羽化

 きみが、うまれかわる。
 二十一時の、ラブホテル。
 
 ラブホテル、というところが、あんがいとふつうのホテルだったことに、すこしがっかりする。
 照明が、ピンクとか。
 ベットが、まわるとか。
 むちが、おいてあるとか。
「そういうところも、あるかもね」
と、きみがいう。
 きみは、はだかで、わずかにめくれた皮を、ゆびで、もてあそんでいる。
 ぺりっ、とめくれそうで、めくれない、ぎりぎりのところを、たのしんでいるようである。
 皮、は、表皮。
 からだの、皮。
 きみの、右ひじよりやや上の、二の腕の皮が、わずかにめくれている。はんぶんはがれたシールみたいに、ぺろん、とめくれている。
 はだかの、きみ。
 服をきている、ぼく。
 きこえてくるのは、きみが息を吸い、吐く音。
 ぼくが息を吸い、吐く音。
 備え付けのちいさな冷蔵庫の、ぶぅん、という、虫の羽音にも似た音。
 なんの音かよくわからない、音。
(いやらしいことを、しよう)
 なぜか、そんな気にもなれなくて、めくれた皮を引っ張ったり、伸ばしたりする、きみの、横顔だけを、みている。
「これは、うまれかわるための、儀式」
 きみはいう。
 めくれた皮の先をすこしだけ、爪で切り取って、ぼくにみせてくる。
 牛乳のように白い肌の、きみの皮は、すこしくすんだ、お米のとぎ汁のような、色。
「この皮の下には、もう、あたらしい皮ができているから、自然にはがれるのを待つか、日焼けのあとみたいにじぶんではがすか、だけど、じぶんでどうにかできることをしないで、なりゆきにまかせる、のはニガテだから、さ。
 だから、ね。
 きみにも、手伝ってほしい」
 おねがい、と続けたきみの、ことを、ぼくは、いやらしいな、と思った。
 きみの皮をはぐ、ということ。
 脱がせる、という行為に等しい、ということ。
 皮を脱ぐと、あたらしいきみが、あらわれる、ということ。
 ラブホテルは、よくあるビジネスホテルなんかよりも、しずかで、となりの部屋の物音がひとつとして、きこえないから、ラブホテルにきたひとたちが、部屋でなにをやっているかは、わからない、ということ。
 もしかしたら、となりの部屋でも、だれかが、だれかの皮をはいでいる、かもしれない、ということ。
 きみの皮は、意外とかたい。

羽化

羽化

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-10

CC BY-NC-ND
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