Shuffle×Shuffle

相談部シリーズ1

Shuffle×Shuffle

 生徒の代表である生徒会は、もっと生徒の声を取り入れるべきだ。
 何代目かの生徒会長がそんなことを言い出して出来たのが生徒会相談部。元は掃除用具置き場だったという教室にパイプ椅子三つと長机一つを入れただけ。そんな相談部室の貴重なパイプ椅子の一つを陣取って、心地よい春の日差しの差し込む窓辺で俺、鞘脇芳樹は微睡みの中を彷徨っていた。
 作ったはいいが、相談者なんか来るはずもなく。過去に持ち込まれた相談内容を見ていると、愚痴や恋の悩みなど、おおよそ生徒会とは関わりのなさそうなものばかりだ。
 そんな、完全に生徒会から存在も認知されてないんじゃないか、と疑いたくなるようなこの場所に、現在正式なメンバーの四人いる。こんな埃臭い場所にやってくるんだから、相当の好き者達ばかりだ。まぁ、俺も含むんだけれども。
「鞘脇君、宋君は?」
「追試でーす」
 三年一の秀才美女にして我らが相談部の部長様でいらっしゃる布施蓮美先輩の問いに俺も答える。この暇人の集う場所と化した相談部で唯一真面目に仕事に励み、週三回の会議にも参加するスーパーレディ。それが俺たち部員の共通の見解だ。
 そして、先輩が行方を尋ねた人物は相談部の二年である宋向先輩。次の定期テストに向けた小テストで英語と数学の追試に引っかかってしまい、今日は部活に来れないそうだ。追試にだけは引っかかるなと、部活紹介でどこかの部長が言っていたことが妙にリアルに感じられた。
「海ちゃんは?」
「あたしは前日に頭に叩き込みまーす」
 お気楽にそう言い切る女は渡海。俺の同級生にしてクラブメイトでもある。
 一夜漬けは長期的に見たら意味ないぞー。
 心の中でそう呟いたとき、立て付けの悪い教室のドアが派手な音を立てて開いた。


 相談部の椅子に座り、突然の訪問者は口を開いた。
「昨日のことなんだけど」
 そう言うのはバスケ部三年マネージャーの三浦さん。話では、部員の靴が入れ替わってたのだそうだ。どういうことだ?
昨日はいつも通り練習があって、いつも通りの時間に部活は始まった。部員たちは一度部室に集合し、そこでシューズを手に渡り廊下を通って体育館に入るそうだ。その時には部員たちの靴は部室の中の靴箱に収まっていた。だが、掃除に戻った三浦さんが部室に入ったとき、玄関では、
「靴が整然と並んでたの。普段は靴箱にすら入れるを面倒がって脱ぎ散らかしてるあいつらの靴が」
 しかも、左右がバラバラに入れ替わった状態で。その奇妙さに、最後に部室を出た後輩のマネージャーを呼んで聞いたところ、彼女が出たときにはまだ靴は靴箱の中だったという。そして、彼女が呼んできた部の面々も驚いていたそうだ。
「イタズラじゃないんですか?」
「あの日は誰も遅刻しなかったから、ミキちゃんが出た後は誰も部室に入ってないの」
 ミキちゃん、というのが二年生のマネジの名前のようだ。
「その人がやったんじゃないんですか?」
「あたしだってそれは考えたけど、そんなイタズラするような子じゃないの。それに、ミキちゃんはあり得ないのよ」
「どうして?」
 布施先輩の問いに三浦さんは肩を竦めてからテーブルに突っ伏した。
「今日もあったのよ・・・。さっき、部室に戻ってみたら靴が玄関口に散乱。誰なのよー、一体!」
 後半は喚くようになってきた三浦さんを宥めるようにして布施先輩は苦笑する。
「聞いただけじゃよく分かんないよ。部室に行ってみようか」
 そんなわけで、俺たちは三浦さんの先導で部室へと移動することになった。布施先輩を先頭に部室の中に入る。だが、奇妙な呻き声と同時に、真っ先に飛び出したのは渡海だった。次いで俺。
「何この臭い!」
 絶叫する渡海の言葉に俺も同調するように頷いた。
「虫わいてるよ、絶対」と確信めいて叫ぶ渡海に、
「毎日掃除してるのに・・・」
 三浦さんは泣き言のように呟いた。
「これが靴箱。一応三十人分は入るわ」
 そう言って靴箱を示す先輩の横で、渡海がその一つを開ける。そして、その表情が次の瞬間、白さを通り越して青くなった。なら開けなきゃいいのに。
「臭気の正体はこれだっ!」
「靴の臭いが移ってんの!」
 悲鳴を上げるように三浦さんが言い、布施先輩に向いた。
「ここに靴が散らばってたの。今日もみんなが靴箱の中に直してくれたけど」
「三浦じゃないの?」
 驚いたように布施先輩は首を傾げた。
 それを聞いて俺も不思議に思った。その場に部員もいたのか?
「ミキちゃんが呼んできてくれたの」
 そう言った時、部室の扉が開いた。黒縁メガネをかけたポニーテールの女の人が入ってくる。どうしたんですか?と明らかに訝しげな視線を俺たちに向けて、その人は言った。
「大丈夫。相談部だから」
 三浦さんが言うと、納得したように頷いて、彼女は小さく礼をした。山部美貴です、と自己紹介される。
「さっきのことだけど、今日はミキちゃんはずっと体育館にいたから、部室に来たのはあたしと高橋と志田ぐらいよ」
 高橋さんと志田さんというのは二年の男子部員らしい。
「なるほど。昨日の容疑者は今日はアリバイがあり、今日の容疑者は昨日にアリバイがある・・・」
渡海が呟く。そのまま考え込むように目を閉じた。
「どう、布施。分かりそう?」
 その問いと同時に再び部室の扉が開いた。知らない人だ。多分、先輩。
「あ。高橋、志田!ちょうど良かった」
 手招きする三浦さんに、二人が怖ず怖ずと入ってきた。
「この二人がさっき言ってた二人ね」
「さっき言ってたって・・・?」
 首を傾げる志田さんに、三浦さんが事情を説明する。俺たちが相談部の人間だと聞いて、二人が納得したように頷いた。
「あんたたちが来たときは靴は普通だったのよね?」
「そうでしたよ。な?」
 志田さんに問われ、高橋さんも頷く。
「後から出たのは俺なんスけど、別に変わってませんでした」
「こいつがトイレ行ってから体育館に行くっつったんで、俺だけ先に行ったんですけど、別に俺たちが出たときは何も変わってませんでした」
 ガシガシと髪を短く切った頭を掻いて高橋さんが答える。
「ねぇ、誰がどの靴箱とか決まってるの?」と不意に布施先輩が問うた。
「いえ、みんな適当に入れてます」
 そうミキさんが答えた。
「何で、犯人は靴をぐちゃぐちゃにしたんでしょうねー」
「単に嫌がらせがしたかった、っていうんじゃないですか?」
 聞いてみると、三浦さんは首を横に傾けた。
「部員全員に?」怪訝な視線を送られる。まぁ、当たり前か。
「あと考えられるのは・・・」
 先輩がそう言って靴箱を見る。ふと、その視線が止まった。
「私、分かっちゃった」
 イタズラっぽく言う先輩に、不覚にも心拍数が一気に跳ね上がる。いかんいかん。ドキドキしてる場合じゃない。不意に、先輩は渡海に視線を向けた。
「ねぇ、深月ちゃん」
 呼ばれて渡海が首を傾げる。
「好きな人にラブレターを送るとき、深月ちゃんならどうする?」
「机の上に置いときます」とあっさりと答えた。こいつらしい考えだ。
「うーん、それも一つだけど・・・。昔は靴箱の中に入れたんだってね」
 そう言って先輩は首を傾げた。
「今回もそのラブレターが始まりだったんだよ」
 ん?首を捻る俺たちに、先輩は淡い笑顔を向けた。
「自分の靴箱にラブレターが入ってた。でも、名前が書いてない。そんな時、鞘脇君ならどうする?」
「そりゃ・・・探したいっスけど・・・。何か恥ずかしいような・・・」
 素直にそう答えると、先輩は満足げに頷いた。
「そう。ある人が誰かにラブレターを送る。でも名前が無い。だから、その人物を捜し出すことにした。方法は簡単。全員の靴を外に出す。そしたら、みんなが元の靴箱に戻そうとする中で、送り主は送った相手の靴箱の中を確かめて、送ったラブレターの所在を確かめる。中に入ったままかもしれないし、無くなってるかもしれない。無くなってるなら、本人に渡ったか確認しないといけない。つまり、受け取った方は自分の靴を入れていた所を観察してるだけで送り主が分かる」
 なるほど・・・。でも、一体誰が?そんな俺の疑問に先輩は、一人じゃなかったんだよと呟いた。
「悪く言っちゃえば、共犯ってこと。一日目に靴を出した人と、二日目の人は別人だったの。つまり、どちらか一方にアリバイが無い人ってこと。そしてら、三浦、山部さん、高橋君、志田君。可能性があるのは、この四人になるでしょ。あとは簡単。昨日、最後に出たのは山部さんで、今日は高橋君。つまり、二人の共犯」
 俺たちの視線が二人に向く。ミキさんと、高橋さんは気まずそうに視線を下に向けた。
「送り主は高橋君かな?で、山部さんはそれが誰なのか突き止めようとした。それがあの靴の一件ね。考えてみれば、簡単なんだよ。昨日と今日じゃ靴の散らし方が違うもん。左右を入れ替えたのは部員を手間取らせてゆっくり観察するため。二日目は単にアリバイ作りのためだからどうでも良かった」
 つまり、昨日と今日のは別物だったというわけだったんだ。俺たちは一人の人間がしたことだと思ってたけれど、そもそも、そこが違ったんだ。
「山部さんが高橋君に頼んだんでしょ?靴のこと。そうしたら攪乱になるもんね」
 二人がそう言って口裏を合わせていたから、一見誰が犯人か分からなかった、ということなのか。
「まぁ、三浦が言うには部内恋愛もオッケーらしいし」
 それだけ言って、布施先輩はウインク一つを残して部室の扉を開けた。
「でも、高橋君。ラブレターをここの靴箱に入れるのは止めた方がいいよ。山部さんも苦労したと思うしね」
 出ていく先輩に続いて、渡海も部室から逃げるように出ていった。外に出た瞬間、深呼吸をしているところを見ると、よほど我慢してたのか。
 俺はうなだれる宋向先輩を引きずるようにして続く。
 高橋さんと山部さんは顔を見合わせ、そして照れたように俯いてしまう。その様子を、三浦さんと志田さんが微笑ましく見つめていた。


「恋が絡むと難しくなるんだよ、謎ってのは」
 一人頷く宋向先輩の様子を横目に、俺は部室を出た。渡海はテーブルに顔を伏せて爆睡中だ。
 部室前の廊下は夕日が射し込んでオレンジに染まっている。
 その中で、先輩が窓の手すりにもたれて外を見ていた。春風に髪がなびいている。
「先輩」
「ん?」
 ぬけるような白い肌が光を反射する。
「先輩はラブレターとか出したことあるんですか?」
「うーん・・・」
 苦々しい笑みを浮かべる先輩に、俺は首を傾げる。
「小さい頃に一度だけ出したことがあるよ」
「え・・・」
 ガーン、と自分の体の中で音が反響するような気がする。視界がぐらりと傾いて、慌てて手すりを掴んだ。聞くんじゃなかったと今更ながらに後悔する。
「因みに・・・誰に?」
 そう言うと、先輩は本当に苦しそうな笑いをした。
「大岡越前に・・・ね」
 ・・・は?
「小さい頃、今も生きてる人なんだと思ってたから」
「はぁ・・・」
「昔から時代小説とか割に読んでたんだ。だから、葉書に“大岡忠相様”って書いて出したことあるよ」
 もちろん返って来たけどね、と笑った。俺はその横で胸を押さえた。先輩にもそんなことがあったんだ、と思うと、何だか距離が近くなった気がする。この人も、昔から完璧だったわけじゃないんだ。
「因みに・・・好みのタイプは変わってないんですか?」
「そうだねぇ・・・。あんまり変わってないかな」
 あの大岡越前と自分を比べるのはあまりにも無理がある。そう思った矢先、先輩は髪を翻して教室の歩いて行った。
「あたしはちゃんと自分の考えが持てる人が好きなんだ。それこそ、大岡さんみたいにね」
 自分の考え。
 それがどういうことかはまだよく分からん。けれど、全く脈がないというわけでもない、それが分かっただけでも良かった。
 持ってやるさ、自分の考えってのを。拳を強く握りしめる。その握った手の上に桃色の花弁がのった。教室の窓の傍に立つ桜の巨木は風に揺られて散り始めていた。

Shuffle×Shuffle

 高校時代、校内新聞の小説欄で連載していた小説の第一話です。このタイトルの「Shuffle×Shuffle」は最終話まで使ったタイトルでもあり、思い入れもあります。単にバラバラだから、という安直な考えで付けたものですが、結構気に入ってるんですよね・・・。

Shuffle×Shuffle

生徒会相談部。それは生徒たちから寄せられる悩みを迅速に解決す部署。そんな目的で集まった部員たちは個性派揃い。部長の布施に密かにあこがれる鞘脇は、布施の目に留まるように必死に努力するが・・・。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • ミステリー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-23

Copyrighted
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