山で逢いましょう

 山で、くまのひと、と出逢って、結婚して、生まれた子どもが、ぼくで、ぼくは、くまのひとと、ひとの、ハーフで、くまのひとは、くまと、ひとのハーフだから、正確にいえば、クォーターになるのだけれど、まあ、なんでもいい。とにかく、ぼくのからだのなかにはくまの要素がある、ということ。心配なことは、おとなになるにつれて毛深くならないか、ということ。おとうさん(くまのひと)は、血のはんぶんがくまであるせいか、見た目はほぼくまで、ひとの成分はすくないものと思われる。ぼくはほとんどひとである。ほとんど、というよりだれがどこからみても、ひとにしかみえない、ひとだ。(純正な)ひと、と偽って、ひととおなじ学校に通っているが、ぼくのおじいちゃんがくまだなんて、おとうさんがくまのひとだなんて、誰も想像しないだろう。それくらい、ひと、なのだ。
 好きなひとができた。
 ひと、である。
 ぼくとはちがう真の、純正な、ひと。
 山に行った、学校の行事で、ハイキングコースを歩くという課外活動で、そこでくまに遭遇した、ぼくと、ぼくの好きなひとと、数名のクラスメイトの前に現れたくまは、ぼくのおじいちゃんだった。ぼくが山にはいることを、おとうさんにでもきいたのか、ぼくの様子をみにきたようだった。なんせ、ぼくは、生まれてこのかた一度しか、おじいちゃんと逢ったことがなかった。でも、すぐ、おじいちゃんとわかったのは、おじいちゃんの言葉が、ぼくにはわかったからだ。ぼくの好きなひとと、クラスメイトには、ただくまがうなっただけにしかきこえなかっただろうが、おじいちゃんは、ぼくに、
「ひさしぶり。元気だったか」
と言ったのであるから、ぼくは、うん、とだけうなずいた。みんな、パニックになって、さけんで、いそいで逃げた。登ってきたハイキングコースをかけおりていって、きっと、後方にいる先生に知らせにいった。ぼくは、タイヘンだ、と思った。みつかったら、通報されて、もしかしたら殺されるかもしれない、おじいちゃんはなにもしていないけれど、この山は、さいきん、登山客も増えたから、なにかが起こる前に、安全のために、駆除されるかもしれない。早く逃げて、と、おじいちゃんに言おうとして、ぼくのとなりに、まだ、好きなひとがいることに、気がついた。

 なに、してるの。

 なにって、逃げそびれた。

 早く逃げなよ。

 うん。でも、なんで逃げないの、キミは。

 それは、

 そのくま、知り合いなの?

 え、あ、まあ、ちょっとした、顔見知り。

 ふうん。

 などと、やりとりをしているあいだに、おじいちゃんは、
「面倒になる前に去る。また逢おう、孫よ」
と言って(うなって)、やぶのなかに消えた。ざく、ざく、と、おじいちゃんが土を踏みつけ、草をかきわけ、ぼくらから遠ざかってゆく音がきこえなくなった頃に、先生がひとり走ってきて、ぼくと、ぼくの好きなひとの安否を確認した。
 ぼくは、先生にこう言った。
 あれはくまではなく、おおきな犬でした、と。
 もちろん、クラスメイトたちは、あれはぜったいにくまだ、と言い張った。
 そうだ。
 あれはまちがいなく、くま、だ。
 くま、で、ぼくのおじいちゃんだ。

 どうして犬だって、うそをついたの。

 好きなひとに、たずねられた。
 好きなひとは、ぼくが、あれはくまではなく犬だった、と発言したときに、自分も犬にみえました、と言ったのだった。

 ちょっとした顔見知りだったから?
 
 うん、まあ、そんな感じ。
 
 へえ、そんな感じ、か。

 ぼくたちのずいぶん前を歩く、くまに遭遇したクラスメイトたちは、あれはまちがいなくくまだ、あんなおおきい犬はいない、野生のくまってはじめてみた、生きててよかった、と興奮さめやらぬ調子で盛り上がっていた。くま騒動で、ぼくたちの山登りは中止となった。すでに頂上まで登った生徒たちも、下山を開始しているとのこと、この山はむかし、くまが棲んでいたのだが近年は、目撃情報がなかったために、くまはいなくなったものと思われていた、のだそうだ。ぼくら(ぼくと、ぼくの好きなひと)と、クラスメイトたち四人の証言が一致しないために、ほんとうにくまかどうかは、調査をしてもらわないとわからないから、調査結果が出るまで、あの山にはくまがいるとか、あまり他言しないようにと、山を管理しているひとたちにお願いされたことを、先生は下山しながらぼくたちに話した。ぼくは、おじいちゃんがどうか、調査団体にみつかりませんように、みつかっても、殺されませんようにと、こころのなかで神さまにお願いした。山で、神さまだから、山の神さまかな、と思ったので、山の神さま、どうかお願いしますと、何度かくりかえした。
 山の神さまにお願いしていると、とつぜん、ぼくの好きなひとが、こう言ったのだ。

 あの「おおきな犬」さ、ちょっとだけ、キミに似ていたね。

 好きなひとは、にっ、と歯をみせて笑って、跳ねるように下り坂をおりていった。
 いまにも足がもつれそうなのに、まるでころぶ気配はなくて、その姿は、なんだか、ひと、ではく、なにか、ケモノ、のようにも思えた。

(そうか、ぼくは、くまに似てるのか)

 うれしいような、いやなような、よくわからない気持ちでいっぱいになったので、おもいっきり、山の空気を吸いこんだ。
 つめたくて、ちょっと湿っていて、生き物が死んだときのようなにおいが、すこしだけ、した。

山で逢いましょう

山で逢いましょう

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-29

CC BY-NC-ND
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