俺のクリスマス

四年くらい前に書いたクリスマス題材の小説です。時期過ぎちゃいましたね。

「こんな日にバイトとはな……」
 そう呟いて、俺はハァーッと白い溜息を漏らした。
 今日はクリスマスイブだ。日が暮れて薄暗くなった通りは、寒いにも関わらず、大勢の家族連れやらカップルやらでにぎわっていて、それを際立たせるように、通りの脇の枝だけになった木々には、まるで花のような電飾がペカペカと光っていた。
 その通りの一角で、俺はお菓子(クリスマスらしく、サンタ形のクッキー)を配るバイトをしていたのだった。こんな日に。しかもサンタクロースの格好をして。ご丁寧に付け髭まで着けて。
「やっぱりちゃんと断っとけばよかった……。何でこんな寒い中外につっ立ってなきゃいけないんだか」
 今日ぐらいは部屋でゆっくりするつもりだったのだが、急にバイトの女の先輩にシフトを代わってくれと頼まれ、断りきれずこうなってしまった訳だ。昔からいつもこうだ。何か頼まれたらどうしても断りきれない。そのせいで今までどれだけ損をしてきたことか。
「あーあ、どうせ先輩は彼氏とデートだろうし……クソッ、俺にも彼女がいればなー……」
 そう小声でぼやくと、通りの向こうからちびっ子の「あっサンタさんだ!」という声がしたので慌てて営業スマイルに切り替える。
「メリークリスマス! はい、プレゼントだよ」
 駆け寄ってきた、ヒラヒラした服を着た小さい女の子にクッキーを渡すと、その子は電飾よりも輝く笑顔を浮かべて「サンタさん、ありがとう!」と言ってくれた。
「あれ、サンタさん。トナカイさんはどこにいるのー?」
 そんなこと言われても、ただのバイトの俺にはもちろんトナカイなんていない。
「あー、トナカイさんはねえ……。今はご飯中で出てこられないんだ。ごめんね」
「そうなの……。でも、こっちのサンタさんはかわいそう。トナカイさんもいないし、一人ぼっちだもの」
 小さい女の子は、大事そうに握りしめているサンタ形のクッキーを見て呟いた。
「そうだね……。あ、じゃあ、ちょっとクッキー貸して」
「えっ! なんで!」
「食べるつもりじゃないから大丈夫。ね?」
 渋々渡してくれたクッキーから、挟まっているチラシを取り出して広げ、その裏に俺は絵を描き始めた。
「――はい、これならクッキーのサンタさんもさびしくはないでしょ?」
「? ……わ! かわいい!」
 描いたのは、絵本風の絵柄の空を飛ぶトナカイだ。ちょうど、クッキーのサンタと合うくらいのサイズで描いた。
 それから「ママ、パパ、見て!」と後ろの両親に見せる。
「サンタさんありがとう!」
「どういたしまして」
 楽しそうに話しながら去っていくその家族は、とても優しくて、暖かそうな家庭だなと感じた。こういう幸せな光景を見られるのであれば、バイトの代わりを引き受けてよかったなあと思う。……そういえば、実家の家族は元気にしているだろうか。かれこれ四年帰ってないが、今のままでは親に合わせる顔が無い。定職に就くことができたら帰ってみようと思う。毎年、こんな風に思っているだけだから六年も帰れないでいるのだけど。

 長い間クッキーを配り続け、気付けば残っているお菓子はあと二個になっていた。
「やっと終わりかー……。早いとこ渡しちゃって、帰って寝よ」
 そう独り言ちてから前へ向き直ると、そこには女の子が立っていた。その子は、同年代の女の子の中でも可愛い方で、クラスのアイドルとしてもおかしくないほどなのだが、髪がかなりボサボサで長く、どう見てもサイズが合っていないだぼだぼの汚れたトレーナーと短パンを着て、ほつれかけているナップサックをしょっていた。年は多分十歳前後だろう。そして何故か、まじまじとこちらを見つめている。……? あっ、お菓子か。
「はい。メリークリスマス。プレゼントだよ」
 女の子は受け取ったお菓子を数秒見つめた後、
「ありがとう、サンタさん」
そう言って女の子はニコッと笑った。笑うと可愛いのだけど、何となく、儚げな雰囲気があった。
 突然、ぐーぎゅるるる、と誰かのお腹が鳴った音がした。誰かって言っても、近くにはこの女の子以外は誰もいない。見ると、案の定、女の子は顔を赤くして恥ずかしそうに俯いていた。
「そんなにお腹空いているのかい? それならもう一個あげるよ」
 はい。と、最後の一個のクッキーを差し出す。女の子はかなり驚いたようだった。
「そんな、いいよ」
「いいのいいの。気にしなくても。お腹空いている子をほっとけないよ。だから、受け取ってくれる?」
 そう言って、小さな手にクッキーを握らせる。
「……ありがとう」
「それじゃあ、寒いから気を付けてね」
 そう言って俺は荷物を片付け、店内へと戻る。一度振り返ってみたけど、女の子はいつの間にか居なくなっていた。

 やっぱりあの服装とか、ちょっと怪しい。こんな寒い中、しかもクリスマスイブに女の子が一人きりだなんて、あまりにも寂し過ぎやしないだろうか。今頃、どこかで凍えているんじゃないだろうか。
俺は、その後のバイトの片付けの間ずっと、あの女の子のことばかり考えていた。

 結局、すべての片付けが終わったのは人もまばらになった夜の十時頃だった。
「ふう……疲れたなあ……」
 そして、はあー、と白い溜息をついた。何時間も立ちっぱなしだったので、すっかり足は強張ってしまった。それを無理やり引きずるようにして、帰路につく。
「うう寒っ。……あれ?」
 ふと弁当屋の裏のゴミ置き場を見ると、ゴソゴソと動く小さな影があった。よく見るとあれは……さっきの女の子じゃないか! こんなところで何をしているんだろうか? でも、そんなこと考える間もなく、俺の足は勝手にその子の方へと向かっていた。

「ねえ君」
 声をかけると、その子は体をビクッとさせて振り返った。その手にはゴミ捨て場に捨てられていたであろう、消費期限切れの弁当があった。
「……? あ、サンタのお兄ちゃん……?」
 どうやら顔を覚えていてくれたらしい。
「うん、そうだよ。ところで、どうしてこんなところにいるんだい? こんな夜遅くに」
「夕ご飯拾ってた」
 まるでなんでもないことのように、女の子は言った。
「……君、おうちの人はいるの?」
「ううん、今は親は居ないし家も無いよ」
 そうか、なんか怪しいと思っていたけど、この子はホームレスだったのか。
「そ、そうなんだ……。大変だね……」
「……別に同情はいらないよ。もう慣れてるから。……じゃあね、サンタのお兄ちゃん。さっきはお菓子ありがと」
 気丈に振舞っていたけど、なんだか少し寂びしそうな顔をしていた。そして立ち去ろうとしていたその子を、俺は、
「ま、待って!」
気づいたら呼び止めていた。
「今晩、うちに来ないか?」
 その子はかなり驚いた様子だった。
「そんな、いいの……?」
「もちろんだよ! こんな日に外にいたら風邪ひいちゃうよ」
「……ありがとう」
 グスッ
 よほど辛かったんだろう、女の子は泣き出してしまった。
「うん、辛かっただろう。とりあえず寒いし、家に帰ろうか」
「……うん」
 俺が手を差し出すと、女の子は弱々しく握り返してきた。そのまま、俺たちは手をつないで帰った。
 本心とは言っても、こんなことするなんて、俺はお人よしなのかもしれない。

「散らかっているけど、まあ入って」
 それから、とりあえず綺麗なTシャツを渡してから女の子に風呂に入るよう促した。その間に俺は二人分の夕食の準備をする。とはいえ、カップラーメンなのだが。
 帰りながら聞いたのだが、女の子の名前は「ニーナ」と言うらしい。それが漢字表記なのか、カタカナ表記なのかはよく分からない。

 ラーメンが出来て、少し伸びた頃に女の子は戻ってきた。それから暫く、小さな1Kのモノで散らかった部屋の中でラーメンをすする音だけが響いていた。暖かいものを食べるのは久しぶりなようで、スープの最後の一滴まで残さず食べていた。

「……えっと、色々とありがとうございますっ」
「いいよ、気にしなくても。こっちだって無理に連れてきちゃったみたいだし」
 ニーナは、ただふるふると首を横に振った。
「今までも俺みたいに、家に連れて行こうとする人はいたの?」
「たまにいたけど、全部断って、逃げてた」
「えっ、じゃあ何で俺にはついてきたんだ……?」
 ニーナはニコッと笑って、
「あなたにならついて行っても大丈夫かな、安心かなって思ったから」
「そんなこと言われると照れくさいな……。――ところで」
 ずっと気になっていたことも聞いてみた。
「何でニーナはホームレスなんかをやってるんだ?」
 するとニーナは困った顔になった。
「……言っても警察に連れて行かないよね……?」
「時と場合によるな」
「お願い」
「……分かった。連れて行かないよ」
「……じゃあ話すね」
 それからニーナはこのように語った。
 彼女の家は、明日のご飯さえ確保できるか分からないくらい貧乏で、ニーナはその家の五人姉妹の長女だったらしい。でもある日、ちょっとしたことで家族と喧嘩になってしまい、「こんな貧乏な家、出て行ってやる!」と言ってしまった。そしたら父親に「お前なんか出て行け!」と言われ、結局今までこうして帰れずにいるらしい。
 つまり、この子はホームレスと言うよりは、家出少女だったというわけか。
「でも、そんな意地張らなくても、普通に帰ればいいんじゃないか?」
 ニーナは首を横に振った。
「ううん、むしろこれでよかったの。私が居なくなればみんな今までより少しは楽に生活できているだろうし」
 絶句だ。こんな自分の半分くらいの年の子どもが、家族のことを思って家出を続けているだなんて。
「よく今まで生きていられたな……。そりゃあ、家族のことを思うのも分かるけどさ、一人で生きていくなんてそんな無茶なことするなよ……」
「大丈夫だよ。食べ物は、さっきみたいに弁当屋の残った弁当のゴミをとって食べてるから。もう慣れたし」
 ニーナはそう言っていたが、本当に慣れたようには見えなかった。
「そんなこと言ったって無理はよせ。まあとりあえず、今日はここでゆっくりしていきな」
「……ありがとう」
 ズズッと鼻をすすったニーナの声は少し震えていた。
「それからニーナ、とりあえず明日家に帰りな」
 そう俺が言うと、ニーナは泣いて赤くなった目を、これ以上ないほど見開いた。
「確かにニーナにとっては酷なことだと思う。でも、ずっとこんな生活続けるわけにはいかないだろ?今まで強く生きてきたんだからさ、ニーナなら大丈夫だ」
「うん、分かった……」
 よっぽど帰りたくないんだろうか、すごく思いつめた顔をしている。確かに、いきなり「帰れ」と言われてもそうなるよなあ……。

 そのまま寝てしまったニーナを、俺は自分がいつも寝ているぺたんこの布団に寝かせた。外での生活が長いからか、彼女の身体は異常なまでに軽かった。
「……あれ?」
 よく見ると、俺の大きなTシャツから伸びたニーナの腕には、大量の痣の痕があった。家出生活でできたものではなく、もっと昔から殴られ続けた痕のような……。もしかしたら、家出を続けるほかの理由もあるのかもしれない。
「とりあえず明日聞いてみるか……」
 見ず知らずの女の子を連れて帰っただけでもどうかしているのに、さすがに一緒に寝るわけにはいかない。俺は壁に寄りかかって寝ることにした。使ってないバスタオルを引っ張り出して掛け布団代わりにつかう。その時、
 ガシャッ。
座った時何かが肩に触れて倒れた。何かと思ったら、古くなったイーゼルだった。倒れた衝撃で埃が舞う。
「いい加減捨てなきゃな」
 そう独り言ちてから寝た。クリスマスの夜は布団なしで寝るにはあまりにも寒かった。

 朝、痛む首を押さえながら起きると、布団には見知らぬ女の子が寝ていた。一瞬何事かと考えたが、そういえば昨日、謎の家出少女を拾ったことを思い出した。
 俺は先に朝飯を食べた後、バイト先に「今日休みます」と連絡を入れた。その間に謎の少女、ニーナは起きてきた。

「ねえ、やっぱり私、家に帰らないと駄目かな……」
 朝ご飯(パン)を食べてから、ニーナが聞いてきた。
「それはもちろんそうだが、昨日気になったんだけど、その腕の痣は一体どうしたんだ?」
 はっとした顔をして、ニーナは腕を後ろに隠した。
「……何でもないよ。転んだだけ」
「転んだだけじゃ、そんな古傷みたいな痣にはならないと思うが、本当のことを教えてくれないか」
「本当に何でもないの」
「じゃあ何で隠すんだ? ……もしかして、虐待でも受けてたのか?」
 「虐待」と言った瞬間、ニーナは体をビクッとさせ、
「家に帰りたくない……」
と、ポツリと呟いた。よく見ると脚にも、火傷の痕――煙草の火を押し付けた痕のようなものもあった。
「全部ね、私がいけないの。妹たちはできるのに、私はぐずでのろまだから。だからママは何回も叩いたの。私が悪い子だから。だから捨てられても仕方がないの」
 今までの苦しみを全部吐き出すようにニーナは話した。ずっと苦しいのに耐えてきたんだろう、顔は笑っていたけどその声は震えていた。
「……つらかったろう。だから、今はさ、ゆっくりしていってもいいんだよ。俺のこともっと頼っていいから……」
 俺はぎこちない手つきでそっとニーナの肩を抱き寄せた。弱々しく震える小さな女の子の体は、とても温かかった。

「……ごめんなさい。あんな話をしてしまって」
「いいや、気にするなよ。ああやって本当のこと言ってくれて嬉しかったよ」
「……ありがとう」
 ニーナが落ち着いたところで、改めて俺は聞いてみる。
「それで、これからどうしていくつもりだ? やっぱり警察に行って保護してもらうのが一番良いと思うけど……」
「警察は絶対ダメ」
「どうしてさ」
「だって警察に行ったら、ママも警察に連れて行かれるでしょ? それで、もしかしたらママ捕まっちゃうかもしれない。妹たちもいるのにそんなわけにはいかないよ。それに、捕まらなくても、それだけお仕事行けなくなっちゃうから、やっぱりそんなこと出来ないよ……」
 なんとまあ……。自分を捨てた家族のことにそんなに気を遣うだなんて。
「……なんだかニーナはクリスマスに舞い降りた天使みたいだな」
「え? こんな汚い私が天使だなんてどうかしてるよ」
「見た目の問題じゃなくて、心が綺麗なんだよ」
 そんなこと無い、とか言いつつも、照れてる姿は年相応の女の子って感じがした。……そうだ。
「……ニーナさ、もし、他に行く場所が無いのであれば、……ここに住んでもいいんだぞ?」
 そんなこと言われるとは思ってもいなかったとでも言うかのようにニーナは眼を見開いた。そりゃあそうだよなあ。こんな冴えないやつが女の子に一緒に住もうだなんて言ったら。むしろ俺のほうが警察沙汰になるじゃねえか。思いつきで言ったとはいえ、かなり後悔した。
「さすがにそれは……できないよ」
 やっぱりか。
「だ、だよなあ。俺みたいなのがそんなこと言ったら怪しいもんなあ。すまん。今のは聞かなかったことにしてくれ」
「ううん。お兄ちゃんはすごい良い人だってことが分かる。だからこそ、これ以上迷惑はかけられないよ」
「遠慮なんかしなくてもいいのに……」
「大丈夫。最初に家出したときに、一人で生きていく覚悟はしたから」
 ニーナの目には強い意志が宿っていた。これは俺にはどうすることも出来ないな、そう悟った。
「それに今度はお兄ちゃんが捕まっちゃうからね」
「それもそうだな。……分かった。じゃあ、元気でやれよ」
「うん、ありがとう」

「それじゃあ、そろそろ行くね」
「……ああ。気をつけろよ」
 あとこれも持って行け、と言って家にあった腹持ちしそうなお菓子を渡す。ありがとう、と言ってニーナは受け取ってくれた。
「今まで、本当に色々とありがとう。お礼に、私の宝物受け取って」
 そしてニーナはナップサックから何かを取りだした。それは小さな額縁に入った絵だった。
「私にはこれくらいしかあげられるもの無いけど、ちょうど良かった。お兄ちゃん、絵が好きみたいだし」
 そう言ってニーナは、散らかっている――埃を被ったキャンバスやイーゼルなどが散乱した部屋を見回して言った。
「これは……」
 俺は、その絵に見覚えがあった。
「どうしてこの絵を……?」
「これ? 家出を初めてすぐくらいにゴミの中から拾ったの。私、この絵すごい好きで、つらいときにこの絵を見ると頑張って生きていこうって勇気がもらえたの」
 ――これは昔、俺が描いたものだった。
「そうか……。実はその絵、俺が前に描いて捨てたものなんだ」
「え、そうなの? なんでこんな素敵な絵を捨てちゃったの? すごい上手で綺麗なのに」
 まるで訳が分からなさそうな顔をするニーナ。確かに、元々売る為に描いたものだから、世間的には『上手い』の分類に入るのかもしれない。
「俺も昔はな、『絵で世界一になってやる!』って思っていた時期があったんだ。俺の家族が俺の絵を見ていつも喜んでくれてさ、世界中の人にも喜んでもらえたらいいなって。でもある時、俺の尊敬していた画家が主催するコンクールに、その絵を出品したんだが、その画家に『お前の絵はまるで駄目だ』なんて言われちゃってさ、自分には才能が無いんだって分かったんだ。元々絵を売りに出しても全然売れなかったからね。それっきり絵はもう描かなく、と言うより描けなくなってしまって。だから通っていた美大もやめたし、その散々に言われた忌々しい絵も捨てたってわけ」
 やっぱり失望されちゃっただろうなあ。自分を拾ったやつがまさかこんなに駄目なやつとは思わなかっただろうし。
「そうだったの……。でも」
 でも?
「世界一ってそんなに大事なのかな? ただ有名になるんじゃなくて、一人でも本当に好きと思って、喜んでくれる人がいることが大事だと思うけどな。私はお兄ちゃんの絵、すごい好きだし、お兄ちゃんの描いた絵を、喜んで買ってくれた人もいるんでしょ? 誰かすごい人の意見じゃなくて、そういうのを大切にしていけばいいんじゃないかな」
 そう言ってニーナはニコッと笑った。
 ……年下の女の子に励まされるなんて情けないな。ニーナの屈託の無い笑顔を見て、目から何かが溢れそうになったが、恥ずかしい姿は見せられないと思い、頑張って堪えた。
「……ニーナの言う通りだ。俺、ずっとその画家の言葉に縛られてた。お陰でそんな簡単なことにも気づけなかっただなんて。本当に、ありがとう」
「じゃあ、また絵を描き始めるの?」
「ああ。俺、また絵を描いてみるよ。すぐにうまくはいかないだろうけど、それでも諦めずに頑張ってみる」
 なんだか体の奥から力が湧き出てくるような感じがする。
「本当? 私、応援する!」
「ありがとう。じゃあさ、その絵を貰う代わりに、ニーナに絵を描いて贈りたいんだけどいいか?」
「もちろん! やった!」
 まるで花が咲いたような笑顔だった。

 それから花畑に佇むニーナの絵を今使える画材(色鉛筆)を使って仕上げ、プレゼントした。それを見て照れながらもニーナは喜んでくれた。そうして、天使の少女は太陽の輝く外へと去っていった。
 まるで夢みたいな出来事だったけど、この湧き出る気持ちは夢ではないはずだ。俺は「よし」と呟いて、ニーナに貰った絵――冬でも力強く生い茂るモミの木の絵を窓に飾った。
 そんな、俺のクリスマス。

俺のクリスマス

俺のクリスマス

クリスマスに舞い降りた天使のお話。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-29

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