笑いの種

笑いの種

 満里絵ちゃんはいつも笑っていた。
 その小さな体を弾ませて、そのまぁるい顔をくしゃくしゃにして。彼女がどんなしょうのないことにだってすぐに大笑いしてしまうさまを見て、まわりのみんなは彼女のことをゲラ(関西弁で笑い上戸な人のこと)だと言って面白がった。
 笑いの種。
 僕はけれど、彼女には、笑いの種を見つける才能があるんだと思った。どんな些細な事柄の中にでも、そこにあるささやかな笑いの種を見つけ出す。彼女が見つけた笑いの種はふわふわとその綿毛でみんなのところへと飛んでいく。いろんなところに着地したその種はやがて芽をはやし、きれいな花々を咲かせる。だから彼女のまわりはいつもカラフルで明るい。

 四月。満開だった桜がその花びらを枝からゆらゆらと落として道路に積もった。時折強く吹く春風がそうやってできた花びらの山をまた宙へとふわりと舞いあげる。僕たちが通う大学へと続く坂の多い通学路はそんな風にして淡いピンク色に染められていた。
市民ホールで行われた大学の入学式を終えた僕は友人の野津田と着慣れないスーツを着て、学部ごとの説明会に参加するために入学したての大学へと向かっている。
 キャンパスへと向かう新入生たちは緊張していたり、友人とおどけていたりと様々だ。この様々な集まりが大学と言うものだろうかなどと思いながら僕は大学へと続く坂を上った。
「経済学部の男女比ってどのくらいなんだろうな?」と野津田が品定めをするようにきょろきょろとあたりを見まわしながら聞いてくる。可愛い女の子を探しているのだ。
「半々くらいなんじゃないの?」と僕が答えると、僕より頭一つ背の低い野津田はジェルでびしっと固めた頭を、どうだろうという風にかしげる。
「お前は文学部なんだから、クラスには女の子が多いんじゃないの?」
野津田が僕をうらやむ。
「でも、それはそれで居づらいと思うぜ」
 正直にそう思った。もともと女の子があまり得意ではないのだ。彼女たちが何を考えているのかさっぱりわからない。僕にはあの生き物は僕らとはまったく別の生き物であるかのように思える。というか、そもそも僕には女の子と交流をもった経験がほとんどない。
 僕と野津田は同じ男子高校の出身で僕はバスケ部で彼はサッカー部と部活こそ違ったものの、通学の電車が同じであったことやテレビや読書の趣味があうこともあって、よくつるんでいた。大学受験ではお互いに違う大学を目指していたのだが、野津田が大学入試の前期試験に失敗して、後期試験で僕と同じ大学に合格したために、偶然にも僕らは同じ大学に入学することになった。いわゆる腐れ縁だ。気心の知れた仲間が同じ大学にいることで、僕は幾分かリラックスした気分でこの大学の入学式に参加できている。
「学内にこんなに女の子がいるんだぜ。俺たちにも一人や二人くらいすぐに彼女が作れるぜ」
野津田は自分に言い聞かせるようにそう言って、カチカチになっている髪の毛が乱れていないかを道端に停まっている車のミラーで確かめている。
「えらく気合が入っているんだな」
「せっかく受験に打ち勝って、こうやって国立大学に入学したんだから、これからは羽を伸ばさないともったいないだろ」
「その羽とやらは彼女を作ったらはえてくるものなのか?」
「当り前さ」
 野津田にとっての当たり前を教わった。
「これまで十八年間彼女がいなかった割には自信満々だな」と僕が野津田を茶化す。
「それはお前も同じことだ」
「だから俺はそういうことに関して前向きでも楽観的でもないんだ」
「それがいけないんだ。意志あるところに道は開ける、だ」
 野津田はまるでそれが自分の言葉であるかのように胸を張って言いのける。
 大学の校舎へと向かう道がそれぞれの学部へと別れるポイントに差し掛かった。野津田は自分の学部の方向を確認すると、僕の肩をバシッと叩いて自分の学部の方へさっそうと歩き去っていった。僕は革靴がまだ足になじんでいないのを気にしながら自分の学部に向けて慎重に歩みを進める。
学部の説明会では、大学生活一年間の大まかな流れや授業のカリキュラムなどが紹介された。大学では今までとは違い自分で授業のスケジュールを組み立てられる。それがとても魅力的に感じられた。その一方で自己管理をちゃんとしないと、これは大変なことになりうるなと気を引き締めた。
僕の所属する文学部の説明会にはスーツを着た生徒たちが二百五十名ほどいた。野津田が言うように、その構成は女の子が半分近くを占めている。男子 校の雰囲気とはもちろん違う。僕はやはりそれに少なからず居づらさのようなものを感じた。
説明会が終わると、新歓コンパが催された。それは学部が主催する小さなパーティで、食堂にジュースやお菓子を並べて行う小さな懇親会のようなものだった。夕方の時間から始まったそれは教授や講師を中心に熱心な生徒たちが大学生活での心得などを真面目に聞くような会として始まり、それなりの賑わいを見せていた。
 僕は特に興味があったわけではないが、集まりの比較的小さなロシア演劇が専門の講師の輪の中にいた。ロシアの寒さの中から帰還したばかりだというような暗い顔をしたその講師がロシアにおけるスコモーロフという旅芸人が担ったロシア演劇における重要な役割について熱弁している。僕はやはりそれに興味が持てなかったので、途中でジュースでも取りに行くふりをしてふらっとそこを離れた。すると生徒たちだけで十人ほどが集まっているグループを見つけた。僕は思い切ってそちらへ参加してみることにした。
「いらっしゃいませぇー」と猫のようにつりあがった、しかし人懐っこそうな目をした男が僕に挨拶をしてくれる。どうやら、このネコ目の男が場を仕切っているようだ。
その時である。クククッ、と堪えるような笑い声が聞こえた。
「なぁに笑ってるんだよー」とネコ目が、いまだにクククッと笑いを堪えているちっちゃくてまぁるい体形をした女の子にツッコミをいれる。
「だって『いらっしゃいませぇ~』っておかしくない? ここはお店じゃないんだからぁ」とその女の子は必死に説明しながらも、まだクククッと笑いを堪えきれずにいる。
 まわりの生徒たちは、そんな笑いを堪えかねている女の子の顔を見て、しかたないなぁという困った表情を浮かべている。それを見て僕は何となく状況を察した。
「彼女さ、さっきからずっとこんな調子で僕らが何を言っても笑い出しちゃうんだよ」とネコ目が僕に説明してくれる。
「ごめんなさい。でも、そんなに笑ってばっかりだなんてことはないよ」と弁明しながらも、彼女はまだ笑いを引きずっている。その笑い方は人を馬鹿にしているようなものではなくて、むしろ楽しくてしかたないという感じでなんだか好感が持てた。
「ほんと満里絵ちゃんってかわいい。たぶん生まれてくる時も泣くんじゃなくて、笑ってたんじゃないのかしら」と満里絵と呼ばれた女の子より、いくぶん大人っぽくて背の高いきれいな女生徒が言う。
 するとまた満里絵ちゃんの笑いの種がはじけた。
 アハハハハ!
「もうさっきからみんなで私を変な人呼ばわりするんだからっ」と言葉では怒りながら、まだ笑っている。
「ほら、この調子さ」とネコ目があきれたように両手を広げる。すると、そこにいたみんながどっと笑った。
本当にずっとこの調子なんだろうなと理解できた。満里絵ちゃんを見ると先にもまして声を高くして笑っている。彼女のぽっちゃりとまぁるい顔に笑顔がよく似合っていた。そんな平和な様子を見ていると、最初にあった緊張感が徐々にほどけてきて、不思議なことに僕まで笑いだしてしまっていることに気付かされた。

 桜の木がその花をすべて散らして、今度は青々とした葉を茂らせる頃。僕らはそんな青い桜の木を見慣れていくように、大学生活にも少しずつ慣れ始め、それぞれの生活を確立していった。
僕は昼間にはちゃんと自分の選択した授業をすべて受け、夕方からは学習塾で中学生を教えるバイトをした。夜にバイトが終われば野津田の家で酒を飲みながら遊んだ。
 野津田の方はというと、最初の方こそ真面目に大学に通っていたようだがサッカーサークルの先輩に何を吹き込まれたのか、早々に授業をさぼることを覚え、授業そっちのけでサークルとバイトが中心の生活を送っている。
「なぁ、俺たちあともう二年もしないうちにハタチなるんだぜ。だから俺たちのどっちが先に男になれるか勝負しないか?」
 野津田は本当にこういう話が好きだ。それも、サッカーサークルに入ってから勢いが増している。
「バカバカしい」と僕が彼のアイデアを一蹴する。
「真剣な話さ」
「どう真剣なわけさ?」
 僕らは野津田の家で夜食にカップラーメンを食べている。
「人間には欲が三つあるというじゃないか。食欲、性欲、睡眠欲。そのうちの一つである性欲を一人仕事で片付けてしまうっていうのはあまりにももったいないと思うんだ」
「つまり三大欲求のうちの一つである性欲をより良い方法で満たしたいという訳か?」
「そういうわけだ。愛のある方法だ。食欲と睡眠欲なんてものは年を取ってからいくらでもむさぼればいい。けど、性欲は早いもの勝ちの生存競争だ。だから俺たちはいち早く童貞を卒業すべきなのさ」
「お前が早くセックスをしたがっているなんてことは俺にはどうでもいいことだ」
 野津田はなぜか満足げな顔を浮かべてカップ麺をすすって続ける。
「俺たち動物は結局のところ子孫を残すようにプログラムされている器なんだ。より強い子孫を残すことが求められている。これは好むと好まざるに関わらず、動物と言うものがそうプログラムされているという話だ。だから、俺らの心や体はそれによって快感を得られるような仕組みになっている。とてもシンプルだと思わないか?」
「つまりお前はその動物進化のプログラムに忠実に従って、よりよい女を、人より先に見つけて自分のものにしてやろうという魂胆なのか?」
「イエス」
「とても動物的だな」
「ガオーッとでも叫べば納得か?」
「そんなところだ」と僕は軽く受け流す。野津田のつまらない冗談には慣れっこだ。
しかし、野津田の言うことが理解できないわけではない。結局、みんないつかは何人かの彼女を作って、そのうちの一人と結婚をして子供を作るのだろう。それが、野津田の言うプログラムであれどうであれ、そういうものだとは思う。しかし、自分は野津田のように積極的に競争に参加しようとまでは思わなかった。自分のほうが野津田より動物的ではないのかもしれない。
「それにだ。大学時代ってのは、いい女を見極めるには絶好の時期なんだぜ」と野津田はさらに弁を続ける。
「それはいったいはどういうことだい?」
「今の俺たちには大学名くらいしかラベルがない」
「ラベル?」
「そうラベルだ。社会に出ると会社名や役職、年収だ、なんだかんだとラベルがものを言う世界になる。これはまやかしの世界だ。その世界では女は男の本当の価値など見なくなる」
「聞いたことのあるような話だな」
「だろ? だから、俺たちが学生のうちってのは自分の人間としての本当の価値を分かってくれる女を見つけ出すのに絶好のチャンスなんだ」
「それと俺たちのどっちが先に童貞を卒業するか競争をすることに何のつながりがある?」
「モチベーションの問題さ」
「好きにすればいい。俺は競争にはのらないね。ほかの競争相手を探せばいい」
 僕は彼女やセックスに関して、そういうことは自然と相手が現れて、自然な流れでそういう風になると考えていた。けれど、この自然と言うのはいったいどういう意味なのだろうとも思う。待っていたら向こうから現れるという意味だろうか。神様が恵みの雨を降らすように、みなに自然をばらまくとでもいうのだろうか。それはさすがに都合がよすぎるように思える。現に今まで僕や野津田に彼女がいたことなどないのだ。そう考えてくると、野津田の言うことにも一理あるように思えてくる。多少は競争意識を持たなくてはいけないのだろうか。けれど僕は野津田のように荒野で狩りをするようなスタイルで男になろうという気にはなれない。別に僕はロマンティストなわけではないのだけれど、やはり自然と自分にぴったりな人と出会えればいいなと考えてしまう。
「見てろ。今に俺のことがうらやましくなるぜ」
 しばらく黙っていた野津田はそう言って立ち上がり、カップ麺の空き箱を捨てて、冷蔵庫から缶ビールを二本出して、片方を僕に差し出した。そして乾杯もせずに自分の分を一口飲んで、今度はサッカーゲームをセットするためにテレビ画面を操作しに向かう。
 そうして僕たちはバーチャルな世界でサッカーの試合を始めた。大概の場合、僕は競争意識の高い野津田に負け越してしまうのだが、それは野津田がサッカーに精通しているからというのもあるだろう。しかし、僕はそれを言い訳にしたくはなかった。

 ある日、授業が終わってプラプラしていると、ネコ目が学部の有志で週末にバーベキューをしようと提案しているのに出くわした。話を聞くと、それはネコ目の熱心な呼びかけの成果もあって三十人規模のバーベキューとなっているようだった。
普段はそのような集まりを何となく避けていた僕も、野津田に「絶対に行った方がいいぞ!」と何度となく言われ続けたために参加することにした。
野津田はその時ちょうど経済学部でひとめぼれした女の子に告白をして撃沈していた。とは言っても、今度は居酒屋のバイトの先輩に恋をしたと言って騒いでいたので、その失恋で彼にそれほどのダメージがあったようにsは思えない。どうあれ野津田は有言実行で競争社会の中で彼女作りのハンティングを始めているようであった。
 バーベキューはじめじめした6月も終わり、夏の始まりを本格的に感じさせる強い日差しのもと開催された。女の子たちはそれぞれに日焼け止めの甘かったり爽やかだったりする香りを漂わせている。男たちはここぞとバーベキューの準備に精を出して男らしさをアピールしている。
満里絵ちゃんは女の子グループの輪の中にいて、なにやらみんなで話してクスクスと笑っている。
僕はネコ目と一緒に肉や野菜を切っていた。
「ねぇ、啓介は彼女とかできた?」とネコ目が僕に聞いてきた。最近ではなぜだかみんなこういった話題ばかりを話したがる。
「いや、べつに」
「なんでだよ」
「俺、男子校出身だし、そういうの苦手なんだよね」
「マジかよ!」とネコ目が大げさに驚いてみせる。
「そっちは彼女とかできたのかよ?」と僕がネコ目に聞き返してみると、ネコ目は待ってましたというように興奮気味に自分の近況を報告してくる。
「僕は断然ミナミちゃんが好きなんだよね。あの大人っぽい感じがたまらないんだ。なんか他と違うって感じがするんだよな」
 ネコ目が熱心に学部の女の子で今日もバーベキューに参加しているミナミちゃんの魅力を語る。
「で、ミナミちゃんにアプローチとかしてるのかい?」
 ネコ目がにやりとした。
「このバーベキューもなにもかも今の俺の生活は全部ミナミちゃんのためにあると言っても過言じゃないね」
「そりゃあ、すごいね! それで手ごたえは?」
「実はね、何度か付き合ってほしいと伝えたりもしているんだけど、今のところやんわりと断られてるんだ」
「えっ、断られてるんだ?」
「まぁ、そりゃ最初はそんなもんだろう」とネコ目は平気な様子。
「そんなものなのだろうか?」と僕は素朴に疑問に思った。
「100回断られたって、101回目にオッケーがもらえればそれでいいんだよ」とネコ目がさらっと言ってのける。
「101回目のプロポーズか。でもさ、100回チャレンジしても無理なものは、101回目もどうせ無理だとは思わないのかい?」
 ネコ目はまたにやりとした。
「僕にだって、手ごたえがないわけじゃないんだよ。告白やアプローチをするたびに全然手ごたえが違ってきているんだ。重い石だってずっと押していれば徐々に動いて、そうしているうちにゴロゴロと転がり落ちる瞬間が来るのさ」
「今までもそうやって彼女を作ってきたのかい?」
 僕はネコ目の実直さとポジティブさに興味を持った。
「そうだね。高校の時もずっと同じ子が好きでアタックし続けてたよ」
「結果は?」
 ネコ目はダメだったと示すように首を振る。
「必ずしも押し続けて成功してきたってわけでもないんだな」
「でも中学の時に初めて彼女ができた時は、その子にも何回も告白して、やっとのことで付き合えたんだぜ」
「お前、純粋なんだな」
「まぁな。けど、ただみんなを楽しませたくてこうやってバーベキューやなんかを企画しているわけじゃなくて、ミナミちゃん目当てなんだと言えば、純粋だとは言い切れないだろ」
「ミナミちゃん目当てであろうが、なんであろうが、こういう会を企画してくれていることは偉いと思うよ。俺にとってもみんなと仲良くなるいい機会になってるからね」
「そういう啓介は学部には気になる子とかいないの?」とネコ目が再び僕に矛先を向けてきた。一瞬、いつも笑っている満里絵ちゃんのことが頭に浮かんだが、それは言わないことにした。
「あんまり話もしてないからわかんないんだよね」
「もったいないなぁ」とネコ目が首をうなだれる。
「じゃあさ、だいたい4限終わりに、俺ら学部の食堂に集まってよくしゃべってるから、啓介もおいでよ」
「ああ、そうしてみるよ」
「よしっ。向こうのコンロの準備もできたみたいだし、バーベキューの開幕と行きましょうか!」とネコ目がバーベキューコンロの方に飛び出す。
 バーベキューでもやはりネコ目は会話の中心的な存在となっていた。わざと焦げになってしまった野菜を使って、自分の鼻に炭を塗ってみんなの笑いを誘おうとする。しかし、みんなはみんなでそんなネコ目のひょうきんな性格をすでに理解してきているので、そう簡単には笑わない。とは言っても、いつも満里絵ちゃんだけは簡単にはじけた。
 アハハハハ!
 大きく口を開けて首をのけぞらせ、腹を抱えて彼女は笑う。目からは涙さえこぼれている。
「笑いすぎじゃね?」と誰かが呆れたように言う。
「満里絵は仕方ないのよ」とミナミちゃんがいつものように満里絵ちゃんの頭をなでて弁明する。
「だって、鼻に炭が付いてるのが、実験に失敗した博士みたいなんだもん」
「誰が爆発後だよ」とネコ目がそれにのる。
 また満里絵ちゃんがはじける。
 そんな風にして満里絵ちゃんとネコ目の掛け合いのおかげでバーベキューは笑いの絶えない楽しい会となった。
僕はそれまでなんとなく大学の仲間と親しくすることを避けていたのだが、ネコ目やほかの参加者にもいい印象を抱いてので、放課後の集まりにもたまには顔を出してみようと思った。

 5

 授業後に食堂を訪れるとその一角にネコ目のグループがあった。集まりは六人でその中には満里絵ちゃんもミナミちゃんもいた。
「おう、啓介」とネコ目が声をかけてきてくれる。
「今、夏休みにみんなでどこかに行こうという話をしていたんだけど、啓介も来る?」
ネコ目はとにかくいろいろなイベントを企画する。ふと周りを見るとみんなが僕の参加を期待しているのを感じた。
「塾のバイトもあるし行けるかどうかは分からないんだけど、どこに行くつもりなんだい?」
 ネコ目が自慢げな顔で財布から免許証を取り出す。
「ドライブ旅行さ」
「けど、初心者の運転でいきなり旅行って危なくない?」とミナミちゃんが不安をあらわにする。
「それも、旅の楽しみじゃんよ」とネコ目がミナミちゃんをなだめる。
アハハハハ!
満里絵ちゃんがそのやり取りを見て笑う。今や周りはそれにいちいちツッコミを入れずに話を進行する。
「だからさ、まぁドライブと言っても近場の海に車で行って、宿にでも一泊して帰ってくるって、それくらいっての感じでどうよ?」
みんながそれならと言う顔で頷く。
僕は結局、その旅行とバイトの予定とが重なってしまって参加できなかったのだが、なんとその旅行でついにネコ目とミナミちゃんが付き合うことになったそうだ。そのことをのちにネコ目から聞いて驚きつつも感心した。ネコ目の猛プッシュにミナミちゃんが折れたのだろう。僕にはネコ目のように断られてもなお同じ子のことを思い続けて、誘い続けるというような熱意はなかなかもてそうにないなと思った。ダメならダメで次に行けばいいと思う。けれど、それは僕が本当に好きな人に出会っていないだけだからなのかもしれない。

 6

 夏休みに入り、毎日がサークルかアルバイトかという生活が始まった。
僕はバスケサークルに入ったものの、そのサークルはメンバーが集まった時に体育館で遊び程度にバスケットをやるというゆるいものだったのでそれほど頻度は高くはない。
それに比べると、アルバイトは夏を迎えてとても忙しくなった。高校受験を控えた中学三年生たちに向けた夏期講習の授業はほとんど毎日行われるので、僕たちアルバイトもほぼ毎日の出勤となっている。
僕は塾では英語の授業を担当している。僕の勤務する学習塾は基本的には先生一人に対して生徒二人の個別指導のスタイルをとっている。
生徒たちが夏期講習のテキストを黙々とこなしているその真剣な姿を見ていると、自分たちが大学受験のために毎日のように自習室に籠って赤本などを解いていた頃を思い出す。あれだけ真剣に勉強してきた割には、今はえらくのんびりとした大学生活を送っているものだなと思う。
 個別指導の塾なので、それまではあまり講師同士の交流と言うものはなかったのだが、夏期講習の期間には控室にアルバイトの学生が休憩で集まることが多くなっていた。小さな学習塾だったので大学一年生で講師に採用されたのは僕を含めて数人しかおらず、その日はたまたまそのうちの一人のアリサちゃんと控室で二人になった。
アリサちゃんは僕らの大学の近くにある短大の学生だ。今までも挨拶をしたり、たまに授業の仕方の相談をしたりしたことはあったが、ちゃんと話をしたという覚えはない。
「ねぇ、啓介君はやっぱり将来のこととか考えてるの?」とアリサちゃんが僕に聞いてきた。
「将来? そんなことなんにも考えてないさ。だってまだ俺たち大学一年生だぜ」
「そうなんだ。啓介君はなんか真面目そうだから、将来の夢とか計画とかあるのかなと思ったんだけどな」
「そんなことないさ。まぁ成り行きで何とかなるかなとくらいにしか考えてないよ」
 実際に僕にはこれをしたいという夢などは特になかった。普通に大学を四年で卒業して、普通に就職するだろうと考えているだけだ。
「私はすぐにでもなにか運命的なものに出会いたいと思っているの」
そう言ってしっかりと僕の目を見つめるアリサちゃんはよく見ると、鼻筋がすらっと通っていて、顔立ちもとても整っていて、背もすらっと高いので、東欧とアジアのハーフのようにさえ見える。
「アリサちゃんは将来なにになりたいとかあるの」
「ううん。私も将来の夢はまだはっきりとは決めていないんだけど、まずは自分の目でいろんな世界を見てみたいって思っているの」
「いろんな世界?」
「そうよ。この世の中には私の知らない世界がたくさんあるのに、そういうものにまだ自分が全然触れられてないなんてすごくもったいないって思うの。いろんなところに行って、いろんなものを見て、いろんな人に出会うことで、自分の運命を切り開くことができるような気がしているの」
「例えばどんな世界を見たいと思っているの?」
「まずは海外に出てみたいって思っているの。多様な価値観に触れてみたい。自分とは全然違うバックグラウンドを持って違った考え方をする人たちに出会って刺激を受けたいと思っているの」
「とてもエキサイティングに聞こえるね」
「そういったことができればいいなって話よ」
「アリサちゃんにならできるさ」
「けれど、それをするにはお金もためなきゃいけないし、勉強もたくさんしなくちゃいけない」
「そういう意味では、僕はなんにも考えていないな。しいて言えば、普通に大学を卒業して、普通に就職するんだろうなてくらいのものだよ」
「もったいないよ!」とアリサちゃんが僕の肩にポンと手をのせた。僕は急に女の子に触れられてびっくりした。
「啓介君みたいに賢い大学にいたら、可能性は私なんかよりももっとたくさんあるんだから、それを活かさなきゃ!」
 アリサちゃんは僕の肩をつかんだまま、僕の目をしっかりと見つめて語りかけてくる。僕はなんだか恥ずかしい気分がした。
「ねぇ、啓介君は海外とか言ったことある?」
「うん、家族旅行で何回か」
「すごい。私まだ海外って行ったことないから、お金ためてバックパッカーをしたいと思ってるの」
「世界を見てくるってこと?」
「世界を見て、感じて、自分について考える」
「どこに行くつもりなの?」
「最初はタイに行くつもり。カオサンロードって言ういろんな国からバックパッカーがたくさん集まる通りがあるらしいのね。だから、まずは目的地。ねぇ。私、だから英語も勉強しなくちゃいけないの。私、英語なんて全然しゃべれないから、もし時間があったら、啓介君、私に英語を教えてくれない? 啓介君、英文科だよね?」
 アリサちゃんの下からのぞき込むような表情にドキッとした。
「僕もそんなに英語が喋れるわけじゃないよ。読み書きが少しできるだけだから」
「バックパッカーにはそれで十分よ。絶対に英語の勉強を教えてよ」
彼女の目はとても生き生きとしているので、なんだかこっちもパワーをもらったような気になってしまう。
「オッケー、アイ、プロミス」
「センキュー」
 おままごとのような英会話をして僕らはそれぞれのクラスへと戻っていった。
 僕は彼女の姿勢に感心した。自分から世界に飛び出して、積極的に新しいものに触れようとしている。そういう積極的な姿勢に感心した。それにくらべると僕なんかはとてもぼんやりと日々を過ごしてしまっているように思う。それでなにかいけないとも、足りないとも思っていない自分はハングリー精神や探求心が足りないのだろうかと思わされてしまう。しかし、その一方でアリサちゃんにとって海外へと冒険に行くことが本当に彼女の運命を変えるものになるのだろうかという疑問も沸いてくる。海外に行って世界観や価値観の転換を図るということがどこかありきたりな発想である用に、僕には思えてしまうのだ。そんなありきたりな発想から運命を変えるような出会いが果たして見つかるのだろうか。とはいえ、まったくなにもしていない僕なんかと比べると、やはり彼女の意欲は尊敬に値するものだと思う。

 7

「おい、そのアリサとか言う女、絶対、お前に気があるんだぜ。だって、英語を教えてくれって自分から言ってきたんだろ? それってお誘いじゃん」と野津田が熱く語りかけてくる。
 野津田の家は男の一人暮らしの割にはそれなり整頓されている。そもそも物が極端に少ない。そんな部屋で僕らはいつものように床に座ってテーブルを挟んで缶ビールを飲みながらサッカーゲームをしている。
「そんなこと分からないよ。俺が英文科だから英語ができるって思っただけだろ」
「違うんだよ、分かってないなぁ!」と夏休みに入り髪を栗色に近い茶髪に染めた野津田が僕をなだめる。
「女の子はそうやって俺らに信号を送ってくるんだよ。私はあなたに興味がありますよって。だから次はお前がそのアリサちゃんをデートに誘いださなきゃいかんのだよ」
 野津田は夏休みに入る前に、初めての彼女を作ったのでいい気になっている。バイト先の居酒屋でセクシーな先輩とやらと何度かデートを重ねて付き合うようになったのだそうだ。だから彼は前にもまして、まるで自分は女のことは何でも分かっているというようなしゃべり方をする。たしかに、まだ彼女を作ったことのない僕と彼との差は大きなものなのだが、そんなになんでも分かっているような顔をよくできるものだなと思う。
「お前の方は彼女とどうなんだよ」とそんな野津田に水を向けた。
「絶好調だよ。まぁ、バイトの先輩だから周りに気を遣うところもあるけどさ。でも、二人でいる時はもうラブラブだよ。今度二人で旅行に行こうって話も出てるんだぜ! これで俺も童貞卒業だよ。お先に悪いね!」
はぁ、と僕がため息をつくと、「つれないなぁ」と野津田がぼやく。
テレビ画面の中では野津田の操作するサッカーチームが2点を先制して後半も中盤に差し掛かり始めていた。
「ハタチになるまでには絶対に童貞を卒業するって決めているんだ」と野津田がゲームの画面を見ながら真面目に言う。
「好きにすればいい」と僕もゲームの画面に向かって言う。
「絶対に決めるさ」と野津田が宣言する。
「ところで彼女と旅行ってどこに行くのさ?」
「さぁ、場所なんてどこでもいいさ、彼女と一緒なら」
 恋に落ちるという表現があるが、野津田の場合は恋に浮かれているという感じだ。
 終盤に野津田がコーナーキックからさらに1点を決めてゲームは決した。
「泊まっていくか?」と野津田が僕に聞く。
「明日も夏期講習なんだ」と僕が言うと、「頑張れよ!」と言って野津田が僕にウインクをよこした。僕は残った缶ビールを飲み干して彼の家を後にした。
 ほろ酔いで自転車をこいで家に返っていると、夜風が気持ちよかった。
来年には自分もハタチになっている。確かに彼女もいないままでいるのはなんだかやはり格好の悪いことのように思う。かといって彼女を作ろうと焦るのも格好の悪いことのように思える。そんなどっちつかずで、なにもせずにただ待っているだけの自分が愚鈍な生き物のように感じた。周りの積極手に動く人たちのことをどこか冷めた目で見ている自分は結局のところいつの日かこの場所に取り残されてしまうのではないだろうか。気づくと周りにみんなはどこか自分の場所を見つけていて、気づくと僕だけいつもの場所のまま。そうしてみんなに置いてけぼりにされてしまう自分が容易に想像できた。
月が雲の向こうにぼんやりと輝いている。急に風が吹いた。ゴミが目に入り、とっさに目を閉じた時に自転車のハンドル操作をあやまり大きく車道に飛び出してしまった。車のクラクションの音が響く。チクリと痛む目を開けて、また路側帯へと自転車を寄せていく。運転手が僕を睨んで通り過ぎて行ったような気がした。知るもんか。

 夏休みに何度かアリサちゃんとデートをした。
 別に野津田に刺激されたわけでもないのだが、何度かバイトの前や終わったあとに二人で英語の勉強をしり、カフェでコーヒーを飲んだりした。
アリアちゃんは僕と話す時によく、僕の腕を触る。何気なくしゃべりかける感覚でそっと僕の腕に触れてくるのだが、どうにもそれに慣れることができない。彼女に触れられると、僕の体の全神経が彼女に触られている部分に集中してしまって、ちゃんと話が入ってこない。けれど、決して彼女に触れられて悪い気はしなかった。
 アリサちゃんは短大では国際交流や観光について学んでいるらしく、話すたびに海外に対する憧れをのぞかせる。八月に入ると、勉強会の頻度は週に二、三度と頻繁になった。
そうしているとあっという間に九月がやってきて、アリサちゃんがバックパッカー旅行に行くと宣言した。それで、その準備のための買い物に付き合ってほしいと言われたので一緒に買い物へと出かけた。
 僕らは駅前で集合して、ふたりでデパートへ向かった。アリサちゃんはジーパンに白いTシャツというラフなスタイルだが、それでいてとても様になっている。Tシャツには「Life is Travel」と青い文字で書かれてある。一緒に歩いていて気付いてのだが、アリサちゃんは歩くのがとても早い。だから、僕は彼女の揺れるきれいなポニーテールを追いかけることになった。それに気づいた彼女が振り返って不思議そうな顔をして僕を見た。
「どうしたの?」
「いや、歩くのが早いなぁと思って」と僕は正直に言った。
するとアリサちゃんが自分の腕を僕に回してきた。彼女の腕の柔らかい感触と胸のふくらみが腕に感じられた。
「こうしたら、一緒に歩けるでしょ?」
 アリサちゃんは何でもないという風な顔をしている。僕は女の子と腕を組んで歩いたことなどなかったので、僕の右腕は多分とても重い荷物を持っている時のように固く力が入っていたんだろうと思う。そうやって僕らはぎこちなくも腕を組みながら夏休みの街をデパートに向かって歩いた。アリサちゃんはいつもこんな風に男の子と腕を組んで歩くのだろうか。いいやそんなわけはないだろう。ということは僕は彼女にとって特別な存在になりつつあるのだろうか。それとも、もてあそばれているだけなのか。僕の頭では処理しきれない状況である。デパートにつくまでどんな会話をしたのかもよく覚えていない。
 デパートでの彼女の買い物はとてもテキパキと早かった。両行用品売り場でポーチや水がなくても使えるせっけんやウエットティッシュなど、買い物リストも作っていないのに、どんどんと必要なものを買い集め、一気に買い物を終えてしまう。僕が買い物を手伝う余地などそこにはまったく介在しない。
 買い物を終えると僕たちはカフェでアイスコーヒーを買って、焼けるような日差しの当たるテラス席でそれを飲んだ。たまに開閉される扉から冷気が逃げ出してくるのが当たると心地よい。
「今日はありがとう」
「そんなお礼だなんて。僕はなにもしていない」
「そんなことないわ。付いて来てくれてうれしかった」
「それならよかった」
 僕らはしばらくのんびりとコーヒーを飲んだ。アリサちゃんポニーテールが風に揺れる。
「私ね、この旅行から帰って来られないような気がするの」とアリサちゃんは怖がる風でもなくそう言った。なにか予言めいた雰囲気があった。
「どうして?」
 そう聞く僕の方がむしろ不安を抱かされた。
「なんかね、向こう側に行ってしまったら帰って来れなくなっちゃうんじゃないかって思うの。うまくは説明できないんだけど」
「向こう側?」
「そう、ここではないどこか」
「バックパッカーになったまま戻って来れなくなるってことかな?」
「そうかもしれないし、もっと根源的なことなのかもしれない?」
「コンゲンテキ?」
「私、家が貧乏で両親の中もよくなかったから、とても不快な青春時代を過ごしたのね。だから、頭のいい高校じゃなかったんだけど、とにかく勉強を頑張ったの。そうすれば、そういう不快な生活から脱することができると思ったから。それで今の短大に入ったんだけど、やっぱりここも私の居場所じゃないって気がしているの」
 僕はただ頷くしかできない。アリサちゃんは遠い目をしてカフェから見える川を眺めている。大きくてきれいな瞳が川を映して揺らいでいる。とてもきれいだと思った。
「だから、私は自分がいるべき場所、すべきことを見つけなきゃいけないって思っているの」
「そんなに焦ることはないんじゃないかな?」
彼女の話す内容があまりに抽象的なせいで、僕は彼女の考えをちゃんと理解できてはいないのだけれど、彼女の話をする時の眉や口元の動きを見ているのは楽しかった。
「予定通りだったら、後期の授業が始まるまでには旅から帰ってくるんだよね?」
 僕は自分の不安を拭い去るためにそう聞いたんだと思う。
「そうね。後期の履修登録には間に合わせなきゃと思ってるわ」
「じゃあ、帰って来たら今度は僕の買い物に手伝ってよ。バイト代もたまってきたし、新しい服を買いたいんだ」
「分かった。帰ってきたらね」
「プロミス」
「プロミス」

 アリサちゃんは約束通りには帰って来なかった。
夏休みが終わり後期の授業が始まったというのに、彼女が一向にバイトに姿を現さないので、バイトの社員さんに聞いてみたところ、彼女は大学を休学してどこかへ姿をくらませてしまったということだった。
 僕は大きなバックパックを抱えて人の汗と食べ物のにおいがぐちゃぐちゃに入り混じったアジアの喧騒を速足で闊歩するアリサちゃんを思い浮かべた。それはどこか異次元のコンゲンテキにこことは違う世界へ彼女が迷い込んでしまったようなイメージを僕に思い起こさせる。彼女の探し求める運命とは出会えているのだろうか。僕はとにかく彼女が無事でいることを願った。
 そうして僕のアリサちゃんに対する淡い恋心のようなものは結実することのないままとなった。残ったのは僕の右腕にある彼女の柔らかい感触だけだ。しかしそうなってみると、僕は本当にアリサちゃんのことが好きだったのだろうかと、今さらに疑問が沸いた。ただ向こうから積極的にデートに誘ってもらえたり、腕を組まれたり、そういうことに舞い上がっていただけなのではないだろうか。そうだとすれば自分もなかなかに即物的な人間じゃないかと思う。そうなのかもしれない。今となってはどうでもいいことなのだが。

 野津田は宣言通りに夏休みに童貞を卒業していた。
バイトの先輩である彼女と沖縄に旅行に行って、その日の夜にゴールインしたそうだ。僕は野津田に何度もその話を聞かされて辟易としていた。
「もうさ、旅行なんてそっちのけさ。観光もそこそこに早めにホテルにチェックインして、そこからはもう大変だったよ。彼女のセクシーなことったら。やっぱりアダルトビデオとは全然違うんだぜ」
「もうよせよ。お前のそんな話は聞きたくないんだよ」
 サッカーゲームでは珍しく僕が三点もリードして試合が進んでいる。野津田はゲームに集中していない。僕は四点目を目指しる。
「けど、セックスをすると世界が変わるぞ」
 野津田まで別の世界の話をし始めた。僕は世界の話はもうこりごりだと思った。
「セックスをすると男としての自信がつく」
「どんな自信さ?」
「自分が男だという実感がわくね」
「俺だって男だ」
「いや、違うね」
「一度、女を抱いてみろ。自分が本当に男なんだって動物的に理解できると思うぜ」
「また動物の話か?」
「ああ。実際に俺たちは動物なんだ。そのことから目を背けて、無駄に理性的である必要はないだろ?」
「それはそうだけれど。自分が動物的に男であると実感できたからなんだっていうんだ?」
「そのために生きるのさ?」
「そのため?」
「ああ、そのためだ。いい女を抱くために生きるのさ」
「馬鹿げてる」
「いや、馬鹿げてない。食欲、性欲、睡眠欲だ」
「好きにすればいい」
 僕は別に野津田の言うことに異議を唱えているわけではないのだが、そういった話をすることになにか抵抗を感じているのだ。
「まぁ、そう言うなよ」と嬉しそうに野津田が言う。
「で、彼女とはうまくいってるのかい?」
「ちょっとそこが難しくなってきたんだ」
「難しく?」
「ああ。俺はほかの女にも興味が出てきたんだ」
「しょうのないやつだな」
「まぁそう言うなよ」
「男の自信ってやつが俺をそういうことに駆り立てるんだと思うんだ」と悪びれずに野津田は言う。
「男の自信ね」と僕は冷ややかにつぶやいた。
 自分に男としての自信があるかと聞かれれば、答えはノーだ。かといって、男の自信の核となるものがセックスなのかと考えるとそうでもないような気がした。しかし、じゃあどうやって自信のある男になるつもりだと聞かれればうまい答えは浮かばない。そんな風にして自分がさえないハタチを迎えるのかと思うと少しげんなりとした気分になる。
「それにしてもそのアリサって子、どうしたんだろうな?」と野津田が話題を変えた。
「さぁね、とりあえずタイに行くと言っていたからそこからまだ旅を続けているのかもしれないし、どこかもっと遠くに行ってしまったのかもしれない」
「もったいないことしたよなぁ。絶対お前に気があると思ったのに休学して海外じゃどうしようもないよな。だって美人なんだろ?」
「どうしようもないさ」
「まぁ気を落とすなよ」と野津田は言って、サイド深くからのグラウンダーのクロスで一点を決めてスコアを三対一とした。
「でもまぁ、無事でいてほしいよな」
「ほらみろ。やっぱり気になるんじゃん」
「そりゃ友達だからな」
「どうだか」
 本気を出した野津田に試合終了間近に二点目を入れられたが、そこでタイムアップ試合終了で僕がゲームに勝った。後半に二点を入れられたせいで、あまり勝った気分のする試合とはならなかった。

 10

 十月。夏の暑さが少しずつ和らぐ中、学生たちがそれぞれのおしゃれをして大学へと戻ってきた。後期の授業が始まった。
メディア文化論の授業が終わり、その日はサークルもバイトもなかったので、教室でスケジュールなどを確認しながらのんびりとしていたらネコ目に声をかけられた。
「なぁ、これから面白いものが見れるから食堂に来ないか?」
ネコ目がこれから自分がすることに対する興奮しているのが伝わってくる。
 とくにやることもなかったので、ネコ目に従って食堂に行くと十人ほどの生徒が集まっていた。
「それでは」とネコ目が言うと、ネコ目ともう一人ひょろりと背が高いのが、「はいどーもー」と言いながら、集まりの前に出てきた。
「それにしても、アツはナツいね!」とひょろ長い方が話し始める。
「それを言うなら、ナツはアツいね、や! その言い間違えを続けてたら、お前、加藤あいのファンクラブに入るつもりが、阿藤快のファンクラブに入ってまうで!」とネコ目がツッコム。
 ふたりは漫才を始めたのだ。それを見に集まった学生はどちらかというと不安そうな目でそれを見ているのだが、ネコ目のツッコミが決まったところで、いつもの笑い声が聞こえてきた。満里絵ちゃんだ。
 アハハハハ!
 満里絵ちゃんが笑いの種をあたり一面にまき散らす。するとあっという間にみんなのところにも笑いの花が咲き乱れた。これがきっかけとなり、ネコ目たちの漫才にも勢いがついてきた。
「神奈川県出身、本名が阿藤公一、阿藤快のファンクラブなんて誰が入るねん! 旅の途中でぶらりと握手でもしてくれるのかな?」
「そやねん、握手してくれるねん」
「してくれるんかい」
「ほんでな、俺、阿藤快さんに握手してもらう時に言うねん」
「なんて?」
「アツはナツいねぇ~って」
「なんだかなぁ~。もうええわ」
「ありがとうございました!」
 ふたりの漫才はそれなりに見られるものだった。どういうことの成り行きだったのかは分からないが、ふたりは漫才をみんなの前でやり切った。
「どうだった? おもしろかっただろ? 僕が台本を書いたんだぜ!」とネコ目が自慢げにみんなに言う。
「ほんとすごいよ。面白かった」と集まりの中の一人が言う。
「でも、なんで急にむちゃくちゃ関西弁なの?」と笑いをこらえながら満里絵ちゃんがネコ目に聞いた。
「いやさ、参考にした漫才師さんが関西弁だったから影響を受けちゃったんだよね」
 僕はもともとお笑いが好きだったので彼らが参考にした漫才コンビがだれか特定することができたが、それにしてもそこからオリジナリティも出して作られているいい漫才だった。
「でも関西弁ヘタクソじゃない?」と言って満里絵ちゃんはまた笑った。みんなもそれにつられる。
「これを学祭のステージでやったらウけるかな?」とネコ目がみんなに問いかける。
「どうだろう? おもしろいんだけど、ちゃんとツカミを取らないと、なかなか笑いを取るのって難しいんじゃないの?」と集まりの中の一人がアドバイスをする。
「動きとか見た目とかのインパクトがあるのもいいかもしれないよね」とまた別の誰かが言う。
「でもさ、観客席の真ん中に満里絵ちゃんを置いといたら、みんなつられて笑っちゃうんじゃないかな?」とネコ目がさもいいアイデアだろうというように言った。
 みんながそのアイデアを笑った。からかわれているはずの満里絵ちゃんもみんなと一緒に楽しそうに笑っている。
そんな満里絵ちゃんのことをなんだかとてもかわいらしいと思い始めている自分がそこにいた。彼女が笑いの花を咲かせている姿がとても好きだった。彼女の咲かせる笑いの花畑の中にずっといたいと思うようになっていた。それはとても心地のいいものに違いない。それにできることなら、僕も彼女のようにいろんなところから笑いの種を見つけ出して、その花を咲かせられるような人間になりたいと思った。そういうことを彼女と一緒にできたら幸せだろうなと思った。

11

 単位を取りやすいからという理由で取ったヨーロッパ文化概論はヨーロッパの美術史をおおまかに解説していく授業であった。この授業は教授が生徒に質問することもなければ、宿題もない。出席すら取らない授業で、テストの内容まですでに過去問として出回っている。そういう意味で人気の授業の一つとなっていた。
 僕は後方の席で授業を聞いていた。すると、右斜め前の席に満里絵ちゃんを見つけた。最初、何やら熱心にメモを取っているように見えたので真面目だなぁと思ったのだが、どうにも様子がおかしい。よくよく覗いてみると彼女はなにやらハガキに文章を書いている。いまどきハガキを書くなんて珍しいなと思った。
 授業はヨーロッパにおける美術とサロンの関係について具体的な画家の例がいくつか紹介されて終わった。
「誰にハガキなんて送るの?」
 僕は満里絵ちゃんに質問してみた。
「あっ、見えてたんだ」
 アハハッ。
「実はこれラジオに投稿するハガキなんだ」
「ラジオ?」
「そうラジオだよ」
「いまどきラジオなんて聞く人いるんだ」
「そうよ。今はパソコンや携帯のアプリでも聞けるからすごく便利なんだよ」
「へぇ」
 僕がラジオを最後に聞いたのはいつのことだろうと考えたが、思い出すことすらできなかった。たぶん中高生の時に勉強をしながらFM局を流していたことくらいはあったのだろうけれど、覚えていない。
「私の出したメールが全然番組で読まれないから、今度はハガキで出してみようと思ったの」
「どんな内容を書くの?」
「曲のリクエストとか、人生相談だったりとかいろいろだよ」と満里絵ちゃんは目を輝かせて言う。
「でもせっかくメールを送っているのに読まれないのはつらいね」
「そんなの、へっちゃらよ。たくさんの人がラジオを聞いてメールやハガキを送ってるんだから、そんな簡単に読まれるわけないのは分かってるの」
 なぜか満里絵ちゃんは自慢げだ。
「じゃあ、なんでメールなんて送り続けるわけ」
「ラジオに参加してる感じがいいのかな。読まれるかもしれないと思ってドキドキしながらラジオを聴くのっておもしろいんだから」
「そういうもの?」
 僕はラジオに参加するという意味があまり理解できていなかった。
「そういうものなの。金曜の夜の放送だから、よかったら聞いてみて」と満里絵ちゃんは彼女がハガキを投稿しているアーティストのやっている番組名と時間を教えてくれた。そのアーティストは僕も名前を聞いたことがある人だった。
「それじゃ、私、バイトだから」と言って満里絵ちゃんが席を立つ。
 僕は肝心のことを聞き忘れないように質問した。
「ラジオネーム。満里絵ちゃんのラジオネームってあるのかな? ほら満里絵ちゃんのハガキが読まれてるのかどうか知りたいから」
「えっ、ラジオ聴いてくれるの?」とうれしそうな満里絵ちゃん。
「そのアーティスト、僕も好きだから時間があれば聞いてみるよ」
 それから、満里絵ちゃんは少し困ったような顔をした。
「これはみんなには内緒なんだけど、ラジオネームは『まんまるまるこちゃん』っていうの」
 僕は爆笑した。彼女にぴったりのラジオネームだと思ったからだ。
「可愛いラジオネームじゃん」
「でしょ? ぜひ聞いてみてね!」
 満里絵ちゃんはそう言って恥ずかしそうにクスクスと笑いながら教室を出て行った。

 金曜の夜、僕は久々にサークルに参加して汗を流して、自宅のマンションに帰った。野津田の家に入り浸ることが多いせいで、自分の家の冷蔵庫には何も入っていない。コンビニで晩御飯を買ってきた。カレーとサラダとヨーグルト。
時間を見ると十時を少し過ぎていた。僕はふと思い出してダウンロードしておいた携帯のラジオアプリでラジオを回した。なんとなく満里絵ちゃんの話を聞いて、彼女の好きというラジオを聞いてみようと思っていたのだ。
番組はすでに始まっていた。

~ Radio ~

 続いては、珍しい! おハガキをいただきました。
 ラジオネーム、まんまるまるこちゃん。ありがとうございます。今やほとんどがメールのメッセージの時代にハガキって言うのは風情があっていいですね。
えーっと内容はですね、「私は笑い上戸ですぐに笑ってしまうために人の話を真面目に聞いていないように思われたり、人に変な目で見られたりしてしまいます。上手に笑いをこらえる方法はないでしょうか?」
 そうですかぁ。笑い上戸って言うのは悪いことじゃないと思うんですけどね。笑う門には福来る、とも言いますし、いつもブスッとして笑ってないよりは、いつも笑っているほうが百倍いいと思いますよ。けど、絶対に笑っちゃいけない時ってあるよね。そういう時に僕がするのは、体のどこかをつねってその痛みに集中することだね。でもまんまるまるこちゃんくらい笑う子がこれをしたら全身があざだらけになってしまうかもしれないから、これはあんまりおすすめしないほうがいいかもね。
 そんなまんまるまるこちゃんには僕のニューアルバムからこの曲をプレゼントします。『笑いのタネ』。

笑いのタネ♪

♪Lady 君はいつもの笑顔 僕はつられてしまう
♪Boy あなたの笑顔 ずっとみていたい
♪君が笑い僕が笑い世界が笑う そんな夢を僕は見るんだ
♪笑いの種が芽を吹き
♪大地が緑に染まってゆく
♪君が笑い 僕が笑う
♪みんなが笑っている

♪Honey ずっと一緒にいよう くしゃくしゃな笑顔で
♪Darling いつか離れてしまっても 二人一緒だから
♪二人ずっといつまでも笑っていたら 顔のしわがどんどん深くなっちゃうんだ
♪笑いの花が咲き誇り
♪大地が虹色に染まってゆく
♪君が笑い 僕が笑う
♪みんなが笑っている

~~~

 月曜日の授業後に満里絵ちゃんを見つけて僕はすぐに彼女に声をかけた。
「ハガキ、読まれてたね!」
「聞いてくれてたのありがとう! まさか読まれるだなんて思ってなかったから、私もびっくりしたよ」
「体をつねる必要なんてないと思うけどな」と僕が言うと、満里絵ちゃんがアハハと笑い「ありがとう」と言った。
「それにあの曲、すごくいい曲だったね。満里絵ちゃんにもぴったりだと思うよ」
「私もあの曲が大好きだから、流してもらって本当に感動しちゃった。私、ニューアルバム持ってるから貸そうか?」
「いいの? うれしいな」
 僕はそのラジオを最後まで聞いて、そのアーティストの気さくな一面に触れて、いくつかの楽曲を聞いてほとんどファンになり始めていた。
それから僕と満里絵ちゃんは毎週月曜日には必ずどこかのタイミングでラジオについて話をするようになった。
「先週の放送聞いた?」といつもどちらかがどちらかに話しかた。もちろん二人とも聞いている。
「それにしても、あの『パンダもふもふさん』はよくメール読まれるし、書いている内容も面白いね」と僕がその番組でよくメールを読まれる人のラジオネームを出した。
「本当にうらやましいよね。やっぱりセンスがあるから採用されるんだろうね。どんなメールテーマの時だって面白いメールを送ってくるんだもん、すごいなって思う」
「まんまるまるこちゃんも頑張らなくちゃね!」
「その名前で呼ばないでよ!」と言って満里絵ちゃんは笑う。僕も笑った。
「今もメール送ってるの?」
「もちろん」
「ホントなかなか採用ってされないもんなんだね」
「うん。でも、自分がメールを送って参加してるって感じが大事だから」と満里絵ちゃんが満足そうな顔をする。
「なんとなくわかる気がしてきたよ。僕も『まんまるまるこちゃん』の名前が出てこないかなってドキドキしながらラジオを聴いているよ」
「アハハハハ、ありがとう。ねぇそうだ! 十一月末にあの番組の公開収録があるんだけど、一緒に見に行かない?」
 満里絵ちゃんの興奮気味が伝わってきた。
「公開収録?」
「そう、公開スタジオで収録するの。早くに行って並ばないと放送しているブースを見ることはできないかもしれないんだけど、ひとりではなかなか行く勇気が出なくって」
「いいね。行こうよ」
 いつも笑っている満里絵ちゃんと二人で遊びに行くということがとても楽しそうに思えたので、僕は即答した。

 それから僕と満里絵ちゃんは月曜日にラジオの話をするところから始まって、一緒に食堂でご飯を食べたり、放課後に用事もないのにおしゃべりをしたりするようになった。
「ねぇ、このコンビの漫才みたことある?」
 僕は自分が一番面白いと思う漫才を満里絵ちゃんに紹介した。
「テレビでは見たことあるけど、漫才はないなぁ」
「じゃあ、どっかの空き教室で一緒に見よう」
 僕らは携帯にイヤホンをさして、漫才の動画を見た。
 アハハハハ!
 満里絵ちゃんの笑い声があまりにも大きいので、僕は焦った。笑いすぎだって。
「すごい、おもしろい。啓介君、お笑いとか好きなんだね」
「うん、とくに漫才とかコントが好きなんだよね。よくできてるなぁと思って見入っちゃうんだよ」
「じゃあさ、お笑い芸人さんのラジオとかは聞かないの?」
「聞かないなぁ。やっているってことは知ってるんだけど、深夜だから聞いたことないんだよね」
「そっかぁ、そうだよね。お笑い芸人さんのラジオは深夜だもんね。私も聞きたいと思うんだけど、すぐ寝ちゃうからダメなんだぁ」
「そっか、満里絵ちゃんは、夜は『ねむ絵』ちゃんなんだね」
 アハハハハ!
 満里絵ちゃんは、僕のしょうのないギャグにでもすぐに笑ってくれる。彼女の持つ笑いの種はすぐにはじけるので、僕はいつも彼女の咲かせる笑いの花に包まれることができる。彼女の咲かせる笑いの花は人を気付つけない、暖かくて優しいものだった。
そうしているうちに、彼女といることがごく自然になり、とても心地よくなり、だからもっと彼女を笑わせたいと思うようになった。

 公開収録の当日、待ち合わせに向かう道中、満里絵ちゃんから連絡が入った。
「ちょっと体調が良くなくていけないんだ。ごめんね」
体調は大丈夫かとメールを送ったが返事が帰って来ないので、さらに心配になった。
それじゃあもう帰ろうかと思ったが、なんとなく僕だけでも彼女の分まで参加するべきだと思って一人で公開収録を見に行くことにした。
公開収録の会場は広場に椅子が並べられたもので、ラジオブースがそこからガラス越しに見えた。僕はひとり後方の席を確保した。まわりは女の子の友達同士できている人が多いようだったので、少し恥ずかしくなった。ラジオ収録開始の時刻を待つ間、満里絵ちゃんのことを考えた。
いつも笑っている満里絵ちゃんが病気になっている様子がまず想像できない。けれど、子供の時からあまり健康なほうではないと以前に言っていたのを聞いたことがあったので、なにか持病が悪化したのかもしれないとも思った。そんな風に考えるととても不安になる。ただの風邪やなんかであればいいのだけれどと思う。
 そんな風に彼女のことを考えていると、パーソナリティのアーティストがブースに入ってきて、客席が大盛り上がりとなった。そしていつもの放送よりもいくぶん高めのテンションでラジオの公開収録が始まった。
番組は公開収録を活かしてお客さんに手を挙げさせて意識調査をしたりしながら進行していく。

~ Radio ~

 それでは、テーマメール「恋に関する質問」を読んでいきたいと思います。こちらはラジオネーム、パンダもふもふさんからです。いつもありがとうございます。
「僕は自分から手を繋ぐことがどうしてもできません。どうにかして自分から手を繋ぐテクニックなどありませんか?」
これはなかなか難しいところですよね。手を繋ぎたい。でもできない。そんな男心分かりますか? 僕はね、実はもうガーッと手を繋ぎたいときにはすぐに繋ぎにいくんですよ。もう欲望のままって感じ。
 アハハハハ。
 それでは、せっかく今日は公開収録なので、スタジオのみなさんにも聞いてみましょう。
女性のお客さんが8割くらいだからどういう結果になるでしょうか? それではスタジオ観覧に来られているお客さんの中で、自分から手をつなぐことができるという方は挙手!
 おーーーっ!
 すごいです。なんと半数以上、6割か7割の方が手を上げています。パンダもふもふさん、勇気を出してあなたも自分から手を繋いでみてください! あなたのお相手もきっとそれを待っているはずです。
それでは曲です。僕のニューアルバムから、「てのひら」。

~~~

 僕は女性客の多いスタジオの中、大きな盛り上がりがあるたびに、やはり一人で恥ずかしかったが、それでもとても楽しめた。ここに満里絵ちゃんがいたら、もっと楽しめたに違いない。
収録後に握手会が行われたが、僕はさすがにそれには参加せずに、そのアーティストのグッズを満里絵ちゃんの分もプレゼントに買って帰った。
次の日、満里絵ちゃんは大学に来ていなかった。そのまま一週間、満里絵ちゃんが学校に来ないままだったので、いよいよ僕は心配になった。

12

 野津田はその日3本目のビールを開けていた。
「女ってのも浮気するのな! もう信じられないぜ」
「そう言うなよ」と僕が野津田をなだめる。
「だってだよ、同じバイト仲間の中に浮気相手がいるってどう思う? ってか、俺は多分本命じゃなかったんだよな。そこもムカつくんだよ!」と言いながら野津田は4本目のビールも一気に開けた。今日はサッカーゲームの出番はなさそうだった。
「まぁ、次行けよ、次。その先輩と付き合っていい思いもしたんだから、もう浮気のことは忘れなよ」
「だってだぜ、初めての女に浮気されてたというか、自分が浮気相手でしかなかったって切なくないか?」
「それは切ない」
 野津田は先日、手に入れたはずの男の自信とやらを完全に失ってしまっているようだった。
「やりきれないよ。彼女、浮気のこと隠そうともしなかったんだぜ。まぁ、俺が本命じゃないからだろうけどさ。ひどくないか? 乗り換えられたってことなのかな? いったいあれはなんだったんだ?」
「なにがだよ?」
「いやさ、最近あんまり会ってくれないからどうしたのって言ったら、気になる人がいるのとか言い出したんだよ」
「正直でいいじゃないか」
「それが違うんだよ。その時にはもうその次の男とできてたんだよ。何が気になる人だよ、中途半端な言い方しやがって」
「なんでそれが分かったんだ?」
「本人がゲロったのさ。気になる人ってどういう人なのって聞いたら、隠しもせず、俺の聞きたくないようなことまでね」
「それはきついな、それで、今は?」
「音信不通だよ。別れ話すらなしさ。俺がメールしても電話しても返事はなし。向こうはあれで片が付いたと思っているらしい。バイトで会っても他人みたいな顔しやがる」
「女ってのはすげぇな」
「ほんとだぜ」と野津田がつぶやく。
「もう彼女のこと嫌いになれたのか?」
「いいや、無理だね。彼女は俺にとって先輩だったし、どこか手の届かない存在のようなところがあったから、俺は必死に愛していたんだ。そう簡単に忘れられるものじゃない」
「そりゃそうだよな。それで、これからどうするの? 奪い返しにでも行くのか?」
「そんなバカな。もう帰ってこないというのは感覚でわかるんだ。そもそも俺のものになっていた時があったのかどうかさえ怪しいもんさ。彼女のことはウジウジしていたってもう仕方ないから、合コンにでもなんでも行って、あんな浮気女よりよっぽどいい女を見つけてやるまでさ」とは言いながら野津田はうなだれた様子で5本目のビールをすすっている。
「お前も一緒に合コン行かないか?」とふと顔を上げた野津田がついでのように僕を誘う。
「俺は遠慮しておくよ」
 そういうことはそもそも苦手だし、満里絵ちゃんのことも気になっていたので、すぐに断った。
「そう言うと思った」と言って、野津田はそれ以上僕のことを誘わない。僕のことをよくわかっているのだ。
「そういえば、満里絵ちゃんとはどうなの? 先週デートに行ったんじゃないの?」
「あれは、彼女の体調が悪くてながれちゃったんだよ」
「そうか、それは残念だな」
「まぁ、体のことは仕方ないさ」
「それでお前はその満里絵ちゃんって子のことが好きなのか?」
「どうだろう」と僕は曖昧な返事をした。はっきりノーと言わなかった。
「ほう。まんざらでもないわけだ」
「気が合うんだ」
「それ以上言うことはないじゃないか。美人なのか」
「一般的に言えばそんなことはないね。けど、笑っている彼女を見ているのが好きなんだ」
「恋だね。お前にもやっと春が来るってか。ハタチになるまでもうあと一年もないんだ。急げよ!」
「そんな急ぐようなつもりはないさ」
「そんなこと言ってたら、他の奴にもっていかれるぞ。恋は野生のハンティングだ。タイミングを逃したら、他のハンターに奪われちまうぜ」
「お前のようにか?」
「それを言うなよ」と野津田は自分が奪われた側だということに気付き改めてうなだれる。
その時ちょうど満里絵ちゃんから久々にメールが来た。
「連絡できなくてごめんなさい。体調も良くなってきたから来週からは学校にも行けるよ。この前の埋め合わせをさせてもらいたいんだけど、今度の週末ランチでもおごらせてくれない?」
「公開収録でグッズを買ったから、それを持って行くよ。楽しみにしておいて」と僕は彼女に返信をした。
「ありがとう。公開収録行ったんだね。うらやましい。ありがとう」とすぐに返事が来た。
 時刻は夜の十時をまわっていた。僕は野津田にラジオの時間だからと言って別れを告げた。
「おい、金曜日の夜だっていうのに、つれないなぁ」と野津田が僕を引き留めたが、僕は携帯でラジオを聞きながら自転車に乗って家に帰った。
 ラジオではパンダもふもふさんが最近会社の上司とうまくいかないとラジオで相談をしていた。僕はそれでパンダもふもふさんが会社員であることを知った。
 それに対する回答はシンプルで「一緒に飲みに行け! どんなに雰囲気が良くなくても三時間は一緒に飲め! そうすれば絶対に仲良くなれる!」という豪快なものだった。そんな放送を聞いて僕は相変わらずだなぁと思って笑った。今日も満里絵ちゃんはこの放送を聞いているのだろうか。
家についてラジオの放送が終わってしまうと僕は心にぽっかり穴が開いたような気分になってしまった。ラジオを聴いているときはなんとなく満里絵ちゃんとつながっているような気がするからだ。ラジオの向こう側で満里絵ちゃんが笑っている姿を想像することができる。一緒にはいないのだけれど、ラジオでつながっている。そんな感じがした。僕は彼女のことを好きになっていくほどに、自分の中でラジオというものがその重要性を増しているような気がした。僕と彼女をつなぐ魔法の箱。そんな感じだ。

13

 十二月。街中がクリスマスのデコレーションで一色だった。僕はそれをみて、そろそろクリスマスが近いのだなと改めて思った。
満里絵ちゃんは、白のダッフルコートを着て淡いピンクのマフラーを巻いていた。頭はてっぺんでお団子型にしてくくっている。そんな女の子らしい恰好がコロコロした彼女にはぴったりだった。
「体調はもう大丈夫?」
「うん、ありがとう。ちっちゃい頃からの病気でたまに悪くなる時があるの」
「それは深刻な病気なの?」
「若い人がかかると厄介らしいんだけど、私の場合はそれでもましなほうらしいの」
「そうなんだ。じゃあ今日も無理はしないでね」
 僕は病気の細かなことを聞くことができなかった。そうするのが怖かったのだ。
けれど、満里絵ちゃんはというといつもと変わらずニコニコしていて平気な様子で、カウンターでポップコーンとコーヒーを買っている。僕らは映画を見た。その映画の主演は僕らの聞いているラジオのパーソナリティだ。音楽に、ラジオに、映画にと本当にマルチに活躍する人なのだ。
しかし、映画はなかなかにエッジの利いている内容だったので、見終わってからうまく内容を理解しきれずに僕らはポカンとしてしまった。明るくなった場内でそんなポカンとした顔で二人が目を合わせたものだから、僕らはつい笑いだしてしまった。
「難しかったね」
「難しかった」
 アハハハハ!
 映画の後は、二人でイタリアンを食べた。僕はそこで笑い上戸という以外にも満里絵ちゃんの特徴を発見する。
それは彼女が実に美味しそうにご飯を食べるということだ。ぽっちゃりとした女の子がたくさん食べる姿とはこんなにも平和なものなのかと思った。ランチセットを平らげて、それから僕らはお店自慢のケーキを注文してコーヒーを飲んだ。
「これ、公開収録の時に売っていた限定グッズ。喜んでくれるかどうかわからないけれど」と僕はライブTシャツとラジオのオリジナルロゴが入った缶バッチを彼女にプレゼントした。
「すごくうれしい! プレゼントもそうだけど、私がブッチしちゃったのに啓介君が一人で公開収録に行ってくれたことがもっと嬉しいよ」と満里絵ちゃんが満面の笑みを浮かべる。その顔にケーキのスポンジがついていたので僕は笑ってしまった。
「なんで笑うの」と満里絵ちゃんが不服な顔をする。
「だって顔に」と僕が言うと、満里絵ちゃんは手で唇の横に着いたスポンジを見つけて、それを手のひらの上で確認して爆笑する。
アハハハハ!
「なにこれ、めちゃくちゃ恥ずかしい!」
「いいじゃん。可愛かったよ。ケーキを食べつくすモンスターみたいだったよ」
「なによそれ」と言って、僕の面白くもない例えで、彼女はまた笑ってくれる。
アハハハハ!
笑いの種が僕たちを取り巻くように散らばって次々と花を咲かせる。まるで僕は笑いの花のお花畑の真ん中にいるような気分だった。彼女といるといつもこうだ。
 二人のデートは映画とランチまでしか特に計画はしていなかったので、カフェでのまったりとした時間が続いた。コーヒーをおかわりしながらお互いのことを語り合った。
「私、昔からこんなにまんまるで太っていたからよくみんなにからかわれていたの」
「そんな、太っているというほどじゃないと思うよ」
「ありがとう。でもね、中高生の時は結構きつかったんだよね。それで、それを笑ってかわしているうちに、何があっても笑っちゃうようになっちゃったみたいなの」
「いじめられてたの?」
「いじめというほどのものではないんだけどね」と言いながら満里絵ちゃんがコーヒーをすする。珍しく暗い顔をしている。
「そんなことがあったんだ。でも、いつも笑っている満里絵ちゃんってとても魅力的だよ。ラジオでも言われてたじゃない。笑っているほうが百倍いいって。ね? まんまるまるこちゃん」
 僕が彼女のラジオネームを急に出したので、彼女がまた笑った。
「結局、私が投稿したメールやハガキで採用されたのはまだハガキで出したあの一通だけだな。もっと読まれたいのになぁ」
「続けていればまた読まれるよ」
「私もそう思って頑張ってるんだけどな」
「そういえば啓介君は趣味とかってないの?」
「一応バスケサークルに入ってるんだけど、今はほとんど幽霊部員なんだ。サークルの活動自体が週に1回あるかないかだから、頻度で言えば今やラジオの方が趣味と言えるかもしれないね」
「じゃあ私と一緒だね」
「そうなんだ」
 僕がそう答えてしまってからは、静かな時間が流れて行った。特にお互いが何かを話すわけではないのだが、穏やかで居心地のいい時間が流れた。そして二人は暗くなり始めたので店を出た。
 クリスマスを控えた街角はカップルだらけだった。僕たちはそんな中を駅に向かって歩いた。駅について駅の広場の前でお別れの時となった。
すると「ねぇ」と満里絵ちゃんが珍しく僕の目をしっかりと見つめながら話しかけてきた。
「なに?」
「あの」
 満里絵ちゃんの目を伏せる。
「啓介君、私と付き合ってくれませんか?」
 僕は驚いた。そういった展開をまったく予想していなかったからだ。けれど不思議なことに、とても自然に彼女の告白に返事をすることができた。
「もちろん」と、笑顔で。
 すると満里絵ちゃんが泣きだした。笑顔をくしゃくしゃにして涙を流している。僕はその小さなやわらかい肩をそっと抱きしめた。僕は彼女の気持ちに、勇気に、ありがとう、と思った。
 僕は満里絵ちゃんと一緒にいる時間がとても好きだ。ずっと一緒に笑っていたいと思う。今まではアメーバのようにとらえどころのなかった僕のそんな思いは、満里絵ちゃんの勇気ある告白によって熱と質量を持った確固たる愛情へとラジオのチューニングが合うようにカチッと変化していった。僕は満里絵ちゃんが好きだ。大好きだ。
 僕が力いっぱいに彼女を抱きしめると、彼女が「痛いよ」と言った。
「ごめんよ」と僕が言うと彼女が笑った。
「でも大丈夫」と言って彼女が僕のことをさらに強く抱きしめ返した。
 二人は強く抱き合いながら、笑っていた。

14

「よかったじゃないか、啓介! やっとおまえにも春が来たってわけだな」と野津田は嬉しそうに缶ビールを飲みほし、カランという音を立てて机の上に缶を置いた。
「まぁな」と言って、僕も野津田に負けじと缶ビールを飲み干す。
 そして二人でまたプシュっという気持ちいい音を立てて、新しい缶を開ける。
 僕らはビールを飲む時にほとんどつまみを食べない。ただ缶ビールを飲み続け、お腹がいっぱいになるとトイレに行き、そうやって机の上が空き缶でいっぱいになるまで缶ビールを飲み続けた。
「早くその彼女を抱いてやりなよ」と言いながら野津田がいつものようにサッカーゲームをセットする。
「俺はお前みたいに焦ってないんだよ」
「俺はもう卒業してるっつーの」
「それにしても、最近のお前の合コン参加頻度はすごいじゃないか」
 野津田はバイトの先輩に二股をかけられてフラれて以来、女のことを信用できなくなったと言い、なぜか女遊びを始めた。他の大学の学生との合コンへ行っては新しい彼女を作って、今や野津田は二股だか三股だかをかけて女の子と遊んでいるらしい。僕はそのことに特に口出しはしなかった。
「女と付き合うなんて簡単なことなんだ」と野津田は言う。
「よく言うよ」
「なぁ、啓介。人間以外の生き物にも飽きるという感情はあるんだろうか?」
「どうだろう? 犬はいつまでもボールを追いかけているように思えるね」
「そうだな」
 野津田が冷蔵庫からまた新しい缶ビールを出して続ける。
「俺は気づいたんだ。自分は飽きっぽい人間だってね。もしくは、人間は飽きっぽい生き物なんだってね。同じ人間をずっと好きでいるなんてできっこないのさ。幻想さ。俺は彼女がいたって、別の女の子に興味を持てる。興味を持ったものは試さなきゃいられない。そんな具合なんだ」
「でも、よくそんな器用に何股もできるな」
「簡単さ。俺は今、二人と付き合っていて、三人目ももうすぐの所にいる。要は、奴らは自分のことにしか興味がないんだ。だから簡単なんだよ。『可愛いね、賢いね』と言っておだてて彼女たちを認めてあげればイチコロなのさ。俺が男前かどうかなんて二の次なんだ。女なんて自分が一番心地よいと思える環境を作りたいだけなのさ。好きな気持ちなんて後からついてくる」
「バレたりしないのか?」
「その時はそのときさ」
「いい加減なもんだな。それで、お前は彼女たちのことが好きなのか?」
「もちろん好きさ。でも、最初の彼女ほどではない。ああいう風に人を好きになったら負けなんだ」
「負け?」
「そう、負けだ。こっちの愛の大きさに向こうが耐えられなくなって、逃げられるか、飽きられるかして終わるんだ。要はバランスの問題さ」
「前の彼女を好きになりすぎた?」
「盲目だったね」
「いいことじゃないか」
「よくないね。俺は負ける側にはなりたくない」
「それで二股をしている?」
「要はバランスの問題さ。俺には二股、三股しているくらいのほうがちょうどいいってことだ。俺はそれくらい大きな愛を持った人間なのさ。キャパシティーが違うのさ」
 僕は野津田の変わりように正直言って驚いている。元カノにあれだけ浮かれあがって一直線でいたのが嘘のように、今の野津田は女性に対して冷めた目をしている。浮気されたのがそれだけショックだったのだろうか。二股や三股をしているのは男としての自信を保つためなのかもしれない。
野津田が話題を変えた。
「で、彼女のハタチの誕生日はどうするわけ?」
 満里絵ちゃんは一浪しているので、来年の二月にハタチになる。
「満里絵ちゃんは温泉に行きたいと言ってるんだ」
「ついにだな」と言って野津田がニヤリとして、ビールをぐっと一口飲んで、げっぷをはいた。
「そんな下世話な話ばかりやめろよ」
「いやいや、これはまじめな話さ。俺の親友が男になるかどうかの話なんだからさ」
「ありがとよ」と僕が気のない返事をする。
するとそれが合図かのように、野津田はゲームをセットしに動き出した。テレビ画面上ではいつものようにサッカーゲームがキックオフされた。

15

 年が明け短い冬休みも終わり、僕らはまた大学に戻った。
付き合いたての僕と満里絵ちゃんは同じ学部と言うこともあり、一緒に食堂でお昼ご飯を食べたり、授業の後に待ち合わせてカフェに行ったりという、ごくまっとうな付き合いをしていた。
彼女が実家暮らしであるために、僕の家に遊びに来ることはあっても泊まるということはなかった。彼女に明確な門限があるわけではなさそうだったが、お泊りは禁じられている様子だった。僕は別に野津田にせかされていたからという訳ではないが、次第に彼女ともっと深い関係に進みたいと思うようになっていた。そこに例の温泉旅行の話がちょうど持ち上がった。
 僕と満里絵ちゃんはいつものようにカフェで、コーヒーとカフェラテを挟んで話をしていた。
「本当に親に嘘をついて大丈夫なの?」
「うん、すごく、心配しているみたいだけど、友達と行くと言ってあるから大丈夫だと思う。友達にももしもの時には口裏合わせをしてもらおうと思っているの」
そう言って満里絵ちゃんはいたずらっぽく笑う。僕は少し不安な気持ちもあったが、彼女とふたりで温泉旅行に行くということの魅力が圧倒的に勝った。
 僕らは週末を利用して有名な温泉街へとドライブで向かった。僕は夏に免許を取ったばかりだったので、運転にかなりの不安があったが、彼女は「慎重に運転すれば大丈夫よ」と僕を励ましてくれた。事実、少し運転をすれば、すぐに慣れてしまい不安を感じることもなかった。
温泉では僕らはゆったりとした時間を過ごし、それぞれに温泉につかって、懐石料理を食べて、同じ布団で眠った。
僕がおやすみのキスをすると満里絵ちゃんがクククッと笑った。それで、恥ずかしくなって僕も笑った。
一緒の布団の中にいて、僕は強く勃起していたが、それ以上のことはしなかった。できなかったという方が正しい表現かもしれない。僕は自分のムラムラを何時間も押し込めているうちに、いつの間にか疲れて眠ってしまったようだった。満里絵ちゃんはというとそんな僕の気も知らずに、僕の横ですぐに寝息を立てて眠ってしまったものだから、僕にはそれを起こしてまで彼女を襲う勇気がなかった。よく食べてよく寝る。本当にかわいい子だなと思うほかなかった。
 翌朝、僕らはまたそれぞれに温泉につかって、朝食を食べて、午前中に動物園に寄って、家路につくことになった。事件は帰り道で起きた。
高速を降りて一般道に入ったところで、いったん休憩をしようと車をコンビニの入り口に向かってゆっくりと走らせている時に、ゴンッと大きな音がしたのだ。
「あっ」と僕が慌てると、彼女も「あっ」と言って、ふたりで車の外を見る。よく見ると車が道路の縁石に乗り上げて、底の部分をぶつけてしまったようだった。車を停めて、状態を確かめてみると、車の側面から底にかけて猫に引っかかれたような傷ができてしまっていた。僕はやってしまったという思いとともに、修理費のことを思って落ち込んだ。
 アハハハハ。
 なぜか隣で満里絵ちゃんが笑っている。
「ほんとにやっちゃったね。ここまで頑張ってきたのに残念だね。遠足は家に帰るまでって言うのはホントだねー」
「笑い事じゃないよー」と僕は落ち込みを隠さない。
「でもね、人にぶつかったりしたわけじゃないんだからよかったじゃない」
「そりゃそうだけど」と僕がつぶやくと、「これも勉強勉強」と前向きに彼女が言う。彼女はただ笑い上戸なだけではなく何事にも前向きなのだ。僕はそのことに気付けたことになんだか喜びを感じた。
 レンターカーを返すときに修繕費として2万円を払うことになった。僕たちの最初の旅行はそうやって、事故があった中で終わっていった。

16

 野津田は、僕が温泉旅行で満里絵ちゃんとセックスをしなかったことにたいそう驚いて、それはそれでお前らしいなと笑った。

17

 僕らは二年生に進学した。僕と満里絵ちゃんの付き合いは学部のみんなが知るところとなった。僕らの方でも特にそれを隠すことはしなかった。
春には花見をして、夏には海でバーベキューをした。僕らは二人でデートをするのはもちろんだが、ネコ目を中心とした大学の友達グループで遊ぶことも多かった。
 秋になると、彼女がたまに僕のうちに泊まりに来るようになった。それが親の監視がゆるくなったためなのか、満里絵ちゃんが頑張ってくれているのか分からなかったが、僕はとにかく一緒に過ごせる時間が増えたことがうれしかった。
さらには、僕たちを学園祭の学部対抗のベストカップルコンテストに出そうという話まで持ち上がったが、僕たちでは見栄えがしないよ、と断った。みんな残念そうにそれを受け入れ、満を持してとネコ目とミナミちゃんがコンテストに出場して3位になった。
冬にはまた二人で温泉に行った。今度は事故のない安全な旅ができた。
 満里絵ちゃんはいつの季節にも笑いの種を花咲かせていた。だから僕らはそんな笑いの花に包まれたカラフルな一年を過ごした。
僕らは喧嘩をすることはおろか言い争うことさえしなかった。彼女の笑いの力はすべてを暖かく包むのだ。僕はそんな不思議な力をもった彼女の事をどんどんと好きになっていった。大切に思っていった。

18

 三年生になると就職活動の話題がにわかに学生の間で交わされるようになってきた。満里絵ちゃんはラジオ好きなこともあってか、マスコミ業界を志望していた。僕は無難に銀行やメーカーを考えていた。
「マスコミ業界ってめちゃくちゃ狭き門だよね?」と僕が満里絵ちゃんに聞く。
 満里絵ちゃんは僕の部屋で晩御飯を作ってくれていた。
「ピンキリよ」と満里絵ちゃんは言う。
「私はラジオ局とかそういうところも視野に入れているから、いわゆるテレビとか広告系のマスコミだけじゃなくて幅広く受けるつもり」と満里絵ちゃんは、野津田もうちに来ているので僕ら三人分の麻婆ナスを作ってくれている。
「マスコミ系にはかわいい子が多そうだ」と野津田がつぶやく。
「あいかわらずだな。今、何股してんだよ」と僕が聞く。
「四股かな。でも、そのうちの二人にはバレ始めてるんだ」
「サイテー」と麻婆ナスとお味噌汁とビールを持ってきた満里絵ちゃんが言う。
最近ではよくそうするように、僕らは三人で、僕のうちで晩飯を食べた。
「外資系も狭き門だぜ」
 野津田は外資系の金融機関やコンサルティングファームを志望していた。飽きっぽい自分にはそういう業界が合うんだと野津田は自慢げに言う。
「就活も他の企業より早くて、三年の夏から始まるんだぜ」
「私もたぶん、そう。マスコミも三年の夏か秋からだと思う」と満里絵ちゃんもうんざりした顔で言う。
「お前は四年から就活だからいいよなぁ」と野津田が僕に向けて言う。
「銀行やメーカーって言っても実際どんな仕事をしているのかわからないから、説明会とかにはちゃんと行くつもりさ」と僕も彼らに対抗する。
「遊んでいられるのも今のうちね」と満里絵ちゃんがいい、僕と野津田がご飯をかきこみながら、それに深く頷いた。

 19

 塾講師のバイトで僕にクレームが入った。なにやらその生徒の親が言うことには、僕がその生徒に対してだけ特別に厳しいというのだ。その生徒は自分の今の学力よりかなり高いレベルの高校に行くことを志願しており、そのためには厳しめの指導がどうしても必要になってはいた。しかし、それがクレームになるほどのものとはとても思えなかった。しかし、クレームが入った以上、塾の側からしたら事実確認をしなければならないということで僕と社員さんの間で面談がもたれた。
「クレームのことについては聞いたね」
 ペンギンのような髪形をしたふとっちょの社員さんが僕に神妙な顔つきで聞いてくる。
「はい、でも僕は必要な指導をしただけで」と言いかけたところで、社員さんにさえぎられた。
「分かっています。こういうクレームはよくあることなんだよ。でもね、こちらとしても、クレームが出てきた以上、少なくとも担当を変えなくちゃならない。いいね?」
 事実確認の面談と聞いていたのに、事実確認は一つとして行われなかった。おそらく社員さんのほうでも僕のことを信頼してくれているらしく、クレームで言われたような行き過ぎた指導はなかったと分かってくれているようだった。けれど、担当を変えられてしまうというのは納得がいかなかった。
「僕、その生徒ともう一度向き合いたいんです」
「やめときなさい。偏差値の届かない生徒はおうおうにしてこういうクレームをだしてくるんだよ。もうこれは八つ当たりみたいなもので、向き合って解決できることじゃないんだ」
 僕は「でも」という言葉を自分の中に押し込めた。その生徒はずっと野球部で練習を頑張りすぎていたせいか、勉強のほうをかなり怠っており、受験勉強の前の段階からやり直さなければならない状態だった。だから、それに必要なカリキュラムを組んで、社員さんの承認も得ていた。僕は自分の力で彼を合格させたいと真剣に思っていた。第一志望の合格はだめでも納得できるところまで勉強してもらって、それで受験に臨んでほしいと思っていた。それを途中でこのような形で遮られたのが悔しかった。
「あとは、引継ぎだけお願いね」
 それだけ言うとペンギン頭の社員さんは面談室を出て言った。

「俺は本当に納得できない」
 僕は怒りの矛先を満里絵ちゃんに向けていた。
「だっておかしいだろ? そんなの逃げてるだけじゃん。そんなんじゃ絶対に合格もできないし、納得した受験なんて出来っこないさ」
「そうだね」と満里絵ちゃんは優しい顔で話を聞いてくれている。
「なんとかして、担当を戻してもらえないかな? 絶対うまくやれる自信があるんだ」
「塾としても難しいところなのかもね。私もむちゃくちゃむかつく!」
「満里絵ちゃんもそう思う?」
「うん、だって啓介君のシフトが金曜日に変わっちゃったじゃない。これじゃラジオ聴けなくなっちゃうかもしれないもん!」
「えっ?」
アハハハハ!
「そういうことじゃないか?」と満里絵ちゃんがおどける。
「確かに、シフトが金曜日に変わるとバイトから帰ってきて、ラジオを聞くのがぎりぎりの時間になるね」
「でしょ!」と満里絵ちゃんが力強く言う。
「そういう問題じゃないんだけどなぁ」と僕が力なくつぶやく。すると満里絵ちゃんがまた笑う。
 僕はなんだかそれで完全に力が抜けてしまった。
 満里絵ちゃんといるといつもこうだ。どんな話をしていても結局は満里絵ちゃんが笑うので、僕は癒される。
 理不尽なクレームだって、イライラだって、どんなことの中からでも満里絵ちゃんが笑いの種を見つけ出して、花が咲かせてくれて、それですべてを解決した。

 20

「ラジオ聞いた?」と教室でいつものように満里絵ちゃんが聞いてきた。
「今週は聞いていないや」と僕は正直に答えた。塾のバイトのシフトが変わったせいで最近はラジオを聴けていない。
「メール読まれた?」
「ううん」と残念そうに満里絵ちゃんが首を振る。
「でもね、久々に公開収録があるらしいのよ!」
それはぜひとも行かなくてはと二人で盛り上がった。そうして、今度こそ僕らは二人で公開収録に参加することとなった。
 公開収録へ入場するための列は、去年僕が行った時よりはるかに長いものとなっていた。そのラジオのパーソナリティはいまや人気絶頂にあるらしい。
 僕と満里絵ちゃんは夜十時からの収録のために、夕方六時から並んだ。夜九時に整理券が配られ、僕らは無事に席を確保できた。満里絵ちゃんはとてもうれしそうにしていて、笑顔がすでにこぼれてしまっている。僕らは恥ずかしいことに手をつないで公開収録を聴いていた。

~ Radio ~

 さぁ、久々の公開収録。しかもナマ! なんだか、入場できなかった人も出ちゃったみたいで本当にごめんなさい。でも、グッズ販売は絶対に売り切れないようにたくさん作っているからよろしくね。あれ? なんか商売っ気が強すぎるかな? どうあれ、スタジオに来てくれたみんなも、並んでくれたみんなもありがとう。今日は最高の放送にするよ。
 さて、今日スタジオを見た感じではカップルが多いように思うんだけど、カップルで来たという人?
おー、すごいね、結構いるね。悔しいね。悔しい。僕は最近、映画の仕事をやりながら、エッセイをやって、本業の音楽はツアーの準備中でって、もうてんてこ舞いなんだ。それにしても「てんてこ舞い」って実際にある踊りなんだろうかね? もし知っている人がいたらメールください。ということで、今日のメールテーマは「つい踊りだしちゃうくらいにうれしくなったこと」です。よろしくお願いおします。
それでは曲です。僕のニューアルバムから「Crazy for Dance」

~~~

 あっという間の二時間の放送が過ぎて行った。僕と満里絵ちゃんは二人がこのラジオがきっかけで付き合うようになったことを、公開収録を聴きながらメールで送ったが、それが読まれることはなかった。
 満里絵ちゃんは終始パーソナリティのトークに爆笑していた。満里絵ちゃんがすぐ笑うことにはもう慣れっこになってしまっていたが、その笑顔はやはり僕を幸せな気分にする。
 帰りにグッズを買って、もう終電がないので、ファミレスでご飯を食べて、タクシーで僕のうちに帰った。
 五月の空は梅雨の訪れを感じさせるぐずついたものだったが、それでもぎりぎり黒い雲は雨をおとさずにいた。

21

 満里絵ちゃんが僕の前から消えた。
僕が最後に満里絵ちゃんに会ったのは、くちなしの花がその甘い香りをぷんぷんとさせていた六月の終わりだった。
 僕らはお互いのバイト終わりに一緒に晩御飯を食べた後、公園でラジオを聴いていた。満里絵ちゃんの携帯から伸びるイヤホンを片耳ずつにはめて僕らは静かにラジオを聴いていた。正確には満里絵ちゃんはやはり終始爆笑していたのだが、お互いに何かをしゃべるということはしなかった。
 今思えばその日の満里絵ちゃんは何か様子が違ったようにも思える。そのあたりの記憶がどうもあやふやだ。
「今日は泊まっていく?」
「ううん、今日は帰らないといけないの」
「そっか」
「ごめんね。明日、病院に行かなくちゃいけないの」
「病院?」
「うん、でも検査だから大丈夫だよ」
アハハハハ。
この時、満里絵ちゃんはなぜ笑ったんだろう。それは強がりだったのかもしれないし、僕をリラックスさせるためだったのかもしれなかった。
「どこか悪いの?」
 僕はこの時、すでに何か嫌な予感がしたのを覚えている。しかし、そんな予感よりも目の前に満里絵ちゃんがいることが僕にとってとても力強かった。
「ホントに大丈夫だと思うんだけど、いくつか大事な検査をしないといけないって言われてるの」
彼女はうつむき加減にそう言って、イヤホンのコードを直しながら続けた。
「ねぇ、啓介君。私と別れてくれない?」
「急にどうしたんだよ」
「私はこのまま啓介君と付き合ってはいられないの」
 きっぱりとした物言いだった。
「別れるなんて嫌だよ」
「ごめんね」
 そう言って彼女はうつむいたまま泣いた。彼女のうるんだ瞳からこぼれ落ちたその涙は頬を伝い、顎のわきのあたりから宙へと舞う。
強い風が吹いた。
 彼女の大きな涙の粒がそれに乗った。風に乗った彼女の涙の粒がくちなしの分厚い花弁にぶつかり、甘い香りを纏ってはじける。彼女をぎゅっと抱きしめた時、そんな甘ったるい香りがしたような気がした。

22

 いったい今は何時なんだろうか。部屋の中は暗い。携帯を見てみると夜中の十一時だった。さっき起きたのが夕方の六時だったので、また五時間寝たことになる。
悪い夢を見た。
闇の中に横断歩道だけが浮かび上がっている。
 そのスポットライトのように照らされた横断歩道を僕と満里絵ちゃんが歩く。僕の少し後ろをついてきているはずの満里絵ちゃんが、ふっと消える。車に轢かれたわけでも、連れ去られたわけでもない。ただそこから消えたのだ。僕が横断歩道に立ち尽くし、彼女の影をぐるぐると回りながら探す。
暗転。
 シーンは葬式へと移り変わる。みんな若くして亡くなった彼女のために泣いている。
すると「死んだのはあなたよ」と誰かの沼のように暗い声が僕の耳元に聞こえてくる。
 ふたたび暗転。
 暗闇の中、また一人で僕は立ち尽くしている。僕だけがすでに横断歩道を渡り終えてしまっているようだった。

 ベッドをほぼ二日ぶりに這いだして、じめじめと熱い夜の街に這い出した。二日分の髭が伸びてしまっていてみっともないので、マスクをして隠す。髪の毛もぐちゃぐちゃだし、ひどい顔をしているがそんなことは誰も気にしないだろう。
外の空気はとても暑苦しい。
 コンビニで晩飯を買った。カレーとサラダとヨーグルト。人間、どんなに絶望した状況でも腹は減るのだと思うとなんだか余計に嫌な気分になった。いっそうのこと空腹まで忘れてしまってそのまま朽ち果ててしまえばいいのに。
買ってきたものを食べると少しは人間らしい気分になる。顔を洗い、髪を整え、髭を剃る。たまには少し運動をしようと思いランニングウエアに着替えた。それまでは週に2,3回のペースを維持していたランニングも、今では何週かに1度走るかどうかと言う程度になってしまっている。まだ太りはしていないがそのうちにブクブクに太って醜い姿になるのだろうかと思う。二日間ベッドの上にいたせいで、体のそこら中が古い家屋のようにきしみだすのを無理やり動かした。
 夜の住宅街はとても静かだ。川に突き当たるまで3キロ走り、北に折れて国道沿いを折り返した。国道沿いにはラーメン屋やコンビニがあって明るい。ランニングのペースが徐々に上がってくる。
 後期の履修登録は野津田に何度も促されて、ぎりぎりのタイミングで提出できた。これで、なんとか留年するということはないだろう。あと必要な単位もそれほど多いわけではない。
 たまに死にたいという思いが僕の中で現実的なものになる時がある。もちろん怖い。けれど、満里絵ちゃんのいないこの世の中を生きて行くことに何の意味があるのだろうと考えると、死ぬこともそれほど悪いことじゃないんじゃないかと思えてくる。そんなことをうっかり野津田に言ったせいで、僕は心療内科に通う羽目になってしまった。すると、どういう訳か「うつ状態」と言う診断を受け、精神を安定させる薬と寝つきよくする薬をもらうことになった。
 家に近づき国道からまた真っ暗な住宅街へと入る。家に着くまでに一回だけ横断歩道がある。僕はそこを、目をつぶって全力疾走する。目をつむると、その暗闇の中に少しだけ街灯の明かりを感じることができる。車の音は聞こえない。僕は思い切ってつま先に力を入れて地面をけりスピードを上げる。横断歩道が近づいているのが感覚でわかる。さらにスピードを上げて全力疾走に近いスピードで横断歩道に入る。十メートルほどの横断歩道を目をつむったまま全力で突っ切った。背中にクラクションの音が聞こえて、一瞬背筋がヒヤッとするが、目を開けると僕は無事で、横断歩道は背中の後ろにある。安心する気持ちが先に来るのが嫌だ。僕はあちら側に行きたいと思っているのに。
 シャワーを浴びると、さらに人間らしい気持ちになってくる。僕の最近の生活リズムはいつもこんな感じだ。深夜からもぞもぞとはじまる。そして、いくつかのこれだけはしなければいけないという大学のゼミの課題や読書などをして夜を明かす。それで少し眠くなってくると、病院でもらった薬を飲んで夜明けとともに眠る。
 幸いゼミが四限なので、昼過ぎに起きて大学に行けば問題はない。そこからバイトへ行って、夕方に帰って来たら、病院でもらった薬を飲んで、すぐに布団に入る。ゼミとバイトだけで、最近の僕は疲れ果ててしまうのだ。夕日が沈む中、僕も眠りに沈んでいく。
そしてまた、悪い夢を見る。
 心療内科の先生が言うことには、それも心の傷から来ているものらしい。だからちゃんと夜に寝て、朝に太陽を浴びて活動するようにと言われたが、僕はそれを守ってはいない。特に、健康になりたいとは思わないからだ。
 悪い夢を見ると必ず汗だくで目が覚める。
さっき夕方六時くらいに寝たはずなのに、まだ夜九時だ。睡眠薬の効果というのはそんなものなのだろうか。そういえば睡眠薬でなくて、「これは睡眠導入剤です」と医者に訂正されたのを思い出した。それから今日は眠れなくなってしまった。ベッドの中で何を考えるともなく深夜まで起きている。満里絵ちゃんのことを考えることもあれば、こんな生活をしていてはいけないなと自分を戒めるような気分になることもある。けれど、どこかに向けてなにか行動を起こそうという気になれない。今の最低限の生活を送るのが僕にはやっとなのだ。
 僕の前から満里絵ちゃんが消えるとともに僕の前から笑いの種も花も消えてしまった。だから僕の生活はモノクロだ。僕にとってどれだけ満里絵ちゃんが大事なものだったのかということを失ってから痛感した。もっと一緒に笑えばよかった。もっと一緒に花を咲かせたかった。そんな思いが僕の胸を突き、苦しい思いにさいなまれた。

 野津田の家で飲む習慣も夏休み以降、途絶えてしまった。野津田の方でも彼の浮気がついにばれて、いろいろとトラブっているらしいが、それでも僕のことを程よい距離間で心配してくれている。
「ちゃんと食ってるか?」と時折、野津田からメールがある。
返事は「イエス」
すると野津田から「ならいいんだ」と返信がある。気を悪くさせたのかもしれなかった。

 夢は悪いものばかりではない。夢の中で満里絵ちゃんとの思い出がよみがえってくる時もある。
あれは二年生の夏にふたりで海に行った時だ。まんまるな満里絵ちゃんが浮き輪をしている姿がミシュランガイドのキャラクターのようだと言ったら、彼女が怒りもせずに笑いの種をはじけさせる。
アハハハハ!
 僕は彼女と一緒にいると自分がとても面白い人間になったように感らじれた。そして僕らが海に入ると、それまで快晴だった空に急に黒い雲が立ち込めてきて激しい雨が降り始めた。僕らはそんな豪雨の海の中で二人して大爆笑。そんなふうにあの日、僕らの海開きはたったの五分で終わってしまった。
そんな懐かしい夢を見た後には、僕はいつも涙を流している。夢を見ながら泣いているのか、起きてから泣いているのか定かではない。心の中におさまりきらない感情があふれ出て、涙が出ている。そんな時に飲む薬があるので、起きだして僕は薬を飲む。本当にこんなものが効くのだろうか。
ようやく落ち着いて、また薬を飲んで眠る。とぎれとぎれの睡眠は、夕方から始まって、翌日の昼前まで続く。なぜだか分からないが、早朝から昼前の眠りが一番深い眠りであることが多い。
 そして時間になるとゼミにだけには出席しなくては、と打算的な僕は結局ベッドを這い出す。そんな自分がつくづく嫌になる。

 僕の生活リズムがますますおかしくなってきた。夜中に何度も目が覚めるようになり、眠りは浅く、けれど昼になっても起きだすことができない。体も心もいうことをきかないのだ。そもそも動けと言い出す自分もいなくなってしまったようだ。
 ゼミを欠席すると仲間に連絡を入れて、そのまま眠る。眠りはやはり浅いので、太陽が沈んで外が夕日の色になり、暗くなっていくのを感じる。そしてまた、夜が来る。夜になるとやはり目が覚める。気が向くと思い出したようにコンビニで食べ物を買って食べる。うつろうつろとして夜をベッドの中で眠るともなく過ごしていると、太陽が昇り始める気配がしてくる。僕はついには、太陽がうっとうしいので、雨戸を閉めきった。
ゼミだけではなく、塾のバイトも仮病を使って休んだ。連続で仮病を使っているうちに、病気が悪いならと言うことでバイトを休職することになった。実質的にはクビなのだろうけれど。

 僕はそのようにして三年生の後期の授業が始まってからは、一日のほとんどをベッドの上で何もせずに過ごすようになっていた。
一度の津田がうちに生存確認にやってきた。何度も部屋のチャイムが鳴って鳴りやまないので仕方なく扉を開けるとそこに野津田がいた。
「生きてたか?」
「ぎりぎりな」
「ゼミにも出てないと聞いたからもしかしたら死んだんじゃないかと思ったぜ」
 野津田は心配するというよりは面倒くさそうな顔をしている。
「何の用だ?」
「そんな言い方はないだろ? 差し入れだよ。コンビニでつまみとビールを買ってきたから気が向いたら食えよ」
「お前は飲まないのか?」
 野津田はどちらでもというように首を傾げた。
「入れよ」
 僕は野津田を部屋に招き入れた。
 野津田は部屋をぐるりと見て、「ごみ屋敷みたいになってるんじゃないかと思ったけど、普通に生活してるんだな」と言い放つ。
「そこまで落ちぶれちゃいない」
「ぎりぎりの線だろ」
 僕は野津田の買ってきたツナ缶とタコわさびとタラチーズを皿に開けてテーブルに置いた。
「それじゃあ、啓介の回復を祈願して乾杯!」と遠慮なく野津田が乾杯する。
 医者には薬とお酒の飲み合わせはよくないと聞いていたが僕もひさびさにビールを飲んだ。炭酸が喉に気持ちよかった。
「満里絵ちゃんの事、そんなに真剣だったんだな」
「当り前さ」
「最初の彼女だものな。俺も最初の彼女だったバイトの先輩のことは忘れられねぇもんな。さすがにお前ほど落ち込むことはなかったけれど、気持ちはわかるよ」
 お前なんかに俺の気持ちが分かってたまるかと思ったが、差し入れまでしてくれている友人にそんな思いを抱いた自分に嫌悪感が沸いてくる。僕にとっての満里絵ちゃんは最初で最後の唯一の彼女なのだ。彼女のいないモノクロな今の生活に意味なんてない。
「復帰のめどは立ちそうか?」
「どうだろう?」と僕は適当に答えた。
「まぁ、焦るなって。満里絵ちゃんのことは俺もショックだったしな。大学なんてものは何とでもなるし、今は回復に努めろよ」
 それから僕らは黙って缶ビールを飲んだ。こういう時にサッカーゲームがあればなんとなく間が持つのだが、僕のうちにはゲームはない。僕はなにもしゃべることを思いつかず黙っていた。すると、野津田がしびれを切らしたのか「そろそろ行くよ」と告げて部屋を出た。
僕は空き缶とつまみを片付けてすぐに布団にもぐりこんだ。

 僕は眠りの浅瀬でゆらゆらと揺られる貝殻だ。空っぽの中身にいろんな思いが飛び込んで来る。満里絵ちゃんとの楽しかった思い出、満里絵ちゃんが消えて行くイメージ、自分が消え行くイメージ。目覚めてはそんな思いに心を揺さぶられ、また波にさらわれていく。

 23

 目覚めると夜の十時だった。十一月の半ば、徐々に寒くなってきたので、毛布を出さなければと思う。
今日は満里絵ちゃんの夢を見た。
 満里絵ちゃんと公園で一緒にラジオを聴いたときの思い出だ。あの日、満里絵ちゃんは泣いた。あのとき彼女は自分の身に起きることが分かっていたんだろうか。それならなぜ僕に言ってくれなかったんだろう。そんな思いが僕の胸をついて、どろどろとしたものが込み上げてきた。大丈夫だろうと思ったが、気持ちが悪くなったので台所に走り、そのまま思いっきりシンクに吐いた。
あの日の僕はいったいどうするべきだったのだろうか、と繰り返し自問自答する。そんなことに答えなどないと決まっているのに。今更何がどうできるっていうんだ。
 シンクを掃除して、うがいをして、ベッドに寝転ぶ。ふと携帯が目に入った。返していないメールがたくさんあるのを再確認する。そうしていると、携帯の画面の中のラジオアプリが目に入った。そうだ、今日は僕たちが聞いていたあのパーソナリティがラジオをやっている時間だ。
僕は番組にチューニングを合わそうとするが、番組表に彼の番組はなかった。調べてみると九月の改編で番組は終了になってしまっていたらしい。僕の気持ちはぐっと萎えてしまった。
 しかたなく、買っておいたカップラーメンでも食べようと湯を沸かしに再びキッチンに立った。ずっとカップラーメンやコンビニのレトルトばっかり食べているから、やっぱり太ってきたように思う。髭ももう三日は剃っていない。まったくこれじゃ廃人じゃないかと思う。病院でもらった薬も全然効かないし、僕は一日中ベッドの上でうつろな日々を過ごしている。
飯を食って、ベットに寝転ぶ。
なんとなくつけっぱなしにしておいたラジオからは僕らの聴いていた人とは違うミュージシャンが何やら話をしている。特に内容は頭に入ってこなかった。

 ラジオをつけっぱなしにしたまま眠ってしまったようだった。ベッドの上に転がる携帯からは、お笑い芸人さんがハイテンションでトークを繰り広げているのが聞こえた。
それで目を覚ましたのが、深夜一時。

 ~ Radio ~

 ちょっと待ってよ! だれが、包茎だよ。包茎だけれども。ちゃんと俺は銭湯に入る時はむくよ。恥ずかしいもん。だから、みんなにばれないようにちゃんとむくんだよ。でも、だぜ。あいつクリンって戻るんだよ。俺の包茎はクリンって戻るタイプの包茎なわけ。だからね、パンダもふもふさんが言うように、銭湯とかに入る時は包茎をむくんだけども、それだけじゃ上手くいかないわけよ。わかるかな、これ? まぁ、いいや。では、引き続き、『こんな包茎は嫌だ』を募集いたします。

~~~

 僕はあまりにもばかばかしいラジオの内容に久々に爆笑してしまった。クリンって戻るってなんだよ、いや、でもそうだよな。笑うのなんて一体いつぶりだろう。
 しかも、あのパンダもふもふさんがこんな深夜ラジオにもメール送っているんだと思うとびっくりした。懐かしいラジオネームを聴いて、心がほぐれた。
 僕はランニングウエアに着替えて、イヤホンでそのお笑い芸人さんのラジオを聴きながらランニングをすることにした。

~ Radio ~

 えーっ、引き続きテーマメール『こんな包茎は嫌だ』紹介していきたいと思います。
次は小心者さんからのメールです。『こんな包茎は嫌だ』。むくときに効果音が鳴る。なんだよ、それ! しょーもねぇなぁ。ジャジャーン、出ました! みたいなことなのかな。
 はい、次。ちっぽけな器さんからのメールです。『こんな包茎は嫌だ』。北京ダックのことをライバル視している。
 ハハハッ!
こりゃ同じ皮でも惨敗だよね。ライバル視するステージにいねぇわな、包茎は。

~~~

 僕は何週間かぶりに大いに笑った。笑いながら『こんな包茎は嫌だ』の答えを考えたが、自分にはいいものが思い浮かばなかった。
そんな風にラジオを聴きながら走っていると家が近づいてきて、いつもの横断歩道が見えてきた。僕はいつもそうするように目をつむることも、全力疾走することもなく左右確認をして安全に横断歩道を渡った。
僕は、僕の中、奥深くに隠れてしまっていた笑いの種を見つけられたような気がしてうれしかった。干からびてもう使い物にならないと思っていた種がひょんなことから芽吹いた、驚きとうれしさ、そんな感じだった。

 その次の週も僕はその番組を聞いた。昼も夜もない生活をしていたし、ゼミにもバイトにも顔を出さなくなってしまったが、このラジオだけは聞きたいと思った。

~ Radio ~

 えーっ、今週のテーマメールは『こんな文化祭はいい』です。皆さん文化祭にまつわる話を送ってこい!

~~~

 僕はPCの前でラジオを聴いている。今週は自分も満里絵ちゃんみたいにラジオにメールを投稿してみようと思ったのだ。テーマメールが発表されたので、ありったけの知恵を絞った。
・マジな大学生専門キャバクラが営業されている
・校長がおいしいゆで卵を売っている
・校長と教頭の漫才がメインイベントだ
・文化祭の開催期間が1週間だ
 ありったけの知恵を絞って十通近いメールを送った。しかし、僕の笑いの種は番組内で芽を出さないままに終わってしまった。そういえば、満里絵ちゃんもなかなかメールが採用されないとよくぼやいていたのを思い出す。

~ Radio ~

 今週のテーマメールは『こんな文化祭はいい』です。続々とメールが来ています。
 ラジオネーム、雪やコンコンさん、「文化祭に参加すると単位がもらえる」。これはいいですね。これをしたら、文化祭の盛り上がりも一段とすごいものになるでしょうね。落ちこぼれの生徒が必死になること間違いなしだね。
 それでは、次のメール。ラジオネーム、チャイさん、「文化祭に来る芸人がブームが終わった人ではなくて、M-1優勝者ばっかりだ。これは贅沢ですね。だいたい文化祭に来る芸人って、2、3年前に流行った芸人ばっかだもんね。こんなこと言うと、ちょうど今頃、文化祭の営業に行ってる芸人さんたちには悪いんだけどさ、今お前かよ! って思う時あるもんね。まぁ、予算の関係とかもあるんでしょうけどね。

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 僕はそれから毎週、その放送を深夜一時からリアルタイムで聞いてメールを送るようになった。生活はあいかわらず昼も夜もむちゃくちゃだが、その放送だけは外さないようにした。
僕は自分の中にある笑いにお種をそれこそ絶滅危惧種の苗を少しずつ増やしていくように慎重に育て始めたのだ。

 ある週に初めて僕のメールがラジオで読まれた。メールテーマは『小話』でなにかちょっとだけうまい話を送ってこい、というものだった。僕が送ったメールはこういった内容だ。
 持ち上げられると願いが叶うという『おもかる石』を持ち上げようとした人が石を持ち上げられずにそのまま腰を痛めたそうです。ちなみに、その人がしたお願いは、腰痛が治りますように、というものだったそうです。そりゃ、持ち上がるわけないわな!
パーソナリティの芸人さんにはしょーもねぇ話だなぁ。本当に落語家さんの小話じゃねぇかよ、こんなの。と言われてしまったが、初めて採用されたことに僕の気持ちは有頂天だった。
 その時に、最初に思ったのが、メールってちゃんと届いているんだということだった。僕の送ったメールがちゃんとラジオ局に届いて、スタッフさんの手で採用と不採用に仕分けられていて、パーソナリティさんの手もとに届いているのだと思うと、それだけでとてもうれしい。もっとラジオで自分の投稿を読んでほしいと思った。
 そういえば、僕と満里絵ちゃんが知り合ったのもラジオへの投稿がきっかけだった。あの日、満里絵ちゃんは授業そっちのけでラジオに投稿するためのハガキを書いていたんだ。メールが読まれないからハガキでチャレンジしてみるというのはなんだか満里絵ちゃんらしいなと思った。いつも笑っているので、何も考えてないように見える彼女だが、彼女は実に頑張り屋さんなのだ。僕はそんな彼女の不器用だけど、いつも全力で頑張っているところを尊敬していたし、好きだった。だから、僕も彼女に負けないように頑張らないとよく思わされたものだった。

 その次の週は、番組中に発表されるテーマメールだけではなくて事前にメール募集がされているいくつかのレギュラーコーナーにも大量にメールを送った。けれど、その週は自分のネタが読まれることはなかった。
 そして、その翌週にも僕は飽きずにメールを送った。すると一通だけ今度はレギュラーコーナーでメールが読まれた。それは、ニセのネットニュースの記事を作るコーナーで、僕は最近不倫が発覚した人気歌手の言い訳を、その歌手の曲名を使っていじるようなネタを書いて採用された。
数日後にラジオ番組のノベルティグッズがうちに送られてきた。それは番組の缶バッヂだったのだが、なんだか僕にはそれが勲章のように思えた。
またその次の週には別のレギュラーコーナーで読まれた。二週間連続で採用されたことになる。僕は自分の中にある笑いの種も捨てたもんじゃないじゃないかと思った。次は一回の放送で二つ以上のネタを読まれるようになりたいと思うようになった。
 ひねもすベッドの上にいる僕は、たくさんのネタメールを考えては番組に送った。その数は毎週数十通になった。そうすると、三週、四週と連続で一通ずつ読まれて、その番組ではほとんど毎回読まれるようになってきた。そして、ついには別々のレギュラーコーナーで一通ずつネタが採用されて一回の放送で二通のネタが採用されるまでになった。僕はとても自慢げな気持ちになった。番組と連動しているTwitterのアカウントをのぞいてみると、話題の中で僕に関することが上がっていた。
「ポン介さんって最近よくネタを読まれてるけど、Twitterとかやってないんでしょうかね? なんだか急に登場してきた謎の人物って感じですね」
ポン介、は僕のラジオネームだ。Twitter上に自分のラジオネームを見つけて、僕は胸がドキドキした。まさか、こんな風に僕のことがフィーチャーされているなんてびっくりだ。確かに毎週読まれているハガキ職人はとても少ない。そんな中で僕はいきなり登場した新参者だったので少し目立ったのかもしれない。なんだか有名人になったような気分だ。
 自分のTwitterのアカウントを久々にチェックする。フォローワー五人はすべて地元の友達だった。全く稼働していないも同然のそのTwitterアカウントを僕はラジオ用のアカウントに変更することにした。
アカウント名もラジオネームのポン介に変えた。自己紹介にラジオのハガキ職人をしていると明記した。一週間もしないうちにフォローワーが百人を超えた。なんだか自分が本当に有名人になったような気がしてくる。
 僕は気をよくして、他の芸人さんの深夜ラジオまで聞くようになった。調べてみると何組かの僕の好きなお笑い芸人さんたちがラジオ番組を持っていたのだ。僕はそれらの番組にも大量のネタ投稿を開始した。けれど、そちらではなかなか読まれない。二週、三週と数十通のメールを送り続けても簡単には採用されない。それで僕は投稿するメールの数をさらにどんどんと増やしていった。それに加えいいネタを作るために新鮮な芸能ニュースをチェックするようにもなった。そうしているうちに一つまた一つと新たな番組でも採用されるようになってきた。新しい番組で採用されるたびに、参加できたという感覚がある。参加する番組の数はどんどん増えて平日の夜はほとんどラジオを聞くようになった。Twitterのフォローワーが三百人を超えた。
 日中はほとんど眠り、気が向いたらゼミに行くだけで、あとは深夜のラジオを中心とした生活が当たり前になった。不思議と深夜ラジオの時間になると目が覚める。活力がわいてくるのだ。事前に送ったネタメールが採用されるかどうかのワクワク。その日のテーマメールに対してフル回転する頭。
そんな生活を送っていると、ラジオのテーマメールが『こんなクリスマスは嫌だ』であることで、クリスマスが近いことに気付かされる。自分が現実から逃げているなと感じることもあったし、逆にラジオが自分と現実をつなぐ唯一のツールであるかのようにも感じた。
 僕のチューニングは今や深夜一時からのラジオにぴったりとあってしまったようだった。

24

「ポン介さん、あけましておめでとうございます。今回メールさせていただいたのはラジオのハガキ職人オフ会のお誘いです」
 Twitterにこんなダイレクトメッセージが来ていた。自分が何か特別な結社に認められたような気がして心が躍った。いったいどんなメンバーが集まるのだろうかという不安もあったが、参加することにした。僕が参加する一番の理由になったのは、パンダもふもふさんが参加メンバーの中に入っていたからだ。パンダもふもふさんは、満里絵ちゃんと僕が一緒に聞いていたラジオでよく名前を聞いていたハガキ職人さんだ。僕は彼が参加すると聞いて、これはぜひとも参加してみようと思った。
 そのオフ会は週末に行われるラジオの公開イベントの後に行われた。
僕はひさびさにまともな用事で昼間に外に出ることになった。ラジオの公開イベント自体は抽選に外れたので参加できなかったのだが、グッズだけは長い列に並んで買うことにした。その長い列を見ていると、この中にラジオネーム、ポン介を知っている人がどれくらいいるのだろうかと思う。いまや、ポン介はメールを送っている番組のいずれにおいてもほとんど毎週のように名前が出てくる常連ハガキ職人となっている。それで呼ばれたのがこのオフ会でもある。それはまるでラジオへの投稿を頑張ったご褒美かのようにも感じられた。
オフ会は夜六時から居酒屋にて行われた。僕は居酒屋の前で自分がとても緊張していることに気付く。このまま引き返して帰ろうかとすら思ったくらいだった。けれど覚悟を決めて、店に入り聞いていた予約の名前を告げた。
座敷の席には、四人の男と一人の女性がいた。
「あっ、僕はラジオネーム小心者です。今回のオフ会の幹事です」と黒ぶち眼鏡をかけた小柄な三十歳前後に見えるインテリ風の男性がラジオネームで自己紹介する。いつもラジオで下ネタのメールを送っている人とは到底思えないようなまともな人に見えた。
「あっ、僕はポン介です」と自己紹介すると、みんなが「あーっ!」と半分納得、半分驚きと言うリアクションを返してくる。初めて会うのに初めてじゃない、そんな奇妙な感覚がした。
それから、小心者さんによってそれぞれのラジオネームが紹介された。パンダもふもふさん、ちっぽけな器さん、ツナ缶さん、トラコさん。みんなが毎週それぞれの番組で名前を聞かない週がないくらいの常連ハガキ職人さんたちだ。僕はなんだかラジオの世界に迷い込んだような気分になった。
会は自己紹介やラジオに投稿し始めたきっかけなどの話題から始まり、徐々にアルコールが入ると、誰のどのネタがおもしろかったなどというコアな話へと進んでいった。
ハガキ職人さんたちというものはもっと根暗でコミュニケーションの苦手な人たちかと思ったが、話してみると実際はとてもフレンドリーでオープンな人たちだった。それに、やはり同じラジオを熱心に聞いているだけあって、みんなすぐに気が合った。
「ポン介さんはなんでラジオを聴き始めたの? 若いのに?」といつもハガキ職人大賞を受賞しているちっぽけな器さんに質問された。
僕はとっさに差し障りない答えを返そうかと思ったが、なんとなく正直に答えた。
「僕の彼女がラジオ好きだったから、一緒に聞くようになったのが最初なんです」
 そう言いながら、満里絵ちゃんのことを思い出してぐっと来る。巡り巡って彼女との出会いが、僕を今この不思議なラジオの世界へと連れてきているのだ。
「いいなぁ、うちの嫁なんて僕がラジオばっかり聞いてるのをとても煙たがってるんですよ」と小太りだがファッションはとてもおしゃれなツナ缶さんが言う。
「なかなかリアルでラジオを聴く友達っていないですよねぇ」と小心者さんが同調する。
「私もラジオ仲間ってTwitterにしかいませんよ」とパンダもふもふさんもさらに同調。
 みんな孤独にラジオを聴きながら、Twitterの世界でつながっているようだった。
 会はどんどんと盛り上がりを見せて、二次会へ向かうこととなった。二次会へ行く道すがら僕はパンダもふもふさんの隣を歩いていたので、聞いてみた。
「パンダもふもふさんって、あのラジオに投稿してましたよね?」と満里絵ちゃんと聞いていたアーティストのラジオ番組名を彼に伝える。
「えっ、ポン介さんも聞いてたの? あのラジオでポン介さんの名前を聞いた覚えはないけどなぁ」とパンダもふもふさんが記憶をたどる。
「僕はあの番組は聴く専(聴く専門)だったんで」
「そうなんですね、終わっちゃって残念だよねー」とパンダもふもふさんが背中を丸めて悲しげな顔をする。
「ねぇ、ポン介さんは学生なんでしょ。バイトとかしてる?」
突然の質問に僕はきょとんとしてしまった。いま引きこもっている僕はバイトなどしていない。それが少し後ろめたく感じられた。
「いやね、僕、恥ずかしながら前の会社を辞めて、今はラジオの放送作家を目指して作家さんについて修行してるんですよ。それで、今人手が足りなくて学生のバイトさんを探してるんだよ。だからもし、ポン介さんが興味あったら紹介できるかなって思ったんだよね」
 さすがにすぐには返事ができなかったが、とにかく自分がラジオの世界に誘われたことをすごくうれしく思った。それが表情に出ていたのだろうか、パンダもふもふさんがニヤリとする。
「あっ、やっぱり興味ある? じゃあ僕が知り合いの放送作家さんに伝えておくから、また僕かその放送作家さんから連絡がいくようにするよ。よろしくね!」
 そうこうしていると幹事の小心者さんが2次会のお店を見つけてくれて二次会が始まった。
二次会ではそれぞれが自分の聞いている、メールやハガキを投稿しているラジオの良さを語った。ついには、もっとラジオが世の中のメディアのメインストリームになるべきだ、とみんなで声高に叫んだ。みんなそれぞれにラジオを愛しているのだ。
 ラジオのハガキ職人オフ会は二次会まであっという間に終わってしまい、またイベントなどがあったらみんなで会いましょうと約束をしてそれぞれが現実世界へと帰っていった。
 僕は電車に乗って自分のマンションへと向かった。みちすがら、満里絵ちゃんとラジオを一緒に聞いていた時のことを思いだす。やはりぐっとこみ上げてくるものがあった。彼女を失って現実世界から引きこもってしまった僕はラジオの世界に迷い込んでしまったのだ。いまや、いくつかの番組で常連ハガキ職人となった僕にとって、そこはとても居心地の良い世界だ。けれど、そろそろ現実の世界にも復帰しなくちゃなと思う。ゼミは教授が僕の状態を理解してくれていることでなんとか単位は取れそうだが、他の授業がやばいし、バイトもしていないのでお金もきつくなってきている。悲しみの殻の中でぬくぬくと籠っていてはいけないなと決心して改札を抜ける。
 冬の空はきりりと冷たく、僕の決意を鋭くするのを助けてくれる。いつまでも満里絵ちゃんのことを引きずっていてはいけない。僕も自分自身で自分の笑いの種を育てられるようにならなければいけないんだ。彼女のいない世界がそれでも色づくように、少しずつではあるけれど前を向き、自分の笑いの種を育て始めた。

25

 翌週はすべての授業に出た。
 朝、髭を剃り、コーヒーを飲み、大学へと向かう。今までほとんど出ていない授業がいくつかあったので、知り合いにノートを借りて何とか追いつこう考えたが、上手くいく授業とそうでない授業がありそうだった。それでもとにかく最善を尽くすことにした。四年生になったときに取らないといけない単位を多く残したくはない。
 そんな中、近代英米文学の授業に懐かしい顔を見つけた。その授業は大講堂で行われていたが、前方に座るすらっと姿勢のいい背筋にハーフのような大きな目をした彼女がアリサちゃんであることは見間違えようがなかった。いつの日かアジアの街に消えたアリサちゃんがうちの大学にいる。なんとなくうれしくなった僕は授業が終わってから彼女に声をかけた。
「やぁ、なんでうちの大学に?」
「あら」とアリサちゃんは驚いた顔をする。
「私、勉強のためにいくつかの授業に忍び込んでるのよ」
「そうなんだ。てっきりアリサちゃんはもうアジアの街に消えちゃったのかと思っていたよ」
「実際に一年以上の間、アジアやヨーロッパ、オーストラリアなんかを転々としていたわ」と彼女は自慢げに言う。僕の知っているアリサちゃんだ。
「どうだった?」
「いろいろね」とアリサちゃんは赤茶色に染まった長い髪を優雅に触りながら答えた。
「次、授業ある?」
「次はないけど、午後にはバイトにいかなきゃいけないの」
「じゃあ少しだけお茶でもしない?」
「そうね」
アリサちゃんは一年生のあの夏から一年以上休学してバックパッカーとして各地を放浪して、帰国して短大を退学したそうだ。今はアルバイトでベンチャー企業のアシスタントをしているのだそうだ。
「ずいぶん久しぶりなのに、そんな気がしないね」
「あなたは少し太った?」
「うん、ちょっと色々あってね」
 僕は自分が最近引きこもってカップラーメンやレトルト食品ばかり食べていることに思い当たる。やはり太ってしまっているのかと後悔した、それと同時にダイエットをしようと心の中で決心を固くする。
「もしかしてアリサちゃんもう英語ぺらぺらになった?」
「ううん、アジアの街で暮らしていくくらいにはできるけれど、ビジネスで使うにはまだまだね。今バイトしている会社で英語を使うことがあるのだけれど、ビジネス英語はまた全然違うくて」
「そっか、日常会話と仕事では同じ英語でもずいぶん違いそうだね」
「そういえば」とアリサちゃんが何か思いついたような顔をする。
「あの時の約束覚えてる?」
「約束?」
「あなたのお洋服のお買い物を手伝うってやつ」
「そういえば、そんなこともあったね。それで、すぐ君がいなくなっちゃうんだからびっくりしたよ」
 フフフと彼女は軽やかに笑って「また英語の勉強教えてね!」と言って学食の席を立った。
 
 僕はそれから週に3回のランニングと週に2回のウエイトトレーニングを開始した。ラジオのせいで寝る時間が深夜の3時になってしまうのは仕方のないことと割り切って、それ以外の生活を徐々に正常なものへと戻していった。少なくとも太陽の出ている時間に活動するようにした。
心療内科での治療も減薬していく段階にまではいった。

 年が明けると、野津田の家で飲むことも徐々に増えるようになった。
「やっと復活かい?」と野津田が感情を見せずに言う。
 一瞬そんな野津田の様子を冷たく感じた。それで、僕は「ああ」と答えを返す。
「よかったよ、立ち直れないかと思ってたんだ」
そう言う野津田の顔はやはり無表情で、感情が読めない。今もまだ僕に危うさを感じているのかもしれない。そんな感じがした。
「すまない」
「仕方のないことさ。難しいことだと思うよ」
「ありがとう」
 僕らは久々にサッカーゲームをした。一年生の時からずっと同じゲームをしている。もう三年生も終盤だというのに。そしていつものように缶ビールを開けて、カランと言う音を立てて机の上に空き缶を増やしていく。
「それにしても、半年くらい引きこもってたのか? そりゃ太るわな。ハハハ」と今度は野津田が僕を笑い飛ばした。
「ダイエットしているんだ。だから、そのうち元に戻るさ」
「だといいけど」と野津田が怪しむような顔をこちらに向ける。
「そうだ、野津田の内定祝いをまだしてなかったな。乾杯をしよう」
 野津田は一流の外資系金融機関に内定を決めていた。ほとんど授業に顔を出さない野津田の大企業内定に周囲はとても驚いている様子だったが、僕は それほど驚かなかった。彼はもともと要領がいいのだ。
「厳しい会社なんだろ?」と心配して僕が聞く。
「それを求めて入社するんだ」
「どういうことだ?」
「刺激さ。変化と言ってもいい」
「お前ならやれそうだな」
「俺が心配なのは会社が俺を飽きさせないかだけだ。けど、そうなったらなったで、転職していくまでさ。将来的には自分で会社をおこしたいとも思う。でもまぁ、とりあえずは社会の荒波にでももまれてみようってな感じだな」
「大人になったんだな」と僕が茶化して言う。
「当たり前だ」と野津田がまじめに返す。
「じゃあ乾杯だ!」
「これ、俺んちのビールだけどな。まぁ、いいや。乾杯」
こうしていると自分のチューニングが徐々に現実世界にあってくるのを感じる。
「啓介は就職どうするんだよ?」
「俺はラジオを作りたいと思っているんだ」
 野津田がラジオという単語を聞いて黙った。満里絵ちゃんとつながる単語だと思ったからだろう。
「ラジオのハガキ職人をやってるだけじゃあもう物足りなくなってきたんだよな」と打ち明ける。
「お前、ホントラジオ好きだな」と野津田があきれる。
「そうだな。ラジオを媒体に好きな人が好きなように集まって、好きなことをやっている感じがいいんだ」
「俺には、わからんよ」と野津田が言う。
「分かる人にはとても良く分かる、それもまたいいところなんだ」
「そうですか」と野津田は気のない返事を返してくる。
「実際にラジオ会社のバイトにも誘われてるんだ」
「それはすごいな! 芸能人とかに会えるわけ?」
「さぁ、どうだろう。バイトは裏方だからね」と言いながらもなぜか自慢げな気分がした。
「まぁ、お前がこうやって飲みに来てくれるようになったんだ。とりあえず、それでオーケーだ。お前がいない間、サッカーゲームもしてなかったから腕が落ちてしまってるよ」
「それはこっちも同じさ」
 そして僕らはいつもそうしていたように缶ビールのプルトップを引っ張っては、サッカーゲームに熱中した。

26

 部屋に帰ると、倒したままになっている写真立てがある。それは満里絵ちゃんと一緒にラジオの公開収録に行ったときの写真だ。ブース越しにパーソナリティのミュージシャンと三人で映っているようになっているその写真は僕らの宝物だった。
 それを引き出しの奥にしまおうかそれともこのままにしておこうかと考えた。机の上に倒したままの中途半端な状態で置いておくのは違う気がした。かといって、それをそのまま飾るのも違うような気がした。そうして考えた結果、僕はそれをいったん引き出しの奥にしまうことにした。
 僕もそろそろ歩き出さなきゃいけないんだ。そう思うととても悲しい。けれど、それが現実だ。昨日のことは昨日のことで、もう終わってしまったことなんだ。振り返ってばかりはいられない。前を向かなきゃいけないんだ、そう思う。いつの日かふと思い出してその写真を取り出して、大切にアルバムに挟む、そんな時が来ればいいと思う。
 彼女が残してくれた笑いの種が僕の中に残っているのを少々時間はかかったが、僕はなんとか見つけ出すことができたのだ。彼女への感謝は尽きない。だから、これからももっと笑いの種のその花を咲かせていきたいと思う。

27

 年末の近い寒空の下、僕はラジオ局の裏口に向かった道路の歩道にいる。裏口のすぐそばには警備員がいるのでそちら側で出待ちをすると注意されそうな様子であった。
 僕は今一番、投稿に力を入れているラジオのパーソナリティのお笑い芸人さんの出待ちをしている。出待ちとは、番組終わりの出演者さんをラ序曲の出口で待ち構えて、握手やサインをもらったりすることだ。
Twitterで雪やこんこんさんから、出待ちをすればラジオのパーソナリティさんに直接会えるし、運が良ければ話もできるかもしれないと聞いて、いてもたってもいれなくなったのだ。
夜中二時半。僕のほかに出待ちをしているのはたった二人だった。一人は自転車で来ていて、もう一人は幽霊のように見える女性だった。
 僕は自分の携帯でラジオを聴きながら、パーソナリティのお笑い芸人さんが出てくるのを待った。

 ~ Radio ~

 今週もたくさんの面白いネタありがとうございました。この番組はみなさん職人さんの力で成り立っています。来週もいいネタどんどん送ってきてください。お待ちしております。今夜もお付き合いありがとうございました。それでは、また来週もこの時間にお会いしましょう。おやすみなさい。

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 三時にラジオが終わるとあたりがそわそわし始めた。いつ出てくるのだろう。ちゃんと思っている出口から出てくるのだろうか。ネットの情報では深夜の出入り口はそこしかないので間違いないのだが、それでも不安になる。
 三時十五分。まだ出てこない。その時にわかに出口に人影が現れた。それは番組のスタッフか芸人さんのマネージャーのように見えた。すると、その後ろから意中の芸人さんが出てきた。
 僕はとっさに大きく彼に手を振った。気づかれていないようだった。しばらくすると、立体駐車場から芸人さんの車が出てきて彼は一人それに乗り込んだ。
 車が動き出すと同時に出待ちをしていた二人がそれを追って走り出した。すると、車は最初の交差点の赤信号で止まって、その芸人さんがパワーウインドウを開けてくれた。そして、一人目の握手に応じ、二人目のサインにも応じた。僕は二人についていく形で三人目に並んでいた。
「ポン介です。ラジオお疲れ様です」僕はなぜかとっさに自己紹介をしてしまった。
「えっ」と怪訝な顔で芸人さんが聞き返してきた。
「ポン介です。ハガキ職人の」僕は自分の足が緊張で震えているのを感じた。
「おぉ、ポン介。いつもありがとうな」
 彼が僕のことを思い出したらしく急に柔和な顔でそう言ってくれた。
「ありがとうございます」
「あっ、信号が青になったわ。んな、これからも、頼むでぇ」
「はい!」
 その短い会話は僕にとってとても貴重な体験となった。毎週のようにハガキとメールを投稿している番組のパーソナリティさんにじかにあえて、しかも彼が自分の名前を憶えていてくれたことに感動した。
 後に残った番組スタッフが僕ら出待ち組に「遅くまでありがとうございます」とねぎらいの言葉をくれた。とても寒い夜だったが、心があったかくなるのを感じた。
 ラジオ局の裏口から帰る道すがら、僕は満里絵ちゃんのことを思った。一緒に公開収録に行ったときの彼女に、出待ちをする僕の姿が想像できただろうか。おそらくはできないだろう。僕はいつのまにかラジオの世界にどっぷりと浸かっている。

年が明けて、正式にラジオのバイトの話が舞い込んできた。僕は週に何回か夜十時から零時までの音楽系の番組でバイトをすることになった。内容は会議室の準備や買い出し、掃除など雑多な作業が中心だ。
夜十時からの放送のために夕方六時から準備が始まることに僕は驚いた。そこからラジオのトークのネタになるような雑誌の買い出しや事前に来ているメールの選別作業などが始まる。そんなことをしているとあっという間に放送一時間前になり、ラジオのパーソナリティさんがやってきて打ち合わせが始まる。
僕のようなバイトが打ち合わせに入ることはないが、打ち合わせで出てきたアイデアを形にするために、また新たな買い出しがあったり、準備をしたり、なんだかんだと仕事が出てくる。僕は自分が好きなラジオの世界の裏側で自分もラジオ作りにたずさわれていることに幸せを感じた。

 そしてまた四月がやってきた。僕はなんとか四年生にあがれて、あといくつかの単位とゼミの卒論を出せば卒業できる見込みもついてきた。しかし、就職活動の方は全くしていなかった。自分はラジオの世界で生きて行こうと何となく決めていたからだ。今のバイトから、社員になってゆくゆくはラジオを作る側の人間になりたいと真剣に思った。
 数少ない授業とゼミ。ラジオへのハガキとメールの投稿とラジオのバイト。そんな生活。

 ラジオのバイトは順調で四月に一度飲み会があり僕もそれに参加した。それは僕がバイトをしている番組の各曜日のスタッフが勢ぞろいする大規模な飲み会で、中にはパーソナリティの有名人もいた。その会は一軒家を改装して作られた洒落た居酒屋で催されたのだが、テーブルは自然とパーソナリティとメインスタッフのものと下っ端のスタッフとバイトのテーブルに分かれた。僕はそこで始めて自分がバイトをしていない曜日のスタッフたちと対面した。
「君がポン介君だ?」と眼鏡をかけた新人スタッフさんが聞いてきた。そうだと答えると、僕のラジオネームを知っていると興奮気味に言ってくれた。
「僕もラジオに何回も投稿したことあるけど、曲リクエスト以外で採用されたことなんてなかったよ」とその眼鏡の男性は頭を掻きながらぼやく。
「僕は大学生で時間もあるので、ネタつくりをする時間はたっぷりあるんで」
「いやいや、センスだね。あれは笑いのセンスがないとできないわ」
 笑いの種。そう僕は思った。満里絵ちゃんが僕に残してくれたものだ。
「ポン介君、構成作家とかは興味ないの?」
 もちろんあると答えると、彼はメインスタッフのテーブルにいる男性に何か伝えに言った。すると彼がその男性とともにこちらのテーブルへとやってきた。
「君がポン介君か!」メインスタッフのテーブルからやってきたその男性はツーブロックにオールバックと言ういかにも業界人らしい風貌をしてサングラスを頭に乗っけていた。
「作家に興味があるんだ?」
「はい」
「じゃあ、サブサブ作家であいている番組があるから今度、呼んであげるよ。たぶん君も投稿してくれている番組だと思うよ」そう言って彼があげた番組名はまさしく僕が投稿しているお笑い系の番組の一つだった。こんなにすぐにチャンスが訪れるとは思わなかった。
 僕がただただ驚いていると、隣の酔ったバイトの子がうらやましそうに僕に言う。
「ハガキ職人から作家さんになるって話には聞いたことあるけど、本当に目の前でそういうことが起きてるのを見ると興奮するなぁ。ポン介さんは四,五番組くらいで毎週読まれている常連さんだもんなぁ。俺には無理だなぁ。いくら投稿しても読まれない時はぜんぜん読まれないもんね」
「僕も毎週、必ず読まれているというわけじゃないですよ」
「印象で言えば、毎週以上だよ」とそのバイトの子は悔しそうにつぶやいて手酌で焼酎を飲んだ。
 そんなやり取りをしていると、ビンゴ大会が始まった。僕は前半全然穴が開かなかったが、逆にそれが功を奏して、結局ビリから二番目にビンゴになり、なぜかとても高級な炊飯器をもらった。

28

「ねぇフェスっていたことある?」とアリサちゃんが聞いてきたのはゴールデンウィークが明けた頃のビジネス英会話の授業の後だった。
「ないなぁ」
「行ってみない?」
 彼女の差し出したパンフレットを見ると、そのフェスは多くのミュージシャンが参加するものらしく、満里絵ちゃんと僕が好きでラジオを聞いていたミュージシャンも参加するようだった。
「けど、チケットって取れるの?」
 そう僕が聞くとアリサちゃんはジーパンのお尻ポケットからチケットを二枚取り出して「ほら」と僕にその一枚を手話した。
「どうして?」
「私がバイトしてるお店の店長がチケットをとったけど余らせちゃったみたいで。行くよね?」
 行かない手はなかった。

 六月の梅雨の晴れ間にそのフェスは開催された。
「晴れてよかったね!」とアリサちゃんが満面の笑みで言う。
「晴れてよかった」
 フェスは複数の会場でライブが開催されていて、僕らはタイムテーブルを見ながら目当てのミュージシャンの演奏を聴きに行った。
 アリサちゃんのお目当ては僕の知らないインストのファンクバンドだった。僕らは運よく人の流れに乗って前方でそのアーティストの演奏を聴くことができた。カッティングギターとスネアドラムから演奏が始まるとアリサちゃんを含めて観客が躍りだした。僕は少し驚いたがつられてアリサちゃんと一緒に揺れた。ピアノのアドリブパートに入るころには僕らはもう汗をかき始めていた。
とても気分が良かった。僕らはそのバンドが四曲やるのをすべて聞き終えると、屋台で一度ビールを飲んで腹ごしらえをして、今度はJ-POPのバンドの演奏を遠巻きに何曲か聞いた。
 そして満里絵ちゃんと僕が知り合うきっかけになったアーティストの出番が近づいてきたので僕らは三十分の余裕をもって会場に入り徐々にいい位置を確保していった。演奏が始まるころにはなんとか真ん中あたりでステージを見られるポジションに身を落ち着けた。
「やぁ、みんな盛り上がってる? 僕は今から五曲やったら、飛んで帰って明日のドラマ撮影に向けて睡眠をとるけど、みんなは最後まで楽しんでいってね」
 彼のおどけたトークに会場が笑いに包まれた。そしてそんな和やかな空気の中で曲が始まった。彼の代表曲から始まり、最新シングルの曲、最新アルバムから二曲、そして最後にあの曲が流れた。
『笑いのタネ』だ。

 ~ Music ~

笑いのタネ♪

♪Lady 君はいつもの笑顔 僕はつられてしまう
♪Boy あなたの笑顔 ずっとみていたい
♪君が笑い僕が笑い世界が笑う そんな夢を僕は見るんだ
♪笑いの種が芽を吹き
♪大地が緑に染まってゆく
♪君が笑い 僕が笑う
♪みんなが笑っている

♪Honey ずっと一緒にいよう くしゃくしゃな笑顔で
♪Darling いつか離れてしまっても 二人一緒だから
♪二人ずっといつまでも笑っていたら 顔のしわがどんどん深くなっちゃうんだ
♪笑いの花が咲き誇り
♪大地が虹色に染まってゆく
♪君が笑い 僕が笑う
♪みんなが笑っている

~~~

 イントロが始まると僕の体は震えた。舞台はアーティストを中心にライトアップされている。太陽はもうイエローがオレンジに近くなっている。人の汗のにおいがした。隣にはアリサちゃんがいる。
 僕の体を走った震えはおなかのあたりから肩にかけてぶるっときて、深いため息へと変わった。僕はとっさにアリサちゃんの手を握った。アリサちゃんは一瞬、びくりと驚いた様子だったがその手を握り返してくれた。それで僕は落ち着きを取り戻した。
「みんな、ありがとー! 今日は最高に気持ちいいライブができました。これで僕もよく眠れます。夏から放送する僕のドラマもぜひ見てね。明日の撮影も頑張るから! それではみなさん引き続き僕の分まで楽しんで帰ってね!」
 会場がゆれるように盛り上がった。そしてアンコールが起きた。しかし、アンコールの曲は演奏されないままに彼のライブは終わってしまった。
 それから僕とアリサちゃんは自然と手をつないだまま別のライブを何曲か聞いて、帰りの電車が混む前に帰ろうということで終演の少し前に会場を後にした。

 29
 
 ラジオのバイトでは任される仕事の種類が徐々に変わってきた。今まではケイタリングの準備であったり、ラジオブースや会議室の準備や片づけだったり、いわゆる雑用がメインだった。それが今は番組に届いたメールの最初の仕分け作業を任されるようになった。飲み会で話が出たサブサブ作家への道を一歩踏み出せたというわけだ。
 ラジオ番組で読まれるメールが決まるまでには多くの工程がある。僕のようなサブサブ作家の前読みがあり、それを放送前にブースの外にいるサブ作家がさらに厳選する。そして放送直前にブースの中に入るパーソナリティさんとメイン作家さんが最終的に厳選された中から選んで放送で読むということになる。
 僕の担当する番組でも多い週では千通以上のメールが来るので、その仕分け作業はなかなか大変なものではあるが、僕にとって、それはとても楽しい作業でもあった。ハガキ職人さんから送られてくる大量のネタをすべて読めるというのはこのバイトの特権である。
けれど、不思議なことに、僕がそのような下読みの作業を任されるようになってから、僕のハガキやメールの採用率が下がってきた。今まではどの番組でも毎週のように読まれるのがもはや普通であったのに、最近では自分のネタが読まれない週がちらほらと出てきた。自分としては同じクオリティのネタを送っているつもりなのにと思う。それで、頑張って送るネタの数を増やすのだが、なかなかうまくいかない。放送中のテーマメールにも多くのメールを送るが読まれない。そうして無安打のまま深夜三時に放送が終わる。そういうときの虚無感を分かってくれる人がどれくらいいるだろうか?
ラジオのバイトは上々、ラジオのネタの採用率は下降気味。自分が今のバイトまでこぎつけたのは、やはりラジオへの投稿があってのものなので、ここはもう一度、力を入れてネタつくりをしていこうと思った。そのためには芸能ニュースだけでなく時事ネタや流行にももっとアンテナを張っていないといけない。
おもしろいラジオを作りたい、おもしろいラジオに参加したい。この気持ちはどんどんと増していく一方だ。自分と満里絵ちゃんをつないでくれたラジオ。沈みかけていた自分を助けてくれたラジオ。それはいつも僕の近くにあって、僕をなにかとつなげてくれている。

30

「私、風俗でアルバイトをしているの」
アリサちゃんは僕の目をまっすぐに見てそう告白した。
 僕らはたまにそうするようにうちの大学のカフェでコーヒーを飲んでいた。昼過ぎののんびりした大学のカフェで聞くそのような告白には異様な重みがある。
「なんだって?」
「何回も言わせないで。私にはとにかくお金を貯める必要があるの」
「でも風俗だなんて」
 話をよく聞くとアリサちゃんは海外から戻ってきてお金を貯めるために最初はキャバクラのバイトから始めたそうだ。そして、そこで、もっとお金を手っ取り早く稼ぎたいなら、といって紹介されたのが風俗のバイトだったらしい。
「おどろいたよ」
「あなたには隠していたくなかったの」
 アリサちゃんの告白の意味を僕は何となく理解できた。
「これからもそういうバイトを続けるつもり?」
「うん、そうね。でも私が風俗で働いているからって、汚らわしいとかそういう風に思ってほしくないの。だってそうでしょ、風俗だって世の中にちゃんとある認められたお仕事なんだから。誰かに否定されるべきものじゃないと思うの」
 そこまで言うとアリサちゃんは、「はぁ」とため息をついた。
「私、あなたみたいな人がうらやましかった。いい家で育って、国立の頭のいい大学に入って、将来も有望で。でも私は賢くないから、だから、あなたみたいなエリートとは違う何かを手にしたかったんだと思う」
アリサちゃんがこんな風に自信なさげに話すのは珍しい。そんな彼女がとても健気に見えた。
「それで、その違う何かは見つかった?」
「ううん。結局、私は凡人なんだと思う。勉強もできないし、何かの才能があるわけじゃないし。バックパッカーをしていて、いろんな国のいろんな考えを持った人に出会えた。それ自体はとても刺激になったし、良かったと思うの。でもね、分かったの。日本は平和すぎるし、私は平凡だって。旅をしたらちょっとは私も違う自分になれるかなと思ってたのに、私はずっと私のままなの」
「それに不満があるの? 君はすごく可愛いよ。うちの大学にいたらみんなが振り返るくらいだ」
「ありがとう」
 アリサちゃんがそう言って、ふっ、と笑って続けた。
「私はまたここではないどこかに行こうと思の。今の自分には全然満足していないし、もっとなにか運命的なものと出会わないといけないと思うの」
「またどこかへ行っちゃうの?」
「そうなると思うわ」
「さみしくなるね」
 僕は心からそう思った。アリサちゃんは僕から見たら全然普通の子ではなくて、むしろ不思議な存在なのだけれど、彼女自身はそうは思っていないらしい。僕に何か手伝えることはないだろうかと考えるが、何も思いつかない。
僕とアリサちゃんは一年生の時もそうだったように、近づきかけては、近づいてしまったせいで、実はお互いがパラレルな世界にいることに気付かされてしまうのだ。交わりそうで交わらない距離がいつもそこにはあった。
「啓介君、この前のデートはとても楽しかったわ」
「僕もだよ」
 僕は何か言葉をつづけようと思ったが思い浮かばなかった。するとアリサちゃんがその長い髪なびかせて席を立った。僕はもう彼女には会えないんだろうなと覚悟した。

31

 満里絵ちゃんのことを徐々に忘れていく自分がいることがとても悲しく思える時がある。ラジオ局でのバイトや大学生活を普通に送れるようになっていくほどに、僕は彼女のことを忘れていく。夢の中に彼女が現れることもほとんどなくなってしまった。彼女の不在がどんどんと薄れていく感覚がある。
 また別の人のことを彼女のように好きになれるだろうか。それはとても難しいことのように思う。けれど、そういう人と出会わなければならないとも思う。そうやって前を向く自分のことを冷ややかな目で見る自分もいる。
そんな時、僕はいつも笑いの種について考える。彼女はいつも笑っていた。彼女の笑顔が僕を魅了した。そんな彼女のいなくなった今、僕には彼女の残した笑いの種があるのだとそう思うようにしている。そう思えば、前を向く自分が満里絵ちゃんから離れていくものとはまた違うように感じられるからだ。
 それでも、彼女のことを思い出してつらくなる時がある。できることなら、彼女と一緒に僕らの笑いの種を育てたかった。もう一度、彼女の笑い声を聞きたいと思う。そんな時、僕はいつもラジオを聞くようにしている。自分がハガキやメールをしている番組ではなくてもなんでもいいから、とにかくラジオを聞くようにしている。そうすると、僕に話しかけてくれる誰かがそこにいる。そうして僕は自分の心を落ち着けることができる。

32

 大学生最後の夏休みに僕はついに念願の番組を担当することになった。担当と言っても僕はバイトなのですることは雑用なのだが。それは、満里絵ちゃんと僕が一緒に聞いていたアーティストのラジオだった。レギュラー放送はもう終わってしまっているが、同じ番組が特番で帰ってきたのだ。それを知った僕は、ラジオ局の先輩に頼み込んで、その番組のバイトをさせてもらえることになった。
 番組開始は金曜の十時。あの時と同じだ。僕の仕事は曲紹介のメッセージの事前チェックだ。
「あの人へ送る曲」と言うコーナーで、番組を聞いている人がメッセージ付きで誰かに曲をプレゼントするというコーナーだ。そのコーナーには二百を超えるメッセージが届いていたので、僕はそれを二十通にまで絞って、番組の作家さんに受け渡すのが仕事だ。実際に番組で紹介されるのはそのうちの五通がやっとのところだろう。
僕は昼から一通ずつそのメッセージを聞いていった。

~ Message ~

 ラジオネーム 犬のしっぽです。私は今喧嘩をしている友達と仲直りをしたいので、この曲を送りたいともいます。よく一緒にカラオケで歌った思い出の曲です。YUKIで「JOY」

~~~

 メッセージに具体性が足りないので、残念ながら不採用。僕は引き続きメッセージを聴きつづけて仕分け作業をした。
二百本ものメッセージを聞いて、番組ディレクターに指示された要領でメッセージを仕分けしていく。なかなか骨の折れる作業だ。夕方には残りのメッセージが数十通ほどになり作業の終わりが徐々に見えてきた。
それと並行して、僕が採用のタグをつけたメッセージを番組の作家さんが聞いて、最終選考を始めていた。僕の作業のスピードもどんどんと上がっていく。

~ Message ~

 まんまるまる子です。私がメッセージを送りたい相手は私の大好きな彼氏、アキラ君です。アキラ君、毎日お仕事お疲れ様です。私も来年には社会人になるので、アキラ君の仕事のこととかもっと理解できるようになると思うから期待していてね! いつも私のことを笑わせてくれるアキラ君のことが大好きです。だから、この曲を送ります。『笑いのタネ』

~~~

 ラジオのメッセージは恥ずかしがるような笑い声で終わっていた。
アハハハハ!
 僕はあまりのことに息を詰まらせてしまった。まんまるまる子は満里絵ちゃんのラジオネームだ。声も満里絵ちゃんのもので間違いない。
アキラ?
 新しい彼氏?
 彼女の笑いの種はふわふわと別の男のところに飛んで行って、そこにその根を生やしてしまったらしい。僕はメッセージ選別の作業もそこそこに会議室を飛び出した。飛び出したところですることもないので、缶コーヒーを飲みながら外の空気をしばらく吸ってメッセージの選別作業をつづけた。今の僕にはラジオしかないのだ。

33

 野津田の家の机の上を空き缶が転がっている。
 僕らはサッカーゲームにも飽きてしまって、もうふらふらになりながらも新しいビールの缶を開けていた。
「それで、満里絵ちゃんのメッセージとやらは採用にしたのかい?」
「するわけないだろ!」と僕が怒りをあらわにすると、野津田があわてて「すまない、冗談だ」と弁解した。
「彼氏ってなんだよ。だって、俺は彼女が退院したことすら知らなかったんだぜ」
「そりゃ、気の毒だな。でもさ、お前、病気が治ったんだったら、新しい彼氏ができたって不思議じゃないだろ?」
「ってか、俺、別れたつもりなかったんだけど」
 確かに、彼女の入院前に公園で別れようといわれたが、それに同意したつもりはなかった。それから半年ほど彼女は入院してしまったため、僕は彼女と連絡を取ることができなかった。
「元カノのことをあれこれ言っても仕方ないさ。健康でいてくれて、新しい彼氏までできたんだったら、それはそれでいいことじゃないか」となんでもないことのように野津田が言う。
「なんで俺んとこに戻ってこなかったんだろうか?」
「女の考えることなんてわからんさ」と訳知り顔で野津田が言う。
 その言葉をかみしめるように僕らはしばらく静かに缶ビールをすすった。
「ところで、お前、満里絵ちゃんとセックスってしてないんだよな?」
「してない」
「ほかに彼女がいたことは?」
「あるわけないだろ」
 野津田は相変わらず、しょうもないことばかり聞いてくる。
「ということは、お前はまだ童貞ってことか?」
「当たり前だ」
 僕は恥じることなく正直に答えて見せた。
「アッハハハハ! こりゃ傑作だな。じゃあ、お前は、童貞ラジオ野郎ってことだな」
野津田が僕のことをバカにして爆笑する。
僕も野津田のつけてくれたあだ名に爆笑してしまう。
僕らの間に下品な笑いの花が咲いた。
童貞ラジオ野郎でなにが悪いっていうんだ。ラジオを武器にして、僕はみんなに笑いの種をまき散らしてやるさ。

 完
笑いの種 テーマ曲

「SUN」 星野源

「Week End」 星野源

「ギャグ」 星野源

「君のこと」 泉まくら

「真夜中の虹」 スガシカオ

「Crazy Crazy」 星野源

「長く短い祭り」 椎名林檎

「くせのうた」 星野源

笑いの種

笑いの種

ゲラ(すぐ笑う)の満里ちゃんとラジオをきっかけに仲良くなった僕の淡い恋の物語。

  • 小説
  • 中編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-22

Copyrighted
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