披露


自称『双子』の二人は,口角を目一杯に上げることで作られる笑顔になって初めて,似ている顔と言える具合だった。そこにあるのは,見えているのか,判別できないほどに細めた目,鼻の左右の頬が盛り上がって生まれる凹凸,それに伴い引っ張られた口の端,下弦を演じる唇,そして喋らないことで保たれる輪郭。曲線で構成される,その表情は個性を失くしたものではあるが,それにより表現される感情は,一般的ではある。だから私も浮かべる。愛想を抱えた小舟のように。
バザーが催されているこの広場にあって,売る物を何一つ置いていないシートの上で待っていた二人は,自分たちのしてきたことを話したくて仕方がないんだと言った。その声は,低い声と高い声でハモっていて,白を基調としたコーディネートと,黒を落ち着かせるコーディネートの違いと相まって,二人で一人のペアのようだった。だとすると,それは双子とは言い難い。なぜなら,容姿が同じ双子は,増えている印象を受ける。二卵性双生児でも,そこは変わらない。違う容姿でも,一緒に生まれた二人がそこに並んで立っているなら,余計に『二人』という印象が強まる。決して減ることはない。けれど,この二人は,合わせて行動しようとする度に居なくなっていく。合わさって,一人になっていく。あるいは,この二人のいう『双子』は,それぞれの癖のようなものを削り合って,人格としての符合を意味する,というのなら,この二人は自称なんかじゃなくて,本物の『双子』と言えるのかもしれない。そして,これと同じ事を繰り返していけば,人類は皆,その一人になれる。地球上を股にかける,大きな,大きな一人になれる。現実に可能かどうかは別にして,辿り着けるひとつの結末のように思える。
ただしその技術を,目の前の二人は,あくまで自称『双子』であり続けるために用いている。だから私はこうして,異なる他人として対面していられるかもしれない。そう思うと,重みを増した自身の存在感とともに,目の前の二人には感謝の気持ちを伝えたくなったが,その隙間が全く見当たらなかった。二人と一緒にシートの上に私が座ってから,二人はずっと喋り続けていた。一方が話せば,他方が補足し,一方が問いかければ,すぐさま他方が答え,一方が熱を込めて,真摯に話し込んでいけば,他方が冷静に,かつ要領よく話をまとめる。互いが互いを補い合って,第三者が割り込む暇がない。じゃあ,リアルタイムの劇を観ている観客として,ただ観ていればいいのかと割り切って,油断していると,二人は自称する『双子』っぷりを発揮する。
『どう思います?』
と訊いてくる上,私がそれに答えるまで,話の続きは始まらないのだから,参加している意識は最低限,保っていなければいけない。そして,前の客と代わってから,繰り広げられている『双子』の話したい事は,やっと肝心な所に差し掛かったようで,揃えられた一息が,ふーっと吐き出されて,すぐにその場を後にした。そして二人はすぐに話し出した。一方が「とても悪いことだって知ってますよ」と言い,他方が「でも,本音のところでは,どうにだってなるって思ってますけど」と言って,『だからこそ』とハモった。
『私たちは続けるんです。アレが居なくなるまで。言い訳なんかしなくて済むまで。』
アレとは何か,誰に対する言い訳か,何も知らない私には,想像することもできなかったため,その場限りの相槌を打って,視線だけを密かに手元へと向けて,さっきと同じように,私はそれで遊んでいた。バザーを覆う快晴の下,一本の針金は指で回す度にくるくると回り,二人の後ろで運ばれて行く箱馬は,運び主が歩く度にそれぞれ動く度に,片手のペアが打つかって,カコッといって,遠ざかる。思い付いたのか,思い出したのか,はっきりとしないフレーズを,鼻の中に隠して歌った頃に思い付いた提案を,目の前の『双子』に提示するために,私は勝手に立ち上がり,二人のうちのどちらかが,「あら,話はまだ終わっていませんわ」と言い終わったタイミングで,もう一方の鼻先に,針金で即席の指示を出してみた。驚きは人に備わった反応のひとつ,完璧な『双子』である二人は,見事に,同時にその反応を示してみせた。そして一枚のシートの上,無駄な言葉が無くなった。時間と空間が生まれた。行き交う人が増えてきた。『双子』と私以外,売る物が何一つ見当たらず,二人が座り,一人が立ち上がったまま,何かを手にして突きつけているその様子は,一体何が始まるのだろうかと,周りの人達を期待させた。その人たちを理解させることを求められた。今まででも,これからでも,そこで何をしていたのか,何をしようとしていたのかを。並んで座る人である『二人』は,口角を目一杯に上げることで作られる笑顔になって初めて,似ている顔と言える具合だった。服装も違っていた。黒が目立つコーディネートに,白が映えるコーディネートは,二人を区別して存在させた。それぞれの視線を動かせた。左に右,前から後ろ。
「どうする?」
「どうしよう。」
と言い合った言葉とともに,二人も順番に立ち上がり,お互いを隠し合うようにくるくると回りだし,リズムをとり,ワルツのように,踊り出すことに成功した。私はくるっと回した針金を反射させた。それから一歩,二歩とその場を後にした。最後まで見る必要が無かった。バザーまだまだ開催中だった。
履き直した靴を鳴らして,お目当ての衣装を探しに行った。

披露

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-08

Copyrighted
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