無くなった同窓会

また給食を食べて校庭で遊んで

 幾つもの時が流れ私は気づくと93歳になっていた。髪は白く枯れ皮膚は水分を失い、戻らない波を唸っている様で小さく呼吸しているみたいだった。病院のベッドで息を引き取る準備はもうすでに出来ていた。青いシャツを着けた老婆は死が徐々に迫っている事を予期していたし、それによって日々思い起こすのだ過去の古い記憶を。それは白内障になった眼球に反射して映像となり青春時代の風景を煙の影が姿を作った。その映像を見ることは寝ている間の夢なのかそれとも意識をして目覚めている時、それは、瞬間、瞬間に幻想のようにして映っているのか、もはや老婆は認識ができる事はなかった。それで、蝶や蜂が花の周りを飛んでいるのはもしかすると自分ではないのか? 本当は自分は蝶や蜂ではないのかとぼんやりとして思うのだった。
 そうした或る日の事、ベッドに横たわっている老婆に一人の若い医者が近づいてきた。意識が朦朧とする老婆に若い医者はこう言った。
「米山さん。どうです? 体調の方は? そうですよね。それは良い筈がありませんよね。米山さんの身体はもう老衰を何時迎えてもおかしくはないですからね……」
 若い医者の言葉を黙って聞いていると彼は続けて話し始める。
「ところで米山さん宛にこれが届いてましたよ」そう言って若い医者は老婆に封筒を見せた。だが老婆は瞳を医者に向ける事しか出来ず、封を切る事も出来ない。若い医者はそれを知っていて言ったのであろう、若い医者は微笑みながら老婆の目の前で封を切り、封筒の中に書かれている文章を読み始めた。
「ふむふむ、つまりですね、米山さん。近いうちに同窓会がると言う招待状ですね。最後にこう書いてありますよ『最後の同窓会』ってね。でも、同窓会って、米山さんのご友人は生きている人の方が少ないんじゃないですか?」
 若い医者は失礼な事を述べた後に「まぁ、米山さんの御家族の希望で同窓会の方に行ける様にしますよ。取りあえず、これから手術を行います。すいませんが少しだけチクッとします」
 細い注射器の針を老婆の腕に刺して老婆は深い眠りについた。

 老婆は目を覚ました。そこは見慣れた病室の天井があったが老婆の目には鮮明に映った、白くぼやけた靄がなく透き通っていた。老婆は不思議に思いながらも次に窓を何となしに見る。そこには老婆の姿はなく、代わりに一人の幼い少女が居た。老婆は驚き立ち上がる。いや、立ち上がった事も何年振りであろうか? 老婆は少しそう思い返した後に病室の床に足を置いた。冷たいタイルの温度が皮膚に伝わる。この正直の感度に老婆静かに喚起した。その時である病室にあの若い医者が入って来た。
「お目覚めの様ですね。ふむふむ、成功ですね。おめでとうございます」彼は微笑んで言った。
「驚いているのも無理はないです。簡単に説明しますと御家族の希望で脳だけを残して米山さんの身体を全て義体にしたのです。あぁ、サイボーグですか……そうも言えますが、ボクから言うと義手と同じですよ、そうです義手です。ただその範囲が広いってだけです」
 老婆が困惑していると若い医者は「さぁ米山さん。同窓会に行きましょうか? おそらく皆さん待ってますよ」

 このようなわけで老婆は同窓会に連れていかれたのだ。少々強引な気もしたが小さな姿になったせいか断る事が出来なかった。自動車に乗り到着した場所は木造の小学校であった。老婆は自動車から降りると運転していた若い医者が「では、楽しんで」と言って老婆を見送った。
 老婆は校舎に入る。誰もいない。大人の姿も見えない。と、ある教室から賑やかな声が聞こえてくる老婆その声のする方向へと進み小さな手でゆっくりと扉を開いた。開く事には確かに勇気が必要であったがそうしなければ、これ以上の展開はある様に思えなかったのだ。
 老婆は扉を開いた。
 その先には生徒たちが楽しそうに駆け回っていた。そして皆、子供の形で少年、少女、年老いた者は一人として居なかった。その妙な光景に老婆は額から汗を垂らした。すると「あ! 米山! 遅いぜ! もう皆、集まってるぜ」
 ある少年が老婆に近づいて来て元気に言う。その少年の声に気づいた少女が「米山さん、久しぶりね。何して遊ぶ? ゴムだん? けん玉? ビー玉? ドッジボール?」と言って楽しそうに述べた。
 一人の生徒が米山の存在に気づいた事によって騒いでいた生徒たちが一斉に駆け寄って来る。余りにも無邪気の顔、無邪気な声、無邪気な会話に老婆は今の日常が昔と溶けあった。老婆は少し前まで病室で寝ていた病人だった事を忘れ、少女としての笑顔を見せて加わっていた。
「なぁ! 次はかくれんぼしようぜ!」
 一人の少年は教室にいる皆にこう述べた。老婆は校庭の草むらに走って隠れた。この草むらは老婆が何時も隠れる場所であった。老婆は少しずつ昔の出来事を思い出していた。と、老婆のそばに頬っぺたが赤い少年が座った。
「あ、米山さんだ」
 頬っぺたが赤い少年は帽子を被っていて、何処かのチームの刺繍が施されている。
「なぁ米山さん。ボクの将来の夢はプロの野球選手になることなんだ」突如として少年は前置きもなしに話し始めるものだから老婆は焦った。しかし少年は続ける。
「米山さんは将来何をしたいの?」
 少年の帽子の天辺に蝶が止まった。その蝶を見て老婆は何かが湧き上がってきた、沸騰した蒸気が立ち込める、まるで、コマを早送りしているようだった。

 そして老婆ははっきりとした口調で少年に答えていた。
「私の将来は、失われた過去を取り戻すこと、それは何年たっても絶対に成し遂げたい。だからまず、医学と機械を応用した医療器を開発するの。人はそれをサイボーグって言うけど私にとってそれは義手と同じ。もちろん、人の臓器や腕や足は機械で代用できた。でも記憶までの代用はなかなか難しかった。結局のところ私の記憶を媒体にした産物しか作れなかった。これが終点だった。失われた過去なんてどんなに私が足掻いても取り戻せるものではなかった……」
 老婆は悲しい表情を見せた。だが帽子を被った少年はニッコリ微笑んで「何を言ってるんだい。君は十分頑張ってたよ、君の成果のおかげで後の人々は一体、何人が救われたのだろうね」
「でも私は……」
 老婆が言葉を言いかけた時、上空から大きなトンボの影と街の奥からサイレンが聞こえてきた。そして周囲は赤い火で包まれ破裂音と散った土の埃が舞い上がっていく。
 帽子を被った少年は言った。
「お休み米山さん。また今度遊ぼうね」

「米山くん。君のお母さんは偉大だったよ。戦後のこの時代に希望を持たせた一人さ」
 頭が剥げた白衣の男が若い医者に言った。
「やっぱり、母の脳も限界だったようです。老衰です。脳を義体に移植しても、もって四日でした。しかしこれで良いんです。母の遺言でしたから。昔、母が通っていた小学校でもう一度友達と遊びたいと言う願いです。しかし……母一人で遊ばせるのはボクが納得がいかない。そこで現役の小学生を招き入れたんです。そうすれば昔の気持ちに戻れるかなと、勝手にそう思ってね」
「そうか」
 頭が剥げた白衣の男は草むらに寄って行く、そしてブツブツと呟きながら「それで君のお母さんが最後の場所がここか? ん、帽子が落ちているぞ……珍しいな! この野球帽のチーム戦前のチームだよ、確か」
 野球帽のつばには吉浦泰三と書いてあった。

無くなった同窓会

無くなった同窓会

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-02

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