夢を彷徨う少女

夢を彷徨う少女

死んではいないが目を覚まさないという少女の話を、僕は友人から聞いた。
少女はもう一年も目を、覚ましていないらしい。
白い壁に覆われた、小さな病院の個室で、小さく寝息を立てながら死んだように眠っているらしい。
けれどその姿は、なんだか白くて、脆くて、美しいのだそうだ。


私はごく一般的で、勉強もそこそこで、見た目も普通の中学生だ。
そんな私だけれど一つだけ取り柄がある。
それは夢を操ることだ。
一般的に夢を操るというものを「明晰夢」というらしい。
取り柄と言えるほどでもないのかもしれないが、私にとってはこれが取り柄だ。
毎晩毎晩、好きな夢を見られるのだから、生きていつつも違う世界を体感しているような気がして、なんだか気分が良くなる。

ある日の夜、私はベッドに横たわって考え事をしながら目を閉じていた。
するといつものように明晰夢を見る前触れが起こった。
身体の先の方から徐々に痺れてきて身体が動かなくなる。
私は「きたきた」と思いつつ、そのまま目を閉じた。

私が入った夢は、夢のようで、現実のような世界だった。
私は一階に居る筈の母の隣に横たわっていたのだ。
そして体は動かなかった。
「なんで?いつもなら動けるし、喋ったりもできるのに!」
私の声は母には届いていなかった。
ただ口をパクパクさせながら、恐怖だけが私の心を過った。
私はその時思ったのだ。
「これは明晰夢じゃない、幽体離脱か何かだ」
私は必死に母に呼びかけたが、その意味は皆無だった。
暫くすると、窓の方から青い光がさして、私は再び強制的な眠りについた。

次に目が覚めると、私は自分の部屋にいた。
消したはずの電気はついていた。
私は自分の部屋に戻って来たと安心して、飲み物を飲もうと思ったが、また身体が動かなかった。
金縛りのような症状に陥っていた。
無理やり動かそうとしても、何らかの圧力で、自分自身の力が抑制されているかのようだった。
私はもう神に縋るような思いで、心で、この夢が終わりますようにと念じた。
そしてまた急激な眠気に襲われ、眠りについた。

次に目が覚めると私は電気の消えた自分の部屋にいた。
先ほどはついていた筈の電気が消えていた。
やはり、何かがおかしい。
また声を出そうとしてみると、もちろん声は出なかった。
そして身体も動かなかった。
しかし目だけは動くので、辺りを見回すと頭の上にある障子が開いていて、その障子の向こうから異様なものが見えた。
妖怪のような、なにか変な容姿をした、人間ではないものが月へと昇っていくのだ。
牛の容貌に似た何かや、蛙の容貌に似た何かが、人一人入れるような籠を持ち、そのまま月へと昇って行った。
昔小説で読んだ「百鬼夜行」に似ていた。
けれど百鬼夜行が月に昇って行くなんて聞いた事がない。
私は今までより数倍もの恐怖に襲われた。
そのとき一匹の牛の容貌に似た何かと目が合った。
そしてそれは、私と目が合うと同時に進行方向を変え、こちらへと向かってきたのだ。
私は必死に目を固く閉じた。

次に目が覚めると、私は屋外にいた。
月明かりが綺麗に射す夜だった。
なんだか見たことがある情景だと考えていると、そこは家からすぐ出たとこに有る大きな交差点の真ん中だった。
私は危ない、と急いで逃げようとしたが、やはり身体が動かないため、逃げることさえもできなかった。
そうしているうちに向かい側から暗い暗い、まるで地獄にでも繋がっている様な闇が押し寄せてきた。
私は逃げることさえもできずに、その闇に飲み込まれていった。

次に目が覚めるとそこは白い部屋だった。
何とも言えない、綺麗な部屋だ。
私は視線だけ左に逸らすと、腕には点滴のようなものが繋がれていた。
点滴なんか打たれている状況で安心など出来ないが、私は今までの夢よりましだ、もう一度目を閉じれば起きることが出来る。
そう思い、再び、目を閉じたのだった。


僕はその話を友人伝いに昔聞いたのだが、風の噂で、今その少女は精神病棟に入院していると、耳にしたのだが、僕は変な、嫌な感じがして、それ以上は詮索も、友人にその少女の話も聞かないことにした。
これ以上聞いたところで、僕には少女を救える手立ても何もない、赤の他人なのだから。

夢を彷徨う少女

画像は「 GIRLY DROP 」様からお借りしました。

夢を彷徨う少女

死んではいないが目を覚まさないという少女の話を、僕は友人から聞いた。

  • 小説
  • 掌編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-17

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