消えた蕎麦。

維角 作

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維角さんによる作品です。

 未だに良く分からない。あのおじいさんは何者で、一体何をしたかったのか。

 その不思議なおじいさんに出会ったのは、夏休みの家族旅行で八丈島へ行った時の事だった。
 旅行は三泊四日で、おじいさんと出会ったのは確か二日目のお昼頃だった。その日は海水浴場で遊び、家族みんなで楽しんでいた。昼の時間が近づき、私達は海遊びを切り上げ、近くにある小さな温泉で海の塩を落としてから昼食を取ろうと決めた。
 辿り着いた温泉は混浴で、ものすごく小さく、大人が四人ほどしか入れないほどの大きさだった。その温泉に浸かっていた先客が、そのおじいさんだった。おじいさんは地元の人で、私達がまだ昼食で何を食べるのかまだ決めていないと話すと、嬉しそうに自分の家に来てくれと誘ってくれた。
 彼は自前の手打ち蕎麦をごちそうしてくれる云っていた。両親も始めのうちは申し訳ないからと云って断っていたが、おじいさんが「そう云うのは良いから来ンさい」的な事を云ったので、結局彼の家で昼食を食べる事となった。
 温泉の近くにあった滝にうたれてから、私達は自分達がレンタルした車に乗っておじいさんの家へと向かった。
 何分かして着いたおじいさんの家は木造で、見た目は良く云えば「昔ながらの歴史溢れる家」、悪く云えば「壁の板を一枚取ったら一瞬で崩壊しそうな家」だった。
 家の横には瓜の様な何か(良く覚えていない)の畑があり、家の周りには木(何と云う種類かは覚えていない)が生えており、大きな日陰が出来ていた。
 玄関の扉はきちんと閉められていなくて、おじいさんは「いらっしゃい」と云って私達を家に招き入れた。
 家の中は田舎に住む母方の祖父母が住む家に似た匂いをしていた、親近感が湧いた。老人は自作のお茶を用意してくれて、さらに家の隣で耕している瓜を出してくれた。
 老人は自分の昔々の話をし始めた。自分は元々都会に住んでいたのだが、(理由は覚えていない)途中で八丈島に来て、そのままここに暮らしているとの事。老人によれば、八丈島は沖縄と比べて台風が余り来ない位置にあり、来る事があっても数年に一回か二回程で、威力もかなり弱いらしい。
 そんな感じの話を老人は続けた。両親は真剣に聞いているのだが、弟達は完全に飽きていて、「早く帰りたい」オーラを放っていた。
 大人達の話が終わり、「そろそろ帰ろうか」となり、私達家族は車に乗り込んだ。老人は玄関の前で立ちながら、私達に手を振っていた。
「畑、凄かったね」
 老人の話を少ししてから両親は、
「お昼ご飯どうしようか」
 と云い、早速昼食探しを始めた。車に揺られながら私は、
「手打ち蕎麦どうなった」
 と疑問に思っていた。弟達もそう思っていたかもしれない。
 私は未だに、あの老人が何をしたかったのか、分からずにいる。一生の謎かもしれない。

消えた蕎麦。

消えた蕎麦。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-23

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