るるる

 うたをうたっているのは、ルル、というなまえの女の子で、わたしのなかに棲んでいる、わたしとおなじ十八歳の女の子で、ルル、は、つまり、わたしのなかのわたし、だとか、もうひとりのわたし、ではなく、わかりやすくいえば、「わたし」という部屋でルームシェアしている赤の他人、ということを、どうかあなたにも知っておいてほしい。いずれはあなたも、わたしのなかに入り込んでくるかもしれないから。そのときに、わたし以外の女の子がいたら、びっくりするでしょう?
 冬の朝の空気は、どうしてああも痛いのでしょうか。まるで空気のなかに目には見えない微細なガラスが含まれているようです。あなたはいつもの場所でたばこを吸っている。冬の外で吸うたばこはうまいのだと、たばこを吸っている従姉妹が教えてくれた。あなたはきのうとちがう、ダークグレーのスーツに身をつつみ、駅の前にある喫煙所でたばこを吸っている。片手にはコンビニコーヒーを。

(そうそう)

 有名な話だから、あなたも聞いたことがあるかもしれないけれど、冬の朝の、みずうみの表面に薄い氷ができるほど寒い朝の、森では、寒さで凍え死んだ昆虫を葬るために、くまのヒトたちが集まる。男の、女の、お年寄りの、若者の、子どものくまのヒトたちが、集結する。土の上に、こてん、と転がって動かなくなった昆虫たちを、かきあつめて、土のなかに埋めてあげる。ときどき、みずうみに沈めるヒトも、いる。たべるヒトは、けっこう、いる。
 わたしはたべているところを、見たことがあります。
 ともだちに、くまのヒトがいて、その子のおとうさんは、埋めるでもなく、沈めるでもなく、たべるヒトだった。その子のおとうさんのように、死んだ昆虫を食料としてみているくまのヒトは、埋めるヒトよりは少なかったが、沈めるヒトの倍はいた。わたしたちが豚や、牛や、鶏や、魚をたべるように、くまのヒトたちも当たり前のように、死んだ昆虫をたべるのは、なにもおかしいことではない。けれども、黒い服を身に纏ったくまのヒトたちが、かきあつめて小山を成した昆虫の死骸を両手にすくい、むしゃむしゃとたべる様子は、グロテスクな映画のワンシーンを観ているようだった。
 キミもたべなさい、と一匹の小さな昆虫をもらったが、わたしはみずうみに沈めた。正確には、沈めようとしたところの氷が溶けておらず、薄い氷の上に昆虫を乗せる形となった。まるで三途の川を渡る小舟だ、なんて思っていた。その日の夜は、みずうみの底にぶくぶく沈む夢を見た。底に達すると再び水面まで浮上し、息継ぎする間もなく、からだが沈んでゆくのだった。水のなかは濁っていて、魚も泳いでいなかったけれど、小さな小さな塵のようなものが漂っていて、よくよく目を凝らしてみると、それは小さな小さな生き物なのだった。

(ああ)

 それで、ルル、という女の子のことだけれど、彼女はとつぜん、るるる、と、うたをうたいだす、ちょっとめんどうくさい女の子だから、わたしのなかで彼女と出逢っても、どうか無視をしてほしい。お願いだから、惹かれ合わないでほしい。わたしのなかで、わたし以外の女の子と恋愛なんて、しないでほしい。わたしのからだのなかで。
 きのう着ていた、濃紺のスーツの方が、わたしは好きかもしれません。どうかきょうも一日、お仕事がんばって。

るるる

るるる

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-07

CC BY-NC-ND
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