夜の釣り堀にはワニが出る

 冬の夜、の空気を、吸って、噛んで、吐いて、また吸うと、なんだか、つめたいフロートを飲んでいるような、感じ。ぼく、きょうも、誰かと眠りたいので、街をさまよって、いっしょに眠ってくれる人を、さがす。夢を、見ると、つかれるから、夢を、見ないよう、はげしい運動をして、そのまま朝まで眠れるよう、はげしい運動につきあってくれる人を、さがす。真夜中。
 夜の釣り堀には、ワニが出る。
 ワニが出ることを教えてくれたのは、友人のHだった。Hは、ふわふわしているやつだった。髪が、ではなくて、からだが、ではなくて、頭の中が、というのともちょっとちがくて、たぶん言葉が、Hの話はぜんぶ、うそっぽく聞こえるのだけれど、でもほんとうは、うそじゃなくて、ほんとうの話で、ほんとうの話を、うそっぽく話すのがうまい、といっても本人にはうそっぽく話しているつもりは、ないと思うのだけど。
 とにかく、夜の釣り堀にはワニが出るよと、Hは言った。Hはいちごのパフェを、ぱくぱく食べていた。甘いものが、好きなのだった。けれども辛いものも、いけるくちなのだった。
 ぼくは、Hの話をはんぶん信じていたし、はんぶん信じていなかった。いるわけがないと思っていたし、いるかもしれないとも思っていたし、いたらおもしろいなと、ドキドキもした。もうひとりの友人Yは、そんなものはいないと言い切ったけれど、Yだって、夜の釣り堀には行ったことがないだろうに、そんなの行ってみないとわからないだろと反論(するつもりはなかったのだけれど、なぜかそんな口調になってしまった)したら、Yは、くだらないと一蹴して、夜の釣り堀にワニが出る話はそこで終わった。
 でも、ときどき、ワニって、いるよね。釣り堀に、ではなくて、そこらへんに。何年か前に閉店した、金物屋さんのシャッターの前とか、なんか、どうでもいい話にもすぐ笑っちゃう若者たちがたばこ片手にたむろする、コンビニエンスストアの公衆電話の陰とか、一般客もいる遊園地で、アニメのキャラクターに扮してポーズを決めてる女の子たちの持っている、キャリーケースの中とか。
 YとHは仲が良かったけれど、ぼくとHの方が、Yよりも先に知り合っているし、ぼくとYは、はげしい運動を何度かしたことがある仲だけれど、Hとはないし、まあそこに、Jという友人も加わるとして、Jはでも、ひとりで海外旅行とかしちゃうタイプだし、まあ、なんでもいいんだけど、今はもう、Hも、Yも、Jも、いないってこと。なぜなら、ぼくが見ていた、夢の中の人だから。Hも、Yも、Jも、ぼくのなかにいて、いるようでいなくて、ぼくがつくりあげた虚像であるが、実体はある。
 よくわからないのならば、それでいいよ。
 わからないことを知ろうとすることは大切だけど、世の中、わからないことはわからないままの方がいいことも、あるからさ。ぼくは、きょうも真夜中、冬の空気を吸って、噛んで、吐いて、つめたいフロートを飲んでいる気分に浸りながら、いっしょに眠ってくれる人を探すけれど、その理由は、誰も知らない方がいいと思うんだ。
 ねえ、きのう、眠ってくれた人はね、野球が好きな女の人だった。ひとりでナイターを観に行った帰りだと、女の人は言っていた。肩につくか、つかないかくらいの長さの髪の毛先には、やわらかなパーマがかかっていた。ちいさくてかわいい女の人だった。ひとくちかじったら、わたあめの味がしたので、キミ、甘味類ヒト型科の人だねって言ったら、女の人はにっこり笑って、そして泣いた。からだがわたあめなのって、つらいよ。そういってベッドの中で、しくしく泣いた。だから、夜の釣り堀にワニが出る話を、してあげた。

夜の釣り堀にはワニが出る

夜の釣り堀にはワニが出る

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-30

CC BY-NC-ND
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