ぶ。
「じゃあ、俺が見たのは・・・」
「コンセントから出た火だったんだよ」
 先輩の推理はこうだった。昨日、部室にやって来た原田はDVDプレイヤーを使おうとプラグを挿した。だが、埃のせいでショートしたコンセントから火が出、それが窓の外にいたらしい高崎さんに見られてしまった。そこで慌てて部室から飛び出した、ということのようだ。
「大会も近いし、もう一度自分の演技を確認しようと思って・・・。だけど、突然火が出たんで驚いて何が何だか分からなくなって・・・」
 そこで慌てて部室から出て、職員室に鍵を返した。入れ替わりに鍵を取りに来た高崎さんが部室に入ったので、誰もいなかった。
「だから、大道具をあそこに置こうって言ってたのか・・・」
 焼け焦げたコンセントを見られないようにするために。
 そして、原因のDVDプレイヤーも棚の奥にしまった、と。
「何ですぐに言わなかったんだよ」
 若干眉を吊り上げる高崎さんを取り成すように、布施先輩が割って入る。
「言い出しにくかったんだよ。それに、原田君が部活に真面目に取り組んでるって言ってたでしょ?真面目にやってるから、その分、何かあった時に責められるのが怖くなるんだよ」
 一生懸命になって創り出した自分の居場所を失うような事態は、どうしたって避けたいはず。それは俺も同じだ。
 そんな布施先輩の言葉に、渋々ながら高崎さんも頷いた。
「分かったよ。その代わり、次からはちゃんと報告しろよ」
「・・・はい」
 先輩に叱られ、沈んだ様子のクラスメイトを見るのは何か辛い。それは渡海も同じだったようで、二人して視線を床に落としていた。
「んじゃ、今回の件は他の奴には言わないから。ほら、練習行って来い!」
高崎さんに送り出され、原田が部室を出ていく。
「ま、俺もちょっと楽しかったし、いっか」
 突然現れた鬼火も、後輩の失敗も受け止められる高崎さんは大物だと思う。
「にしても、どうして相談部に来ようって思ったんですか?職員室とかに言いに行った方がいいと思いますけど・・・」
 渡海の問いに、高崎さんは苦笑いを浮かべた。
「教師に言っても、見間違いじゃないかの一言で片づけられるだろうと思ったんだよ。そんなことで騒ぐな、と呆れられると思ったし。あと、美術部の奴らに言われたんだよ。何か訳の分かんねえ変なことが起きたら、相談部が解決してくれるって」
 客が客を呼ぶとはこのことか。いや、それよりも。いつの間にか相談部が悩み事解決部へと変貌している・・・。
 不意に布施先輩が窓の外を見た。すりガラスでよく見えないけれど、真っ青な空だけは見える。
「怪談か・・・。今日帰ったら、みんなで百物語しようか」
 賛成の声をあげる渡海と宋さん。大反対と孤軍奮闘してはみたものの、三対一では勝ち目があるはずもなく。
「夏だねぇ・・・」
 プールの方で、水泳部の笛の音が聞こえた。

鬼火の箱

 連載していた話が間もなく終わりそうで、期末試験前に勉強そっちのけで必死になって考え付いたのがこの話。結構無理やりな感じで進めてしまいました・・・。

鬼火の箱

演劇部の部室に現れる鬼火。その正体を掴むため、布施率いる相談部が動き出す・・・。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • ミステリー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-23

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