asleep

現代ヴァンパイアの連作短編集。


みゆきが肉まんを食べたことがないというので、食べさせてあげることにした。学校の帰りにコンビニで肉まんをふたつ買いながら、寒い中、さむいさむいといって外で食べるのがいいのだと教えてやると、彼女は興味津々といったふうに相づちをうっていた。コンビニのそばの川原の土手まで、片手には紙袋、もう片方の手はみゆきとつないで歩く。みゆきの手はいつも、うすっぺらで、つめたい。川原には釣りをしているおじさんがひとりいるだけで、とても閑散としていた。土手の草原の適当なところで腰をおろして、おれは肉まんをみゆきにひとつ、渡してやった。肉まんはまだあたたかい。うすっぺらい両手で肉まんを大事そうに持ったみゆきは、まず、おれがどんなふうに食べるのかをじっと見ていた。彼女は吸血鬼だから、ものを食べるという所作がわからないのだ。おれは照れくさくなりながらも、豪快に肉まんにかぶりついた。すごいね、かっこいいね。みゆきはそう言って感動している。おなじように食べてみればいいとすすめると、彼女は一瞬とまどい、それからおれとおなじように、がぶりと肉まんにかぶりついた。ゆっくりとかぶりついたから、人間でいうところの犬歯の部分が、にょきっととがり出てくるのがよく見えた。みゆきがその歯で生物を傷つけたことはないだろうし、これから先もないと信じているが、心の奥底がざわざわとふるえて、おそろしくなった。

「祇園、ごめんね。わたしやっぱりだめみたい」

肉まんを咀嚼したみゆきが、そう、涙を浮かべる。おれははっとして、いいよいいよと言いながらからっぽの紙袋をすぐに渡した。みゆきは紙袋に顔をうずめて、吐く。げーげー苦しそうにしているのは、おれが、そうさせてしまったのだ。みゆきが食べたいといったときに、だめだと答えればよかったのだ。浅はかだった。おなじものを食べておなじ気分をあじわいたいと思った自分が、なさけない。みゆきのまるまった背中をさすってやろうかどうしようか迷っているうちに、どうやら落ち着いたらしい、彼女は紙袋から顔を上げた。くちびるのまわりが、ほぼ血の色だった。きっとひとくち分の肉まんと一緒に、今日飲んだ分の血も吐いてしまったのだろう。ポケットから取り出した白いハンカチで口元をぬぐう、一部がほんのりとピンク色にそまる。ごめんね。みゆきはもう一度はっきりとそう言い、おれを見つめる。

「おれ、自分のこと名前負けしてると思ってるんだ」
「どうして」
「だって変だよ、祇園なんて名前」

ふつうの人間なのに。という言葉を飲み込んだ。手に持っている肉まんがどんどんさめていく。おれはみゆきのことが好きだった。なんでもいいのだ、人間でも吸血鬼でもなんだって関係ない、ただ、好きなのだ。みゆきに、変なの、といってほしかった。いきなりそんなこといって、そのほうが変だよと、笑ってほしかった。みゆきはハンカチをポケットにしまって、紙袋のくちをぐしゃぐしゃにして閉じた。おれは彼女の膝の上にのっている食べかけの肉まんを自分の膝の上へうつした。「変じゃないよ、わたしは好きだよ」みゆきはおれの顔を見てそう笑った。彼女のことがかわいそうだった。目じりに吐いていたときに流した涙のあとがある、要ではなくなったとがった歯は、いまはしまわれている。おそろしさはなくなっていたが、おれはとてもかなしくて、何も言葉が出てこなかった。

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ヴァンパイア作品は映画「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」「ヴァン・ヘルシング」のみ観賞済み。ヴァンパイア代表作だといわれている(らしい)ブラム・ストーカー作の「吸血鬼ドラキュラ」や現代ヴァンパイアの恋愛映画「トワイライト」シリーズが積んであるので、イメージが固定される前に書いてみようと思い立ち、書いたものです。

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自分なりに考えた、現代に生きるヴァンパイアと人間の話。 舞台は世界中のどこか、登場人物もどこかのだれかです。

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更新日
登録日
2017-01-10

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