Biblioteca 4


 力の加減を間違えたのではないかと思う強さで、木製のテーブルごと削れてしまいかねない音がとどめく。
 本棚で出来た塔の天辺にはそんな豪快すぎる筆記音の方を、塔の縁に組んだ腕を置き顎をそこへ乗せた体勢で興味津々に覗く青年がいた。
 そばで飛ぶ小鳥の羽ばたきで混じりけない彼の白い癖毛が時々ふわりと跳ねる。
「――んー」
 音が止んだ。
「ねえ、店主さん」
 下にいた黒髪の少年が塔の上を見上げた。
「なんでしょう?」
 青年が小首を傾げる。
「“いれた”と“いられた”ってどっちが正しいの?」
「君ならどちらでも許してもらえると思いますよ」
 青年の返事に、少年の顔が不服そうにしかめられた。
「答えになってないよ」右手で握った鉛筆がそのまま青年に向けて投げられそうな気迫を感じさせる。
 青年はやんわりと微笑んだ。
「難しいことは大人に任せておくといいでしょう。
 形にこだわりすぎると君の個性が損なわれてしまう」
「つまり?」
「物語を読んでみないとなんとも」
 これには納得がいったらしい。
 少年は頭を縦に振ると、「じゃあ読んでみてよ」と今の今まで書くために使っていた原稿用紙の束を両の手でしっかりと掴み頭の上に掲げてみせた。
 しかし青年は首をゆるく振った。
「書き終わったら読ませて下さい」小鳥が肩に落ち着く。
「そんなのもやもやするじゃないか」
「そのもやもやをそこにぶつけてみては」
「けちだなぁ」ぶつぶつとぼやいて少年がまたテーブルに向き直った。
 また激しい音が鳴るのかと思えば、予想外に穏やかな、コツコツとした小気味良いリズムが響き始めた。
「店主さんは先生みたいなこと言わないんだね」
 少年が手は止めずに、思い出したような顔でふふふと笑う。
「例えばどんなことです?」青年が眉をちょっと上げて訊ねた。
「文のはじめは一段落あけるとか、かぎかっこの使いかただとか。文章を書くにはルールがあるんだって」
「そうなんですか」青年が頭をふらりと傾けた。
「ルールを守らないと、ちゃんと読んでもらえないんだよ」
 少年の脳裏に、見なれた女教師の顔が浮かぶ。
 丁寧に文章の書き方を教えながら添削するかの姿はたしかに少年にとって頼もしくもあったが、ちょっと気に入らない書き方を見つけるとすぐさま赤い字で修正をいれられてしまう時などは、まるで自分の考えたものが彼女好みに作り替えられていく気がして、すこしだけ不満だった。
「それは困りますね」青年の深刻そうな口ぶりに、少年も「そうでしょう」と真面目ぶって何度も頷いた。
「だからちゃんと守って、それでちゃんと読んでもらえるようにするんだ」
 霞んで見えない程に高い天井から降り注ぐ光が、少年の髪に虹色の輪っかをかぶせている。
「僕はどんなものでも読みますよ」
 小鳥の囀ずりが傍らで聞こえた。
 少年が塔にいる青年を見る。
 はずだったが、いつの間にか少年の隣に佇み、長躯を屈めて顔を覗きこんでいた。
「それが君の書いた物語なら」
 透き通った水色と黄色の瞳の中に、目をしばたたかせている少年が映り込む。
 しばしだんまりした後、少年は困った表情をして頬杖をついた。
「店主さんだけじゃなくて、みんなに読んでもらいたいんだよ」
 床につかない両足をぶらぶらさせて、用紙に文をしたためていく。小鳥がテーブルに飛び移ってその周りをちょこちょこと跳ね出した。小鳥が粗相をしないか気にした風に、ちらちらと少年の目が青年と小鳥を往き来する。
「それは失礼しました」
 小鳥に人差し指を差し出して青年が笑った。
 仕方なさそうな様子で小鳥はそちらへ近づくと、ぴょんと飛び乗って小さく鳴いた。

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  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-18

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