*星空文庫

口上

mute 作


「空飛ぶ絨毯が喋ることが変だって言うのですか?何故です?空を飛ぶことと,喋ることは,何の矛盾もなく両立しますよ。ほら,こうして,地面から離れながら,そのことを見事に証明してますでしょ?」
私から見て後方に位置する,四隅のうちの二つに繋ぎとめられた細い鎖を持ち上げるようにして,喋る絨毯は確かに自力で浮き上がった。柄がうねうねと波を打ち,そこに働いている力の存在を感じさせて。私は絨毯に断って,その状態の絨毯の表面に触れてみた。そうすると,起毛の感触は手の平を伝ってくるのに対して,不思議とうねりは全く感じなかった。まるで人を避けて通る意思を持っているかのようにして,その力は絨毯全体を行き渡った。なるほど,だから乗り心地は悪くならないんだな,と合点がいった。気になる重量制限に関しても,直接絨毯に訊いてみると,絨毯が言うには,浮き上がる力は乗っている物体に対しても多少働くから,成人男性三人半は持ち堪えられるらしい。むしろ,それよりも問題となるのは,乗せられる員数や数量の方で,こちらはどうしたって絨毯の面積の方に限られてしまう。いくら空飛ぶ絨毯でも,これはどうしようもない。この全長と幅を有する絨毯として生まれてきた(?)からには「受け入れるべき事柄です」と絨毯は言う。しかしながら,私が見たところ,絨毯は長過ぎず,短過ぎずで,この界隈を飛び回るには十分に思えたし,休憩しながらなら,三十キロ先の史跡から研究用の遺物の数十個を運ぶことは出来るのでないかと目算した。なかなか使えるかもしれない。しかし,札に記された値段を見ると躊躇する。こんなに安価なのは,何故なのか。丸まっていた絨毯を広げて,杭を打ち,鎖を付けて,札を置いて,この場を去ってしまった所有者らしき主人は,全く姿を見せなくなった。仕方がないので,そのことに関しても,絨毯に直接訊いてみた。さすがお客様,お目が高い,なんて冗談でも飛ばすかと予想していた私を裏切って,絨毯はその理由を淡々と答えた。
「まずひとつ,空飛ぶ絨毯といっても,ただの絨毯として使われることもございます。床に敷かれ,家具を置かれ,お客様のような人々が預ける重みをしかと受け止め,足触りの心地よさをお返しする。それが絨毯に求められる役割でございます。その役割を勤め切れる自負は,空飛ぶ絨毯も持っています。しかし,ワタシは空飛ぶ絨毯でありながら,喋る絨毯です。そして,お客様のような聡明な方なら既にお気づきでしょうが,ワタシは喋るのが好きでありまして,頼まれれば一晩中でもお付き合いできますし,必要だと判断すれば,嫌と言われても,ワタシは言葉を紡いで,喋りかけます。表面のあらゆる所を踏みしめられても,ワタシは絨毯としての決意を抱いて,喋るでしょう。事実,そうしてきました。有り難がられたし,迷惑がられもしました。さっき,ワタシをここに広げた主人は,現在のワタシの所有者ですが,迷惑がった方の一人でございます。秘密の商談も落ち落ちできやしない,と何度も何度も言われました。ワタシとしては,あの主人がそのような商談をしている間は一言も発することのないように,細心の注意を払っていたのですが,聞いたことを漏らすのではないか,と疑われたようで。そのようなことをする訳ないじゃないですか。ワタシは空飛ぶ絨毯ですよ?人の利害関係など,ワタシが取り扱えるものではございません。財貨を乗せて,ワタシはどこに飛べばいいのですか?ワタシは自由に飛びたいのです。」
一息ついて,と解釈するのが妥当な間をおいて,絨毯は「お客様なら,ワタシのようなお喋りを迷惑に思いますか?」と私に尋ねてきた。私はもし,という仮定の下で,と前置きをし,誠心誠意をもって,絨毯に対して真実を答えた。私はお前を空飛ぶ絨毯として使うつもりであって,お前をどこにも敷いたりしない,と。喋れることから,人の話すことも解する絨毯の,表面に走るうねりが一際大きくなって,絨毯は感動しているように見えた。さらに念を入れるように,泣いていることを表現するように,絨毯は言葉を詰まらせてみせた。それを見ていた私はさっさと手を振って,先を急がせた。そんなことよりも,私が知りたいのは,不当とも思える安価の理由である。もっとあるというなら,聞いておきたい。分かりました,と絨毯は言い,興に乗って浮かれ始めたように,見当たらない皺を伸ばす意図をもって四隅をピンと張り,次の理由を述べだした。
「実は,ワタシは伝説にもある例の大盗賊の絨毯でして,誰も知らない逸話とともに,今も眠るお宝の場所を知っています。ワタシはその大盗賊から,しかるべき人物に教えるよう,密命を承っておりまして,その人物と出会うために,人から人の手へと渡りやすい値段で売られるよう,運命を操作しているのです。そして,今日,まさにこの瞬間,ワタシは出会うべきその人と出会ったのです。それはあなたです,お客様。それが嘘ではないことを証明してみせましょう。よくお聞き下さい。振り返ればあれは数千年前,お客様がまだお生まれになっていない頃のお話です。ワタシの生まれは砂漠にあった街の一角,老夫婦が営む店の奥でして,他の絨毯と一緒に巻かれていたところ,奇跡が起きたように,目覚めが訪れて,驚いたワタシは転がるようにに浮き上がって,お店の外へと,初の飛行を・・・」
鎖が外れた四隅が空中を飛行し,俯瞰の風景をありありと見せてくれる絨毯の上は,気持ちのいい風を吹かしてくれる速度で進行し,私が指示する方角に直進していた。暮れる頃合いの演出が山間や平原にかかっていて,生まれて初めて味わう感動をもたらせてくれた。長い口上に付き合って,ニヤけた口もとを隠さない主人に支払った価値はあったというものだ,と私は言った。聞き漏らすことなく,その本音を聞き取った絨毯は「それは良かった」と言ってみせた。私は表面の適当な箇所を捻ってみた。「あいたたた」と大げさに反応した絨毯は,「大切に扱って下さい,ご主人さま」と嘆願して,鋭く射してきそうになっていた光を避けるために,高度を下げた。緑が,石が大きく見えた。私は腕を組んだ。
中断した続きを喋りだす敷物と物語に対して,改ざんする勇気を放り投げた。

『口上』

『口上』 mute 作

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-01-12
Copyrighted

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