皿の上の虫

先生。
 面白いお話、しましょうか。私の友人の話なんですけど。一風変わった哲学を持っている人で、それがなんていうかこう……不気味なんです。すっごく。
 彼の言い分はこうです。
「人間の手によって他の生き物の命が奪われる時、その死骸は食べられるべきだ。人間のエゴで屠殺をするのだから、責任をもって自分の一部にしなくてはいけないし、食材になってくれた動植物に、しっかり感謝の気持ちを伝えなくてはいけない。」
 これには私も同意します。とっても大切なことだと思います。…けどね先生、彼は、家畜だけじゃなくて、自分がうっかり殺してしまった動物、例えば虫なんかも……全部、食べることにしているらしいんです。
 こないだなんか、ベランダの菫を食い荒らした芋虫に腹を立てて、思わず竹箒ではたき落としてしまったんで、丸ごと素揚げにして食べちゃったんですって…。ぞっとしました。昆虫食とか、ダメなんですよ私。気持ち悪くて…。そう、それでね、その人、これも本当に奇妙なんですけど、自分が今までに食べた動植物を全部、記録してるらしいんです。ノートに、採れた日と食べた日の時間、場所、調理方法、きっかけと経緯、味の感想、それからお悔やみと感謝の言葉まで、びっっっっっっちり書き連ねてあるんです。怖いでしょ、ね、ね。
 けどもっと恐ろしいのがね、その人、どうやら私に好意を寄せているみたいなんです。…いやあぞっとするでしょう。あの人には悪いですけど…。ええ、はい。行ったんです、お家に。なんていうか、怖いもの見たさっていうか、えへへ。不気味な人ではあるけど、他人の迷惑になるようなことはしてないじゃないですか。だから、呼ばれて素直に行きましたよ。友人としてね。ただ、やっぱり少し心配だったので、別の友人にすぐ近くの喫茶店で待機してもらうことにしてたんです。もしもの時のためにね。
 …や、フッツーでしたよ。ええ。彼がケトルに水を入れてスイッチを入れる所も、カップを二人分用意してソーサーに並べる所も、真新しいティーパックのパッケージを包んでるビニールを破る所まで、隈なく監視してやったんですけど、特に怪しい様子もありませんでした。映画の見過ぎだよなあと思って、彼と談笑してたんですよ。普通に。そしたらやっぱり、食事の話になるんですよね。彼は自分の哲学に誇りを持っているやな男でしたから、喜んで話してくれたんですけどね。…言うんですよ。
「食といえばね、僕が非常に納得できたというか、これまでの自分の説明しがたい感情に、ようやく折り合いのついた話なんだけどもね。ライオンっているでしょ?奴らはね、獲物に噛みつくとき、食ってやる!殺す!と思うわけじゃないそうだよ。」
「へえ、なんて思うの。」
「獲物のことが可愛らしくてしょうがない気持ちになるそうだ」

 …ええ、そのあとは、待機していた友人が貴方がたに話してくれた通りです。…ああ、やっぱり。以前にも…。まだ、見つかってらっしゃらないんですか、ご遺体は。そうですか…。
 ところで先生、私の目は、いつ見えるようになるんでしょうか。……先生?

皿の上の虫

皿の上の虫

君が好きだ どうしようもない

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • サスペンス
  • ホラー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-29

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