当日


今朝は少し食べ過ぎた。おかげで,まだ眠れそうにない。
子供達にはそれぞれ,欲しいのだろうな,と思った物をあげた。みんな,それぞれ喜んでくれた。早速使って,遊んでくれた。クシを手にした上の子は,私の髪をといてくれたし,真ん中の子は,下の子と一緒に,お皿とコップを用意して,美味しいお菓子を用意してくれようとしていた。レシピを簡単に書いた紙を見て,台所との間をドタバタと行き来し,数が足りないスプーンを借りて来た。本当の焼き菓子が,あと十分で出来上がる,と高らかに告げられれば,椅子の数の分だけ,期待する声が上がった。淹れられた匂いが室内にこもった。朝にしては騒々しい光景が,耳を触りながら,目を瞬かせて,新聞紙を畳んだ目の前に広がった。リボンが結ばれたハサミは,持つ手をこちらに向けて,贈られた主に使われるときを待っていた。整えられるはずの口元を開いた。銘々が同じフレーズを発した。私にとって,その日最後の食卓が飾られた。
すべてを美味しく頂いた。おかげで,まだ眠れそうになかった。
ブーツを履いて,外に出た。積もった雪を踏みしめた。降ってくるものを見上げた。天気も地面を真似て,白い顔をして包んでいた。何の足跡もなく,橇が引かれた跡もない。樹々が落とす塊の音も,とても控え目に消えて,吐き出す息が自由だった。身体に残る疲れとともに,安らぎに満ちていた。長い,長い安らぎ。目を細めて見ても,色々な出来事が詰められて,引き出しに仕舞われる思い出だった。一人では成し遂げられないこと,パートナーとともに,繋いできた。
そのパートナーは,設けられた小屋で温かい息を吐いて,若いツノを雄々しく振り,すっと伸ばした首で,境目のない平原に向けて,走り抜けそうに視線を送っていた。その視線を生むのは,口笛を鳴らすと,しなやかな動きで,こちらを見てくれる両の目。途端に幼くなる。駆け足で寄ってくる。あっという間に距離はなくなる。
また出かけるの?まだ出かけないの?
「出かけるよ。少し休んでからな。」
とんとん,と首を叩くと,すべてを預けてくるような重さを感じた。甘えたいときに見せる仕草は相変わらずで,名前を呼ぶと,鼻を鳴らす。意味のすべてがいなくなるまで,沈黙を果たし,捧げ続ける。何も動かない。何も動かない。
その,労りの儀式を済ませる。こうしてやっと,一日が終わる。
追いかけて来た下の子と,そのお守りを引き受けた一番上の子が,小屋の向こうから名前を呼んで,小屋中に響くように,私が返事をした。もう一つの名前が呼ばれたら,私から離れたパートナーが小屋から顔を出して,二人を喜ばせた。誇らしそうな,満足そうな顔をしているのだろうと,その後ろ姿を認めながら想像した。また一度鼻が鳴った。返答などではない。それは一所懸命に近付いてくる,二人に対する挨拶だ。朝を祝う。今日を過ごす。
二人を連れて戻った家の玄関で,真ん中の子と,それに合わせて歌う二人の声が聞こえてきた。下の子が慌てて,上の子が急いだ。私がそれらを手伝って,二人とも,おやすみの挨拶を口にした。感謝の意味が込められていた。家の中に走っていった二人に返事をする暇もなく,口元をもごもごさせて,雪を落とした。嬉しかったのだ。喜んだのだ。
暖気のある部屋のベッドは冷えていて,私はそこに腰かけた。日が暮れた頃に迎えられる,ご馳走を浮かべて目を閉じた。誘われていた。歌が聞こえた。
靴を脱いだ。眠りに入った。

当日

当日

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-25

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