なぜかバナナ

なぜかバナナ

 元号が昭和から平成に転じて間もない頃、一人の男が喜び勇んで教員となった。これはかなり不良じみた先生Tが、初めて修学旅行の引率をした時の物語である。当時S高校には嫌われ者の校長がいた。この校長が不幸にも旅行に同伴いたすと決定するや、ベテラン教員は吾れ先にとバスに同乗するのを拒否した。そこで仕方なく新卒のTが、『お前乗れや』てな調子で校長と同じバスに腰かけるハメになった。
 旅は道ずれ世は地獄、隣に座るは山狸。とはいうものの世渡りにたけたTは、何とか無事に途中のドライブインまでたどり着きます。しばらく休憩を取り、あれやこれやの用事を済ませ、出発に近い時刻、最後に思い出した用足しに出かけました。さて、すっきりした気分で駐車場までくると、4~5台あるべきはずのバスが一台も見当たらない。さては狸の魔法か?なんて考える余裕はない、何とかせねば。かといって今夜泊まる旅館の電話はおろか名前すら知らない。そこは新卒の浅はかさ、バスに乗っていれば誰かが連れて行ってくれるだろうと考えていた。困ったあげく思いついたのがヒッチハイク。そこら辺を走っていたダンプを止めて、『頼むで!たぶん前のほうをバスが4、5台走っとると思うんやが、急いで追いついてえな!』
 やっとバスに追いついたTが照れながら飛び乗る瞬間の姿をカメラにおさめた写真が、現在でも大切に保存されている。写真の中のTは、なぜか一本のバナナを大事そうに握りしめていた。

 P.S. 時は流れてTもすでにキャリア20数年、御年45才のベテラン教師に属するようになった。が、不良癖だけは相変らず治らないそうで、こんな話もある。この冬、あるクラスのストーブがつかない。灯油は満タンなのにストーブまで流れてこないのである。生徒が寒がっているので優しいTは、『じゃあ俺がつけたるで、ライターかせや』と言って、まだポリ容器に残っていたありったけの油を直接ストーブにゴボゴボと流し込んだ。たまげたのは生徒たちで、『やめてくれ、先生!あぶない!』。この生徒たちは、先生によっては授業中にタバコは吸うは、ガムはかむは、出席を取って5分もすれば教室からいなくなるというような自他共に認める不良らしいが、この時ばかりはさすがにその危険性を悟ったらしい。『なに心配することあるけえ、ライターとティシューかしてみい、俺がつけたるで』。これがこの事件におけるTの最後の言葉であった。あとは、シュッ、ぽい、ドカーンの大爆発。Tを含めて周りにいた連中は真っ黒け。髪から眉毛、まつ毛に至るまでチリジリ。驚きの声すれ出なかったそうだ。エントツが続いていたため、隣のクラスのストーブのフタまで吹き飛んだ。
 それ以来、授業中にTがストーブに近づくことは生徒の統一見解によって禁じられた、とか。

なぜかバナナ

なぜかバナナ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-29

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