塔の斑点

君は二度見た同じ景色

 旋律を奏でるその舌は僕にとっては一種の義であり時たまとして虚になって狭い教室の中に海水が徐々に増える満潮の興奮を誘うのだ。そんな君がこう言った。幻はゆらゆら動いてカワセミの夢の様で寝床から這い出しては羽ばたき、川を越えてハッカの香りがする都に向かう。そこで釉薬の塗られた黒い瓦の上で遊ぶのだとしかし、カワセミの傍に五羽の雀と三羽の鳩が寄ってきてカワセミは肩身の狭い思いをし、道端に落ちている藁が混じった馬糞だらけの砕石に向かって鳴くタダタダトオクニキリトニジガミエタ、そうした後にあくびをして自ら蜃気楼の沼に飛び込む。
 君はこの話が終わって満足そうにニンマリと微笑み、まだまだ新調したばかりの緑色の鉛筆を細い指で折った。瞬間的に散った破片はへし折った者の人差し指に刺さり絵の具や疑似として創作された人工物に似た色、赤い液体がポタリと落ちて、開かれたノートの上に垂れて斑点の染みを描いた。
 だから僕は言った。君?血が出てるよ?
 すると君は林檎が嫉妬する程に艶やかな頬をニンマリとして言うのだ。鉛筆を折ったと言う事に疑問はないのかい?そこでチラチラ見せる噴く液体を舌でペロリと舐めて君はもう一つ話し始めた。
 或る草原と草原を超えて右も左も地平線が広がる樫の国があった。樫の国と呼ばれる由来はその草原に樫が堂々と生えているのだが他にも言うと色鮮やかな昆虫たちの住みかとなっており、ドングリの実を膨らませて地に落としていた。だがこの樫の木は国民の象徴になることはなかった。百年前だろうか?五百年前だろうか?いやいやそれとも千年前だろうか?国民たちはるか昔に建造し始めた高い高い塔に心が奪われていた。焔の様に赤い塔で四角い柱は全て鉄で加工され、雲と青い空を貫いてそびえ立っている。樫の木の陰で休む白髪の老人に聞くと何時も同じ返答をする。樫と白楊の大木がお互い競い、勝者が樫の木となった前からこの赤い塔は建造され始めていたのだと。そして当初の目的や意味など既に全ての国民が忘れきっていた。ただ鉄を製錬して赤く塗装して上へ上へと積み上げていく。そんな聞き飽きた答えしか導かない老人の言葉に反吐を吐いて年若い者は隣の国や遠い土地へと向かって行く。しかしいつの時代にもいるのだ。積み重ねられた砂のお城を破壊したくなる衝動というものによって、勿論、かるはずみな事といえそれに気づいた奴らは密告して処刑してきた。だれも成功などしなかった。そしてこの樫の国にはうるおいはなかった。
 平凡な少年も好奇心を抱いた。
 ロマはその夜、飄然とだが生き生きと家を出た。満月は死んでいた。昨日まで生きていた満月は赤い塔に真ん中から割れられ赤黒い一本の太い線が刺殺している。ロマは赤い塔へと進んでいた。背の低い草原はサラサラとかすれた音を立てていて風が塵を舐めている。塔の入口に到着したロマは中に入ろうと辺りを見渡す。しかし監守らしき人物が数人いて入れそうもない。諦めた顔つきになり来た道を引き返そうとした時であった。
「まさか僕以外にも、満月の日に外を歩く子供がいるなんて不思議だね」
 ロマは不透明な声が自分に対して言われた事に身体が麻痺した。心臓が大きく鼓動する。呼吸も乱れる。汗が悲鳴を上げて垂れ始めた。首をゆっくりと動かして声の主の方向に向けた。そうすると銀髪で白い肌、白い服を着けた同い年くらいの少年が立っていて悪戯に笑っている。
「驚くのも仕方ないね。だって、満月の夜に外に出る者たちは首がチョン切られる。でも……可笑しいね。君の目は怖がっているのに何故か燈火が消えていない。それだけの確信と決意があるっていうわけかい?」
 銀髪の少年は一人でぶつぶつとつぶやき、述べた後に「フフフ……大丈夫だよ。僕もどっちかと言えば君と同じく見つかると処刑される身だよ」
 好奇心は時に命を滅ぼす。ロマは塔の謎を知るべく家を出た。自分の命が例え失ってしまっても、それは赤い塔の謎を知らずに死んでいくよりもましだと思ったからだ。ロマは偽りの度胸を張って銀髪の少年を睨み付けた。
「フフフ……気に入ったよ。君の事が、それに……まるで、昔から知っている面影だ。僕の名前はネスク。君、気になるんだろ?この赤い塔の正体を……」
 ネスクと言った少年はロマに笑みを浮かべてある方向を指して言う。そこには樫の木があった。
「今から塔を登って何年かかるって思っているんだい?さぁ樫の木に行こうじゃないか」
 ネスクはスタスタと歩いて行く。ロマもその後ろを追って行く。樫の幹の下に到着するとロマはタダタダトオクニキリトニジガミエタと言語の分からないカタコトを叫んだ。突如、顔をそむける程の熱された蒸気が立ち込める。次に目を開くと白い岩、クレータと白銀の砂が舞う円弧が目の前にあった。月だった。巨大な月がロマの前にそう、今に手で触れる程に近い月があった。ロマは息を飲む同時に冷たい風と闇のカーテンの空に散りばめられた星々がロマの水晶の瞳に映った。ロマが前に進もうとすると背後から声が聞こえた。「それ以上歩くと落っこちてしまうよ」
 ロマは下を見た。霧がドライアイスの煙の様な霧が立ち込めている。ネスクは口を開いた。
「塔のてっぺんだよ。それ以上歩くと落ちて死んじゃうよ。」
 ロマはネスクの言葉に青ざめた。けれどもネスクは恐れていない表情で再び言い始める。
「教えてあげる。この赤い塔の秘密を少しだけ」
 ネスクはそう言って右手から怪しく光るナイフを取り出して月に頭上から切り裂いた。月は紙が破れた音を立てて皮が剥がれていく。まるで包装用紙を解いているみたいだった。と、中から青い惑星が生まれていた。ロマは息を飲んだ。
「驚いた?この中に入れるんだよ」ネスクはクスクスと笑っている。
 彼の人差し指からは赤い液体が零れていた。多分、さっきナイフで月を切り裂いていく時に切ったんだろう。それを見つめていた事に気づいたネスクは舌を出してペロペロと舐めて「大丈夫。さぁ、そんなことより一緒に行こうよこの世界にさ! 知りたかったんだろう?この赤い塔の謎が?」
 惑星の水面は潮の香りがした。

 君が君っていうと男か女か分からないよ。君って便利だよね。色んな想像が出来て、それに加えて何て中途半端で抽象的なんだ。ノートの上に垂れた赤い斑点の染みは積み重ねられて新しく建造され創造されていく。明日もその明日も君と一緒に。

塔の斑点

塔の斑点

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-10

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