魚と蛙

維角 作

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維角さんによる作品です。

 おたまじゃくしと魚が睨み合っていた。
「手前、何処かであった事あるか?」
 魚はおたまじゃくしに問う。おたまじゃくしは、
「記憶に御座いません。私には兄弟が沢山います。きっと、兄弟の誰かと見間違えているのでしょう」
 と丁重に答えた。
「しかし、手前は魚みたいななりをしているのに、腹の辺りにくっついているそれは何だ?」
 きっと、魚はおたまじゃくしに生えている、手足の事を言っているのだろう。おたまじゃくしは自分の手足をじっと見つめてから言った。
「これは足というものです。もうそろそろすると、尻尾も短くなり、私達は地上へと出て行くのです」
「地上?」
 水の中で一生を過ごす魚にとって、地上は未知なる存在だった。人間にとっての、宇宙に似た様な所だろうか。
「その地上に、俺が行く事も出来るのか?」
 興味津々に、魚は問う。おたまじゃくしは申し訳なさそうな顔をした。
「魚は、地上で生きて行く事は出来ないのです」
 それを聞いた魚は口をあんぐり開け、絶望した。
「魚が地上へ行くとどうなってしまうのか、貴方も知っているでしょう?」
 おたまじゃくしはそう言うと、度々振り返りながら、魚の元を去った。
 魚は、心に大きな傷を負った。あんなチビで何も出来なさそうな生き物が、地上を上がれるのに、立派な躯に美しい鱗を持った自分は地上へ上がれない。
 プライドを傷付けられ、また小さい頃から夢見ていた事が実現出来ないのだと知った事により、深い深い絶望を味わった。
 魚が地上へ行くとどうなってしまうのか、彼も十分承知していた。しかしそれでも、自分がどうなってしまおうと、彼はどうしても地上へ行きたかったのだ。
 数日し、あの小さなおたまじゃくしは大きく立派な蛙となった。
「行くんだな」
 魚はまるで死んだ魚の様な、虚ろな瞳で今は蛙となった、かのおたまじゃくしに言った。
「ええ、行きます」
 蛙はそう言うと二三度魚の方を見やり、「左様なら」と言ってから水中を飛び出た。
 (ああ、自分も蛙だったなら……。)
 魚は呆然と考えた。
 次々と飛び出して行く蛙達を見て、魚は人間の行動で言えば「唇をかんでいた」のだった。
「魚が地上で住めないなんて、一体誰が決めたんだ。やってみなきゃ分からない」
 魚はそう言うと、蛙達と一緒に水中を飛び出た。
 しかし、魚が地上で息をする事は出来ない訳で。地面に着地した魚は砂利の中、だらりと何も出来ずに横たわっていた。徐々に息がし難くなり、視界もぼやけて来る。口をただぱくぱくさせる事しか出来なかった。
「今の気分はどうだ、莫迦な魚め」
 周りには沢山の蛙が集まっていた。どれも、かの蛙に似ていた。
「もうこんな事は止めろよ」
 蛙達はそう言うと、魚を池へと戻した。
 どぼん。波紋が池の水面に広がる。
 魚は水中へ戻り、自分が魚である事を改めて痛感させられた。
「お前、地上へ行ったのかよ」
 そう言いながら、周りにいた魚達が集まって来た。
「莫迦だ莫迦だとは思っていたが、まさかここまでとはな」
 そう言って、皆地上へと飛び出た魚を嘲笑った。それからの毎日、かの魚は池に住む他の魚達から莫迦にされ続けた。
 しかし、あの魚はいつの日かまた、地上へ飛び出そうと日々心に希望を抱いていた。
 地上へ行こうと試みた、あの時が魚にとって初めて躍起になれた出来事だった。また、地面に放り出されていた時に見た、地上のあの青い空に、魚は心を奪われていた。
 誰に何と言われ、莫迦にされようと、魚は地上へ行こうと決めていた。もう一度、あの心の躍動を味わいたい。もう一度、あの美しく青い空を見たい。
 蛙にまた戻されると行けないので、魚は蛙達が冬眠をしている、冬の間に地上へ出る事にした。外の様子は、水の中からは分からないので、魚は水温で季節を確認する事にした。そして毎日虎視眈々と水が凍る様に冷たくなる、その時を待っていた。
 しかし、時の流れはゆっくり遅く、冬は中々来なかった。魚は地上へ出る事を諦めていた。地上への熱意はとうの昔に消え失せており、自分が魚である事を日々呪っていた。
「嗚呼、何故自分は魚なのだろう。何故だろう」
 虚ろな瞳で水中を彷徨いながら、かの魚は呟き続けていた。そんな魚を、他の魚達は気味悪がり、関わろうとしなかった。誰も、魚を慰めようとはしなかった。ただ、小さな稚魚たちが、
「魚は地上へは出れないンだ!! 諦めろ、諦めろ!!」
 とからかった。
 そんなある日、地上からミミズが投げられて来た。魚達は皆、それが地上に住む生き物、人間の罠だという事を知っていた。
 稚魚達は逃げ、大きな魚から小さな魚までが岩の陰に隠れた。しかし、ただ一匹だけが隠れようとも、逃げようともしなかった。
 あの魚だった。
 かの魚にとって、池の中で生き続ける事も、地上へ行ってあの空を見るのも、どうでも良い事になっていた。彼はただ、生きるのが辛かった。このまま生きていても、地上へ行けなかった悔しさや恥ずかしさ、またあの蛙達への嫉妬に押し潰されるだけだ。
 魚はミミズを口に入れ、人間が引いてくれる様、思いっきり引っ張る。
 水中から引き上げられた魚は、夏の真っ青な空を見ることが出来た。
 その後魚は、人間の青年に腹を切られて肝を取られ、さらに串を刺され、炎で焼かれて昼食になった。
 魚の最後は残酷ではあったが、魚類の人生(魚生?)には良くある事だし、最後にあの青い空を見ることが出来たので、良かったのではないだろうか?
 ちなみに、始めの方で登場したあの蛙は、地上を出て約二週間後に、車に引かれて死んだ。蛙の人生(蛙生?)には良くある事だ。

魚と蛙

魚と蛙

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-23

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