騎士物語 第五話 ~夜の国~ 第五章 男子会

第五話の五章です。
妙な副題ですが、珍しく男性陣が集まるのです。

第五章 男子会

 マダムという通称で呼ばれる人物がこの世界にはそれなりにいることだろうが、悪党の世界においてマダムという呼称が指す人物は一人である。
 元々はただの料理人だったのだが、彼女の料理にケチをつけた客を言葉通りの意味で料理してきた結果、彼女はS級犯罪者というラベルを張り付けられることになった。
 それでもやはり料理人である彼女は、であるならば悪党相手の料理人になろうと決め、店を開いた。悪党でなければ入店できず、悪党でなければそもそも見つけられない彼女の店は世界中のあちらこちらに支店が広がる、悪党の間で最も有名なレストランとなった。
 無論、そんな愉快な話を鵜呑みにできる悪党は少なく、昔は支店や本店で暴れる客もいた。しかしそういった客が一人残らず新作料理に変わる事から彼女の実力も着々と広がり、今や彼女の店で騒ぎを起こす悪党は一人もいない。
 いや、いなかった。

「良かったでさぁ、あっしの顔を立ててくれて。でなきゃ今頃久しぶりのS級同士の殺し合いだったでさぁ。」
「自分に級はついていない。」
「それはそうっすけど……いや、むしろ久しぶりにマダムの料理が見られたかも――ああ、ダメでさぁ、ザビクは痩せてて美味しそうじゃない……あー、でもそれを美味しく料理するのがマダムでさぁ。」
「食べた事のない身で言うのは間違っているとは思うが、自分には人間の美味しさはわからないな。こう言ってはなんだが気分の良いモノではない。」
「そりゃあただの同族意識でさぁ。牛も豚も鳥も魚も、血が巡って脳が考えて内臓がうねって骨がつっかえるんでさぁ。甲殻と外骨格の区別がつかないならエビもカナブンも同じだし、ひき肉にすれば人間だってハンバーグでさぁ。」
「なるほど……理解できない話ではないが……受け入れるには壁が高い。その辺りを理解し合って、バーナードと……そのマダムとやらは?」
「そんなところでさぁ。んで、あっしを呼びだしたのはなんでだったかさぁ?」

 太った男とメガネの男がいるのはマダムのレストラン。先日とは異なる場所だが、中にいる客は相も変わらず悪人面。メガネの男はともかくとして、太った男はその外見から何者であるかはすぐにわかり、周りの悪人らはその悪名と強さを思い出して身体を震わせている。

「スピエルドルフの女王と? あの学生が? そりゃまたすごいでさぁ。でもどうやってその情報を? いくらザビクが指名手配されてなくてもあの学院には……」
「ランク戦の時にいくつか仕掛けをした。まぁ、たださすがにあの大魔法使いの学院。永続的に盗聴などができたら良かったのだが……バレにくい使い捨ての魔法しか仕掛けられず、もう何の情報も得られない。」
「充分でさぁ。連中が手に入ったら姉御も褒めてくれるでさぁ。」
「別に褒めてもらわなくていい。主様の悪道の手助けをできればそれで。」
 そう言いながら、メガネの男は濃い赤色の液体の入った小瓶を取り出してテーブルの上に置いた。
「ははぁ、それであっしでさぁ。」
「ああ。手を貸してくれ、バーナード。」
「構わないでさぁ。ただ、悪党が無償でっていうのは無い話でさぁ?」
「わかっている。」
 メガネの男は先ほどの小瓶よりも大きな瓶を取り出した。そこには生肉の塊か、何かの内臓か、生物的な何かが入っていた。それを受け取った太った男は、瓶のふたをあけて匂いをかぐ。
「んん、上物でさぁ。オッケーでさぁ。」
「それはよかった。」
 淡々とした雰囲気と口調だったメガネの男が一瞬だけほっとした顔になったのを見た太った男は、ふとメガネの男の口を指差した。
「ところで、何を持っていかれたんでさぁ?」
「……よくわかったな。」
「奥歯に仕込みなんて、捕まる気満々の捕虜かよって姉御は笑ってたっすけど、あっしはそういうの好きなんでさぁ。でもって今日のザビクは前のザビクと飯の食い方がちょっと違ったでさぁ。うっかりスイッチを押さないように奥歯をかばう感じじゃなくなってるでさぁ。」
「流石だな。自分としては使いたくない保険だったのだが、やむを得ずな。」
「『バッドディール』――なんでも願いを叶えてくれる代わりに何かを奪われるマジックアイテム。大抵はそいつにとって最も大事なモノだって話でさぁ。ザビクは何を?」
「さてな……何を奪われたのかわからないのだ。てっきり両目くらいは持っていかれると思ったのだがな。」
「へぇ、楽しみっすね。」

 その後しばらく、内容はともかく外見的には一般人と変わらない会話をし、メガネの男はテーブルに代金を置いて太った男より先にレストランを出て行った。一人残った太った男は、デザートとして注文した冗談のような大きさのパフェをつついている。
「なんという顔でパフェを食べるんだお前は。」
 どこから現れたのか、さっきまでメガネの男が座っていた場所に白衣の老人が腰かけていた。
「……どうして教えてやらなかったんだ? 奪われたモノ。」
「言っても戻らないなら、もう無理でさぁ。それに、あっしは悪党でさぁ。」
 その口と比較するとつまようじのように見えてくるスプーンをクリームに刺しながら、太った男は独り言のようにつぶやく。
「今のあっしはこの前の件で七人の中で一番下になってるでさぁ。姉御に使ってもらえるようにするには、正義なら努力を重ねるところを、悪党であるなら他者を蹴落とすもんでさぁ。」
「そこはワレも同感だが……しかしうまくいけば連中が手に入るチャンスだぞ?」
「マルフィはともかく、平民や正義はいらないと思うんす。むしろ――」
 パフェのクリームや先ほどまで食べていた肉料理の油、加えて自分の唾液がまとわりついた唇を下品な音をたてて舐めながら、太った男はにやついた。
「どんな味がするのか、それくらいしか興味がないんでさぁ。」
 凶悪な――醜悪な笑みを浮かべる太った男を目の前に、老人はヒュウと口笛を鳴らす。
「ヒメサマが喜びそうな悪い面しおって。」
 そう言う老人もかなり悪い顔でくくくと笑う。
「しかし奪われるとは妙な表現だな。マナではない何かを代償にするマジックアイテムは珍しくないが、そのほとんどが失うではなく奪われるという表現で伝わっている事が不思議だ。噂では三人の王が奪っているとも言われているが――さて?」
「そういえばっすけど最近、世界中にある凶悪なマジックアイテムが誰かに回収されてるって話でさぁ。」
「誰かって……アルハグーエだろう?」
「そうなんすか?」
「フードかぶった細身で二メートルの長身……しかもその凶悪なマジックアイテムを使ってた凶悪な連中を黙らせる事ができる奴なんぞあいつしかいないだろう。目的はわからないが。」
「なんにしても姉御の為だと思うっすけど……もしかして、さっきの奪われるって話、奪ってるのは全部姉御なんじゃないんすか?」
「……納得できるところがすごいところだな。」



 目が覚めると、オレは自分のベッドに横たわっていた。妙に息がしづらいと思ったら鼻の穴にティッシュが詰め込まれていて――
「ああああああっ!」
 ――思い出した。色んな事が起きた気がするけど、中でもトップクラスにヤバイのがあ――
「起きたわね。」
 すとーんと耳に入って来たのはルームメイトの声。ハッとして顔をあげると正面のベッドの上、壁に寄りかかって枕を抱いているエリルがいた。
「あ! えっと! あの!」
「あの後の事話すわね。」
 オレはもうてんてこ舞いなんだけどエリルは……なんだろう、いつも通りのムスッとした顔で淡々と話し始めた。
「鎧の奴はあんたの妹がボコボコにして、色々聞くために国王軍が連れてったわ。社会科見学はもともとあれで終わりの予定だったからそのままあたしたちは学院に戻ってきた。ちなみにあんたを背負って来たのはアレキサンダー。」
「そ、そうか……あとでアレクにはお礼を……て、ていうかなんでパムが……」
「あんたが気絶したのを鎧の奴のせいって思ったのよ。そんなこんなであんたをベッドに放り込んで今になったわけ。ちょうど夜ご飯の時間ってところね。」
「う、うん……外も暗いし……」
 え、えぇっと……オレがここに寝てる理由はわかった。わかったけどたぶんそれよりも先にオレは……そ、そう、謝らなければいけないわけで――いやはずだ!
「あ、あの……エ、エリル、その、そそ、その節は大変申し訳――」
「別にいいわよ。」
「そう――えぇ?」
「あんたは鎧の奴のせいでこっちに来ちゃったわけだし、その後だって鎧の奴からあたし――たちを助けようとしたんでしょ。」
「そ、そうだけど……で、でもやっぱり……ごめんなさい……」
「だからいいわよ。」
 お、おお……なんだかエリルがすごく大人に見える……いや、別に普段が子供ってわけじゃないけど――

「で?」

「……う、うん?」
 急に……いや、口調も雰囲気も変わらずいつも通りのエリルなんだけど、一言――というか一文字そう言った。
「で?」
「え、はい、な、何がでしょうか。」
「あんたは一体、どこまで見てどこまで覚えてるのよ。」
「びょっ!? い、いやそれはほらでもやっぱりタオルがあって色々と見えてはいたような気がしたけどさすがタオルで見えてなくて――」
 次々に――ああ、こういうのをフラッシュバックと言うのだろうか。あの時の光景……とついでに色んな感触が一気に頭の中を駆け巡り始める。それは目の前のエリルに重なり、あの時のエリルの色っぽさと来たらそりゃぁもう……
 じゃ、じゃなくて――ここはハッキリとさせなければいけない事だ……いつもなら顔を真っ赤にするエリルがこんなにもクールに聞いているのだから、オレも正直に……!

「ほとんど全部見えて、ほぼ覚えていまがぁっ!」

 殴られた。


「ロイくん、式はどこで挙げる?」
 過去最高の威力で殴られたオレと殴ったエリルが学食に行くといつものみんなが――えぇ?
「え、何の話?」
「結婚式だよ?」
「え、何の話!?」
「だぁってロイくんてば、ボクのあれとかそれとか見たし触ったでしょー? これはもう結婚するしかないもん。」
「な、なにを言っているのだリリーくん! だいたいそうであるならわたしだって――」
「あ、あたしも……」
「あたしも――って全員そうだからそうなっちゃうよねー。」
 エ、エリルはともかくみんなはいつも通りっぽいな……と、とは言え、まずはやはりごめんなさいを……
「……」
 座っているみんなを見る。すると途端にあの光景が――
「あああぁ……」
「リョイくん!? そ、そんなあからさまに思い出しちゃダダ、ダメなんだからね!」
「い、いけないのだぞ、感心しないのだぞ、スケベロイドくんめ! とりあえず忘れてしばらくしてからちょっとだけ――わわ、わたしだけとかを思い出したり――するのもダ、ダメかもしれないのだぞ!」
「ふぁあ……ロ、ロイドくんのえっち……」
「ちょ、ちょっと待って待ってなんでそんなバカ正直に……あぁん、もぅー……」

「こういうのをカオスと表現するのだろうな。」
「冷静にコメントするお前が、ある意味カオスだと思うぞ。」

 頭の中が桃色だか肌色だかになったところでカラードとアレクがやってきた。
「ふ、二人とも無事だったんだな。あとアレクありがとう。運んでくれたんだろ?」
「あの《オウガスト》の弟子にしちゃ軽かったな。」
 カラードが言うカオスがおさまり、ついでにオレのフラッシュバックも落ち着き、みんなはそれぞれの夕飯を口に運び始める。
「女湯へ突撃した事はさておき、今日の社会科見学は……少し不謹慎かもしれないが予期せぬ事件のおかげでより有意義なモノとなった。ロイドの妹さんは強いのだな。」
「お兄ちゃんは複雑な気分だけど。」
「む? ロイドくんはパムくんが絡むと自分をお兄ちゃんと呼ぶのか?」
「あー……そうですね……」
「ほー。」
「なんですかその顔は……」
「いやいや何も? 妹に甘いお兄ちゃんというかなんというか……いや、実際どうなのだ? パムくんはロイドくんにべったりだがロイドくんは?」
「どうって言われても……昔は可愛い妹ってだけだったのに、今はそこに……えっと最年少でセラームとか天才とかで兄を遥かに超える妹かな……」
「厄介な小姑だよね。パムちゃんに弱点ないの? 弱み的なの。」
「うわ、黒いねー商人ちゃん。でも大事かもねー。どうなのー?」
「パ、パムちゃんの弱点って……ロ、ロイドくんなんじゃないのかな……」
「それはそうだろうが、もっと違う方向の弱点でもあればな。」
「……嫌いな食べ物とかあるんじゃないの……?」
「エリルまで……そろって人の妹の弱点を探らないで下さい……でもまぁ、強いて言えば一個だけあるかな。」
「天才騎士の弱点、おれも気になるな。」
「ああ。あの強さを目の当たりにしちまったからな。」
 全員がオレの次の言葉を待っている。
 いや、そんなに真剣な顔になるようなことじゃないんだけどなぁ……
「パムは暗いのが苦手だよ。寝る時も小さな明かりがないと眠れない。泳げるようになってたりしたけどこれだけは変わってなかったよ。」
「……どうでもいい弱点ね。」
「オレにとってはそこそこな問題だよ……おかげで夏休みの間はずっといっしょの布団だったし。」
「は!? い、今のがどうしてそういう話になんのよ!」
「いや、オレといっしょだと明かりがなくても大丈夫なんだよ。電気とかろうそくを使わなくて済むーって言ってオレを布団に引きずり込むんだ、パムは。」
「な、なんだそれは! そんなうらやま――実の妹と何をしているのだ何を!」
「寝てるだけですよ!?」

「やぁ、随分とにぎやかだね。」

 夕飯時の学食だからそこそこ騒がしくて、だからオレたちの騒ぎもすんなりと掻き消えてしまう中、ふらりとやってきたのはオレのお風呂友達――デルフさんだった。
「デルフさん、どうしたんですか? あ、もしかしてうるさかったとか……」
「いや、大丈夫だよ。ここ、座っていいかな?」
 そう言ってデルフさんが指差したのはテーブルの端……場所的にはお誕生日席だけど、学食のテーブルではその場所に椅子は無い――と思いきや、なんとデルフさんは椅子を持参していた。
「ふー、どっこいしょ。さてさて本題の前に世間話だけど……プルメリアくんから用紙は受け取ったかな?」
 プルメリア……ああ、あのビン底メガネの人か。
「あ、はい。部活申請のですよね。」
「? おや、それだけしかもらっていないかい? いっしょに生徒会選挙への立候補用紙も渡しておいたのだが……プルメリアくんはドジっ子だったかな?」
「会計をドジっ子とか言わないで下さい。」
 そう言ったのは――デルフさんに隠れて見えなかったんだけど、後ろにいた生徒会副会長のレイテッドさんだった。
「そうかな? 彼女、興味のない事には一切の注意を払わな――ん? となると僕が頼んだおつかいにまったく興味がなかったって事になるのかな? おや、もしかして僕はプルメリアくんに嫌われている?」
「スキあらば会長の脚に抱き付く女子生徒を相手にとんだ勘違いですね。」
 なんだか楽しそうな生徒会風景を垣間見た気がするけど……脚?
「そうかい? まぁともあれ、渡っていないのなら再度お誘いするのだけど、あと大きなイベントを二つほどこなせば生徒会選挙だ。もうちょっと時間があるけど、早いにこしたことは無いからね。」
「は、はぁ……」
「ふふふ、それじゃあ本題に入ろうかな。一年生が社会科見学で事件に遭遇した話は聞いたし、国王軍がその後の処理を請け負ったなら問題はないだろう。あるとすれば――いや、実際にちょっと問題になっているのはサードニクスくんたちなのだ。」
「問題? え、オレたちが?」
「うん、正確にはサードニクスくん、レオノチスくん、ビッグスバイトくんの三名だけどね。そうだろう、レイテッドくん。」
 デルフさんがそう言うと、背後のレイテッドさんがすぅっと顔を出した。そしてオレとカラードとアレクに目をやり、そして自分の鼻をつまみ――

「くさいです。」

 と言っ――えぇ!?
「そ、そうですか!? エリル、オレくさいのか!?」
「別にそうは思わないけど……」
「むむ。もしかして汗臭い感じか? ただでさえ、女湯突撃のせいで女子から微妙な視線を受けているというのに、とんでもない追い打ちだ。アレク、おれはくさいか?」
「なんだ、とりあえずルームメイトに聞くものなのか、それは?」
「あはは、心配しなくていいよ。今のはレイテッドくんの感覚ではという意味合いだからね。」
「どういう……」
 オレが顔を向けると、レイテッドさんは苦い顔でこう言った。
「嫌な――いえ、最悪の闇魔法の気配が三人からするのです。」
「最悪? 闇魔法って……えぇ? オレ、第六系統はからっきしなんだけどなぁ。」
「そうじゃありません。その魔法の近くにいたせいでにおいが移った……そんな感じです。」
 闇魔法の近くに? 社会科見学でそんな機会は……
「む、そういえば父さんがあの鎧の奴を見た時に闇魔法の呪いがかかっていると言っていたな。そのせいではないか?」
「呪い……なるほど。例の事件、ざっとした話しか聞いていませんでしたが、そういうことでしたか……ひどい話……」
 レイテッドさんが、そのキリッとした顔に嫌悪感をいっぱいに広げる。そして――

「さすが犯罪者というところだね。」

 ゾクッとした。デルフさんがそう呟くのと同時に、物凄い殺気というか敵意というか、そういうものが――ほんの一瞬オレたちを包んだのだ。
「一年生だとまだ教わってはいないだろうけど、有名な話だから小耳に挟んだことはあるかもしれないね。一つ、お勉強といこうか。」
 コロッといつもの柔らかい笑顔に戻ったデルフさんは、突然魔法講座を始めた。
「第六系統の闇魔法。別名重さの魔法。実はこの系統、他の系統にはない特徴があるんだけど、知っているかな?」
「……マナでなくてもいい、でしょ。」
 ボソッとエリルがそう言った。なんだ、マナでなくていいって。
「その通りだけどちょっと表現が違うかな。正確に言えば、マナから作った魔力が二番目に効率が良いというだけで、この世の全てを魔法の代償として扱う事ができるのだよ。」
「えぇ!? な、なんでもですか!?」
「なんでも。きちんとした手順を踏みさえすれば、今サードニクスくんが握っているスプーンでもオッケーさ。」
「それは便利――なんですか? まだオレ、マナが切れたとかの経験がなくて……」
「お互いが強力な魔法を撃ち合うハイレベルな戦闘になると、そういう事はよくあるそうだよ。」
「なるほど、そういう時に……いいですね、第六系統。」
「ふふふ、期待を裏切って申し訳ないけど、これがそうでもないのだよ。例えばそのスプーンを代償にしたら……そうだね、一握りの黒い霧がほんの一瞬生み出せるくらいかな。」
「? えぇっとつまり……効率が良くないって事ですか?」
「その通り。第六系統でも簡単な部類に入る使い魔の召喚をしようと思ったら、果たしてスプーンは何千本必要なのやら。」
「そんなに……じゃあやっぱり魔力が一番――あれ? でもさっきデルフさん、魔力は二番目って……」
「そう、重要なのはそこでね。第六系統の魔法はあるモノを代償にした時に限り、魔力を使う場合よりも大きな力が得られるのだ。」
「おお! なんですかそれ。」
「生命力だよ。」
「せい――生命力?」
「生きる為の力、命が命である為の力だね。」
「……なんだかそれ、代償にしてはいけないモノなんじゃ……」
「時間経過で回復するから、消費する量さえ間違えなければいいのだけど……でも、ほんの少し使うだけで身体に大きな影響が出る。体力は勿論、気力や精神力、筋肉に内臓に脳に五感、身体のありとあらゆる器官の能力が低下するのだよ。」
「そ、それだけ大切な力って事ですよね……じゃ、じゃあもしも使う量を間違えたら――」
「強力な魔法を使い過ぎた場合と同じ、その者は死に至る。」
「やっぱりそうですか……で、でもデルフさん。そこが同じなら……えっと、これって第六系統における最悪? の魔法の話なんですよね……? 普通の魔法と変わらないような……」
「決定的に違う部分があるのだ。魔力は魔眼でもないと貯めておけないが、生命力は生き物がそこにいるなら常にそこにある。」
「えぇっと……」
 そこでハッとした。魔法は基本的に自分の体内で地産地消みたいなモノ。魔力は作ったらすぐに使うから、作る人と使う人が必ず同じだ。対して、生命力の場合は……
「……まさか生命力って……奪えるんですか……? 他人から……」
「そうだ。」
「奪われ尽くしたら……」
「死んでしまうね。」
 なんてことだ。つまり第六系統の闇魔法は他人――いや、自分以外の生物の命を燃料にして魔法が使えてしまう……しかも通常よりも威力が大きくなるという事は……
「魔法を使う際の疲労は変わらずにある。だけどこの話は最終的に、他の生き物の命を何とも思わないなら強力な力を得る事ができる――という邪道につながるのだよ。」
 デルフさんの少しトーンの低い口調も相まって若干沈んだ空気になった中を、レイテッドさんの事務的な補足が加わる。
「生まれた時から魔法を使う魔法生物。そして、長い研究の末に魔法を無理やり使えるようになった私たち人間。この二つの生物の生命力が最も効率よく力を得られますが……人間は人間の生命力しか制御できません。魔法生物の生命力を奪うと、全く種族の異なる生き物の血液を輸血されたかのような状態になりますから。」
「人間は人間の……も、勿論こんなこと、騎士の間では禁止されている――んですよね?」
「細かく言いますと、自分自身の生命力を使う事は特に禁止されていません。魔法と同じで、使い過ぎると死につながるという事を自覚していれば、あとは自己責任です。ですが他人の生命力を奪う事に関しては話が別です。場合によっては窮地を脱する力ともなり得る為、奪われる者が了承したという記録をしっかりと残しさえすれば許可されますが、奪う者の一方的な搾取の場合は重罪と見なされ――時に死刑となる事もあります。」
「死刑……」
「当然でしょう。仮に死ななかったとしても深刻な後遺症が残る事もありますから。故に、基本的には禁術扱い。そしてこの行為を平然と行う悪党には即座にA級などの上位犯罪者の認定が下り、腕の良い騎士が対処する事になるわけです。」
 死刑……こんなに重たい言葉が魔法の世界に登場するとは思っていなかった。魔法は便利な力だけど悪い事にも使えてしまう――それくらい認識だったけど、魔法の内容以前に魔法を使うだけで罪となるような……他人の命に関わってしまうような術があったとは……
 なんだろう……少し、怖くなった。
「……さて、ここでようやく話が初めに戻るわけだけど……つまり、国王軍の訓練場に現れた鎧の人物にかけられていたという呪いの魔法はこの禁術――他者の命を消費して行われた魔法というわけだ。」
「そして、そんな最悪な魔法のにおいがあなたたちについているという話です。他の系統はわかりませんが、第六系統を得意な系統とする者には非常に不快なにおいなのです。」
「……素朴な疑問ですけど、生命力を使うとどうしてそんなにおいになるのでしょうか?」
 デルフさんの話を静かに聞いていたローゼルさんが優等生モードで――ちょ、ちょっとドキッとしたのだが、オレの方に顔を近づけてクンクンし、やっぱりわからないという顔で首をかしげながらそう言った。
「先ほども言いましたが、正確にはにおいというよりも気配。生命力が消費されて生まれた魔法ですから、その気配はどうして死を連想させるのです。グッと、心臓を握られるような……そんな感覚ですね。」
「納得の理由ですね。それで、そのにおい――気配はどのようにして除去するのですか?」
「反対の属性の系統で中和――要するに会長がここにいるのはそういう理由です。」
「ふふふ、さぁ三人共、手を出してくれないかな。甲を上にしてね。」
 手の甲に……んまぁ、インクとかがないからどんな模様かはわからないのだが、指で何かの印を描きながら魔力を込めていくデルフさん。
「みんななら心配はいらないと思うけど一応言っておくとね、今の第六系統の話を聞くと闇魔法の使い手を嫌ってしまう人もいるのだよ。」
 ……わからないでもない。どういう方法でそれをするのかはわからないけど、第六系統の使い手は他者の生命力を奪えるわけだから。
「確かに、第六系統の使い手で悪党の場合、その者はかなりの確率で他人の生命力を使ってくる。しかしそれだけで全ての使い手を色眼鏡で見ないで欲しい。」
 チラリと――本当に一瞬、自分の後ろに立っているレイテッドさんを見たデルフさんは、しかし直後意地の悪い顔になった。
「まー、逆にその事を利用して他人と壁を作っていた人もいたけれど。ねぇ、レイテッドくん。」
「か、会長……!」



「系統による偏見か。それならおれにも覚えがあるぞ。」
 会長がロイドと強化コンビに魔法をかけて副会長に引っ張られて帰った後、ごはんを食べながらカラードがそんな事を言った。
「知っての通り、第一系統の強化の魔法は最も簡単な魔法として知られている。だからそれが得意な系統でもあまり意味がない――というような事をよく言われたものだ。」
「えぇ……金ぴかカラードを見てから言って欲しいセリフだな……アレクも言われたことが?」
 きっとランク戦の激闘を思い出して「いやいやいや」って顔をしたロイドがアレキサンダーに顔を向ける。
「似たようなもんだ。だがまぁ、俺は今の《ジャニアリ》に憧れて騎士を目指したからな……自分の得意な系統が第一系統だと知って嬉しく思ったもんだ。」
「おれも、自分の得意な系統がおれという人間に合っていると感じている。然るべくという事なのかもしれないが、しかし少なくとも今日、そのおかげで学友を守る事ができた。」
「そうだ、そういえばそれのお礼を言ってなかった。ありがとう、二人とも。」
 ぺこりと頭を下げるロイド。
「? どういうことよ。」
「いや、あの鎧の奴が男湯に来た時さ、二人がオレの前に立ってくれたんだよ。」
「あの鎧、男湯に来るや否や、真っすぐにおれたち――いや、ロイドの方に向かって来たからな。ああいうとっさの状況の場合、簡単故に発動が早い強化魔法が役に立つ。」
「ロイドの風魔法が早いのは知ってるが、風呂に使ってのんびりしてる状態からとなると、まだまだ俺らの強化の方が早い。おかげで俺とカラードは壁を突き破って女湯に吹っ飛ばされたわけだが。」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……あの鎧、あんたを狙って……?」
 ちょっと……ひやっとする意味でドキッとしたあたしは思わすロイドの方を向いた。
「ふむ。全ての騎士がお風呂場にいたわけでもなかったあの時、真っすぐにお風呂場にやってきて真っすぐにロイドくんに攻撃したというなら……間違いはないだろうな。」
 冷静に分析しながら深刻な顔になるローゼルに対し、カラードは笑った。
「はっはっは、《オウガスト》の弟子だったり、こうしてお姫様とも親しかったり、魔人族ともつながりがあったり、こういうのもなんだがロイドが悪党に狙われる理由はそこそこありそうだ。」
 冗談のようにカラードはそう言ったけど……あたしたちはその「悪党」に心当たりがある。
「……」
 あたしがロイドの目を見ると、ロイドはこくりと頷いてカラードとアレキサンダー、そしてそう言えば何も話してなかったアンジュの方を見た。
「みんなに話があるんだ。」


 ちょっと長い話をして、全員がごはんを食べ終わった頃、ロイドが『世界の悪』のアフューカスっていうのに狙われてるっていう事実にどんな反応が来るのかと思ってたら……三人共特に変わらない表情だった。
「……巻き込まれるかもしれねーぞって話だったのかもしれないが、あいにく俺はそういう逆境でこそ強くなれると思ってるからな。今はそこのスナイパーに負けてCランクだが、俺はまだまだ強くなるぞ?」
「ひ。」
「こら、わたしのルームメイトにガンをとばすな。」
 アレキサンダーは見た目通りの筋肉バカだったらしく、下手すればS級犯罪者に狙われるっていう状況にニヤリとした。
「正義が悪に遭遇するのに「タイミング」なんてモノを求めてはいけないさ。存在しているのなら必ず戦わなければならないその悪に今、出会う可能性が高くなったというだけの事。おれの正義に退くなどという選択肢はないのだ。」
 見た目通りっていうか言動通りに正義バカのカラードもふふんと笑った。
「まー、ちょっと怖いけどさー。それで諦められるほどあたしが好きになった男の子の魅力はちっちゃくないんだよねー。」
「!! そ、そーですか……」
 ロイドを色っぽく見つめるアンジュ……
「てゆーかさ、アフューカスって確か女なんだよねー? ロイド、どこかで惚れさせちゃったんじゃないのー?」
「えぇ!?」
「おお! 悪の道を行く者を愛で更生させるのか! それはかっこいいぞ、ロイド!」
「いやいや何言ってんだ! そ、そんな大悪党に会った――のかもしれないのか……で、でもあの一年間はスピエルドルフにいたはずだからなぁ……」
「まぁロイドくんはそういう感情に鈍いからな。」
「そうだね。ロイくんてば、ボクの二年間の想いにも気が付かなかったんだから。」
「そ、それはだって、リリーちゃんはいつもぐるぐる巻きで顔が見えなかったし……」
「そーだけど……あ、でも顔を見せてたらロイくんの方からボクに恋しちゃ――ってたかもしれないんだ!! そうしてればボクとロイくんはもっと早くラブラブになってたかもしれなかったんだ!!」
 今更な事に今更気づいて愕然とするリリー。それに対して、ロイドはその「もしも」について真面目に考える。
「そうだね……旅してた頃ってフィリウスとぐるぐるリリーちゃんしか「いつも見る顔」っていなかったし……リリーちゃん可愛いし……」
「可愛い!? やん、ロイくんてばもーもー! 特にどの辺が可愛いの?」
 すっとぼけロイドのバカ正直なコメントでぱぁっと明るくなるリリーの質問に、ロイドはちょっと照れながら答えた。
「げ、元気なところとかくりくりした目とか……です、はい……」
「くりくり? なるほど、トラピッチェさんのようなパッチリとした丸い目をそう呼ぶのだな。」
 そして、そんなバカ正直なロイドにバカ正直な感想を呟くカラード。
「ではロイド、クォーツさんの目はどう表現するのだ?」
「えぇ? エリルは大抵ムスッとしてるからムスッとしてる目――ちょっと怒ってるっていうか不機嫌っていうか……そんな感じ。見慣れてくるとすねてる風に見えてかわいい。」
「リシアンサスさんは?」
「ローゼルさんは美人さんの目だな。キリッとしてて……えぇっと、切れ目っていう程じゃないんだけど……そ、そんな感じかな。流し目とかされるとドキッとするな。」
「ふむ……マリーゴールドさんは?」
「ティアナはいつも不安そうっていうか困ってるっていうか……こう、守ってあげたくなる視線を送ってくる目だ。じっと見つめられるとヤバイ。」
「カンパニュラさんは?」
「アンジュは余裕のある目っていうか……大抵半目? こっちのこころのやましいところを見透かされるような感覚があるな。同時にちょっとした色っぽさもある。」
「ちなみにおれとアレクは?」
「カラードはいつも自信に満ちた目をしてる。任せろと言われたら任せたくなる感じ。アレクは見下ろす目だな。」
「ちょっと待て、なんだ俺だけ物理的な目線なんだ。」
 アレキサンダーのツッコミにあははと笑うロイドは、そこでようやく……あたしたちの存在を思い出した。
「びゃ!? あ、そ、そうだここに全員いるんじゃないか! ちょ、何を恥ずかしい事言わせるんだカラード!」
「はっはっは。ロイドはそのとぼけたというか間の抜けた目の通りだな!」
「バカにしてないか!?」
 ロイドの、こういういきなりくる……褒め言葉的なのには全然慣れなくて、あたしたち女子勢は顔を赤くしてた。
 ……ていうか、カラードってロイド以上の強者ね……



「はぁ?」
 もう来る事はないだろうし頼まれたって来ないと思ってた懐かしい一室に、しかし意外な事に生徒を引率してた教師として座っていると……いやいや、んなこと一教師に教えちゃまずいんじゃないかっつー情報が軽く出てきたのを見て、やっぱり私は元国王軍指導教官としてここにいる事になってるんだって事に気が付いた。
「王宮の防御魔法を突き破って数十キロを走破して風呂場に突っ込んできた鎧の奴の中身が?」
「ピエール・ムイレーフ。間違いないそうです。」
「教官、風呂場に突っ込むのなんざ若い男なら誰にでもできるぞ?」
 リシアンサス――あー、この場合は父親の方のリシアンサスが手元の資料を暗い顔で眺めながら答えたのにどうでもいいツッコミを入れたのは筋肉ダルマ。
「ついで――と言うと不謹慎ではありますが、ムイレーフ家の人間は現在、その全員が行方不明です。家はもぬけのからでした。」
「ムイレーフ家の跡継ぎであるところのピエール・ムイレーフが武術や魔法の訓練をしているわけはありませんから、完全な素人に魔法の力であれほどの力を与えたという事。それほどの使い手が訪問してもぬけのからと言うのなら、残念ながら全員亡くなっているか、生命力のストックとしてどこかに監禁されているでしょうね。」
 リシアンサスの報告を受けて、普段よりも厳しい顔つきと冷たい口調でそう言ったのはセルヴィア。長い付き合いの身として補足すると、セルヴィアはその場に自分よりも上だと思う相手――ようするに尊敬する相手がいると敬語になる。
 だから、私と会話する時も敬語なのが違和感だらけでやめるように言ってるんだが聞いてくれない。
 ちなみに、ムイレーフの家のモンが訓練してるわけないってのは常識みたいな認識だ。貴族にはただの金持ちボンボンと政治的手腕を振るう実力派っていう二種類があって、ムイレーフ家は前者の頂点だ。
「すると、いつの間にか七大貴族は六大貴族になっていたというわけですか。」
 この部屋で一番興味なさそうな顔でそう呟いたのはウィステリア――つまりはパム・サードニクス。あの鎧を倒した騎士って事でここにいるのだが、今のセリフからもわかるように、こいつは貴族とか王族とかそういうお偉いさん的な存在にまるで興味がない。
 人生の始まりを兄との楽しい時間で満たし、途中を兄をよみがえらせる為の修行に費やし、今を実は生きていた兄と幸せに過ごすために生きている。私から見て、年齢に不釣り合いな恐ろしい実力者なんだが、根本がこんなんだから騎士としてはなかなか出世しないだろうって感じだな。
『人間の世界の貴族とはそんなに無能なモノを意味する言葉なのですか?』
 痛いところを突いてきた私の斜め後ろに立ってる奴はフルトブラント。本来、他国の軍の指導者みたいな重要なポストの奴がこの場所にいるのは相当ヤバイはずなんだが、今回の事件の黒幕に唯一気づいてくれたって事でここにいる。本人曰く、別に人間の国で人間がどうなろうとどうでもいいんだが、未来のスピエルドルフの王に関わる事態だから協力は惜しまないって事で黒幕の情報提供の為にここにいる。
 無論、今は本来の姿で立ってる。
 ……で、この部屋でたぶん、一番真面目な顔で席に座ってる奴がこの集まりの司会だ。

「由々しき事態だ。私たちはこの件を重く受け止めなくてはならない。」

 長さで言うとショートカットくらいに伸ばしたきらめく金髪に端整な顔立ち。流し目で何人もの女を骨抜きにしてきた切れ目に収まる青い瞳。中肉中背と筋肉ダルマの間くらいのがっしりとした身体。別に会議なんだから着なくてもいいのにそういえばいつも着てる鏡みたいにピカピカの銀色甲冑。
 騎士と言うと、私はレオノチスみたいな全身甲冑にランスって姿を思い浮かべるが、おそらくこの国に住む人間の大半は顔を出した甲冑姿に大剣一振りという姿を想像するだろう。そのイメージの元となってるこの男は上級――セラームのリーダー。
 通称『光帝』――その名はアクロライト・アルジェント。
「王宮の警備が未熟であった事はこの際二の次。問題は歴史ある家の者が――十中八九殺害されてしまった事と、私たちの同士がそこに含まれている事。守るべき者を守れず、仲間も死なせて何が騎士だろうか。」
 悔しそうな顔で拳を握るアルジェント。
 今の《マーチ》がちょっと特殊だからそうなってないだけで、その実力は十二騎士クラスなわけだが……私からすると、真面目すぎるところが若干危うい感じでもある。
「まぁそう深く考えるなアルジェント。騎士が全員そこの筋肉ダルマやセルヴィアみたいな実力を持つってのは無理な話だし、対してそういうレベルに到達しちまってる悪党がいるのも事実。時と場所が組み合わされば、今回みたいな事も起こり得る。でもって起きちまったものはしょうがない。まずは今後について話をしよう。」
「はい……」
 苦い顔をしていたアルジェントは自分の頬を両手でパチンと叩き、その顔をキリッとさせた。
「王宮に侵入した襲撃者が呪いによって操られたピエール・ムイレーフ殿と判明し、またそちらの魔人族の方のおかげで呪いをかけた術者の存在も明らかになった。だが……」
 そう言いながらアルジェントが目線を移すと、リシアンサスが一枚の写真をテーブルに置いた。念写という魔法でフルトブラントが見た黒幕の顔を写したモノだ。
「残念ながら犯罪者のリストに該当する人物はいませんでした。一般人にあれほどの戦闘力を与える呪いを行えるとなれば悪党として相当な格の持ち主のはずなのですが……どの国にもこのような男の手配記録はありません。勿論、このような騎士がいた記録も。」
「面倒なパターンだな。」
 やれやれという顔をする筋肉ダルマ。たまにいる、自分の悪事を完全完璧に隠ぺいして何食わぬ顔で外を歩く悪党……豪快なこいつには理解できない上にイライラするタイプだな。
「だが実力的にはS級でもおかしくない面倒なパターンの奴がこうして釣れたわけだから、大将のおとりとしての効果は抜群っつーのは冗談でもないがそんな怖い顔で睨むなよ妹ちゃん。」
 物凄い顔で筋肉ダルマをにらんだウィステリアが、むしろその為にここにいるのだと言わんばかりに口を開く。
「夏休みの一件で兄さんが『世界の悪』ことアフューカスに狙われているらしいという事がわかりました。だけど学院にいる方が安全だし、騎士の側としてはどこにいるかもわからないS級犯罪者――アフューカスに従う七人の極悪人が兄さんを狙って現れるなら都合がいい。兄さんには指一本触れさせないから大丈夫――そう言いましたよね、《オウガスト》?」
「一応、今回は指一本触れられてないし、気絶したのは女湯で鼻血を噴いたからだぞ?」
「そういう問題ではありません!」
「だっはっは! そりゃそうだ!」
 ――と、大笑いした筋肉ダルマはスッと立ち上がってウィステリアの横まで移動し――

「すまなかった。」

 土下座した。
「教官が引率する上に、場所が国王軍の訓練場というのならば安心だと思い込んだ。結果、賊を大将の目の前まで来させてしまい、実際に大将を守ったのは大将のダチ二人。弁解の余地なく、俺様が甘かった。」
 ……女好きで酒好きで、軍の規律は軽々と無視して豪放磊落に自分の道を進む奴だが筋は通す信頼できる男。そういう場面であれば土下座の一つもする――そうは思っていたが、実際に目にしたのは初めてだ。私もアルジェントもリシアンサスも目を丸くした。
 まぁ、なぜかセルヴィアとフルトブラントは嬉しそう――いや、フルトブラントは表情がないからあれだが、そんな気がした。
「……《オウガスト》……いえ、フィリウス。あなたもしかして……」
 厳しい顔をしていたウィステリアが……予想してなかった嬉しいモノを見つけたみたいな顔でそこまで言い、だがふっと首をふってフィリウスから視線をそらした。
「自覚があるなら結構です。」
「ああ。」
 ゆっくりと立ち上がり、そして自分の席に戻ったフィリウスは私たちのビックリ顔を眺めながら何事もなかったように話を続けた。
「フルトの話じゃ、このメガネの男は大将の血液を奪っていったらしい。おそらく鼻血を採取されたっつー字面がまぬけな話だが、あれほどの第六系統の使い手に持っていかれたとなると深刻だ。《ジューン》にも確認したが、闇魔法で血液となると使い道は多い。次の何かをしてくる可能性は非常に高いわけだ。でもって今週末、大将は学院の外に出かける予定がある――んだろ?」
『ええ。』
 答えたのはフルトブラント。フィリウスが親しそうに呼んでるって事は、前に行った時からの知り合いなんだろう。
『姫様の招待でロイド様とそのご学友の皆様はスピエルドルフにおこしになります。直通の魔法をつないでいるので移動は瞬く間。国内に入りますと学院の強固な防御――いえ、守護魔法は届かなくなりますが、私たちが安全を保障いたします。』
 ……防御を守護って言いなおしたあたり、こいつはあの学院にかかってる世界最高クラスの魔法に気づいてるな。
 ま、それはいいとして……
「夜の魔法もあるし、どっちかっつーと学院よりも手を出しづらい場所に行くわけだが、相手はうちの訓練場に刺客を送り込んで来る奴だからなぁ……」
 リシアンサスが机の上においた写真を手に取りながらの私の呟きに、フルトブラントがこくりと……たぶん頷きながら補足する。
『その上、そのメガネをつけた人間は私が魔人族だと知っても大して驚きませんでした。肝が据わっているという事であればそれまでですが、場合によってはロイド様とスピエルドルフの関係を知っているのかもしれません。その上でロイド様の血液を奪ったと考えた場合、仕掛けて来るタイミングはロイド様がこちらに来られるその時でしょう。』
「……っつーことは、今週末のそのお出かけにこのメガネが来る可能性は高いってわけか。」
 来るとわかってる危機に生徒を近づけるというのは教師としてアレだが……こんな危険な奴を捕まえられる機会でもある――ってなことを同様に思ったんだろう、アルジェントがあごに手をそえてうなる。
「なるほど……ウィステリアには悪いですが、今まで表に出てこなかったこれほどの悪党を捕らえられる上に、アフューカスの情報を得られるチャンスにつながるかもしれないのであれば……危険は承知で、ウィステリアの兄には予定通りの週末を過ごしてもらいたいところ。勿論、護衛の騎士をつけて。」
「それは俺様がやる。」
 ……一応、十二騎士が一人の学生の護衛につくなんてのはあり得ない大サービスなんだが……相手が推定S級で、しかも『世界の悪』につながるとあっちゃあたとえ護衛対象が犬でも十二騎士はつけたい。というかむしろ――
「……別にお前の実力を疑うわけじゃないが、一人で大丈夫なのか?」
 私がそう言うと、ウィステリアがシュバッと手を挙げた。
「大丈夫ではないでしょうから、自分も行きます。」
「そう言うと思ったが、悪いが今回は俺様だけで行く。」
「なぜですか!」
「ある程度合わせる事はできるが、ガチでやり合うとなると俺様は連携して攻撃ってタイプじゃないからな。正直、邪魔になる。」
 相手は天才と呼ばれる最年少セラームだが、十二騎士が言うんじゃぐうの音も出な――いや、ちょっと待て。
「フィリウス、お前今ガチでやるって言ったか?」
「? 相手はたぶんS級だからな。」
「いや……まぁそうなんだが……」
 私は何とも言えない顔をした。
「……今週末が一つ、この事件の区切りとなりそうだな。」
 ふぅとため息をつき、アルジェントが状況を整理する。
「ムイレーフ家を滅ぼし、刺客を作り上げて《オウガスト》の弟子の血液を手に入れたこのメガネの男は、状況から考えてスピエルドルフ訪問時に仕掛けて来る可能性が高いようだ。その為、師匠である《オウガスト》が護衛として同行する。加えてスピエルドルフの魔人族の方々が安全を保障するとおっしゃった。もはやこれ以上の態勢はあるまい。メガネの男が仕掛けて来ないのであればそれはそれで良し。仕掛けてきたのならばそれもそれで良し。あとは当日――だな。」

 結局筋肉ダルマの一存で話が終わったような気がするこの集まりだったが……まぁあいつの提案が最善だと思うし。
一つ難点があるとすればフィリウスが本気を出すとか言ったところか。下手するとスピエルドルフの――この場合は首都か? が瓦礫になりそうで怖いんだが……まぁその辺はフルトブラントとかがなんとかするか……

 しかし……フィリウスが怒ってるところなんか初めて見たな。



 ランク戦は普段の授業を潰してやってるから、その分の埋め合わせって事で実は週末が一回潰れてる。例えば一回戦で負けた人はずっと休みみたいなものだったからそれでもいいかもだけど、最後まで残ってたメンバーには不満のある感じ。まぁ、きっとその辺の疲れを癒す意味もある社会科見学でのお風呂だったんでしょうけど。
 てことで、社会科見学の次の日の今日から数えると四日後に今週の週末――スピエルドルフへの訪問が待ってる事になる。
「エリルくんの王族属性を超える女王属性のカーミラくんの本拠地に出向くのだから、こちらも相応の準備をしなければならないだろう。」
「属性とか言うんじゃないわよ! ていうか何と戦う気よ!」
「何を言うか。ロイドくんを巡るこの戦いに新たに加わった大型ルーキーとの初戦を迎えるのだ。いや、むしろ最古参というべきか?」
「ば――だ、だからその戦いは……も、もうあたしの勝ちで……」
「エリルちゃんてば、ロイくんと一時的な恋人になってからホントに言うようになったよね。」
「うっさいわね!」
「そ、卒業……までは、わ、わからないから……」
「うーん、みんな自分の家にロイドを招待してるんだよねー。あたしもどこかでやんないとなー。」
「む、そういうイベントも残っていたか……まぁしかし、今回の戦場以上に厄介なところはないだろう。なにせ相手は女王だからな……」
 貴族を軽くけなした名門騎士は、腰に手をあてて――どうもわざとじゃなくて自然とそうなるらしいからムカつくんだけど、そのナイスバ――バ、バランスのとれた身体でモデルみたいな立ち姿になったローゼルが話を戻す。
「スピエルドルフの未来の王とか呼ばれているわけだから、それはそれは豪勢に出迎えるだろうし、カーミラくんもキラキラと着飾るだろう。つまり、わたしたちもそれなりの勝負服――いや、戦闘服を身につけなければならない。ロイドくんをドキリとさせる一着を!」
「それは……うん、そう思うけどさローゼルちゃん。普通、そう思ったら一人でこっそり準備しない? 一応、ボクたち敵同士なんだけど。」
「女王属性の力が計り知れんから少しでも戦力を上げたいというのがあるが……ま、メインは全員が同じラインに立ってこそ、真に選ばれるべき者が明らかになるからだな。」
「ふぅん?」
 なにかと火花を散らすことが多いローゼルとリリーが今日もいつも通りに火花を散らしてると……

「で、でもそういう話をロイドくんことオレのいるところで話すのはどうかと……」

 あたしたちがいるのはあたしとロイドの部屋で、当然ロイドもいる。昨日の社会科見学の騒動はとりあえず国王軍に任せる感じで普通に授業をした今日、放課後になるや否や部屋にきたローゼルがいきなり始めた会話を赤い顔で聞いてたロイドはとうとう口を挟んだ。
「ロイドくんはにぶいからな、きちんと言っておかないと。」
「服の変化ぐらいは気づきますよ!?」
「それはそうだろうが、その目的や理由には鈍感だろう?」
「いや……そ、それはその……」
「というわけで諸君、これから服を見に行こうではないか。」
「は? 今から? ていうか、そんな――豪勢な場で着るような服をひょいひょい買えるわけないじゃないの。」
「買うとは言っていないぞ。見に行くのだ。エリルくんの家に。」
「は!? な、なんでそこでうちが――」
「カメリアさんの計らいだ。そもそもこの提案はわたしではなくカメリアさんのモノでな。きっとスピエルドルフに招待されるから、その際はいつでも声をかけてくれと、カーミラくんと話をしに学院に来た時に電話番号をくれたのだ。」
「な、なんであんたにお姉ちゃんが……」
「カメリアさんもわたしと同じで全員で挑まないとという考えを持っていてな。そしてこういう時に全員を引っ張り出すリーダーシップはわたしにあると思ったそうだ。」
 ……なんか悔しいけど……でも確かに、ローゼルは結構ぐいぐいと強引にやるからそういう役回りは向いてるのかもしれないわね……
「移動もリリーくんがいれば一瞬だ。一度行ったのだから大丈夫だろう?」
「ボクを便利に使わないで欲しいんだけど……でもまぁ、戦闘服は必要だろうし……わかったよ。」



 ――というわけで、ついさっきまでオレにはだいぶ恥ずかしいというかドギマギする会話が繰り広げられていた部屋が一瞬で静かになった。改めて、リリーちゃんの位置魔法はすごいと思う。
 しかし……うん、たぶんこうやって一人になるのはだいぶ久しぶりだ。きっと時間がかかるだろうから戻ってくるのは遅くなるとのことだから、夕食も一人かもしれない。
「……そう考えるとたった今から寝るまで暇だな。」
 多少の宿題はあるけどそんな大層な量じゃないし……よし、こういう時は男友達との交流を深めるチャンスだ。

「なるほど。そういう時、ハーレムは寂しいな。」
「ハーレム言うな。」
 男子寮に行き、カラードとアレクの部屋を訪ねたオレは、事情を聞いたカラードの真面目な顔のコメントにツッコミを入れた。
「だがいいタイミングだ。今日、おれとアレクは街に行く用事があって、そのまま外食の予定だったんだ。男同士の夜としゃれこもうじゃないか。」
「用事?」
「武器屋に行くのだ。そろそろ新作がそろう頃だからな。」
「?? じゃあ……二人は武器の買い替えを?」
「その可能性はあるがメインはそうじゃない。ま、店に向かいながら話すとしようか。」
 制服を着替えることなく……というか確かセイリオスの学生だとすぐわかるから、街に行くときは制服の方が何かと便利ってエリルが言ってたっけか。
 んまぁともかく、珍しい組み合わせのオレたちは街へ向かって歩き出した。
「考えてみるとロイドには馴染みが薄いかもしれないな。一族に伝わる武器だとかマジックアイテムだとかの理由がない限り、大抵の騎士は武器を新調する。だから武器を売る側――いや、作る側もこれぞという新作武器を定期的に発表していくのだ。」
「だいたいは季節の変わり目だな。剣でも銃でも。」
「ははぁ……」
 確かに、武器の新調という行為はオレには馴染みがない。オレの武器はフィリウスからもらったのとプリオルがくれたのと二種類あるけど、どっちもマジックアイテムだから新しい……というか代わりになる剣がない。んまぁ、フィリウスからの方はいつか効果が切れるらしいからその時には新しい剣を考えるかもしれないけど。
 でもってフィリウスもオレといた六……じゃなくて七年間、あのバカでかい剣を使い続けていると思う。あんな剣が店に売っているとは思えないから自分で作ったのかもしれない。
 エリルのガントレットとソールレットは『ブレイズアーツ』用の特注品。
ローゼルさんのトリアイナは、確か水のイメロを使う為の仕組みが施されていたし……そもそもリシアンサスっていう名門なわけだからあの槍も特注だろう。
 ティアナのスナイパーライフルはマリーゴールド家――ガルドで指折りのガンスミスが作った一品だから、これまた特注品みたいなものだ。
 リリーちゃんの短剣は……『ウィルオウィスプ』で渡された、位置魔法に特化した特別品。
 アンジュは……そもそも武器を使わない。
 うん、気が付くと武器を新調する人がオレの周りにはいないんだな。
「えぇっと、じゃあ二人は……カラードで言えばランスの、アレクで言えば斧の新作を見物しに行く感じか? 今のよりいいと思ったら買い替えるみたいな?」
「後半はそうだが、前半が違う。確かに俺が使うのは斧だが、見るのは全部の新作だ。」
 身長的にオレを見降ろすアレクがふんと鼻を鳴らす。
「えぇ?」
「考えてもみろよ。戦場で見た事もない新型武器を相手にするのはそれだけで一歩不利だろ? 武器屋を使うのは何も騎士だけじゃないからな。いざって時に戸惑わない為の情報収集だ。」
「それに、他の武器や今までなかった性能を見る事で自分の戦法に何かしらのアイデアが生まれることもある。」
「へぇ……二人は熱心だなぁ……」
「と言うよりは、自分の得意な系統を活かす方法の一つなのだ。第一系統の強化の魔法は単純故に応用性が高い。極端な話、見た事もない武器を与えられても、強化の方向を間違えなければその武器の達人にも劣らない力を得られる。強化魔法の使い手には引き出しの多さ――何をどんな風に強化するかというアイデアの多さが一つ、強さの基準になるのだ。」
「なるほど……」
 カラードみたいに身体能力をとんでもないレベルまで強化するやり方。アレクみたいに身体の硬度とか動体視力を強化するやり方。一口に強化と言ってもその対象や範囲は様々で、きっと「そんなものまで!?」とオレが驚くようなアイデアもあるんだろう。
 そんなアイデアを得るために、この二人は新作の武器を見に行くのだ。
「到着だ。さて、どんなモノがあるかな。」
 実はエリルと来た事があるわけだが、二人みたいな目線で見た事はないから少し新鮮な気分で店に入った。
「おお、前来た時よりも人が多いな。」
 きっとカラードたちと同じ目的なのだろう、他の学院生や現役の騎士っぽい人で店の中はにぎわっている。
 剣や槍、弓や銃といった一般的な武器は勿論の事、一癖ありそうな不思議な武器も並んでおり、ついでに武器を持つ時の手袋的なモノや腰に下げる為のベルト的なモノもある。まさに、騎士としての装備品が一式そろうお店だ。
 ……で、肉屋さんに置いてあるお肉に高級なモノがあるのと同じように、武器にも高級な武器というのがある。つまり、たるの中に無造作に入っているのと、壁にかけてあるのがあるわけだ。オレはそういうのを意識した事がないのだが、一口に武器と言っても……例えば切れ味とか重さとかが色々違っていて、その辺が武器の値段で変わってくる……んだろう。
 そしてそういうの見た時、やらしい話だがどうしても、一番お値段の高い武器を探してしまうオレである。壁にかかっている剣にはどれも……たぶん、作った職人のサイン的な意味合いなんだろう、エンブレムのようなモノが彫ってある。それがつまりはブランドで、お値段が高い武器ばかりについているエンブレムもあれば、逆にお手頃な価格の武器についているモノもある。
 ではでは、一番の武器にはどんなエンブレムがついていて、それはどんな武器なのか店の中をきょろきょろと――しようと思ったのだが、当然と言えば当然に、それは一瞬で見つかった。
「……値札が見当たらないな……」
 店内の一番目立つ場所、店主が陣取るカウンターの後ろの壁に飾られている武器は一本の剣だった。素人のオレにもわかる――というか感じる事ができる……なんだろう、オーラというんだろうか。物凄く強い人と向かい合った時に、別に戦闘態勢でなくても感じてしまうその人の強さみたいなモノに似た気配的なモノをあの剣から感じる。
 しかしさっき呟いたように、値札がない。それにすごい剣とはわかるのだが、壁にかかっている他の剣と比べると若干素朴というか……いや別に武器に豪華さは求めなくてもいいと思うけど、比較するとそう見える。
 いや、むしろその素朴さがすごさを引き立てている……?
「あれに興味津々とは、さすがのお前でもベルナークは知ってるんだな。」
 田舎の旅人をバカにする感じがオレの友人全員に浸透しているのはどうにかしたいが、横に立ったアレクがそう言った。
「べるな……?」
「……まさか知らないのか……噂通り、そんなに強いのに騎士の常識みたいなモノは片っ端から知らないんだな。」
「師匠が教えてくれなかったんだ。で、それなんだ?」
「ベルナークは……そうだな、騎士の誰もが憧れる武器のシリーズだ。」
「シリーズ? ブランドってことか?」
「厳密にはとある家系だよ、ロイド。」
 そう言ってカラードが……何かのボトルを持って現れた。
「それは?」
「油だ。甲冑にさすのだ。」
 ニッと笑ったカラードは、ベルナーク……の剣? とやらを眺めて説明を続ける。
「戦争があちこちで起きていた頃、いくつかの大国に囲まれた場所にとある小さな国があった。政治的な手腕とか、財力とか、国としての力は全然ない国ですぐにでもどこかの国に領土を奪われると思われていたその国は……最終的に、とある大国にかなり良い条件で吸収され、現在その土地は英雄が生きた場所として騎士の聖地になっている。」
「?? つまりどういう……?」
「多くの大国がその国を滅ぼそうと何度も部隊を送り込んだが全て返り討ち。物資の補給を断とうと街道の閉鎖や魔法による結界を行ったがこれまた全て真正面から打ち砕かれ、なんとか国民が生活できるくらいの物資の補給を許してしまう。弱小の国だというのに、ある一点が当時のどの国をも上回っていた為に滅ぼすことができず、こう着状態が続いた結果、大国が音を上げて降参。互いに利益のある形で争いをおさめようという話になったわけだ。」
「えぇっと……?」
「最終的にその国はなくなってしまったが、国民は死なず、虐げられず、一番いい形で戦争の終わりを迎えた。そこまでその国を導いたモノ――その国が他国よりも唯一勝っていた力、それは国を守護する騎士の力。そして、その国の騎士たちを率いていた一族がベルナークだ。」
「お、おお、やっと本題に……」
 語って満足気のカラードを横目――いや、身長的に斜め下目にアレクがまとめる。
「ようするに、ベルナークシリーズってのはその負け知らずの騎士団のリーダーを代々務めた一族が使ってた武器ってことだ。」
「へぇ……じゃあ代々剣の達人だったんだな。」
「いや、そうじゃない。ベルナークの家系はリシアンサスみたいな代々槍の使い手って感じに武器が決まってるわけじゃない。俺のみたいな斧もあるしカラードのみたいなランスもある。」
「ははぁ、そういう家系もあるのか。」
「面白いだろう? ベルナークシリーズを並べると大抵の武器を網羅できるそうだ。」
「なるほど……てことはどんな武器の使い手でも、いい武器を手に入れたいと思ったらそのてっぺんは全員ベルナークシリーズになる……みたいな感じか。やっぱり……すごいのか?」
「ああ、すごい。誰が持とうとまるで長年愛用した武器のような感覚で扱う事ができ、切れ味や破壊力、貫通力などは圧倒的な上にとんでもなく丈夫なのだとか。」
「なんだその反則武器。」
「しかも、まぁこれは噂だが、選ばれた者が持つとベルナークシリーズはその真の力を発揮するとかしないとか。」
「なんじゃそりゃ……」
 なんか、あの壁にかかってる剣が途端に胡散臭く見えてきた……
 ん? というか……
「え、じゃあもしかしてだけど、ベルナークシリーズの剣ってあれだけなのか? だとしたらそんなすごい武器がこんな所にあるって事か?」
「いや、確か剣は三本あったはずだ。だが……いや、ロイド。一応ここは四大国の一つであるフェルブランド王国の首都にある、この国で一番大きな武器屋なのだが。」
「そ、そうか……そういやそうだな……」
 そんなこんなでオレたちは、特にランスと斧のところをじっくりと眺めながら店内を一周し、カラードが油を買うのを待って武器屋をあとにした。

「よし。ロイドを男のガッツリご飯屋につれていってあげよう。」
 別に大食いってわけじゃないが、それでもエリルたちよりは食べられるオレを満腹にしてやろうと、二人が案内してくれた店は……しかし、普通のレストランに見えた。
「……なんというか、男の飯とか言うからオレは脂っこい小さなお店をイメージしてたんだが。」
「そっち系もあるが、それはまた次の機会としよう。今日はモリモリ食べる系をご紹介だ。このレストラン、とにかく色んなメニューの量と値段が釣り合っていないのだ。嬉しい方にな。」
「? つまり……安いけど量が多いって事か。」
「うむ。」
「? でも……」
 ふと、オレはエリルに「何よその汚い袋」と言われた財布に手をあて、中に入っているカードの感触を確かめた。
「学院からもらってる生活費って結構あるから……その、なんというか安くて量が多いみたいなお店に行かなくても普通のお店で十分食べられるんじゃ……」
「はっはっは。確かに、セイリオス学院が支給する生活費というのは他の騎士の学校と比較してもだいぶ金額が大きい。しかし、今のロイドのような感覚を持っている生徒は少数派だと思うぞ。」
「えぇ?」
 安くてたくさん食べられるという学生さんいらっしゃいなそのレストランに入り、四人掛けのテーブル席に座ったオレたちは漫画みたいな盛り方の料理が並ぶメニューからそれぞれに注文し――そして、水を飲みながらカラードが続きを話し始めた。
「さっきも言ったが定期的に武器を新調する騎士は結構いる……いや、むしろ主流と言っていいだろう。それは学生にも言える事で……そうだな、一年間同じ武器を持つ者は全体の半数、三年間ともなればほんの一握りだろう。」
「ざっくり、学院に通ってる間に最低でも一回は新調するって感じか……んまぁ、さっき見た武器屋のもいいお値段だったし……いや、でもそれだけで?」
「おいおいロイド、カラードを見ろよ。ランスに加えて全身甲冑だぞ?」
「あ……ああ、そうか。防具ってのも買う人は買うんだよな。なんか武器を握る為の手袋みたいのもあったし、さっきのカラードみたいにメンテナンス用の油とかも……」
「おれはだいぶ極端なケースだろうけど……魔法をバシバシ使っていくスタイルなら魔法系のアイテムもあるだろうな。」
「そう考えると……うん、そういうのが積み重なると結構かかるんだな……」
「ああ。それに対してロイドはどれもこれもが真逆なんだな。」
「ま、真逆?」
「ああ。ロイドが使う武器は三つ。自動修復と持ち主の回復能力を持った二本の剣と増殖する一本の剣。どちらもマジックアイテムな上、前者はもちろん、後者も増殖する度に剣が新品のようになっていたから、買い替えるなんて事はしない。」
「……どっちももらい物だけど……」
「そしてロイドの戦法――防御に関するスタイルは防ぐのではなくて避けるタイプ。あの《オウガスト》の体術――全ての攻撃をかわしながら攻撃を仕掛けていく体術を身につけている。であれば、身体を重くする防具はマイナスになってしまうから必要ない。」
「……そうとは知らずに教わっていたんだけど……」
「最後に曲芸剣術。あれに求められるモノは高度な魔法ではなく、単純な技術。より速く、正確に、延々と、風を回転させる技が必要であり、特殊な魔法を使うわけではない。よって必要なのは自分自身の技能向上、それとイメロがあれば十分。消費するタイプの魔法アイテムは使わない。」
「……それしかできないだけだけど……」
「要するに、ロイドは今の状態から何かを買い加える必要がないのだ。文字通りの生活費としてしか使わないのであれば、確かにあの金額は余裕のありすぎるモノだろうな。」
「そう――か……」

 自覚はあったけど……改めて、騎士の世界においてオレはかなり恵まれている。いい師匠――いや、きっとこれ以上はない師匠を持ち、いい武器をもらった。
 いつの間にかオレよりもずっと立派に育ってセラームになっていた妹から魔法の指導を受けた。
 大悪党から、色々あってすごい武器をもらった。
 師匠との旅路で得た人脈……と言えばいいのか、これまたいつの間にかものすごい魔眼が右目におさまっていた。

「……なんかオレ、ズルいような気がしてきたよ……」

 特に、それを言って現状をどうこうしようとかそういう意味は持っていない、ただの独り言。しかしそれを聞いたムキムキの男と正義の男は互いに目を合わせ、やれやれという感じでふふんと笑ったのち、真面目な顔になった。
「……きっと――いや、確実に。多くの学生がロイドに対してそういう感情を抱いていると思う。そう、ロイド・サードニクスという男は恵まれ過ぎてズルいとな。だが……それは違うのだ。」
「? なにが違うんだ?」
「ロイドが、おれやアレクと同様の人生を経てこの場にいて、その上で恵まれた環境というモノがロイドにだけくっついているのであればそれはズルいと言わざるを得ないだろうさ。しかし……そうじゃないだろう?」
「?」
「思い出させてしまって悪いが、ロイドは幼い頃――まぁ、実はそうじゃなかったわけだが、初等の頃に天涯孤独の身となり、《オウガスト》に拾われたんだったな?」
 カラードと仲良くなった時、自然な流れとしてフィリウスとの出会いの話になり……オレはあの夜の事を話している。
「……ああ。」
「その後、丸々七年間、各地を転々としながら《オウガスト》の修行を受けていた。」
「ああ。」
「つまりロイドは――卒業というモノを一度も経験していないわけだ。」
「!」
 卒業……初等や中等の教育が済んだらそれぞれに卒業式というのをやる……が、確かにオレは経験していない。
「おれとアレク……いや、大抵の学生が既に二回は経験しているそれを経験していない。さらに言えば初等の後半や中等丸々、同世代の仲間たちとの楽しくて愉快な時間が――多くの人間が当たり前に経験して当たり前に思い出にしているそれが、ロイドにはない。」
「……そうだな……」
「言い換えれば、ロイドは大抵の学生の当たり前の代わりに騎士の修行を受けていたわけだ。」
「――!」
 オレがなんとも言えない感情で目を見開いたのを見下ろしながら、黙っていたアレクがビシリとこう言った。
「別にお前を不幸な奴と言うつもりはないが……はっきり言うなら、お前は学生時代の楽しい思い出を代償に騎士としての強さを手に入れてるのさ。」
「代償だなんて言うなよ、アレク。交換したわけじゃなく、歩いてきた道が違うってだけの話なのだから。」
 バカ正直――っていつも言われているオレが言うのもなんだけど、輪をかけて真っすぐな目を持つこの正義の騎士の、それ故に装飾のない言葉がオレのこころに抵抗なく入ってくる。
「おれたちが羨ましいと思う恵まれた環境というモノを得ている一方で、おれたちが当たり前に得ていたモノを得ていない。ならばロイドのこれまでの道のりはきっと、おれたちのそれとプラスマイナスで同等なのだ。ただ単純に、ロイドの道が少しだけ騎士に寄ったモノだったというだけ。だから――」
 まるで泣き虫の小さな子供を勇気づけるヒーローか何かのように、優しい笑顔をしたカラードが、すっと身を乗り出してオレの肩に手を置いた。

「ズルいだなんて思うな。偶然の出会いも必然の経験も、全て含めて騎士の強さなのだから。」

 ……たぶん慰められた――いや、元気づけられた? それに対して深刻に何かを思っていたわけじゃないんだが……それでもなんとなく心がほっとしたのだからきっと……浅くは何かを思っていたのだろう。
「……要するに運も実力の内というやつだろ。」
「元も子もない言い方をするなよ……悪いな、アレクは天然なんだ。」
「お前にだけは言われたくないぞ……」
「ふふ……いや、二人ともありがとう。」
 予想外の嬉しい状況に、ほろりと涙さえ出そうになったその時――

「男女問わずに惚れさせそうで、末が楽しみな坊主よのぅ。」

 聞き覚えがあるようなないような、そんな声がした。
「ほれほれてんこ盛りのすぱげってぃを頼んだのはだれぞ?」
「俺――だが……」
「なんじゃ、そんななりして麺をすするのか。そっちのデカい坊主はてっきりこっちの巨大な肉の塊か思ったのだがのぅ。」
「それはおれだ。」
「ほぅ。ではこのぴっつぁが少年か。」
 注文した料理を運んできたから店員さんと思いたいところだが……絶対に違うだろう。
 背丈はオレたちが座っている席のテーブルよりもようやっと頭一つ分上くらいの身長で……ようするに子供だ。
 長い布を適当にぐるぐる巻いただけみたいな、見方によっては踊り子のようにも見える格好をした褐色の肌の女の子で、腰くらいまでの黒髪を先っぽの方で一つに束ねている。大人になったら美人さんになりそうな可愛い……いや、普通に今現在で美人のその女の子は、オレたちに料理を渡すと空いている席――オレの隣にひょいと座った。
「えぇっと……?」
「気にしなくて良いぞ。本来の姿だと……ほれ、男が集まって話ができんからのぅ。」
 くいっと流し目でオレを見上げるその黒々とした瞳に妙な既視感が――
「! え、ま、まさか……!?」
「ほほほ、こういう台詞を言う事はまずないのだがのぅ。しかしまぁ場合が場合、そんな稀もあるだろうて。久しぶりだのぅ、少年。」
「れ……恋愛マスター……ですか?」
 オレの恐る恐るの質問にカラードとアレクは目を丸くし、女の子は女の子らしからぬ色っぽい動作で口元を隠して笑う。

「如何にも、妾こそが全能の恋愛師、恋愛マスターよ。」

 その昔、オレの願いを叶え……たぶんそのおかげでエリルたちに出会えた、そんなキッカケを運んでくれた人物。しかしその代償として……どうやらオレからスピエルドルフにいた頃の丸々一年分の記憶を奪い、副作用としてハ、ハーレム……的な状態にしてしまった張本人。あの夜の記憶がパムと食い違っている原因かもしれない……とにかく、オレが今一番会いたい相手が、いきなりオレの隣にやってきたのだ。

「ど、どうしてここ――い、いやその姿……はさっき理由を言ってましたけどいや、でもなんでこんなところで――オ、オレ、あなたに聞きたい事が――」
「そうであろうな。だがしかし、まずは妾の話を聞くが良し。同じ人物の前には現れんように心がけておる霞に消えゆく妾が、しかも一度願いを叶えた相手の前に姿を見せる事は――先も言ったように稀な事。相応の理由、まずは耳を傾けて欲しいのぅ。」
 子供なのは外見だけで、動作が一々色っぽく、小難しい話し方をこれまた艶のある声で言うのだから、知らずとドキドキしてくるし……どういうわけか緊張してきたオレは女の子――恋愛マスターの言葉にこくりと頷いた。
「よしよし。長い独り言故、まぁそれらを食べながら聞くとよい。」
 そう言って恋愛マスターは……いや、本当にあとで思い返しても「長かった……」と思う、オレの記憶では史上最長の独り言を語り始めた。

「東に恋煩いの坊主あれば行って痛みの正体を説き、西に恋に疲れた女あれば過去の歴を覆す出会いを授け、南に恋しくて死にそうな乙女あれば目当てへと背中を押し、北に一人を巡りて拳を交わす男あれば雌雄を決する舞台を用意する……恋を広め、世を桃色に染める西行である妾がとある森を歩いておった時、妙ちきりんな二人組の男に出会った。聞けば懐かしき、最悪女の手下とな。あの女が妾に用などと奇怪な事もあったものと思っておれば、なんとあの悪女が恋をしたと言うではないか。干し柿と団子を煙に巻き、半信半疑にあの女の最近の動きを調べてみたらこれまた懐かしき、いつか願いを叶えた少年を見つけた。妾が叶えてきた数多の願いの中でも珍しい事を願った故、よく覚えておってのぅ……どれどれ、悪女は一先ずとして少年の恋模様はどうなっておるかとちぇっくしてみて……気が付いた。そう、昔の妾が一つ間違いを犯しておった事にのぅ。こと、恋愛に関しては全能を誇る妾、異種間の恋であろうとお手の物ではあるのだが……しかし、犬猫に言い寄られても人間は困るであろう? 故にそう……妾は無意識に、恋愛対象を同種に限って願いを叶えてきたのだ。おそらく大方の者は問題なく恋愛したであろうがしかし、少年は極々稀な星の下にあるらしい。恋愛の中に魔人族という選択肢が存在しておった。なんと稀有な事と、あの吸血女王を調べて……妾は愕然とした。彼女が少年に出会ったのは少年が妾に出会う前のこと。そして少年の願いを叶える際に無意識下で同種に限定してしまった結果、彼女から少年の、少年から彼女の記憶が無くなっておったのだ。いや、正確に言えば封じられたというべきではあるが、しかしこの恋愛マスターがこともあろうに一つの恋愛をなかった事にしてしまったのだ。なんたる大失態、このままでは恋愛マスターを名乗る事ができなくなってしまう。しかし、妾の力が及ぶ範囲は恋愛に関する事のみであり、記憶が封じられてしまったのは……言葉が悪い事を承知で言うが、ついでのような現象。残念ながら一度封じられた記憶を直接解く事は妾にはできぬ。言うなれば、妾は記憶に通ずるおーとろっくの扉を閉めただけであり、その扉の鍵を持つ者は記憶の所有者以外にはおらぬのだ。ならばせめてその事実を伝える事で開門へと促し、加えて失態の埋め合わせを何かしらしなければと、こうして少年の前に現れた次第なのだ。」

「えぇっと……」
 難しい話を聞いた後、「えぇっと……」と言いながら頭の中を整理する機会が、セイリオス学院に入学してからというものえらく増えた気がする……んまぁともかく、えぇっと……?
「要するに。」
 オレが頭の中の整理を終える前に、骨付きの肉を手にした原始人みたいなポーズでカラードが要約してくれた。
「ロイドの記憶は失われておらず、ロイドの中にきちんとあるものの、それを思い出すことができるのはロイドだけなので頑張るしかない。そして恋愛マスター殿はそんな失敗のお詫びがしたいという事だな。」
「その通り。願いを叶えた副作用によって既にはーれむは出来上がっておるようだからのぅ。他に何かないか? この恋愛マスター、少年の二つ目の願いを叶えてみせよう。」
 何もなければハーレムをプレゼントするつもりだったのか……
「別に少年でない者の恋愛事情でも構わんぞ? 友情やおせっかいのもと、どこかの男女を幸せに導くという願いでも構わぬ。」
「え、えっとその前にあの……ちょっとさっきの話で気になった事があるんですが……」
「ほう?」
「恋愛マスターさんは……オレを探してオレを見つけたわけじゃなくて――最悪女? を探してたまたまオレを見つけたんですよね? という事はその最悪女というのはもしかしてオレの知り合いの誰かなんですか? その女の人が恋愛マスターさんの……懐かしい人?」
「知り合いではないと思うが……しかし名前は知っておるだろうな。ほれ、世界一有名な女の名前だからのぅ。」
「世界一有名な最悪女?」
 と、そこまで言ってさすがのオレもピンときた。
「……ま、まさか……アフューカス……?」
「ご名答。」
 にやりと笑う恋愛マスターだが、オレはごくりと生唾を飲み込んだ。
「さすがロイド。こんなところで『世界の悪』の名前が出るのだな。」
 セリフ的には茶化す感じだが、見るとそこには正義の騎士の顔をしたカラードがいた。
「おお、一人前の騎士の顔をしよる。」
「……あの、オレ、どうしてその……アフューカスにそんなに……?」
「さてな。あの女の部下は恋したとか言うておったがそんなわけはない。少年という男ではなく、少年という人間に何故か興味津々なのだ。妾にその理由――胸の内が読めぬ以上、それが恋愛感情ではない事だけは確かだがのぅ。」
 世界悪党ランキング連続一位みたいな大悪党に興味を持たれるような事、オレはいつしたんだろうか……

 ――と、その時だった。どうしてそんな事を思ったのか……いや、この空気、話の流れであればむしろ当然のアイデアなのかもしれない。何をしてきた人物なのかは知っているし、実際エリルに被害が及んだ事もあるわけだけど、それでもやはり、この目で見た事がないからか……オレがみんなによく言われるようにマヌケだからなのか……とにかくオレは、変な事を思いついた。

「あの……恋愛マスターさん。」
「さっきも思ったのだが、さんは付けなくてよいぞ。してなんぞ?」
「恋愛マスター……は、恋愛に関しては全能なんですよね……」
「疑っておるのか? まぁ大失態を告白したばかり故、仕方のないことか……」
「あ、いえ、そういうわけじゃなくて……その、そうなら……」
「うむ?」

「『世界の悪』……アフューカスに恋をさせる事はできますか?」

 その時の恋愛マスターは、今日初めて見せる驚き顔をオレに向けた。
「……なんと?」
「えっと……自分で言うのも恥ずかしいというかアレなんですけど、オ、オレの周りには……その、ここ、恋する女の子が多い……ので、いや、対象はオレなんですけどってそ、そうではなくて、こう……なんとなく女の子は恋をするモノみたいな感覚がありましてその……ほ、ほらアフューカスも女性なんですよね……何百年も生きているとか聞きましたけど、ずっと悪の道を走っていたんでしょうか……こ、恋の一つや二つしていてもおかしくないかなぁと……さ、さっき恋愛マスターが恋なんてするわけない……みたいなことを言ったので気になったというか……あ、あれ、オレは何を言っているんだ……?」
 頭の中がぐるぐるしてきたオレが一人でうなる横、恋愛マスターがぶつぶつと呟く。
「……勿論、あの女にも恋の経験はある……が、それは遥か過去の出来事……今の彼女に恋などありえぬ……と、思っておった。ふふ、なんという事か、妾はもう一つ失態を犯しておったか。よもやこの恋愛マスターが恋愛を諦めていたなどと……!」
 驚き顔から今日一番の笑顔……いや、たくらみ顔? になった恋愛マスターは愉快そうにオレを見上げた。
「よかろう! その願い、この恋愛マスターが必ずや叶えてみせようぞ!」
 にししとひとしきり笑った後、けろりとした顔で恋愛マスターは立ち上がる。
「ではそろそろお暇しようかのぅ。さぁ忙しくなりおったわ。」
「! あ、あのその前にもう一つだけ!」
「む? ああ、そこのデカい坊主も正義の坊主も良き乙女との出会いがある故、心配する事はないぞ。」
「え、それは良かっ――じゃ、じゃなくてちょっと確認したい事があるんです!」
「ふむ?」
「あの、オレ……前に願いを叶えてもらった時、家族を……その、失ったって言いました。」
「ああ、聞いたぞ。故に家族を願ったのであろう?」
「は、はい。でも、妹が……生きていたんです。」
「ほう、それは良い事だ。」
「は、はい……だけどその……あの日、家族を失ったあの日、オレは確かに妹を……ま、埋葬したはずで……でも妹は生きていて……そ、そもそもあの日の記憶が妹ともかみ合わなくて……オレ、これは一年分の記憶が無くなった影響かなって思ってたんですけど……も、もしかしてついでに別の記憶の扉も閉めてしまった……んでしょうか? そ、それとも……願いを叶える代償として……?」
 もっとゆっくり聞くつもりだったのだが、いきなり帰り支度を始めるものだから慌ただしくなってしまった。でもちゃんと質問は伝わったらしく、恋愛マスターの表情は……ふと少しだけ厳しくなった。
「……何度も言うたが、妾の力は恋愛にのみ全能だ。記憶が封じられたのも魔人族との恋愛の記憶があったが故なのだ。記憶が不確かである以上、断定はできぬが……普通、家族を失った日に恋愛が入り込むような場違いはなかろうて。ちなみに願いの代償でもない。」
「! じゃ、じゃあ……」
「そうだのぅ……その日その時、記憶が混乱してしまうような――生きている者を死んでいると記憶してしまうような壮絶な何かがあったか、もしくは妾でも少年でもない、誰ともわからん第三者に何かをされたか――であろうな。」
「……」
「ほほほ、まぁ気にはなるであろうが、一先ずは少年を思い出して少年の前に現れた一人の乙女の事を、記憶の中から引っ張り上げる事に力を注いで欲しいところだ。封じた身で言うのはなんだがのぅ。」
「……はい。あ、えっと……つ、ついでにオレの願いの代償ってなんだったんでしょうか。それも記憶になくて……」
「ふむ、さてな。」
「え――えぇ?」
 厳しい顔をコロッと戻し、恋愛マスターは首を傾げた。
「願いを叶える代償というのはな、妾が望んでいるのではなく、妾の力を使うのに世界が求めるモノなのだ。よくある願いであればどういう代償を払う事になるかを経験で知っておるから教えられたりもするのだが……少年の願いは少年からしか聞いた事がなくてのぅ。」
「せ、世界……?」
「ほほほ、これも何かの縁であろうからのぅ……十二騎士にでも聞いてみるとよいぞ。三人の王と呼ばれる存在をのぅ。」
「王?」
 あれ? どこかで聞いた事があるような……
「妾はその内の一人となった人間なのだ。ではな。」
「え、ちょ――」
 続きが気になる謎を残したまま、恋愛マスターは流れるようにすたすたと、店の出口から外へ出て行ってしまった。
「な、なんか突然出てきてあっさりいなくなったな……なんていうか、とらえどころのない人だ……」
 やれやれとため息をつきながら正面に顔を戻したところ、真っすぐに騎士を目指す強化魔法コンビの……片方がにやけ、片方が難しい顔をしていた。
「おれに運命の女性が! ふふふ、きっと正義に熱い力強い方だろうなぁ……うむうむ!」
「お、俺にそんな女がいるのか……そ、そうかそうか……」
 ……なんやかんや、やっぱり二人もそういう話になればそういう感じになる時もあるわけか。
 んまぁ、気になる事は後にして、とりあえずはご飯を食べよう。
「二人は……どんなタイプの女の子が好みなんだ?」
 いきなりの嵐の影響か、飢えた学生ががっつくお店で女子会ならぬ男子会の……恋バナが始まったのだった。

騎士物語 第五話 ~夜の国~ 第五章 男子会

いつか書いたような気がしますが、「恋愛マスター」というのはキャラクターにする予定のなかった人です。
しかして彼女、ロイドくんの記憶の主軸にからんできましたね。はてさて、作中ちょいちょい出てきた「王」とは?

騎士物語 第五話 ~夜の国~ 第五章 男子会

お風呂場での出来事に色々な意味で困惑のロイドくんたち。謎の鎧から判明する黒幕の存在。 背後で黒いものがうごめくなか、ロイドくんの前に現れたのは世界の桃色を操る人物で――

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • アクション
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-12-02

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