題名のない手紙 第04話

「はぁ・・・・・・」

 先生が来てから初めての患者さん。
 受け入れもちゃんと出来ないだなんて、看護婦失格です。
 しかもその尻拭いを先生にさせてしまっている。
 軽く自己嫌悪です。

「それにしても・・・・・・」

 あんまり考えていても仕方がない。
 私は患者さんの資料を見ている。
 患者名、霧宮秋亜。
 年齢、18歳

「霧宮秋亜さん」

 聞いたことがある名前でした。
 姉さんが言っていた、あの子なんだろうか?
 苗字は違うけれど、珍しい名前ですから・・・・・・たぶん。
 でも・・・・・・どうして?

 詳しいことはわからない。
 けれど、直面しなきゃいけないことが目の前に迫ってきているような。
 そんな焦燥感。
 これは、なにかが変わるきっかけなのだろうか?



『新しい出会い』



「んで? そのお医者様がなんでこんなところに居るんだ?」

 威圧的な態度を崩さず、彼女は聞いてきた。
 なぜだか、警戒されている気がする。

「君を迎えに来たんだよ。挨拶がてらね」

 手を差し出した。

「なんだよ?」
「荷物だよ」
「・・・・・・いい。自分で持つ」

 そう言って、両手で持っている重そうな荷物を僕の方から避けた。
 やっぱり警戒されてる。どうしてだろう。
 彼女とは初対面のはず。それとも今までで何か失礼なことをしただろうか。

「でも・・・・・・」
「いいっ、たいして重くない」

 会話を打ち切り、僕より先に歩いていく。
 荷物に振り回されているのか、足元がふらついていた。
 やっぱり重いんじゃないか。
 言い合ってても埒があかないな。

「あっ!」

 彼女の両手から荷物を強引に奪い取る。
 ずっしりとした重さが腕にかかった。

「持つよ。第一、ふらふらと歩かれてちゃ、説得力ないよ?」
「っ・・・・・勝手にしろっ!」

 彼女は僕をひと睨みして、歩き出した。
 素直じゃないのか、他人の力を借りたくないのか。
 道を知らないのに、ずんずん歩いていく。
 “患者”というには、どこかを悪くしているようには見えなかった。
 彼女は、どんな理由でこの場所に来たんだろう。



◇◇◇



 歩き始めて数分。
 横を見てみる。改めて小さな女の子だなと思った。
 僕の肩にちょうど彼女の頭がある。
 か細い腕に、足を少し引きずるように歩いている。 
 怪我をしているという感じはないけど、痛みは感じているようだ。
 どこからかは分からないけれど、ここまで歩いてきたんだろうか。
 重い鞄を1人で持ちながら。 
 そういえば、誰も付き添いの人がいなかった。
 ・・・・・・なにか問題を抱えているんだろうか。
 こんなことなら、彼女のことを聞いておくんだった。
 そこまで考えて。

「あ・・・・・・」
「・・・・・・?」

 重要なことを忘れていた。
 彼女の名前をまだ聞いていない

「僕は、上月俊也(こうづきとしや) 君の名前は?」
「・・・・・・はぁ?」
「いや、だから。君の名前」
「あんた医者だって、言ったよな? 患者のカルテとか資料とか見ないのかよ」

 見ないでここに来てしまった。

「ちょっと急いでて・・・・・・ね」
「はぁ・・・・・・」

 大げさにため息をつきながら、こっちをジト目で睨みつけるように。

「・・・・・霧宮」
「・・・・・・うん」

 そう言ってスタスタと歩いていく。

「え。あ、ちょっと」
「なんだよ」
「下。下の名前は?」

 うざったそうにこちらを振り向く。

「うるさい。別にいいだろ?」
「いいって・・・・・・」
「事情があってここに来た。だから何も聞くな」
「あ・・・・・・」

 霧宮さんは、僕をひと睨みして、また歩き出した。
 僕はそこに立ち尽くしてしまう。
 事情があって、と彼女は言った。
 その事情は名前も明かせないほどのことなのだろうか。
 道も分からないのに、前を堂々と歩いている女の子。
 この子が穂波診療所の院長として初めて受け持つ子。
 僕に何が出来るのだろうか。
 ・・・・・いや、暗い気持ちになるな。

「おいっ」
「え」

 声に呼び戻される。気づけば彼女はかなり先を歩いていた。
 分かれ道の間で立ち止まっている。
 この先は左に行けば学校、右に行けば診療所だった。
 彼女が不振そうな顔でこちらを見ている。

「ごめん。こっちだよ」

 走り寄りながら、指を指す。
 なにやってるんだよ、僕は。
 なるべく平静を装い、今度は僕が前になり歩いていく。 
 相変わらず、不振そうな視線が僕の後ろから感じる。
 いけない。
 しっかりしないと。

 すでに先には診療所の建物が見えている。

「ここだよ」
「ここ・・・・・・」

 じっと建物を見上げる。
 ここに初めて来たはずなのに、なぜだか感慨深げに眺めている。

「霧宮さん?」

 声に気付きハッとしたのか、罰が悪そうにそっぽを向く。
 まだこの子がどういう理由で来たのか、何も聞いていない。
 昔、ここに来たことがあるんだろうか。
 さっきは名前だけで不機嫌にさせてしまったのだから、深くは聞かないほうがいいだろう。
 そう思い、診療所のドアを開けた。
 扉を開けると、きりっとした面持ちで、背筋を伸ばして立っている紗衣香ちゃんが居た。

「おかえりなさい。先生」
「うん。ただいま」

 扉のそばに彼女の荷物を置く。

「彼女が新しい患者さんで、霧宮さん」

 紗衣香ちゃんは丁寧にお辞儀をして自己紹介した。

「私は篠又紗衣香(しのまたさいか)といいます。よろしくお願いしますね」
「・・・・・・よろしく」

 霧宮さんは僕に同じくしたようにぶっきら棒に、それでも緊張した様子でお辞儀をした。

「紗衣香ちゃんは君の身の回りのサポートをするのが仕事だから。何でも言ってくれていいよ」
「そうですね。何か困ることがあるなら言ってください」
「・・・・・・別にいい」

 そっけなく答える。
 紗衣香ちゃんは困ったようにこっちを見ているが、こっちもどうにも出来そうにもない。
 肩を竦めて、霧宮さんに声をかける。

「それじゃ、診察は明日やるから・・・・・・今日は自由にしてていいよ」
「明日? これからじゃないのかよ?」
「もともと今日は診察の日ではないしね。別に明日でかまわないさ。それに君は疲れてるだろ? 今日はゆっくり休んで」
「・・・・・・」

 彼女の体の心配をしたつもりだが、なぜか不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいた。
 なにか言い方でも間違っただろうか?
 不思議そうな顔で彼女を見ていると、ちっと舌打ちを鳴らし、紗衣香ちゃんに向き直り。
 霧宮さんの意図が分かったのか、すかさず紗衣香ちゃんは

「じゃあ、霧宮さん。お部屋に案内しますね」

 と言って歩き出した。
 その後にしたがって霧宮さんも診療室を出て行った。

「ふぅ・・・・・・」

 不思議な雰囲気の子だ。
 すぐに機嫌が悪くなっているようで扱いが難しそうではあった。
 彼女は頑なにこちらを拒んでいるように思える。
 まるで、一人で生きなくてはいけないとそう思い込んでいるように。

「今のうちに資料を見ておくか」

 考えていても仕方がない。
 ふと机の上を見てみるとプリントがあった。
 霧宮さんの資料だ。
 沙衣香ちゃんが見ていたのだろうか。 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
霧宮秋亜(きりみやあきあ)
十八歳

一ヶ月前に右胸に悪性の腫瘍(がん)が発見される。
すぐに手術。がんの進行が予想以上に早かった為、右胸を全体的に切除。
患者本人の希望により、そちらの診療所にリハビリとして入院。
リハビリ終了後は当院にて退院手続きをするため、連絡を。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 彼女、秋亜って名前なんだ。
 珍しい名前だ。
 それにしても・・・・・・。

「リハビリ?」

 こんなところに?
 ここはそもそも、そういう施設じゃない。
 リハビリするような設備なんてないんだけれど・・・・・・。
 
「あの、先生?」

 不意に声を掛けられる。
 思考を止めて、声のほうへ体を向ける。

「紗衣香ちゃん。ご苦労様」
「はい。部屋まで案内したら『もう、大丈夫』と言われて帰されました」
「そっか」
「・・・・・・先生?」

 不安げに僕を見る。

「ん?」
「あ、いえ。考え込んでいたようでしたけど、なにか問題でもあったのですか?」

 僕が手に持っている資料を指差す。

「いや、なんでもないよ」
「そう、ですか」

 頷いたものの、納得はしてないみたいだ。

「本当だよ?」
「べ、別に疑ってませんよ」
「じゃあ、僕達も部屋へ戻ろうか。診察は明日だから、今日はもう自由」
「・・・・・・はい」

 紗衣香ちゃんはやっぱり納得していないのか、不満顔で僕の後に付いて部屋を出た。



◇◇◇


 夜。
 自分の部屋。
 夕飯も食べ終わり、何をしようか迷っていたところにチャイムが鳴った。

「うん? 客?」

 この家にお客さんが来た時は、僕の部屋に通知する様になっている。
 部屋を出て診療室の玄関に向かう。

「誰だろ? こんな時間に・・・・・・」

 診療室まで来たところで、またチャイムが鳴った。

「はーい。今行きまーす」

 急いで、電気も付けず扉を開けた。

「よう。ひさしぶり!」
「へ?」

 野太い男の声で、さわやかに挨拶をされる。
 暗くて、よく見えない。

「なんだ。その間抜けな声は、せっかく会いに来てやったのに」
「浩司?」

 僕の親友。
 坂上浩司(さかがみこうじ)

「よう。俊也。戻ってきたって聞いたから、顔見に来たぜ」

 急いで電気を付ける。
 部屋が明るくなり、声の正体を明かしてくれた。
 髪の毛は短く、少々つり目で、がっちりとした身体。
 服の上からでも見える筋肉質なその体と雰囲気。

「ひさしぶり。あの時、以来だね」
「ああ。あの時以来だな」
「ちゃんと立ち直ってきたようだな」
「ああ。君のストレートパンチはもの凄く痛かったからね。目が覚めたよ」
「当然。もの凄く痛くなるように殴ったからな」

 笑いあうことが、懐かしかった。
 あの時は何もかも嫌で、笑うことなんて決して出来なかったから。
 彼とは、幼少、小学、中学、高校と一緒に過ごしてきた言わば幼馴染。
 この診療所の元院長の息子。

「・・・・・・まぁ、その顔を見てる限り、優日ちゃんのことはちゃんと吹っ切れたみたいだな」

 いきなり、真剣な顔になって聞いてきた。
 浩司は今までのことを全部知っている。
 僕がこの町を離れた理由や、優日が亡くなったと知った頃の僕を知っている。 
 だからこそ、僕の事を本気で殴ってくれたヤツなんだ。

「まだ吹っ切れた、とは言えないけど・・・・・・大丈夫。色々と心配を掛けてごめん」
「いいさ。親父も気にしてたぜ」
「そうだね。浩介さんにも迷惑を掛けた・・・・・・今度、挨拶に行くよ」
「まぁ、まだうじうじしてるようだったら、殴るつもりだったけどな」

 拳を握って、僕に突き出す。

「それは嫌だな。君のパンチはもの凄く痛いから」
「当然だろ。もの凄く痛く殴ってるからな」

 会話がリピートしている。
 とにかくあれはもう勘弁してほしい。

「元気そうで安心したよ」
「まだ自分でもよくは分からないけれど、前を向こうとは思ってる」
「それでいいさ。いつまでも下を向いているよりは、な」

 そして、窓から見える山を見て。

「優日ちゃんだって、きっとそれを望んでるさ」
「・・・・・・うん。ありがとう」

 浩司は全てを知っているのかもしれない。
 優日の気持ちを、あの手紙のことも、全部。
 浩司はただ一人、優日の傍にいた身内でも恋人でもなかった人だ。
 だからこそ、僕たちよりは冷静に、彼女の傍に入れたのだと思う。

「そういえば、紗衣香ちゃんは?」
「奥に居るんじゃないかな。もう寝てるのかも」
「そっか・・・・・・」

 あからさまに残念そうな顔をする浩司。

「僕に会いに来たんじゃないのか」
「誰が男に夜這いなんぞするか」
「夜這いする気だったのかよ」
「誰がそんな卑怯なことをするか」

 言ってることがおかしいぞ。

「はぁ・・・・・・相変わらずだね。相手にされてないのに」
「そんなことないっての!」

 浩司は紗衣香ちゃんのことが好きだ。
 何回も告白を試みてるみたいだけど、失敗に終わっている。
 というか、紗衣香ちゃんが鈍感過ぎるのだ。
 いっこうに気付いてもらっていない。

「でも、二十七戦全敗でしょ?」
「違う。二十七戦中二十六敗一引き分けだ」

 心外だ、といって顔をしかめる。

「・・・・・・引き分けってなに?」
「告白はしたことがあるからな」

 少し得意げに言う。

「でも、自分に言われたとは思ってないんでしょ?」
「・・・・・・」

 あ、一気にテンションが下がった。

「あそこまで、はっきりと言ってもダメなんて・・・・・・」

 座り込んで、床に『の』の字を書き出す。
 いつの時代の人間だ。

「・・・・・・まあ、頑張って」

 本当に。


◇◇◇


 数十分経って、お互いの近況報告も終わり、浩司は背伸びをした。

「さて、そろそろ帰るか」

 そう言って、外に出てゆく。
 僕も浩司を見送るために外に出た。

「そう? まだゆっくりしてってもいいのに」
「紗衣香ちゃんもいないし、お前も何かと疲れてるだろ?」
「確かに。今日は色々とあったからね」

 二つの出来事。
 優日の手紙、新しい患者。

「今のお前はいい顔してる。安心した」
「いい顔?」

 自分ではよく分からない。
 まだ後ろ向きな自分だけど、そう見えているのなら嬉しかった。
 手を振り、別れを告げる。
 空を見上げると、空には星が見えた
 満天の星。
 そして、一筋の光。

「・・・・・・流れ星」

 いつか、優日が言ってたっけ。
 「流れ星は、神様が地球に落としてくれる希望の光なんだ」って。
 本当にそうだといい。
 これから始まる全てのことへ。
 希望の光が降り注いで欲しいと思う。
 でも、これからすべき事は努力。
 希望を待つのではなく。
 必至に、精一杯に。
 ただ前だけを見て。
 そうして行くことが、きっと良い方向に繋がる。
 きっと、優日との約束を守れることになる。
 きっと・・・・・・。

題名のない手紙 第04話

題名のない手紙 第04話

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-01-31

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