*星空文庫

南紀白浜インシデント(Incidents-Part1)

天野橋立 作

 南紀白浜の空は青い。
「三○系」と呼ばれる旧型の局地守備戦用SSTの横に寝転がった鹿賀少尉は、そんな秋空をぼんやりと眺めていた。今日は出撃訓練もなかったから、愛機である三○系SST・一三二○号機のメンテナンスをしながら、のんびりと一日を過ごすことができる。彼が考えていたのは、次の休暇にはどの女の子とデートしようかとか、そんなことだ。まだ三十前で背の高い二枚目、それが士官でしかもSSTのパイロットだというのだから、モテるのも当たり前だった。
 彼の横ではあぐらをかいた髭面の大南少尉が、恩賜の煙草を吹かしていた。階級は鹿賀と同じ少尉だが、SST乗りとしては二年先輩に当たる。
「そろそろ、じゃないか」
 大南が、ぼそっと言った。
「そうですね」
 鹿賀はそう言って起き上がり、一三二○号機に目を遣った。装甲カバーを部分的に外された三○系は、その下に守られているはずの機関部分を露出させていた。そしてその機関のコアとも言える「焼玉」の部分には、頑丈な三脚の上に取り付けられた重力波発振器のグロートーチが接続されていた。
 二足歩行式の人型戦闘機械であるSSTの動力源は、「反応焼玉機関」という対消滅エンジンの一種である。燃焼室の内部に電子と陽電子を噴射し、その爆発力で動力を取り出すという仕組みで作動する機関だ。非常にエネルギー効率が良く、信頼性も高い機関ではあったが、始動前の準備過程として「焼玉」と呼ばれる燃焼室内に重力波によるグロー処理を行い、亜空間皮膜を生じさせておく必要があるのが面倒だった。だから普段は機関を切らずに、作動させたままで待機させておく、という運用が前提となっている。それでも問題ないほど、エネルギー消費が少ないのだ。おまけに大気汚染はあらゆる意味でゼロの機関だ。聞くところによると、最新の一○A系SSTではこの準備過程が自動化されているらしかったが、こんな辺境の基地守備隊に、最新のSSTが配備されるなど、あり得ないことだ。
 バルブを絞ってグロートーチを停止させた鹿賀は、傍らに置かれた装甲カバーを持ち上げると機関部を覆うように取り付け、マイナスドライバーでボルトを締め上げた。
「予熱終わりました。始動させますよ、大南さん」
 彼はそう声を掛けると、錆の浮いたラダーを身軽に登って三○系の頭部にあるコックピットに乗り込む。大南少尉は立ち上がり、SSTから離れた。
 始動キーを差込み、リレーのスイッチをオンにすると、パンパンパンという等間隔の爆発音を立てて機関が始動した。この騒音も反応焼玉機関の大きな欠点の一つとされていて、伊丹基地のような住宅密集地の基地では、住民とのトラブルが絶えなかった。
「どうですか?」
 鹿賀少尉は、拡声装置のマイクに向かって、機関に負けないように大きな声を出した。防御ウインドウの向こうで、大南が両腕で大きな丸印を作るのが見える。今回のメンテナンスではピストン周りのかなり多くの部品を取り替えたので、動作不良を心配していたのだが、どうやら機関の動作音は正常なようだ。
 その時だった。大南少尉が、怪訝そうな顔をして空を見上げた。それから、何かを指差すように右腕を上げる。何だろう。そう思いながら、鹿賀も空を見上げる。ガラス越しに見えたのは、空を横切っていく小さな物体だ。自動車に似ているがタイヤはなく、翼もついていないそのシルエットは個人用のアイオノクラフト、イオン風力浮上式の飛行機械のようだった。
 こんな田舎に珍しいな、と鹿賀は首を傾げる。高価な個人用アイオノクラフトはまだごくわずかしか普及しておらず、旧和歌山県下全体でも数機しか存在しないはずだった。芦屋辺りの金持ちが、温泉旅行にでも来たのだろうか。
 どういう事情にせよ、基地の上空を民間機が横切って飛ぶのは違法行為である。管制部は当然気づいているはずだし、警告も出していることだろう。それを無視して飛び続けているとなると、たとえ民間機相手とは言えスクランブルをかけなければならない。
――もしかすると、俺のところに指令が来るかも知れないな。
 そう思った鹿賀は、機関回転数をコンソールの回転計でチェックしつつ右足をスロットルペダルに伸ばすと、再び空を見上げた。
 アイオノクラフトは相変わらずそこにいた。しかし――何か様子がおかしい。左右にふらふらと蛇行しながら飛んで行く。これは、コントロールを失いかけているのではないか。危険だ、と彼は直感した。このままだと墜落の恐れがある。彼は即座に無電の通話カフを上げた。
「こちらNS-SST一三二○号機。管制部どうぞ」
「こちら管制部、オペレータ石上」
「亜矢ちゃんか。レーダー見てるよな」
「いいタイミングね。スクランブルが発令されるわ。一三二○、機関上がってる?」
「すぐ飛べる。侵入機ふらふらだ、このままじゃ墜ちる。砲台に墜ちちゃまずいだろ。出させてくれ」
「十秒待って」
 通話が切れた。ノイズの向こうに、石上亜矢軍曹が管制部長の池田大尉と協議している様子が見える気がする。やがて、ノイズがすっと消えた。
「発令。一三二○、鹿賀少尉発進OK。復唱を」
「一三二○鹿賀、発進OK。じゃあ行くぞ」
 シフトレバーを推進に切り替えて、飛行ファンのロックを解除し、彼は一気にスロットルペダルを踏み込んだ。反応焼玉機関の爆発音がその間隔を急激に狭め、何かのうなり声のような音に変わる。三○系の背中に取り付けられた、円筒型の可動式ダクトの中で飛行ファンが高速に回転を始め、SSTは上昇を開始した。

 彼ら南紀白浜守備隊は、関西州全体の防衛を担当している大大阪(だいおおさか)特別市防衛局の和歌山区防衛部に属する、白浜基地の守備を目的とする部隊だった。白浜基地は、ジゴワットクラスの出力を誇る「銀河級レールガン」を主装備とする基地で、「白浜砲台」の別名を持っていた。太平洋方面の防衛を主目的とする基地であり、日本海方面と異なってこの方面には脅威は少ないと考えられていたから、予備戦力的な色彩の濃い第二線の基地である。その割に主砲レールガンが立派なのは、基地の建設中にたまたまアジスアベバ軍縮条約に引っ掛かって建造が中止されたレールガン装備艦「DDR521・とさ」の余った装備を、転用することができたからだった。
 日本が十一の道・州に分割されて、それぞれの道州に配置された方面防衛軍が国防を分担するようになり、正式に軍事力を有することとなった今でも、国は核戦力不保持という方針は崩していない。しかし、東京特別州だけでも十門、その他全国で四十門もの大型レールガンが装備された今では、防衛力に不足は無くなったと言って良かった。敵対国が攻撃に出てくれば、半プラズマ化した弾体がローレンツ力により即座に反撃投射されることになる。その国防の生命線とも言えるレールガンを守備するために開発された機動兵器が、SSTだった。SSTには東京特別州防衛庁開発のものと、大大阪市防衛局開発の機体の二系統があり、各道州の防衛部門によってどちらを採用するかが異なっていたが、機関部分が同じ池貝製作所製だったから、性能は一長一短で大差はない。鹿賀が乗る三○系は大阪系の傑作と呼ばれるSSTで、旧型化した今でもその扱い易さからパイロットに人気が有る機体だった。

 急激な上昇を続けた一三二○号機は、たちまちのうちに侵入機と同じ高度に達した。アイスグリーンに塗装された個人用アイオノクラフトは、相変わらずのダッチロールを続けていて、うかつに接近するのは危険そうだった。鹿賀は操縦桿を引いてさらに高度を上げ、侵入機を飛び越して、その前に出た。そして両腕の代わりに取り付けられたマニピュレータを大きく振って、付いてこいというジェスチャーをして見せた。しかし、侵入機に反応は無い。鹿賀がなおも諦めずにジェスチャーを続けるうちに、侵入機はようやく左右にふらふらするのを止めた。
 と思った次の瞬間、アイオノクラフトはまるで支えを失ったように、真下へ向かってものすごい勢いで降下しはじめた。いや、これは降下ではなく落下だ。まずい、と鹿賀はスロットルペダルを思い切り踏み込むと、操縦桿を倒して急降下の姿勢を取り、緊急加速用の補助ラムジェットに点火した。
 翼が無く、グライダー効果が働かないアイオノクラフトは、ほとんど完全な自由落下の速度で落ちて行く。追いつけるか? 鹿賀は素早く計算を働かせる。着地の余裕を考えると、地上ギリギリで追いついても意味はないのだ。
 ――行けるはずだ。
 そう判断した鹿賀は、そのままスロットルを緩めることなく、急降下を続けた。墜落していく侵入機が近づいてくる。追いつく。そして一三二○号機は、アイオノクラフトの機体と並んだ。
 操縦桿の細かい操作で慎重に位置を調整しながら、鹿賀は視線入力でマニピュレータをコントロールし、そのアームを侵入機の機体へと伸ばした。先端の鋼爪がアイオノクラフトをがっしりと捕まえたことを確認した瞬間、鹿賀は操縦桿を引き上げ、SSTの進行方向を降下から水平方向に、そして上昇方向へと転じさせた。すさまじいGがかかり、マニピュレータのアームがきしむ。アクチュエータの出力が限界に達したことを示す警告灯が、コンソール上で点滅を始めた。
 落下エネルギーに出力が勝てないのだろう、一三二○号機は直立姿勢で個人用アイオノクラフトを抱きしめたまま、なおも降下を続けた。高度計の数字が、目まぐるしい勢いで減っていく。真っ青な海が、SSTの足元へと急速に近づいてきていた。最悪、この海にダイブってことになるな、と鹿賀は思った。基地に堕ちたり、まして市街地に落下したりするよりは、ましな展開だろう。しかし思ったよりも減速しない落下速度を考えれば、俺は助からないかも知れない。
 高度計の数字が残りわずかになった頃、ついに落下の勢いに歯止めがかかり始めた。三○系の出力が、ようやく落下のエネルギーに打ち勝ちつつあったのだった。しかし海面はもう、すぐそこにある。間に合うのか? 鹿賀は歯を食いしばりながら、ストッロルペダルを踏みつけ続けた。
 突然、視界が真っ白になった。一三二○号機は、激しく上がる水煙に包まれたまま、水面のすぐ真上にホバリング状態で静止していた。本当にぎりぎりのところで、鹿賀は海への墜落を回避することに成功したのだった。背中にどっと汗が噴き出すのを感じながら、彼は操縦桿を少し倒して、機体の向きを調整した。SSTは再び緩やかに上昇し、基地の方向へ向かって飛行を開始した。
 やれやれ、と一息ついた鹿賀は超音波ワイパーを動作させて防御ウインドウの水滴を落とすと、改めて個人用アイオノクラフトの機体に目を遣った。一体どんな奴が、これに乗ってきやがったんだ? フロントガラスの向こうには、安全ベルトで支えられた体を、ぐったりとシートにもたせかけた人影が見えた。何せ荒っぽい助け方だったから、気を失っているのだろう。次の瞬間、彼は思わず目をみはった。これは……子供じゃないか。セーラー服を着た、女の子だ。ここからでは良くは分からないが、上背から判断するに、恐らくは高校生くらいではないか。
「一三二○、鹿賀少尉、聞こえますか」
 その時、聞きなれた石神亜矢の声が、ヘッドホンから聞こえてきた。
「はいはい、一三二○鹿賀。聞こえてるよ」
「さすがね。もう駄目かと思っちゃったけど」
「俺もそう思ったよ。助かったのは、まあ偶然だな。日頃の行い、って奴だろう」
「日頃の行いなら、そんなにいいとも思えないけど、少尉の場合」
 彼女は悪戯っぽく笑った。
「ところで、侵入機のパイロットの様子は分かるかしら?」
「気を失ってるが、ベルトとシートでガードされてるから、怪我は無さそうだ。もちろん、救急は呼んでおいてくれ」
 鹿賀は再び、防御ウインドウの向こうに目を遣った。
「しかし、今時の高校生はどうなってるんだかね」
「なんで高校生の話が出てくるの?」
「後で、分かるよ」
 鹿賀は肩をすくめた。

 消防隊とレスキュー隊が取り巻く中、アイオノクラフトの機体は、ゆっくりと地上に下ろされた。爆発などの危険がなさそうなことを確認し、レスキュー隊が機体に取り付く。ロックが掛かったドアを焼ききり、中から救出されたパイロットは、やはり十六、七歳と思われる色白の女の子だった。完全に気を失った彼女は、乱れた長い黒髪に顔を半分覆われて目をつむっていた。
「何か必死で追いかけてるなと思ったら、お前、こういう娘が好みだったんだな」
 大南少尉があごひげを撫でながら、にやにやと笑う。
「あれがナンパなら、まさに命がけで捕まえた娘ってことになるでしょうけどね。こんな子供じゃ、しょうがありませんよ」
 地面に座り込んだ鹿賀が、疲労のにじんだ声でそう返す。
「しかし、一体何だってこんな子が、あんなのに乗ってここら辺りまで飛んでくることになったんだろうな」
「その辺は、あの子が元気になり次第、警察が事情聴取するらしいですけどね」
 そう話す二人の目の前で、セーラー服姿の少女は担架に乗せられ、救急車で運ばれて行った。ドップラー効果で悲しげに偏移したサイレンの音が、いつまでもかすかに聞こえていた。

 紀伊半島南部に一箇所造られることになっていたレールガン基地の場所が南紀白浜に決まったのは、この地には元々二千メートル級の滑走路を持つ空港があって軍事用への転用が容易であったこと、またその空港に隣接して広大な敷地を持っていたテーマパークの跡地があり、こちらも基地への利用が可能であったのがその理由だった。
 しかし、基地に所属する兵士たちにとって一番ありがたいのは、この白浜が古来から全国にその名を知られた名湯の地であるということだった。兵舎に設置された共同浴場は、何と白浜温泉の湯が源泉掛け流しで提供されているという、他に例を見ない贅沢な風呂だったのである。もちろん二十四時間入浴可能で、夜間の当直明けに入る朝風呂は、実に気持ちが良かった。
 毎日温泉に入るおかげか、隊員はみんな体調が改善されるらしく、定期検診で要治療の結果が出る率は他の基地に比べて著しく低いらしいという話だった。おまけに、炭酸水素塩泉の美肌効果で肌までつるつるになってくるのだった。

「お前、ほんとに肌きれいになったよなあ」
 浴槽に浸かった大南少尉が、洗い場で体を流している鹿賀少尉の背中に向かって、そう声をかけた。二人は奇妙な一日となった今日の勤務を終えて、一緒にひと風呂浴びに来ているところだった。
「肌なんて、きれいになっても仕方ないんですがね」
「そんなことないさ、後ろ姿が綺麗だと、抱きつきたくなる」
「やめましょうよ、そういうの」
 鹿賀は端正な顔をしかめて、鏡の中に映った大南の髭面をにらみつけた。
「嫌か」
「嫌ですね、非常に」
「やっぱり女子高生がいいか、ははは」
 大南が、豪快に笑った。
「管制の亜矢ちゃん、行けそうかなって気がしてるんですけどね」
 鹿賀は話題を変えようとする。
「石上か。確かに美人だが、ありゃ結構気が強いぞ。俺のほうが、よっぽど優しい」
「そこがいいんじゃないですか」
「石上さん、どうも恋人がいはるみたいですけどね」
 浴槽の端のほうで、黙ってお湯に浸かっていた男が、不意に口を開いた。砲術部の根来曹長だった。
「大阪の本局に。作戦部のエリートらしいですよ」
「え? ほんとに? というか、なんで根来君そんなの知ってるの」
 頭がシャンプーの泡だらけのまま、鹿賀が振り返る。
「石上さんを狙ってる奴、結構多いんですよ。誰とは言えへんですが、そのうちの一人が彼女に振られたときに、そう言われたらしいですよ」
「残念だったな、そりゃ」
 大南がにやにやと笑う。
「本局と言えば、今度本局の監査室からレールガンの検査部隊が来るらしいじゃないか」
「そうなんですよ」
 根来は恨めしそうな顔をする。
「こっちは大変ですよ、整備状況の資料だけでも段ボール十箱分は用意しなきゃあかんのですからね」
「そんなの、形だけ並べとくだけなんだろ?」
 目を閉じて頭を流しながら、今度は鹿賀が訊いた。
「いや駄目です、あの連中は本気で徹底的に検査しにかかりますからね。資料も一通りは目を通すと思いますよ。その上で、実際にレールガンの稼働試験までして帰るってんですから」
「お、それって実際に撃つってこと?」
 大南少尉が目を輝かせた。
「俺、まだ主砲が発射されるとこ、見たことないんだ」
「残念ながら、発射まではせえへんと思いますね。レールの通電テストまででしょう」
「なんだ、つまらん」
「じゃ俺、先に上がりますよ」
 シャンプーを流し終えた鹿賀が、洗い場の風呂椅子から立ち上がった。
「おう、じゃ俺も上がるよ」
 大南少尉も、慌てたように湯を掻き分けて、浴槽から出てくる。
「ついてこなくていいですって」
「へへ、そう言うなって」
 大南はあご髭から水滴をぽたぽたと落としながら、またにやりとした。

     *      *     *

「……というわけであるから、軍隊生活に必要な二十三のN、諸君におかれてはこれをきっちりと頭に叩き込んで、決して忘れないようにして欲しいのである。それでは、以上!」
「基地司令殿に、敬礼!」
 副司令の号令とともに、新司令部棟前の広場に集められた全隊員が一斉に白浜基地司令官に敬礼し、これでようやく毎朝の朝礼が終了した。基地司令は満足げに、無骨な鉄材で出来た演説台から降りる。
 解散の指示の後、「十五番目のNって何だったっけ?」「『盗人にも三分の理』だろ?」などと会話を交わす兵士たちに混ざって持ち場に戻ろうとした鹿賀少尉は、SST部隊の隊長である善光寺大尉に、突然呼び止められた。
「は。何でありましょうか」
 鹿賀は、大尉の前で直立不動の姿勢を取った。
「ああ、いいからそう言うの。普通にしてくれ」
 善光寺は面倒臭そうに言った。
「お前、昨日助けただろ、女の子」
「例の侵入機のですか」
「あの子が、助けてくれたお前にお礼を言いたいんだとさ」
「いや、いいですよ俺そんなの」
「まあそう言わないで、行ってきてくれよ。市民との心温まる交流、ってやつだ。防衛局としても、イメージアップは大事なんだそうだ」
「そんなことよりも、空域不法侵入の取り調べが先でしょう」
 鹿賀は怪訝そうな顔をする。
「ああ、そっちはもういいらしい。父親のアイオノクラフトに興味があって、試しに動かしてみたら、暴走してここまで来ちまったそうだ。結局、ただのいたずらで事件性なしってことで、厳重注意程度で終わるらしいな」
「こっちは、そのいたずらとやらで死にかけたんですけどね」
「だからこそ、助けてくれたお礼が言いたいんだろ。と言うか、察しろよ。馬鹿高いアイオノクラフト持ってるような親父なんだぞ。どういう立場の人間かは、分かるだろ? その娘なんだ、問題にはできんのさ」
 そう言って、大尉は咳払いを一つした。
「と言うわけで、お転婆女子高生の見舞いに行くように。これは、上官としての命令である」

 何が上官命令だと思いながらも、鹿賀は素直に、女子高生が入院しているという州立白浜温泉病院へと向かった。命懸けで助けた相手からお礼を言われるというのも、まあ悪くは無い。たまにはヒーロー気分を味わうのもいいだろう。
 軍用EVを走らせて、途中で花束を買ったりしながら、それでも基地からわずか十分で、彼は病院の駐車場にたどり着いた。案内カウンターで彼女の病室を教えてもらい、エレベーターでその病棟へと向かう。彼女のいる場所は、ドアの横の「園部怜子」という名札を見るまでもなく、すぐに分かった。病室の前には、禿頭で黒ずくめの服装をした、見るからに怪しげな大男が陣取っていたからだ。
「どうも、御苦労様です」
 防衛局の制服姿の鹿賀はその大男に挨拶して、左手の花束を指さした。
「お見舞に来たんですが、いいですかね」
「失礼ですが、あなたさまは?」
 大男は、見た目に似合わない丁寧な口調で、彼の身分を誰何した。
「白浜基地所属の、鹿賀と言う者です」
 彼はそう言って防衛局のIDカードをポケットから取り出し、顔写真をかざして見せた。少尉の階級入りのそのカードは、普段はナンパの小道具として活躍している。
「ああ、あなたが」
 ボディーガードらしき男は半歩後ろに下がり、頭を下げた。
「どうぞ、お入りください」
 ドアをノックして静かに開き、おじゃましますよと中に入ると、陽の光がたっぷりと差し込む広々とした病室に置かれたベッドの上の少女が、顔を上げた。当たり前だがもうセーラー服姿ではなく、入院患者用のパジャマを着ている。長い髪も頭の後ろできちんとまとめられていて、色白の頬も血色を取り戻していた。救出された時に比べると、だいぶ元気そうに見えた。
「こんにちは。具合はいかがですか?」
 花束を持った鹿賀はそう言って、にっこりとほほ笑んだ。
「あなたは? もしかして……」
 園部怜子は澄んだ瞳を彼に向けて、何かを言おうとした。
「白浜基地の、鹿賀と言います。あなたに会うのは、実はこれが二度目なんですよ。一度目は、空の上でしたけどね」
「じゃあやっぱり、あなたが私を助けてくれた方なんですね」
「まあ、そういうことです。ごめんなさいよ、もっと丁寧にやりたかったんだけど、あれが俺の操縦技術の限界でね」
「いえ、とんでもないです。ありがとうございます、お陰で死なないで済みました」
「いや全く。君みたいな若い娘さんが死ぬなんて、これ以上の悲劇はないからね。それにしても」
 鹿賀はそう言うと、ベッドのそばのテーブルに花束を置いた。
「何でまた、お父さんのアイオノクラフトをいたずらしようなんて思ったの? どう見ても、君はそんなことしそうには見えないんだけどな」
「それは……」
 怜子は、うつむいて長いまつげを伏せた。
「まあ、若いと色々あるのかな。俺も、むしゃくしゃしてバイクで走り回ったり、あったもんな。基地に突入したりはしなかったけどな、さすがに」
「実は」
 彼女は顔を上げた。
「どうしても、この基地に急いで来なければいけない事情があったんです」
「へえ、じゃあいたずらしてて偶然に着いたってわけじゃないわけか。しかし、あのふらふら運転でここまで良く着けたね」
 彼女の話は、警察が聴取したという内容と全く違っていた。やはり、何かわけがあるらしいなと思いながら、彼はとぼけた返事を返した。
「次からは、ちゃんと基地の見学の申し込みをしてから来たほうがいいよ。全部とは行かないけど、一部はちゃんと見せてもらえるからさ。大阪から来るんなら、天王寺から紀勢新幹線なら時間だってそんなに……」
「あの、鹿賀さんは、大大阪の人ですか?」
 怜子が、突然そう訊ねた。
「いや、違うけど」
 唐突な質問に戸惑いながら、鹿賀は答える。
「俺は元々、この近くの田辺ってところの出でね。ずっとこの辺りで育った、まあ田舎もんさ。でもいいところだよ、南紀は」
「本局から派遣されて来られた、って訳じゃないんですね」
「本局だとか、そういうエリートコースには縁がないね。まあ、興味もないけどな。俺はSSTに乗れて、ここの基地をきっちり守れてればそれで満足だな」
 おまけに、かわいい女の子と毎週デートが出来さえすればね、と彼は思ったが、このまじめそうな女子高生の前ではそんなことは口にしない。せっかくのヒーローなのに、軽薄ねとか軽蔑されてはつまらない。
「あの。もし良かったら」
 しばらく黙り込んだ後、彼女は大きな瞳で鹿賀をまっすぐに見つめた。
「ホロメールのアドレスを教えてもらっていいですか?」
「ああ、全然いいよ」
 笑顔でそう言いながら、鹿賀は少し不安になる。まさかこの子、俺のことが好きになってしまったとかじゃないだろうな。
「本当は、急いでお話したいことがあるんです。でも、ここじゃ言えないことなので……。後で必ずホロメールします。どうか、わたしを信じてください。わたしも、あなたを信じますから」
 園部怜子は、真剣な目をしてそう言った。

 アドレスを交換し終え、お大事にと彼女に優しく声を掛けて病室を後にした鹿賀だったが、頭の中は疑問符だらけだった。あの子は、一体何を伝えたがっているのだろうか。EVを運転して基地に帰る途中にも、後で届くはずだというホロメールの内容が、どうにも気になって仕方なかった。
 彼が一日の通常勤務を終えて兵舎の士官用個室に戻ってみると、机の上のポータブルホロコミュニケータが、メールの着信を知らせるパイロットランプを点滅させていた。ドアが施錠されているのを確かめてから、彼は制服姿のままベッドの上に腰掛け、ホロコミュニケータの再生キーを叩いた。目の前の空間に、園部怜子の姿が立体的に浮かび上がる。
「今朝は、ありがとうございました」
 彼女の映像は、そう言って頭を下げた。
「ごめんなさい、さっそくですけど用件をお伝えしなければなりません。時間があまりないかも知れないのです。恐らく近いうちにですが、大大阪の本局からここの基地に、何かの理由をつけて派遣されてくる人たちがいるはずです」
 鹿賀は、昨日の浴場での会話を思い出した。監査室から今度やってくるという、レールガンの検査部隊。そのことを言っているんだろうか。
「その人たちの中に……」
 映像の中の彼女は一旦言葉を切り、辺りをうかがうような様子を見せた。
「『大大阪独立戦線』のメンバーがいます。その人たちは、恐ろしい計画の実行を予定しています。基地の中で、大規模なテロを計画しているのです。その標的が、基地にあるレールガンらしいのです」
 その言葉に、彼は衝撃を受けた。大大阪独立戦線? レールガンにテロを仕掛けるだって?
「大大阪独立戦線」とは、大阪を首都とした独立国家である「関西国政府」の樹立を目指す政治運動結社だった。元々はかつての旧大阪府知事、青芝治朗が設立した地域政党、「大阪革命党」にその源流を持つ組織である。彼らがこのような主張を行うようになったそもそもの理由は、道州制の実施と同時に行われるはずだった首都移転が実現せず、それどころか東京が特別州としてむしろ首都機能を強化されたことへの強い不満によるものだった。大阪も周囲の市を併合した上で、大大阪特別市としてその権限を強化し、新たに設置された関西州の中心としての強大な機能を持たされてはいたのだが、所詮は巨大地方都市に過ぎない。
 厄介なことには大大阪特別市や関西州政庁の上層部にも、独立戦線のシンパは数多くいると言われており、防衛局の中枢に対しても、彼らは隠然たる影響力を持っていると噂されていた。しかし、それにしても彼らが直接的なテロ行為に出るとは。そんなことが。
「どうやってそんなことを知ったんだって、当然そう思われると思います。それは、実は……」
 彼女の立体像は一旦うつむき、やがて意を決したように顔を上げた。
「そのメンバーの中に、わたしの兄がいるのです。わたしは兄に、そんなことに荷担して欲しくない。兄を犯罪者にしたくないのです。この計画を、どうしても阻止しなくてはいけません。わたしは、そのためにここへやって来ました。でも、わたし一人の力ではどうにもならない。あなたの協力がどうしても必要なのです」
 舞鶴の実家に休暇で帰ってきた兄の様子がどうもおかしいと感じた彼女は、兄が入浴した隙に、部屋に置きっぱなしになっていたホロコミュニケータの保存メールを密かに再生して、その事実を知ったのだということだった。しかし、そのテロがどのような形で行われるのか、さらにその詳しい時期などまでは分からないということだった。そして、それを鹿賀に調べて欲しいのだ、というのが彼女の頼みだった。
 この話にはかなりの信憑性があるのではないか、と鹿賀は感じていた。もしこれが本当のことなら、すぐに情報を上に上げなければならないはずだ。
 いや、駄目だと彼は思った。万一その計画に本局上層部の人間が関わっていたりしたら、下手に情報を上げても握りつぶされる可能性がある。それが分かっているからこそ、彼女だって一人で直接ここまでやってきたのだ。
 こうなれば、自分自身で動くよりほかはない。そして、そんな時に頼りになりそうな人間を、鹿賀は一人しか思いつかなかった。

「おお、珍しいな。お前が直に俺の部屋を訪ねてくるなんて」
 鹿賀のノックにドアを開いた大南少尉は、おおげさな驚きの表情を作ってそう言った。
「すみません、ちょっとご相談したいことがありまして」
「いや、全然構わんさ。まあ、入れ入れ」
 大南は、彼を自室に招き入れた。室内は、いかにも大雑把そうな大南の雰囲気に似合わず、まるで女性の部屋のようにきれいに整理されていた。ドアを閉めた鹿賀はわずかにためらった後、ドアノブのロックボタンを押した。
「おいおい、部屋ロックするのかよ。とうとう、その気になってくれたってことか」
 大南少尉がにやにや笑う。
「いや、だからやめて下さいよそういうの」
「やめて下さいも何も、むしろ怪しいのはお前のほうなんだぞ。普通、部屋に入ってくるなりいきなりドアをロックしたりはせんだろう」
「重大な話なんですよ。他の人間には聞かれたくないんです」
「ほう」
 大南少尉は、不意に真剣な顔になった。
「で、何があった」
 絨毯の上に大南と向かい合って座った鹿賀は、園部怜子から聞いた話を、ほぼそのままに大南に伝えた。
「なるほどな」
 話を聞き終えた大南はわずかに顔をしかめて髭を撫でながら、唸るような声を出した。
「大大阪独立戦線か。俺も、本局にいた時は、噂をよく聞いたもんだ。○○将軍も実はシンパだ、とかな」
「どう思われますか、彼女の話」
「不思議なのは、何が奴らの狙いなのかということだな。こんな辺境の基地にテロをかけて、大阪の独立にどうつながるっていうんだ?」
「分かりません。ただ、この話には信憑性があると思うんです。実際、本局からは検査部隊が来るんだし、彼らなら当然レールガンに近づくのも容易です。話がきれいに符合しています」
「俺も、そう思う」
「大南さんなら、話を上に上げますか?」
「いや、それは危険だな。そのテロ計画は、実はかなり上の誰かまで話が通ってるって可能性がある。下手に動けば、こっちが拘束される恐れまであるな。ここはぎりぎりまで様子を見て、現場を押さえるのがベストだろう」
「やっぱり、そう思われますか」
「ここは俺たち二人で、情報収集に動いてみようじゃないか。自慢じゃないが俺もこの基地じゃ顔広いからな、かなりのところまでは情報集められるはずだ」
「よろしくお願いします」
 鹿賀は、頭を下げた。
「任せておけ。その代わり、この情報は俺たち限りにして、絶対に他には漏らさないってことにしよう」
「了解です」
 鹿賀少尉は立ち上がり、大南少尉に敬礼して見せた。

 こうして極秘の情報収集を開始したはずの二人だったが、意気込むまでもなく、検査部隊の動きについては簡単に調べがついた。そもそも、レールガン検査自体は隠すような事でもなく、むしろスムーズな進行のために、砲術部から各部への積極的な情報提供が行われていたのだった。基地内のそこいら中に、コピーされた分厚い資料が山積みになっていた。スパイ的な活動など、何ら必要なかった。
 部隊内閲覧ということで、回覧板付きで鹿賀の手元に回ってきた検査実施要領によれば、本局から到着した検査部隊を基地司令以下幹部たちが出迎えて、名刺交換などのセレモニーが行われるのが四日後の朝。その当日は書類審査が行われ、明くる日である五日後、つまり検査二日目の午後にレールガンの実地検査、そして最終日に検査結果の講評が行われて、検査は終了となっていた。検査部隊の宿泊場所としては、このエリアで最高級のホテルである、老舗の「ホテル河久」が確保されていた。完全に、VIP待遇である。
 必要な情報を集め終えた二人は、それらの豊富な資料を基に、テロ計画の分析に入った。
「この、二日目の午後、もし何かやるとしたらこの実地検査の時だな、間違いない」
 と大南少尉は日程表を指さす。
「この時なら、レールガンを触り放題だ。連中の持ってる権限なら、検査上の必要性があるとか何とか言って基地の人間を排除するのも簡単だから、何でも出来る」
「ここ以外で、検査部隊がレールガンに近づく機会はないんでしょうか」
「そりゃ、夜中にホテルを抜け出して衛兵隊を突破すれば近づけないこともないだろうが、そんなことをするくらいなら何も検査部隊に紛れてテロ工作をやる必要もないだろう。実地検査の時なら、VIP待遇で最敬礼を受けながら、悠々と工作ができるわけだからな。何を仕掛ける気かは知らんが、実行時間はそこに絞って間違いないだろう」
「問題は、我々がそこにどうやって入り込むか、ですね」
「多少は荒っぽいことも、考えておかなきゃならんだろうな」
 大南はにやりとした。
「少尉は、短針麻酔銃の扱いは自信あるか?」
「前回受けた定期実技試験だと、一応Aランクには入りましたが。しかし、実戦で撃ったことはもちろん」
「当然、俺もない。ま、あとはその場の成り行き次第だな」
 大南は軽い口調で話を締めくくった。

 あまりにも簡単にテロの実行時点が絞り込めたことに少し戸惑いながらも、テロの決行時期が恐らく五日後だということを、鹿賀は園部怜子にホロメールで伝えた。ただし、計画の阻止はこちらでやるから心配はいらない、信頼できる先輩もいるのだということも、彼はちゃんと伝えた。だが、彼女は返信のメールで、彼に強く訴えかけてきた。
「わたしも、そのメンバーに加えて下さい。できることなら、わたしが兄を説得します。馬鹿な計画に加担するのはやめて、って」
 彼女の立体像は、懸命な表情を浮かべてそう言うのだった。
 今回の作戦には危険が伴うかもしれないこと、むしろ女の子なんか連れて行ったら足手まといになるのだとまで言って、彼は怜子を思いとどまらせようとした。しかし、再び彼女から届いたホロメールの内容は、彼女の決意がいささかも揺らぐものではないことを伝えてきた。
 仕方なく彼は、馬鹿かお前はと言われるだろうことを承知の上で、大南少尉に一応このことを伝えてみた。しかし、大南の返事は予想外のものだった。
「なるほど、その怜子ちゃんには、そこまでの強い気持ちがあるわけだな」
 と絨毯にあぐらをかいた大南少尉はうなずいた。
「分かった。一緒に連れて行こう」
「本気ですか」
 自分が相談したくせに、鹿賀は驚きの表情を浮かべた。
「もしかしたら、その兄さんってのを説得して、寝返らせることが出来るかも知れん。怜子ちゃんの出番が、ないとは言えないな」
「そんなことが」
 可能とは思えませんが、と鹿賀は首を傾げた。
「説得のやり方にも、色々あるさ。何なら、その娘に銃を突きつけて脅して見せればいい。ククク」
 大南は、悪代官丸出しの顔をして見せた。
「それはひどい」
「いや、もちろん芝居だよ。怜子ちゃんに協力してもらうのさ。吉本新喜劇の定番だろ? まあ、その兄さんが骨の髄までテロリストなら、そんなやり方じゃ無駄だがな。たとえ妹でも、大義の前には犠牲になってもらうとか言うだろうな」
「なるほど、そういう作戦ですか」
 彼は納得してうなずいた。
「とりあえず彼女には、正式な許可を得て基地に入ってもらうことにしよう。手はちゃんと打っておく」
 大南は、わずかに目を細めてそう言った。

 鹿賀少尉が突然足繁く大南の部屋に通うようになったことは、兵舎の一部で噂になりつつあった。しかし、その噂の中身は「ついにあの鹿賀少尉も、大南少尉の熱い口説きに負けたらしい」というものだった。カムフラージュとしては好都合だが、奇異の目にさらされる辛さに身悶えながら鹿賀が耐え続けるうちに、実地検査の日が訪れた。
 鹿賀と大南の二人は、その日も朝から出来るだけ普段通りの行動を取ることを心がけた。いつものようにSSTの前に陣取り、鹿賀は一三二○号機、大南は九九七号機のメンテナンスを黙々と行った。もちろん、機関は始動させてある。何かの際、SSTが役に立つ場面があるかも知れない。
 お昼近くになって、鹿賀は基地の正門前に、園部怜子を迎えに行った。今日の彼女は、いつか見たあのセーラー服姿だった。艶やかな黒髪を、やはり頭の後ろで束ねている。例のボディーガードももちろん一緒だったが、基地の中に入っていただけるのは怜子さんだけになりますと、鹿賀はこの大男にはお引き取りを願った。彼女にも、わたしは大丈夫ですからと繰り返されて、ボディーガートは黙って見送ることしかできなかった。もちろんこの男は、怜子が基地に来た本当の理由は知らない。
 彼女を連れて堂々と基地に入ろうとする彼を、門柱の前に立った衛兵が慌てて止めた。鹿賀とは顔見知りの、まだ若い二等兵だ。
「少尉、お待ちください。その女性は」
「あれ、君知らないのか。彼女は例のほら、墜落しかけたアイオノクラフトの」
「ああ、少尉が救助された。この方があの時の」
「そうそう、あれに乗ってた子。今日は、迷惑をかけた基地のみなさんにお詫びがてら挨拶がしたいってことで、訪ねて来たわけなんだよ。ちゃんと総務広報部の許可も取ってる」
「その節は、ご迷惑をおかけいたしました」
 怜子が殊勝な顔を作って、頭を下げる。
「なるほど、そうでありましたか。では、お通りください」
 衛兵はそう言ったあと、鹿賀の耳元に口を寄せた。
「かわいい子ですが、手を出したりしないようにしてくださいよ、少尉。まだ高校生でしょう」
「馬鹿言うなよ」
 鹿賀は笑って、衛兵の背中を叩いた。
「さあ、行きましょうか園部さん」
「はい」
 うなずいた彼女は、衛兵に向かって小首を傾げてにっこりとほほえんで見せた。衛兵も、つられたように嬉しげに笑いながらお辞儀する。
 広い道に沿って、頑丈だが無愛想な建物が並ぶ基地の中に向かって歩き始めた二人に向かって、衛兵はいつまでも手を振っていた。振り向いて手を振り返した怜子は、「あの人を騙してしまって、何だか悪いことをしたみたいです」とつぶやく。
「気にしなくていい、後でちゃんと奴にフォローはしとくよ。俺たちは今から、正しいことをしようとしてるんだから、心配はいらないさ」
 鹿賀は自信に満ちた足取りで歩き続けた。

 二人はすれ違う男性隊員たちに次々と声をかけられ、その度に怜子は殊勝な態度とラブリーな表情を使い分けながらのお詫びを繰り返し、その清楚さで男どもを次々と魅了して行った。
 そして二人は無事に大南が待つ、通称「旧司令部棟」の前までたどり着くことが出来た。今は資料展示室として使われている、この妙に幅広な古びた建物の裏から、砲台へとつながる坂道が伸びているのだった。
 棟内に入ると、がらんとした室内には、基地の歴史を物語る写真が、壁に貼られて展示されていた。その中の一枚、なぜかパンダの子供を写した色あせた写真を眺めている大南少尉の前に、鹿賀は園部怜子を連れて行った。
「この人が、今回の作戦に協力してくれる、僕の先輩の大南少尉だよ。髭面が汚いのが気になると思うけど、多めに見てあげてくれ。そんなに悪い人じゃない」
「どうも、始めまして。汚いけどそんなに悪くはない大南です」
 大南少尉はいつものにやにや笑いよりは若干爽やかめな笑みを浮かべて、彼女に向かって右手を差し出した。思わず笑い出した怜子は、慌てて両手で口をふさいで、頭を下げた。
「ごめんなさい、笑っちゃったりして」
「いや、笑ってくれていいんだよ。冷静に、『そうですね汚いですね』とか言われちゃ、俺の立つ瀬がないからな」
 そう言った大南少尉は、豪快に笑ってみせた。

 それから三人はいよいよ、レールガンの砲台が設置されている小高い丘へと登り始めた。彼らが選んだこのルートは砲台への、いわば裏道に当たり、人通りも少ないはずだった。その狙い通り、彼らは誰にも出会うことなく丘を登りきることが出来た。
 丘の上にそびえていたのは、輪切りにしたバームクーヘンのような形の、背の低い円筒状に作られた巨大なコンクリートの塊だった。そしてその塊の上から、まるで空に伸びる橋の如く、長大な構造物が伸びている。全長五十七メートル、重量五百五十トン。これが、基地の主砲たる超兵器、銀河級レールガンの砲身だった。砲身は、ちょうどゆっくりと東のほうへと向きを変えながら、仰角を調整するように上下に動いている最中だった。予定通りなら間もなく始まるはずの性能検査の、準備なのかも知れなかった。
 レールガンの台座である円筒状構造物には数箇所の入口があり、それらは衛兵によって厳重に警備されている、はずだった。しかし今、彼らの目の前にある入口の前には、誰も立ってはいなかった。いくら裏口とは言っても、普通では考えられない状態だ。もしかしたら衛兵たちは、何か検査の関係で持ち場を離れざるを得なかったのかもしれないが、無用心なことこの上ない。しかしもちろん、今の三人にとってはこれ以上のチャンスはなかった。まず大南少尉が、物陰からその入口へと走る。何も起きない。続いて鹿賀と怜子が、入口へと駆け込んだ。彼らは一番の難関と思われる箇所を、あっさりとクリアしてしまったのだった。
 打ちっぱなしのコンクリートの通路を走りぬけ、彼らは構造物の内部へと入り込んだ。そこはやはり円形をした、コロセウム状の広い空間で、その中心には巨大なシリンダーが複雑に組み合わさった、ちょっとしたビルほどもの大きさを持つ装置が設置されていた。これがレールガンを支え、制御している基礎部分に当たる構造物だった。見上げると、装置の上から青空に向かって一直線に伸びた頑丈そうな砲身が、陽の光を浴びて輝いていた。
 短針麻酔銃を慎重に構えたまま、鹿賀少尉は辺りを見回した。しかしやはり、そこにも人影は見当たらなかった。
「おかしい、これは」
 と彼は呟いた。
「しかし、ガンに何か仕掛けるなら、間違いなくここだろう。きっちり調べる必要があるな」
 大南が、機械が入り組んだオブジェのようなレールガンの制御装置を見上げる。
 その時、不意に怜子が声を上げ、頭上を指差した。
「そこを見てください、あそこにいます、あれは兄さんです」
 彼女が指差したのは、円筒の内壁に当たる壁面の最上部にある、横長のガラス窓だった。そこには、スーツを着た一群の男たちの姿があった。
「あれは?」
 と鹿賀は大南少尉の顔を見る。
「あれはメインコントロールルームだ、レールガンの。検査だというなら、奴らがあそこにいても別に……」
 と大南が続けて何かを言おうとした時、バタン、という大きな音がして、彼らが入ってきたのと反対側にある扉が勢いよく開いた。
 しまった、まさか罠かと鹿賀少尉が短針麻酔銃の銃口を向ける。そこから走り込んできたのは、見覚えのある男だった。砲術部の、根来曹長だ。彼は三人の姿を見つけると、慌てたように近づいてきた。
「大南少尉、鹿賀少尉、ちょうど良いところでお会いしました。大変なことが起きかけてます。お二人の手を貸してください」
「何だ、何があったんだ」
 なおも慎重に銃を構えたまま、大南少尉は苦虫を噛みつぶしたような顔で訊ねる。
「検査部隊の連中の様子がおかしいんです。今サブコンで、レールガンの状態を見てたんですが、通電検査までしかやらへんはずなのに、弾体が装填されてるんです。おまけに」
 根来曹長は、そこで唾を飲み込んだ。
「妙な場所に照準が設定されてます」
「妙な場所?」
 鹿賀が聞き返す。
「そうなんです。ガンが照準を定めてるのは、東京の西新宿、それも東京特別州政庁の本庁舎にピンポイントで着弾点が設定されているんです」
 その言葉を聴いた瞬間、鹿賀は全てを理解した。テロは、レールガンに仕掛けるのじゃない。逆なのだ。奴らはレールガンを使って、東京特別州にテロを仕掛けるつもりなのだ。有翼弾体の着弾精度なら、巨大な高層ビルである特別州政庁を狙い撃つことなどたやすかった。
「もうすでに、トリガーキャパシタへのチャージが開始されてます。セーフティーロックもレベル4まで全部解除されてるし」
 と根来は額に汗を浮かべて続けた。
「もう二十分もすれば、ガンは発射可能になります。万一誰かが投射ボタンを押せば、二十五分後には西新宿はクレーターの中です。発射フェーズをここまで進めてしまうなんて、検査にしてはあまりに危険すぎる。そう思って、メインコンに行ったんですが、実地検査中だの一点張りで、どうしても入れてくれません。サブコンからのコントロールも効かない。お願いです、一緒に行ってもらえませんか」
「よし、行くぞ」
 そう叫んで、鹿賀が走り出した。根来曹長と怜子、それに大南が後に続く。
 一気に階段を何階分も上り切り、先頭の鹿賀はメインコントロールルームのあるフロアに飛び込んだ。コントロールルームの入口には、重兵装の衛兵が二人、彼の行く手を遮るように立っていた。その向こう側、ルーム内には、スーツ姿の一群が見える。
「SST隊の、鹿賀少尉だ」
 彼はIDカードをかざして大声を上げた。
「緊急の所用がある。ここを通せ」
 二人の衛兵は、顔を見合わせた。右側の衛兵が、口を開く。
「少尉、申し訳ありませんが、お通しできません。今から三十分以内は、何人たりとも通すなと、指示が出ています」
「全責任は俺が取る。いいから、通せ」
 鹿賀はそう叫んで、二人を押しのけてコントロールルームの中に入ろうとした。しかし左の衛兵が、即座に彼の片腕を強く掴んでねじり上げ、その体を壁に押さえつけた。小柄な体格からは、想像も出来ない力だった。
「失礼、少尉。しかしここを通すわけにはいかんのです。例え基地司令でも通すなと、主任検査官から絶対の指示が出ておるのです」
 衛兵は静かな声で言った。
「馬鹿野郎、このままじゃ東京が……」
「兄さん!」
 フロアに、怜子の声が響き渡った。
「辰晴兄さん! もうこんなことは止めて!」
「怜子」
 スーツ姿の一人が、目を見開いた。園部玲子に似た感じの目許をした青年だった。
「なぜお前が、こんなところに」
「兄さんは、この国を守るために軍隊に入ったんじゃなかったの? それなのに、こんな悪いことに手を貸すなんて」
「怜子、こんなところにいちゃいけない。今すぐに、外へ……」
「危ない!」
 大南少尉が、背後から彼女に飛びつき、その体を引き倒した。次の瞬間、スーツ姿の一人が発射した銃弾が、彼女の立っていた辺りを通過して壁に命中していた。
「何をするんです。ここでの発砲は」
 そう叫んでルーム内に駆け込もうとした右の衛兵が、まるで何かに弾かれたように、後ろ向きにその体を吹っ飛ばされた。至近距離から、装甲ジャケットに銃撃を受けたのだった。
「やめろ、もう撃つな」
「兄さん」が叫んで、拳銃を持った男に掴みかかろうとした。鹿賀がその男に麻酔短針銃の銃口を向けようとしたその途端、ルーム入り口の扉が、彼と彼らを遮断するように勢い良くスライドして戸袋から出てきた。そして重い金属音を残して、コントロールルームは閉鎖されてしまった。
「駄目だ、完全にロックされてる」
 扉を開こうと試した根来軍曹が、厚い鋼鉄で出来た扉の前に、へたり込んだ。
「こうなったら、もうどうすることも出来ません。あの連中、もしかしたら本気で発射するつもりなのかも知れません」
「どうにかして、この扉を破れないのか」
 鹿賀が訊ねた。
「無理です。この鉄板は、二十センチの厚さがあるんです。SSTで攻撃すれば破れるかも知れないですが、こんな狭いところには入って来れないし……」
「そうか、SSTだ」
 鹿賀は、大南に向かって振り返った。
「大南さん、こうなったらもう、SSTでレールガンを物理破壊するしかありません」
「いや、待て。あの砲身はそんなに簡単に破壊できるような代物じゃないぞ」
「『ダムバスター』を使えば、何とかなるかも知れません」
「そうか。『ダムバスター』か」
 大南少尉は、考え込むような顔になった。
「ダムバスター」とは、SSTに装着するオプション兵器の一つで、ダムをも破壊できるという威力から、その名が付けられていた。原理としては要するに小型のレールガンで、電磁誘導により弾体をマッハ9の高速で射出することにより目標を破壊する兵器だ。ただし、使い切りの飽和一次電池からの一瞬の大電流によって発射されるため、キャパシタに充電された電力を利用する大型レールガンとは異なり、最初の一発しか発射が出来ない。まさに、一撃必殺の兵器なのだった。
「とにかく、駐機場へ向かいましょう。行きますよ、大南少尉。怜子君もここにいては危ない、ついて来て」
 鹿賀はそう叫ぶと、再び全力で外へ向かって走り出した。大南が、その後を追う。怜子も、コントロールルームの分厚い扉に心配げな目を向けた後、彼に続いて走り始めた。

 残り時間が刻々と減っていく中、マラソンランナー並みの走りを見せた鹿賀と大南は約五分で駐機場にたどり着き、それぞれ機関の始動させてあるSSTに乗り込んだ。園部怜子には、兵舎の入口にあるロビーで待っているようにと伝えてあった。そこからレールガンからも遠いから、万一の時でも安全なはずだ。
 動き始めた二体のSSTは二足歩行での最大速力で武器庫へと向かい、庫内の巨大な棚にずらりと並んだBK828簡易電磁砲、通称「ダムバスター」を各々右肩のオプションシューに装着した。本来なら、使用許可がいるのだが、もちろんそんなことを言っている場合ではない。
「大南さん、それじゃ行きますよ。一三二○、鹿賀機発進」
 鹿賀は大南に無電でそう伝えて、シフトレバーを推進に切り替えた。彼の三○系は、勢いよく上昇を開始する。続いて、大南の九九七が離陸した。二機のSSTは、真っ直ぐにレールガンのある方向へと向かった。
 それにしても、とコクピットの鹿賀は思った。皮肉なものだ。レールガンを守ることを最大の任務として設計されたSST。その初めての実戦が、レールガンの破壊だというのだ。
「一三二○、鹿賀少尉」
 ヘッドセットのスピーカーから、石上亜矢軍曹の切迫したような声が聞こえてきた。
「発進許可は出ていません。大南さんまでどうしたの? 無断出撃は冗談じゃ済まされないわよ」
「小言は、後で懲罰房でいくらでも聞くよ。これ以上ないって位の緊急事態が起こってるんだ」
 鹿賀はそう返してコンソールの時計に目を遣った。緑に光るデジタル文字は、発射予定時刻まであと八分しかないことを示していた。
 石上軍曹は、なおも彼と大南少尉への呼びかけを必死に続けたが、二人ともそれを無視して飛行を続ける。たちまちに砲台の上空に達した一三二○号機は降下姿勢を取り、レールガンの砲身へと機体を近づけて行った。砲身の崩壊に巻き込まれないように、充分な距離を保ってホバリングの態勢に入り、空中で静止した鹿賀機は、「ダムバスター」の銃口をレールガン砲身に向けた。
 コンソールのタッチパネルを操作して「ダムバスター」のセーフティーロックを解除し、鹿賀は照準目標を入力する。ヘッドアップ・ディスプレイに、ロックオンマークが浮かび上がった。後は射撃統制コンピュータが、自動的にレールガン砲身の真ん中を狙い続けるように、機体と「ダムバスター」を制御してくれるはずだ。
「照準完了です。大南さん、撃ちますよ」
 彼はヘッドセットのマイクに向かってそう告げると、操縦桿のトリガーボタンに指をかけた。レールガン発射七分前。石上軍曹が無電の向こうから、「何を言ってるの、撃つってどういうこと」と叫んでいる。
 その時だった。不意に機体に衝撃が走り、一三二○号機は姿勢を大きく崩した。背後から、装甲板に銃撃を受けたのだった。もう追っ手が来たのか? 鹿賀は慌ててSSTを反転させた。
 しかし、そこにいたのは大南少尉の九九七号機だけだった。その三○系SSTは、標準兵装であるBK666・50ミリチェーンガンの銃口を一三二○号機に向けて、空中に静止していた。
「大南さん、何やってるんです!」
 鹿賀は叫んだ。
「今、俺に当たりましたよ。それに、チェーンガンなんかじゃレールガンの砲身は……」
「悪いな、鹿賀少尉」
 大南の重く沈んだ声が、鹿賀のヘッドセットから聞こえてきた。
「あいにくだが、誤射じゃないんだ。俺は間違いなく、お前を狙って撃ったんだ」
「何を言ってるんです! どういうことですか!」
 激しく混乱しながら、鹿賀はマイクに向かってわめいた。しかし、大南からの返事は、彼には信じがたいものだった。
「俺には、もう一つの肩書きがあるんだよ。『大大阪独立戦線工作部長・大南上席書記』、それが俺の裏の名前だ。本当は、今回のことにお前を巻き込みたくはなかったんだ。嘘じゃない。最初から巻き込むつもりなんかなかった。まさか、園部の妹がこんなところに現れるとは思わなかった。根来の奴も、余計なところにしゃしゃり出てきやがって。せめてあれが無ければ、もっと順調に進行したはずなんだ。しかし、こうなっては最早、どうにもならん。この計画を邪魔させるわけには行かない。あと数分で俺の計画の全てが完了するんだ」
 鹿賀は、呆然とした。混乱した頭を抱えたまま、コンソールの上に突っ伏してしまいそうだった。しかし、そのままではいけないということを、彼の理性は理解していた。俺は、軍人だ。東京も大阪もない。国民の生命を守ることを唯一の使命とする、軍人なのだ。彼は何かを引きちぎるように、自分の感情のスイッチを、オフにした。目の前にいるのは、仲の良い先輩などではない。こいつは、テロリストなのだ。この機体を排除し、レールガンを破壊しなければ、多くの罪のない人間が死ぬ。
 彼は、タッチパネルを見もせずに指先で操作して、攻撃オプションをマニピュレータに装着されたチェーンガンに切り替えた。そして即座に銃口を九九七号機のコクピットに向けると、迷わずトリガーボタンを押した。
 激しい断続音と共に射出された弾丸を、しかし大南機は黙って受けたりはしなかった。瞬時に機体を下降させて攻撃を回避し、鹿賀機の下方から急上昇で接近すると、そのマニピュレータをすばやく振って、一三二○号機の腹部装甲板を殴りつけた。鹿賀のSSTは再びバランスを崩し、背中を下にして落下し始める。彼は敢えて態勢を立て直そうとはせずに、そのまま上方の大南機に銃口を向けて、連射をかけた。だが、当たらない。九九七号機は補助ラムジェットに点火して急降下してくる。一三二○号機に機体が並んだ。銃口が鹿賀を狙う。彼は操縦桿を引き起こして態勢を立て直し、今度は急上昇で離脱をかけた。しかし大南はぴったりとついてくる。振り切れない。鹿賀はシフトレバーをリバースに叩き込んで飛行ファンに逆進をかけ、三○系を直立姿勢のままいきなり静止させた。そして、上昇してくる大南機のコクピットに、思い切りキックを入れる。
 この攻撃は、きれいに決まった。コクピットを潰すところまでは行かなかったが、防御ウインドウは粉々に砕け散り、大南の頭上に降り注いだ。九九七号機は完全に姿勢を崩して、墜ちていく。
「やるじゃないか」
 ヘッドセットから聞こえてくる、大南の余裕げな声に、鹿賀はもはや何も感じなかった。向こうは時間を稼いでいるだけだ。最初から、こっちを本気で墜とす必要はない。しかしそれは、こちらにしたって同じことだ。見てろ。鹿賀は補助ラムジェットに点火すると、大南機を無視してレールガンへと急接近をかけた。攻撃オプションを再度「ダムバスター」に変更。照準をレールガン砲身にロック。そしてそのまま、躊躇なくトリガーボタンを押した。
 しかしその瞬間、信じ難いことが起きた。ヘッドアップ・ディスプレイ上のロックオンマークにぴったり重なるように、大南機が姿を現したのだ。ラムジェット全開で、急上昇をかけてきたらしかった。明らかに、レールガンへの攻撃を捨て身で阻止するための動きだった。
「しまった!」
 鹿賀がそう叫んだ時は、もう遅かった。「ダムバスター」内の伝導体レールに、飽和一次電池からの大電流が送り込まれ、そこに発生した磁場の電磁誘導作用によって、弾体はマッハ九の速度で発射された。発射口から炎と共に射出された超硬化セラミックス製の弾体は、距離を無視するようにほとんど一瞬にして、大南の乗る九九七号機に命中した。

 巨大な火球が、命中位置を中心に発生した。衝撃波が作り出す環状の雲が、驚くべき早さで周囲に展開し、鹿賀機を呑み込む。その雲の中で、上下左右に振り回される機体を、鹿賀少尉は何とかコントロールして、墜落を回避しなければならなかった。それは、大南機の機体を破片も残さずにほとんどガス化させるほどの大爆発だった。
 その爆発は地上からは、青空に出現した火球と、その周辺に広がった巨大な円盤状の雲として観察された。そしてその異様な情景を、兵舎前の路上で空を見上げていた園部怜子も目撃することになった。

 衝撃波は去り、鹿賀機は安定した姿勢を取り戻した。しかし今度こそ、鹿賀少尉は呆然として、何もできなかった。この手で、大南少尉を殺してしまった。その上、もう「ダムバスター」は使えない。時計は、ゼロ・アワーに近づこうとしていたが、レールガンを破壊する攻撃オプションは、もう残されていなかった。
 いや、しかし最後の手段があった。彼は操縦桿を倒して、降下姿勢を取った。飛行ファン全力、ラムジェットも全開のまま三○系SST・一三二○号機は、速力最大で一直線にレールガンの砲身へと向かった。機体をぶつけてやるのだ。果たしてSSTの機体質量+加速力程度で、砲身を破壊できるかどうかは分からなかったが、もうこれ以外に手段はなかった。
 彼は素早くタッチパネルを操作し、非常脱出用の座席射出装置にスタンバイをかけようとした。しかし、制御コンピュータが返した返事は、無情だった。「Out of order」。先ほどの戦闘で衝撃を受けたせいなのか、非常脱出装置は故障してしまっていた。一番壊れてはいけない装備のはずなのに。だが、彼はもう呆然とはしなかった。いずれにせよ、他に選択肢はない。親父とお袋に遺書でも書いとけばよかったな、と彼は思った。スロットルペダルは、一杯に踏み込んだままだった。

「やめろ、特攻の必要はない」
 不意に、ヘッドセットから声が聞こえた。亜矢ちゃんの声ではない。
「こちらはレールガン・メインコントロール、園部少佐だ」
 園部少佐? 誰だっただろう。と彼は思った。園部。そうか、怜子の「兄さん」だ。しかし、なぜ。
「コントロールルーム内は制圧した。チャージも解除された。もうレールガンは発射されない。繰り返す、レールガンは発射されない」
 園部少佐は、そう続けた。何が一体どうなっているんだ? と訝しみながら、鹿賀はなおもSSTの速度を緩めようとはしなかった。
「鹿賀さん、もう終わったんですよ」
 別の声が、通信に割り込んできた。これは、根来曹長だ。
「園部少佐がおっしゃるとおりです。テロリストは全員拘束されました。すぐに、進路を変えてください」
 彼は、反射的に操縦桿を引いた。根来が嘘を言うわけがない。一三二○号機は、腹部をレールガンの巨大な砲身にほとんどこすりそうになりながら進路を変え、急上昇した。砲身に落ちていた三○系の影が、日向に溶けて消えた。
 SSTは地上を離れて、太陽が輝く青空へと昇って行った。このままいつまでも昇り続けていたいと、鹿賀は思った。

   *     *     *

「白浜」の地名の由来になった白良浜は、その名のとおり見事なまでに真っ白な砂浜だった。この白さは、砂が石英分を多く含むことによるらしかったが、今や天然の砂だけではこの景観を維持することは出来ず、人工的に作った砂をかなり混ぜているという話だった。
 しかし、砂が天然物だろうがどうだろうが、青い海と白いビーチの美しさは、目の前に広がる現実の風景だった。砂の上に座り込んだ鹿賀はただぼんやりと、その風景を眺めていた。何も考えなかった。考えても、どうなるものでもなかった。そんな彼の背中に、人の影が落ちた。
「やっぱり、ここにいらっしゃったんですね」
 声をかけたのは、白いワンピース姿の園部怜子だった。
「聞きました。非番の日は、よくここで海を眺めていらっしゃるって」
「デートがない日はな」
 彼は海を見つめたまま、そう返した。
「良かったな、兄さんが犯罪者じゃなくて」
「ええ。それは本当に良かったのですけど」
 彼女はそう言って、鹿賀の隣に腰を下ろした。
「服が、汚れるぜ」
「いいんです、こんなに白い砂なら」
 怜子は、鹿賀が見ているのと同じ方向に目を遣った。穏やかな鉛山湾の海面が、陽の光できらきらと輝いていた。
 彼女の兄、園部少佐は、大大阪独立戦線の組織内への潜入調査を行うことを任務とする、特務将校だったのである。もう三年も前から組織への内偵を続けてきた彼はついに、今回のこのテロ計画の情報をつかむことができたのだった。彼とその数人の仲間は、テロの実行部隊メンバーに入り込み、その実行現場を押さえることで、独立戦線内の過激派勢力の一網打陣を計ったのだった。誤算だったのが、その極秘情報の一部を、最悪の形で妹に知られてしまったことだった。特務としてはあるまじき失態であったが、作戦の成功と引き換えに今回は不問とされることになった。
「結局、全部わたしが悪かったんです」
 怜子は、うつむいた。
「わたしが兄を信じてさえいれば。鹿賀さんたちを巻き込むこともなかったし、大南さんだって少なくともあんな形では……」
「俺には、良く分からないんだよ」
 つぶやくような声で、彼は言った。
「どうして大南さんは、あそこまでしなきゃならなかったんだろう。命と引き換えにしてまで、東京への攻撃を実行しなきゃならなかったのか」
 過激派勢力が目指していたのは、この攻撃をきっかけに東京と大阪の対立を激化させ、やがては「東海道戦争」の開戦へと事態をエスカレートさせることだった。最終的には関西の独立にとどまらず、日本全体を大阪政府の支配下に置くことを目標としていたとも言われる。
 それが、命と引き換えにしてまで実現しなければならないことなのだとは、鹿賀にはどうしても思えなかった。大阪がこの国の首都になろうがなるまいが、それが一体何だというのだ? しかし、あの大南少尉がそこまでして目指したことなのだとしたら、もしかしたらそれは意味のあることなのかも知れない。一度考え始めると、彼の思考は同じところをぐるぐると巡りつづけることになった。だから、彼はもう何も考えないことにしたのだった。
「さて、俺はもう帰ることにするよ」
 鹿賀はそう言って、砂を払いながら立ち上がった。
「君はどうする?」
「もう少し、ここにいます。だって、海がこんなに綺麗だし」
「舞鶴の海よりも?」
「ええ、舞鶴よりも」
「そうか。それじゃ、またな」
 彼は軽く手を振って、砂の上を歩き始めた。
「鹿賀さん」
 怜子に呼び止められて、彼は振り返った。
「何だい?」
「わたしのこと、憎んでおられますか?」
「いや」
 鹿賀は、微笑んだ。
「そんなことはないよ。心配しなくてもいい」
 彼は再び、白い砂を踏みしめて歩き出した。そんなことはない。彼女が悪いわけではない。これは、大南少尉が自分で選んだ結末なのだ。

 南紀白浜の、空は青い。
 その空の下、鹿賀の足跡が残された砂浜に、一人膝を抱える少女の姿があった。そんな彼女のことなど一切構わずに、波は繰り返し打ち寄せ、そして引いて行った。彼らがみんないなくなった百年後、千年後も、きっと波は同じように繰り返しているだろうし、空と海はそれぞれに青いだろう。人の思惑など、ちっぽけで一瞬だ。それでも人は、精一杯生きるしかないのだ。それが仮に、無意味に見える生であったとしても。
(了)

『南紀白浜インシデント(Incidents-Part1)』

『南紀白浜インシデント(Incidents-Part1)』 天野橋立 作

関西地方が「関西州」として統合された近未来、その防衛を担当する「大大阪市防衛局」所属のSST(二足歩行式戦闘機械)パイロット・鹿賀少尉を主人公に展開する連作SF小説(第一話)

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2016-11-18
Copyrighted

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