てぃこっとfor AIKATSU!

土曜日の某駅はまだ午前中だというのに賑わいを見せていた。
様々な人の話し声が、駅内に大音量で流れる最近の流行りの曲とお互いにぶつかり合い、ガヤガヤとした雑音が生まれ、ここに居るだけで疲れてしまいそうだ。
その雑音の中にも何処かから蝉の鳴き声が聞こえるような気がして……雛森風羽(ひなもりふう)は、太い柱に寄りかかってそっと目を閉じていた。
腰まで伸びたシャイニーブラウンの細く滑らかな髪は、エアコンの風で微かに揺れている。
腰にリボンの付いた鮮やかなピンク色のワンピースをさらりと着て、その腕にはワンピースより濃いピンク色のトートバックを持っている。
如何にも苺の香りがしそうなコーディネートである。
ブー、ブー、と携帯のバイブが鳴り出し、風羽が画面を開くと「るうちゃん、着信」とあった。
「もしもし?」
見た目と相応な幼い声で、風羽が出た。
「あー!もしもしー!ふうちゃんごめんよぉ〜〜」
耳がキンキンするような高いうるさい声が電話越しから聞こえる。風羽はその声に驚きもせず、返事をした。
「も〜るうちゃん!風羽はちゃんと2時に来てたんだよ」
「ふうちゃあん、ごめんって〜。それよりさ助けて……」
「え?助ける?どうしたの?」
軽く叱るような口調から真剣に心配するトーンに変わる。
「あのね、ここが何処だかわからない」
「え、もしかして、また電車間違えたの」
「ひいいい、ごめんよふうちゃん〜〜〜」
風羽は、はあ、とため息をついてから「わかった、教えるから近くに看板とかない?駅名探して」と言いながら人混みを掻き分けて、改札へ入っていった。

それから2時間程経って、風羽と「るうちゃん」こと夏川瑠々子(なつかわるるこ)が駅に戻ってきた。
紫色のボリュームのある髪を耳のそばで二つ つ結びにして、赤いピンで前髪を留めている。
同じく赤いTシャツに大きめのサロペットを着て、青いハイカットスニーカーを履いていて、ボーイッシュな瑠々子のコーディネートは風羽とは全く反対のものだった。
「暑すぎて溶けそう〜〜」
駅から出て、真夏の直射日光を浴びて、瑠々子は目を細めた。
「すぐスーパーあるから頑張って、るうちゃん」
無理ー、死ぬー、と背中を曲げ、腕をだらんとさせる瑠々子。
今日は風羽の家に瑠々子が遊びに行く日だ。毎週火曜と土曜は風羽の家、木曜と日曜は瑠々子の家に、お互いか遊びに行くことになっている。最近はお互い多忙な為、土曜と木曜のみ会うことが多い。
二人が小学生の頃は同じ小学校に通うほど近所に住んでいたが、風羽が引っ越した為にお互いの家の距離ができてしまった。だが二人の仲には赤ちゃんの時から距離なんて言葉はない。二人は従姉妹だが、ここまで仲の良い従姉妹はいないのではないだろうか。
強い真夏の陽射しを浴びた先の、何処にでもあるスーパーに二人は入って行った。
風羽がゴソゴソと鞄の中から何かを探してる間に、瑠々子は買い物かごを取りに行った。瑠々子が戻って来ると、風羽は鞄の中から見つけ出したメモを眺めていた。
「なにそれ?」
瑠々子がそのメモを覗き込んだ。
「今日の材料のメモだよ。ほら、今日はタコパしよ!って言ったでしょ?」
ニコニコと返す風羽に、瑠々子はタコパの存在を思い出して「ああ、そうだったそうだった〜」と風羽の後を追った。
「ロシアンルーレットは絶対だよね〜」と瑠々子が提案するように独り言を言った。
「ええ?!二人でロシアンルーレットするの?当たる確率が半分……」
「ん〜じゃあさ、辛いものじゃなくて変なもの入れよう!」
「るうちゃんの言う変なものってすごく怖いんだけど……変なものって?」
少し風羽の顔が青ざめたように見えた。
「例えばね」
瑠々子はくるりと向きを変えて、ズカズカと目的の場所へ進んで行った。
「これ!お刺身とか!」
嬉しそうに刺身のパックを手に取り、風羽に見せる瑠々子。
「えっ、タコとそんな変わらないし、火を通すから刺身じゃなくなっちゃうよぉ」
予想の斜め上をいく瑠々子のツッコミ所満載な発言に、風羽は動揺していた。
「えーっ、じゃあこっちは?」と今度は調味料が陳列しているスペースへ向かった。
先に向かった瑠々子は、棚の端から端を行ったり来たりしながら、「うーん、あっこれ!これも楽しそう〜」と調味料をたくさん手に取っていた。
「待ってよぉ」と風羽が追いついた時には、背中に調味料を隠しながら得意満面で待ち構えていた。
「これはどうだー!」
背中に隠していた物を風羽に見せる。左手には角砂糖、ガムシロップ、赤味噌を抱いて、右手にはお酢、醤油、みりんを指で器用に持っていた。
「えっ、え〜!?これを中に入れるってどういうことだかわかんないよぉ〜」
口をパクパクさせ、頭上にクエスチョンマークを浮かべる風羽。
瑠々子はそんな風羽を見ながらクスクスと笑った。
普段通りの二人である。
「はいはい、わかった。もうロシアンルーレットしないから!早く帰ってタコパしようー!」
先ほど手に取った調味料たちを元に戻し始めた。
風羽は胸を撫で下ろすような表情を浮かべて一緒に調味料を戻すのを手伝った。
二人は「普通」のたこ焼きの材料に、お菓子とジュースを買い、炎天下の中、風羽の家へ歩いて行った。


「でね〜、私がそれをとったら〜〜」
タコパも終盤を迎え、皿には歪な形をした冷えたたこ焼きが数個置かれていた。たこ焼き機のコンセントは抜かれ、無造作に机に置かれている。
二人は先ほど買い込んだジュースをコップに注ぎ、クッキーを頬張っていた。
時間はあっという間に過ぎ、真上にあった太陽も、いつの間にか西の空で橙色の光を優しく灯し、白かった雲を橙色に染めている。
たわいのない会話を交わしながら、瑠々子が欠伸を一つした。
「いっぱい食べたら眠くなっちゃった〜」
欠伸をして出た涙を指で拭いながら瑠々子がぽつりと呟いた。
そうだね、と風羽が微笑む。
「最近さ、ママが勉強しろしろうるさくて遅くまで勉強すること多くてさ〜」
机に顎を乗せて唇を突き出しながら、ボソッと愚痴を吐く。
「るうちゃんが遅くまで勉強するなんて…」
驚きながらも何処か嬉しそうに風羽が呟く。
「お受験、お受験ってずっと言うの。も〜聞き飽きたよー…」
勉強の疲れを思い出したのか、深いため息を吐いた。
「でもしょうがないよ…みんな通る道だもん…。それでどこの高校に決めたの?」
「わかんない」
「ん?わかんない?」
「うん、ママがなんか言ってたけど忘れた〜。瑠々子は受験するだけでいいの〜って」
机に伏せるように伸びをする瑠々子。
瑠々子の発言に風羽は眉間にしわを寄せた。
「う〜ん。でも、それって良くない…と思う」
語尾に近づくにつれて声が小さくなっていく。自分の意見を発する時の風羽の癖だ。
直後、閃いたように風羽が続けて言った。
「るうちゃんはさ、将来の夢とかないの?」
「夢…?ゆめ……ユメ…………」
むくりと身体を起こし、風羽を見ると、風羽が首を傾げた。
「……ないなぁ……。うん、ない」
瑠々子はまた一つ溜息を吐いた。
「ないから何処でもいいのかも、学校」
眉を困らせながら笑う。微かに右の口角が上がっていない事。ずっと一緒にいた風羽には、この表情をする時は本心ではないことを知っている。
「はあ〜〜るうちゃんはいいなぁ……」
突然、今度は風羽が机に伏せるように伸びをした。唐突に羨ましがられて少々驚いた表情をする瑠々子。
「何が何が?私はふうちゃんの方が羨ましいけど」
伸びをした体制のまま、顔だけ瑠々子の方へ向ける。
「るうちゃんはね、何でもできるでしょ?何やっても上手くいくし、ちょっと上手くいかなかったとしても笑いに変えちゃうし。でもそれはるうちゃん、自然とやってるから……」
瑠々子の顔を見ていたが、徐々に目線が斜め下に逸れていく。

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誰かに笑顔を届ける、笑顔にさせるのがアイドル。でもそれが最初っからできるわけじゃなくて。アイドルだって私たちと同じ人間だから。 るるこ、ふう、みよ、はつみの出会いと成長の物語。ここから全てが始まったのです。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-06

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