琥珀の青春

この瞬間が愛しくて、でも車輪は進み続けて

 アルファベットの文字が書かれたシャツを好んで穿いている記憶がある。だがもう一度、考えてみるとそれは大学に進学してから服の趣味が移行したんだっけか? 高校時代は体操着を穿いてどこにでも出かける奴だっけか? 学校の終了の鐘が鳴ると同時に二人は校門を飛び出し、錆びがくったママチャリにまたがり、俺は奴とニケツをして海岸沿いを進んで行った。そうなると奴が洋を描いた服を履きだしたのはやはり大学生の頃で間違っていない。ところで俺は奴と別々の大学に進学したのだった。それは当然の事であり、奴は文学を愛して、俺は何方かというと工学を愛していた。お互い学びたい業が異なっているのであり、高校を卒業と同時にお互い地元を去ったのである。
 だが一つだけ言わせてもらうと俺自身、奴だけが友達しかいない寂しい者ではない、ただ幼稚園から同じ腐れ縁の中であったという理由だけである。高校時代には新たに作った友達もたくさん存在したし、奴を含め数人で何度も遊びほうけた。その節々に俺は思ったのである。この数人の友達と奴の笑顔と沸き上がる踊る若い楽しみの興奮は、絶対に今だけであると、そして思うのだ。俺はこの時を切り取って木の樹液に幾度も浸し琥珀の様にして保存したいと何度も思った事だ。
 嗚呼、変わってしまうのだ。人は時と時代の変化に大いに影響を受けてしまう、彼らにはズッシリとした太い幹の芯は一切なく、ブロックのレンガが積まれていく様にして形を変えて変化して姿を変える。ブロックの芯は明日にはもう化けて別の何かに代わってしまう。俺はそれをひしひしと感じこの琥珀の様にして眠らせる事の出来ない一瞬、一瞬を瞳の奥に焼き付けて毎日訪れる夕日を見て深い感傷に浸った。
 俺は就職して五年ほどがたっていて突き進むしかない毎日にせかされ生きていた。まるであの夕日を見て感傷を感じる余裕はなく、仕事と家で寝るだけの反射を繰り返していた。過去の産物は虚像になり俺も昔話の感覚になっていた。
 何時もの様にして仕事から帰り、アパートの近くのスーパーに立ち寄った時である。俺の名前を大声で叫ぶ声が水墨色のした狭い路地裏に響き渡った。声の主を探して振り返ると白いシャツを穿いた男が立っていた。奴だった。高校時代、ママチャリにニケツをして海岸沿いを走った奴がいた。だが昔と比較すると人相が違う、爽やかさが売りだった奴の表情は何処か貧相に細くなっていたが目だけがギラギラと光り、それが今ある奴の状況を理解させてくれた。
「藤堂、懐かしいな」
「おいおい、懐かしいからって大声で呼ぶなよ、もう結構な時間だぜ」
「へへへ」
 この様子からすると偶然に俺の目の前に現れたわけではなさそうだ。
「なんだ、携帯にでも連絡いれとけば何時でも家へ招待してやったのに」
「悪いな。オレの携帯は今、使えないんだ。それでちょっと突然だが遊びに来たのさ」
「遊びにってお前、今日は平日だろ? 明日は仕事じゃないのか?」
 俺の質問に奴は一瞬だけ顔が曇ったがニヤリと笑って「まぁ、いいじゃないか。そうだ今から飯でも食いに行こうぜ」と言いった。

 ファミレスでハンバーグを口に入れモグモグ喰う。奴もトマトとレタスを口に入れシャキシャキと喰う。
「そんでお前、広告の仕事どうなのよ。この前あった時、なんか偉そうに語っていたけど」俺はポテトにフォークを突き刺して聞いた。
「はっ、偉そうに語ってねぇーよ。オレの事より藤堂の方はどうなんだよ? 確か研究所が火災にあったって聞いたんだが? それは本当か?」
 俺は一瞬ビクリと身体を震わせて「何処からその情報を……」
 すると奴はポケットから拳銃を出して「やはり噂は本当だったか。飯は終わりだ。藤堂、研究所に案内しろ」奴はミニトマトを白い歯でギリリッと潰して顎で外に出ろと合図をした。

「ふぅん地下に研究科を設けているのか? どうりでビルの中を探しても見つからないわけだ」
 四角い重量のある機械がピカピカと輝きウゥーンウゥンと唸っている。小学校の体育館程の広さはあるが正体不明の機械が至る処に設置されているので狭く感じた。
「理由はなんだ?」
「理由? あぁ、何故こんな事をしているのか?って? 会社の金を横領したのさ。結構な額だ。」
 俺は奴の黒い瞳を見て言う。
「つまりお前は犯罪者で会社と警察に追われているって事でいいか?」
 俺の言葉に奴は口元を上げて笑い「その通りだ」と述べた後に奴は俺を睨み付けて「藤堂? 確かお前の研究所は時間を凍結させる研究を行っている筈だ。なら俺が横領を行った事実がバレない時間帯を永遠に凍結して貰いたい。へへへ、そんな顔をするな、昔からの友達じゃないか」
 首を振って俺は答える。
「やめとけ、この研究は失敗だった。この前の火災もその一つだ。あの火災は研究の所長の過去の火事をなかった事にしようとした実験だった。だが実験は失敗、過去から侵入してきた炎が研究所を燃やしたんだよ」
「はっ! 知るかよ! 藤堂! お前がオレの指示に断る事はできねぇぜ! この拳銃を今すぐにでもぶっ放してもいいんだぜ!」
 銃口の先を散らかせて俺に向けて怒鳴る。自分自身でも分からないが不思議と口からため息を吐いた。吐息は居場所を求めて広がり旅人の様であった。俺はコンピューターに電源を入れカチカチとキーボードを操作して或る機会を起動させた。
 ガガギゴオオオオオオぉぉおんにょょょよ!!
 金属が擦れる音とスライムの液体が波紋として屈折する奇妙な音と共に奴の背後に空間が盛り上がって形成されていく、中学生の頃に漫画で読んだSFのコマの様であった。まったく科学の進歩とは恐れ入る。しかし何時の時代も悪によって支配される。しかも今回は小さい子供の頃から知っている奴にだ。俺はそう短く考えて「あれがゲートだ。さぁコンピューターにお前が横領した日付と時間を記入してくれ」
「いいねぇ」と呟き奴はパソコンを入力してゲートの前に立ち俺の顔を見て「おい! 藤堂! お前も着いて来い! オレが中に入っている時に起動を中止して貰っても困るからな」
「そんな事しねぇよ」
 奴は俺の腕を無理やり引っ張りゲートに潜り込んだ。ひんやりとした冷たくゼリーのプールに飛び込んだ感触がした。
 瞼を開けると大きな金庫が目の前に置いてある。
「さぁ時の凍結を行え!」
 奴が銃口を俺に向けて命令する。
「ああ分かった」俺が答えて行動しようとした時である。再び奴が声をあげた。
「まて、その前にこの金庫の中身を頂戴しよう。この金庫の金を持って帰れば、オレの金は二倍になる」
 そう言って奴は金庫の扉を触ろうとする。
「まて! 過去の時代にある物を持ち帰るな! 大変な事になるぞ!」
「はぁあ? 何だよそれ?」
「所長が過去に戻った時に、火事の中で子供を連れて行こうとして抱き上げ、ゲートを潜ったんだ。その瞬間、燃えている炎が子供を連れ戻した。生き物の腕の様にして所長の子供を掴み上げまた燃え盛る家の中に戻って行ってしまった。この炎は研究所にも火種を飛ばして全てが燃えたんだ」
 俺は続いて言った。
「過去の産物は取り戻せないんだ」
 俺の忠告に奴は声高々に笑った。
「おもしろい。そんじゃ金の束がオレを追ってくるっていうのか?」
 金庫を勢いよく開けて奴は札束をポケットに入れた。そしてゲートに戻ろうとする。
「おい! 辞めろ!」俺は叫んだ。
「大丈夫だって言っているだろう!」
 奴のかかとがゲートに降れた。と、『パキパキパキ』とコンクリートの壁に亀裂の入る音が鳴る。見渡すとゲートの周辺からヒビが虫唾の様にして這いつくばって唸り始めている。
「さっさと金をこっちに投げろ!」
「嫌だね」
「どうしてお前、こんなになっちまったんだよ! 昔のお前は何処にいっちまったんだ!」
「違うね、オレは昔からこんな奴だよ」奴の目が少しだけ悲しく見えた。
 ガガギゴオオオオオオぉぉおんにょょょよ!!
 ゲートが奇妙な音を奏で変形していく、それは大きな人の口となった、赤い舌をベロンと出して奴を飲み込む。ギャリギャリと滑稽に顎を動かした。俺はその光景に怒りか悲しみか知らない声で叫んだ。

 高校の頃、奴と一緒に体操着を穿いて近くのリサイクルショップに行った。奴はアルファベットの書かれた文字のシャツを見ていた。古着にしては色あせていない代物だった。俺はイヤホンを探していた。最近、片方のスピーカーから音が鳴らない、仕方ないから買うことに決めた。ホントはヘッドフォンの方がいいんだが、ヘッドフォンを使用すると俺の耳たぶが痒くなって腫れる。軽いため息を出して緑色のカナブンみたいな色相をしたイヤホンを買うことにした。奴はアメリカのアニメのシャツを購入するとにしたと言っていた。奴は嬉しそうにしていたが、俺はその良さがまったく分からなかった。
「これで六千七百三回目。このやり取りをするのは」
 俺は胸ポケットにしまってある小さな機械の穴にイヤホンを刺して唇を動かした。
 黄金に煌めく琥珀に閉じ込められた二匹のムシはもがけばもがく程に硬度を増して透き通った。

琥珀の青春

琥珀の青春

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-08

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