染色体崩壊

青い光を放つ少女

 遺伝子異常により愛情を受けると大量の染色体を壊す青い光を放出する。愛とは逆の感情を押し付けられると自分の染色体が気づついてしまう悲しい少女の物語。医者の御門は少女を生んだ母親をひそかに研究する。
 もう一人の医師、斎藤は過酷な環境下でも染色体が破壊されない人類への期待を膨らませ研究を重ねる。染色体が崩壊しないとは放射線に耐性のある人間がである。現人類を滅ぼし、私たちの文明を受け継ぎ繁栄させる事を望む。

 夏は終わりかけ、肌寒い季節。秋から冬にかけた時期に1人の女の子が産まれた。夫の章人は病院からの知らせを聞いて仕事が終わってから急いで病院へ向かった。どんな子なんだろう。どんな顔だろう。どんな匂いだろうか。どんな仕草だろうか。自分も人の親になるのかと、しみじみ思いながら病院へ着いた。受付を終わらせ病室へと向かい、妻の愛に労いの言葉をかけて赤ちゃんをみに行った。ものすごく可愛いかった。まず、父と母に連絡をして喜びを分かち合った。よし、明日から頑張るぞ! そう思えるほど今日は最高の1日だった。

今日は産後の愛と娘の玲奈を連れて家に帰る日だ。僕はあの病院へ向かって受付をしていると担当医が話したい事があると部屋に呼ばれた。 開口一番、妻は集中治療室にいると伝えられ、面会する事さえできなかった。ドラマで見たようなレントゲンや訳のわからん文字のカルテが机の上に散乱している。医者は重たい雰囲気を醸し出しながら口を開いた。
 「あなたの奥さんは腸や胃の粘液の細胞が再生されていません。私達も不思議に思ったので検査をした所、原因はわかりませんが体内で内部被曝のような状態が起こっている事がわかりました。」 僕は放射線って原子爆弾とか原発とかの危ない物質みたいなものかなと思った。
 「妻は大丈夫なんでしょうか、、、」恐る恐る聞くと「もっと検査をしないとハッキリしたことは言えませんが、このまま放置すると危険な状態になると思われます。」僕はなんだか、よくわからなかった。
 これは夢だろう。どこかで妻はなんとかなるだろと考えていた。 「はぁ、イマイチ理解できてないのですが妻はとりあえず治療しないとダメなんですね」 医者はうなづく。 僕はしばらくボーッとして「娘は、娘を連れて帰ります。どこですか?」 「108号室に、、。治療については、またお話ししますので後日、ご両親と章人さんで話し合いをしましょう」
  僕は娘を連れて車を運転した。こういう時に涙があふれると思っていたら、意外にそうでもなく僕がこの家の大黒柱だ。妻には全財産をかけてでも治療するし今できることはなんでもやろう思ったら目が充血してきた。

 後日、受付を済ませ印鑑を持って僕の両親と妻の両親が揃い、三役揃い踏みのような気合いを込めて担当医の部屋に入った。
 「お待ちしておりました。早速ですが愛さんのご容態ですが危険な状態です。理由を詳しく説明しますので、よく聞いてください。 愛さんは体内で被曝を起こしています。体の内側から体の末端までの細胞に行き渡るまで放射線が通過しています。これが染色体の写真です。」
 レントゲンの様な写真を見せられたがピンとこなかったが、二枚の写真を見た瞬間に、これはヤバイと思った。妻の染色体は正常な染色体に比べバラバラになっていて、原型をとどめてなかった。  「愛さんの染色体はバラバラになって他の染色体と絡み合って、もう元には戻りません。染色体というのは人体の設計図です。
 もう、自力で自分の体を再生し維持する事は困難です。皮膚や粘液などの細胞は再生の周期が早いので、現時点でも皮膚がボロボロになってきております。」 妻の両親は泣いて動揺した。
僕は「とにかく、今ある技術で妻を救ってください」僕は咄嗟にこの言葉を言ってしまった。
 「わかりました。最善を尽くします。しかし、お金もかかりますし、まだ人体への臨床が十分でない治療法もあります。こちらの同意書にサインとハンコをお願いします。」
僕は力を込めてハンコを押した。正直、自分に酔っていた、のちになって気がつくのだが果たして、この同意書を僕たちが同意する権利なんてあったのだろうか。人間は自分の死すら選べないのかと痛感する事になる。
 次の日から妻は集中治療室へ移され治療が始まった。僕はただガラス越しで彼女を見守ることしかできなかった。 あとは医者を信じるしかない。そう思いながら毎日、集中治療室のガラスを通して彼女を思い続けた。



私は医者として、この患者をどうしても救いたかったというのは建前である。染色体がバラバラになった以上、この先の結末がどうなるのか簡単に想像することができた。もし、私の家族に、こういったことが起こったら間違いなく私の手で安楽死をさせるだろう。だが、赤の他人で面識もない。彼女がいかに苦しんで死のうが俺の心には響かない。貴重なデータをとるためのネズミに過ぎない。 この国は人権意識の高さからか人間を使って医学的実験をする事がなかなかできない。俺は患者の命よりも、患者の病気を治すために試行錯誤したい。先人の医者たちの治療を後追いして技術が進歩するわけがない。貴重なネズミを確保するために彼女は助からないと分かっていながら家族に全力で治療すると心に訴えかけた。特に夫は典型的なマヌケだ。医者の言うことは正しい、なんとかしてくれる。この人に頼るしかない。そんな必死さが見え隠れした。医者と患者は対等ではない。医者がいくら、お金をもらおうと患者は完全な対等の位置まで上がることはできない。
 なぜなら、私達は人の命をお金に換算して治療している。人の命は重い。お金では換算できない。命を救うという事は神と同義と思っている。だが、医者も所詮は人の子、神でもあり悪魔でもある。 
 まず、彼女の身体の中で起こっていることを調べた。出産をしてから体調を崩し下痢が止まらないため腸の内部を調べると粘液の細胞が壊死して白く変色している。これは細胞が再生されていない。俺はすぐさま染色体を調べた。思った通りボロボロになっていた。染色体がバラバラになったという事は、元の体には戻らない。原因を探ってみたが放射線を大量に浴びるような環境にはいなかったはずであるし、いったいなぜ、こうなったのか検討もつかなかった。だが、出産前と出産後で変化があった事は間違いない。そして不思議なことに子宮と卵巣は内部被曝を受けたにも関わらず全く影響を受けていない。ますますわけがわからなくなったが俺は子宮と卵巣に原因があると思い込んだ。

 そこで私は医学部の学生の時から親交のある外科の斎藤に子宮と卵巣の一部の切除を依頼した。斎藤に諸々の話をすると、俺たちは人類の歴史の中で誰も見たことのない症例と闘っているんだなと興奮気味に食いついてきた。
 「なあ、切除した卵巣と子宮は廃棄するのか?俺はその幹細胞がほしい。俺の大学の後輩でな、臓器の培養を研究してるやつがいるんだけどさ。豚の内部に子宮と卵巣を培養してさ。誰かの精子と結合させて受精卵を作る。そして細胞分裂が始まった時に何かあるのか調べてみるのも面白そうだろ。もしかしたら放射線を発生させるかもよ」
 「それは考えにくい。赤ちゃんはお腹の中で成長していたわけだから、その時には異常は見られなかった」
 「そうかぁ。じゃあ、完全に細胞分裂させて人間を1人作ろう。それを産ませて、その時に放射線が発生するか検証しよう。」
 「それもありだな。まあ、それはお前に任せるよ」

 そして、私たちは彼女をモルモットとして向き合っていった。

 彼女の闘病は熾烈を極めた。
 まず、皮膚が再生されなくなっていき日に日に彼女を覆うガーゼの量は増えていった。消毒するために剥き出しの皮膚に消毒液を塗布していく。この痛みは想像を絶する。私は治療チームの会議で人工の皮膚を培養して彼女の皮膚の上に移植することを提言した。
 「彼女の皮膚は剥き出しの状態で、このままガーゼのみで応急処置をしても治療にはなりません。人工皮膚を移植しましょう。」
 「それはわかっている。だが、彼女の白血球の数値がどんどん下がっている。無菌室に入っているとはいえ危険な状態すぎる。まず、白血球を増やすために兄弟の方からの骨髄をいれて白血球を正常の値まで伸ばす必要がある。」
 まず、白血球の数値を正常値に戻して皮膚の移植という段取りが組まれた。 次の日、弟のYから骨髄を彼女へ注ぎ経過をただ待つこととなった。2日ほどして白血球の数は上がる兆しを見せた。弟の細胞が彼女の体には芽吹いている。私はほんの少しだけ笑みがこぼれた。
 弟の白血球を作り出す細胞が定着し出した頃、彼女はガラス越しで夫と会話ができるほど回復していた。僕は面会日当日、集中治療室のガラス越しで電話をかけた。「章人!どう?元気してた?」
 妻は思ったより元気で安心した。「それはこっちのいう言葉だよ。どこか痛む所あるか?」
「大丈夫。ちょっと皮膚が痛いけど、前みたいな、だるさは少しなくなったかな」
「そうか、、、。大丈夫さ。皮膚もさ、少し腫れてるだけで体調が良くなれば元に戻るよ」
「治るのは嬉しいけど、私もう外でかけたりできないなぁ。こんな顔じゃ」と少し目を潤ませた。「大丈夫だよ。愛が思ってるより元の状態に戻るし、深刻に考えるなって」力強く言ってはみたが自信などなかった。
 「そうだよね。赤ちゃん、元気にしてる。私早く抱っこしてあげたい」彼女は満面の笑顔で僕を見つめていた。
 「あと、私ね日記書くことにしたんだ。もし、、」
 「そうか。日記か。あんまり無理すんなよ。ゆっくり治すことだけに専念しような」「うん」
 そこから、少し気分を変えるために出会った時の昔話をして彼女の気持ちを少し軽くしてあげた。 
 闘病 17日目 弟の細胞が定着が確認できた時期から新しい皮膚ができないにもかかわらず彼女の古い皮膚は押し出されていった。彼女は生まれたまま体から皮膚を一枚脱がされた状態となった。彼女の皮膚から大量の体液が染み出してきた。この日から彼女の体から染み出す水分は10リットルにも及んだ。「看護婦さん。私、もうダメ。」「死にたい」ポツリポツリと彼女は呟く。
 看護婦は「落ち着いて、大丈夫ですよ」と声をかけても、背中をさすることもできず現場は無力感に覆われてた。このケアを懸命にしていた看護婦のまゆみは昼休みに同じくケアをしている由紀に相談をした。
 「私たち、毎日毎日、患者のケアをしているけど耐えられない。私達はさ、剥がれそうな皮膚とか染み出てくる体液を拭き取ってさ。剥き出しの皮膚に消毒液を塗ってさ。こんな苦しみを私の手で与えているのにさ。どんどん悪くなるんだよ。私たちのやってる事って一体なんなんだろう」彼女は息をすするように言葉を吐き出した。「そうだよね。絶対、先生達はわかってるよ。助からないってことを。」「助からないよね。私たちって一体なんなんだろう」彼女達はそれでもケアを続けた。まだ助かる。本能的な気持ちが残っていたから。愛は日を追って人間の原形を維持するのが難しくなっていった。俺は医者として彼女の貴重なデータをとるために最大限に延命できる手段を考えた。灰に水が溜まれば管を通して水を抜き、血液が滲み出れば血液を補充し、水分が乾けば注いでやる。皮膚がなければ貼ればいい。
 ある看護師が「先生、彼女は本当に助かるのでしょうか。あれだけ苦しみ抜いて、彼女は肺に管を通されて、もう苦しい事を訴える事さえできない。でも体は苦しがってます。どうにか楽にしてあげる事は出来ないでしょうか。」
  生意気な看護婦だ。俺はカチンときたが冷静に答えた。
 「助からない。普通に考えればな。だが最善を尽くす。助かる可能性が1パーセントでもあるなら希望を捨ててはダメだと俺は思っている。」看護婦は少し、朗らかな顔になり

「可能性、あるんですね。信じます」

静かに呟いた。少し目が潤んでいたように見えたが気のせいだろう。
 彼女から染み出る水分、血液を輸血するため彼女の心臓は限界まで動いていた。体は止まっているのに終わりのないフルマラソンを走らされ続けていた。



 ハァ ハァ ハァ 私はいつまで走り続ければいいの。体は止まっているのに心臓の鼓動が早くなる。ハァ 苦しい。苦しい。助けてお母さん。お父さん。水が飲みたい。誰か私を助けて。ハァ。。私は暗闇の中を走り続けている。体は止まっているのに心臓の鼓動は速くなる。。 そして、私は走るのをやめた。


 妻の心臓が止まると医者と看護師はすぐに駆けつけた。
「心臓が止まった。すぐに蘇生に取り掛かれ。」心臓に電気ショックが加えられ蘇生を試みる。だが、心臓が再び動く事はなかった。 彼女は死んだ

彼女が亡くなってから私は出産の前後で放射線がなぜ発生していたのか考え続けていた。昼休みに廊下を歩いていると医者、斎藤とすれ違った。
 「おう、久々。彼女、亡くなったそうだな。研究は進んでるか?」
 「まあな。だけど、何か考えていないと彼女の治療、これで良かったのかなって思う事があるんだ。苦しかったろうなぁ、、」 斎藤は先ほどの浮ついた顔が真顔になった。
 「お前、勘違いしてないか。助かる見込みがあれば医者は助ける。まあ、これだって延命の一種だ。5年かもわからんし10年生きるかもわからん。お前の担当した彼女も延命した。そりゃ、苦しいよ。生きるのは苦しい。だけど、俺たちは彼女を殺す事はできない。そんな権利はない。ならせめて彼女の苦しみの過程で得たデータを研究するのがせめてもの償いっていうのはおかしいけど使命だと思う。」

 私はこいつが今更、患者の為にとか能書き垂れている事に辟易した。人間の命もネズミの命も同じだとか、命に重い軽いはないとか、バカか。同じ種族の命を重いと思うのは当然の事だろう。患者をモルモットと思ってたと口では言っても、やっぱり違う。こんな事考えるだけで自己嫌悪に陥った。なんにせよ、こいつは自分に酔っている。こうゆう偽善にまみれた連中が弱者の肉を喰らい、正義という錦の御旗を天に仰いでのうのうと生きていく。 
 私は小さく呟いた。
「まあ、どちらにしても俺たちは後戻りできない。進むしかない。」

そして、お互いは背を向けて自分の道を歩き出した。

染色体崩壊

染色体崩壊

遺伝子異常により愛情を受けると染色体を壊す青い光を放出する。愛とは逆の感情を押し付けられると自分の染色体が気づついてしまう悲しい少女の物語。医者の御門は少女を生んだ母親をひそかに研究する。 もう一人の医師、斎藤は過酷な環境下でも染色体が破壊されない人類への期待を膨らませ研究を重ねる。染色体が崩壊しないとは放射線に耐性のある人間である。現人類を滅ぼし、私たちの文明を受け継ぎ繁栄させる事を望む。 ※この作品はフィクションです。実際の人物、団体とは一切関係ありません。

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-04

Copyrighted
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