小説感想な行作家

「土の中の子供」中村文則

第133回芥川賞受賞作

土の中の子供……平成17年4月号「新潮」

蜘蛛の声……平成16年1月号「新潮」

「土の中の子供」は27歳のタクシー運転手の男が不良少年の集団に囲まれて暴力を受け続け、その恐怖に安堵を覚えていく冒頭から始まる物語。
恐怖に慣れるを通り越して、恐怖に依存して抜け出せなくなっている青年の話だ。

「蜘蛛の声」は建物の隙間に隠れ続ける青年、少年? の話。狂っているのではないか? と予想される描写が多いので主人公の年齢は特定出来ず、真実はどれかは定かではない、全ては妄想かもしれないし、蜘蛛が語ったことが真実かもしれない、どちらだかは解らない、というまま終わる短編。

他に執筆された作品が芥川賞候補に何度もノミネートされている、他作品で「野間文芸新人賞」を受賞している、他の作品で三島賞の候補になっている、大江健三郎賞も受賞している、この情報だけで、芥川賞をよく読む読書好きなら、なんとなくどういうタイプの作家さんかは解ると思う。
とりあえずエンタメではないし笑えない物語。ただやっぱり文章はめちゃくちゃ巧い。文字を滑るように読めた。

きんこん館さんの記事影響で読みたくなった作家さん。読みたかったのは「悪と仮面のルール」なのだけれど、読みたい作家の読みたい作品を読む前には、初期の頃の作品を読んでから、その作家を理解して作品に併走するように読書したいというのがアタシのこだわりだ。

ハードカバー作品にしては珍しく筆者の後書きがついていた。筆者の年齢はアタシのひとつ歳上。文体にはどうしたってその作家のバックグラウンドが出る。それにリンクすると作品への傾倒度が変わる。歳が近いと細かなニュアンスや行間も読みやすくなると感じている。

筆者の実体験ではないのだろうけど、圧倒的な力の差でもって暴力を振るわれた経験はあるのかもしれない。その匂いが感じ取れて読むのがしんどかった。元気がない時に読んだらダメだ、確実に死にたくなる。

死が近い場所にあり、それが現状を終わらせてくれるなら、それは救いになるんじゃないか、ダメになるなら、とことんまでダメになってみたいという欲望。アタシもそれを見ていた時期があった。

その状態の描写力がリアル過ぎる。小説において現実感があるかどうかはそこまで重要ではないけれど、どんなに不幸な展開があっても読み手がそこに現実感をひとつも見出すことが出来なければ、読み手はその不幸感に共感出来ない。それゆえに物語で主人公が救われても、現実の自分は救われないままだ。

読み手が物語を自分に重ねて追体験した時に初めて、物語は人を救う。救われた気になるというだけだけれど、その救われた気になることが重要で、それがあるだけで、死ぬことより、生きることに希望を見出せる人間も世の中には居る。被暴力から抜け出すとは、加害者から逃げ出せた時ではないのだ。

小説にはその力がある。だから私は小説を読むことも書くこともやめられない。

決してハッピーエンドではないけれど、自殺したい気持ちからは逃れられるかもしれない物語。こういう小説は、人を楽しませられる物語と同じくらい必要だ。

この作家さんはたいへん気に入ったので他のものも全部読もう。


2012年11月23日のblog記事

「悪と仮面のルール」中村文則

平成22年6月29日「講談社」

自分の人生における最高の存在を守るためであれば、どのような悪をなしても構わない。それは正しいことではないかもしれないが、正しくなくて構わない。最高の価値は、道徳や倫理を超えるはずだと僕は思った。自分の生まれたばかりの赤ん坊が殺されそうになった時、黙って見ているのだろうか。その相手を殺せるのなら、殺しても構わないのではないだろうか。殺さなくてもいいような状況であったとしても、殺した方が赤ん坊を守るためにより確実なら、それは殺したって構わないのではないだろうか。たとえそれが、正しくなかったとしても。

お前の判断は性急で、あらゆる可能性を無にするものだと。世界は僕に、そう言うかもしれない。僕を悪だと言うのかもしれない。だが、僕は

悪で構わない

と思った。

読み始めて、特殊な家庭環境に置かれた主人公の生い立ちと状況を気味悪くなるほどにリアルな描写で思い知らされたあと、

44ページ目という序盤にこの独白がある。

たった11歳でここまで思わなきゃならない状況に追い詰められた主人公に、読者は言えるだろうか、それでも、人を殺したらダメだよ、と。

それはなんの根拠で?

倫理? 経験? 道徳感?

初恋の女の子が複数の男に強姦される、必ず実行するぞ、俺を殺さなければ、と父親に言われた思春期の少年に。

警察に言いなさい、と諭すのか、
父殺しは強姦より罪が重いとか言わなきゃならないのか、なんの権限があって?

少年を止めて、もし少年の父親の言う通り少女への強姦が実施されたら?

それでも殺人は悪だと止めるべきなんだろうか、それは正しいんだろうか、本当に?

その強烈な選択を迫られたあと、舞台は一転し、大人になった青年が主人公になっている。
彼は整形手術で顔を変えていた。「仮面」だ。

悪とはなんだろう? ルールは常に正しいと言える?
大切なものを守るために人を殺すことが悪ならば、ルールを守って結果的に大切なものを損なうのが逆説的に善?

それが、本当に善?

文章がめちゃくちゃ巧い。構成も。主人公の底の見えない暗さに引きずりこまれているうちに、展開は早く次々と切り替わり、様々な人物の思考が錯綜する。

サイコサスペンスとして出来がいい、んだと思う。

思うが。

これは純愛小説だと私はおもった。

涙が出るほど、いじましい少年の初恋物語だと私はおもった。

主人公の堕ちていく心情に泣きながら、読み終える最後まで私は願っていた。

お願いだ、どうか、何かしらの救いを彼に。

読む人によって、誰の、どの意見に共感するのか変わると思う。

この前に読んだ土の中の子供はちょっと陰鬱過ぎて下手すると自殺したくなるのでお勧めはしない、文章が巧いので書く技術を向上させたい人にはオススメだけども。

これも暗いけど。救いはある。メッセージ性が強く、ロジックがすっきりしていて解りやすい。

正しいってなんだ? 悪とは? 偽善とは?
人を殺したら、どうやって贖罪したらいいんだろう?
ということを考えるのが好きな人にはお勧めです。


2012年12月2日のblog記事

「掏摸」中村文則

平成21年夏号「文藝」

小さな頃、腹を満たす為に万引きと掏摸を覚えた僕は大人になって、もう盗らなくてもいいものを盗んでいた。生きる為に盗んでいたはずが、堕ちていく快楽を求める為の行為になる。いつか最悪の最期を迎える為に、明るいことや正しいことや勝手に決められたルールに背を向けて。
芸術的な技工のような、思わず見惚れてしまう掏摸を教えてくれた石川とは昔にした仕事のあとから連絡が取れなくなっていた。「東京から離れろ。逃げろ」という石川の言葉通り、しばらく離れていた東京に、石川の行方を探す為に戻ってきた僕は、その仕事で知り合った立花と再会し、再び危ない仕事に関わらなきゃならなくなった。


しばらく読書出来てなかったんで、短くて一気に読めるものから。と選びました。今かなりハマってる作家さん。中村文則さんです。

私はこの作家さんの真っ白な紙の上に濁った泥水をぽたぽたと無造作に落としていって、それが底なし沼になって読み手をドン底の気分にゆっくりと引き摺り落としていくような、暗い文章が大好きです(暗っ!!)

今回は人が暴力を受けているところとか殺されているところの描写がほとんど無いのです。ニュースで読み上げられたり、人伝に「死んだ」と知らされる(主人公も読み手も)だけ。

タイトルに「掏摸」とあるようにスリの技巧描写は丁寧に全編通して描かれていますね。売春をしながら息子にスーパーで万引きさせている母子に主人公が出会い、石川が主人公に教えたように万引きのテクニックを少年に教えている時など、感情移入し過ぎて、万引きGメンのおばさんが敵に思えるくらい、魅力的に描かれていて。

そしてまぁ予想通りにその少年と主人公のちょっとした心の交流にホロリと来るシーンなどもあります。

この作品の重要人物は「木崎」で。木崎は中村さんの他の作品にも出てくるみたいなんですけど、悪党の頂点に居るような男ですね。主人公がその悪党、木崎に必死に抵抗をしていくところが「生きること」そのものを否定して死に希望を持っていたはずの主人公の変革に見えます。最後の一文、好きだなぁ。これまでの細かな描写をギュッとひとまとめにする。こういうラスト書けたら気持ちいいでしょうね。

たぶん借りてきた「王国」は続編なのかな?

この表紙の感じだとシリーズものじゃないかという予感。まだ世界観に浸っているうちに続けて読みます。


2013年11月3日のblog記事

「王国」中村文則

平成23年夏号「文藝」


一番欲しいものはいつも手に入らない。手に入らないなら憎むしかない、壊すしかない。だから私は人を裏切り続ける。
唯一の親友とその子どもを亡くしてから私には守らなきゃならないものが無くなった。あるのは卑小な自分の命だけ。親友の子どもの手術費用を稼ぐ為に始めた娼婦の仕事を、子どもが亡くなってからも続けている。どこにでもあるありふれた大勢に受け容れられる価値観なんか要らない。それは私を絶望させるだけ。
いつものように矢田から頼まれたターゲットに近づいて、甘い言葉を囁き、胸元と脚を見せて誘惑する。セックスドラッグだと言って錠剤を飲ませるか、ダミー宝石に仕込んだ睡眠薬をお酒に入れる。乱暴な客には腰に仕込んだスタンガンで気絶させてから睡眠薬を缶ビールで流し込む。そうしてスキャンダルになるような写真を撮って矢田に渡して金を貰う。娼婦なのに身体を売らない。そのほうが巧くいく。
とある仕事で異変が起きた。ターゲットの胸にナイフが突き立てられて絶命してた。ホテルの部屋の電話が鳴って出ちゃいけないと思うのに出てしまう。
「……その部屋から出られれば、の話だが」
私の逃走劇が始まった。



もともと中村文則さんを読むきっかけは読者登録させてもらってるきんこん館さんの書評を読んでからなのです。だから「王国」に「掏摸」の登場人物「木崎」が出てくるのともう一人の「あの人」が出てくるのも知ってて、私にとっては出てきたことよりも、この作品は“続編であの話よりあとの出来事”なのか“シリーズものであの話よりまえの出来事”なのかが重要でした。それによって違うからね。で、おーそうなのかーって思う楽しみがあった。なのでこの作品は掏摸とセットで楽しむ分には良い作品です。掏摸が気に入ってたので楽しめました。単体作品としてはちょっと弱いですね。なんとなくピンチになっても緊迫感が無い。どうなっちゃうの? という不安感を煽るのが弱い気がする。掏摸がそういうハラハラした作品だったので姉妹作品にもそれを求めてしまうと物足りなかったです。
娼婦をモチーフとしてるのなら主人公はもっと擦れてたほうが良いと思うのですよ。なんでこんな純粋設定にしてしまったのかな。そのせいか20代後半と思われる設定なのに女子高生に見えてくるんですわ。だからまぁそれに翻弄されちゃう男どもがロリコンに見えてくるというね。
あとは女目線で見たときの矛盾。親友の子どもに対して“母性”を抱いたなら、そのあとの男に対する“母性”の欠如に納得がいかない。
少女のような娼婦に夢中になって騙されまくる男たちを描くのは巧いのに、主人公が娼婦で一人称視点だから心情描写に「いち女」として共感出来ない矛盾があって入り込めないんですよね。けど、一人称じゃないと掏摸とセット感は薄れるからまぁ仕方ないのかな。男性作家さんしかも小説家としてはまだ若い(アタシのひとつ歳上か)のにやたらと女性視点描写が巧いと別な意味で、えー? ってなるし。

展開やト書き、台詞まわしは掏摸と対になっててそれにはニヤニヤ出来ました。中村文則さん本人はどちらから読んでもどちらかだけ読んでも楽しめるものをとあとがきに書いてらしたけど掏摸から読むのがオススメ。

私は今、きっと「あの人」とこうなる、みたいな妄想で余韻を楽しんでます。


2013年11月4日のblog記事

「教団X」中村文則

以前のアカウントでは、私はよく政治のことを書いていました。あの時、私が書いていた希望する未来に現状がなっていることに多少驚いています。そうなればいいなとは思っていたけれど、こんなに早くそうなるとは思ってなかった。

最近の記事では書かなくなったのは、それを書く人が増えたから。もう大多数の意見ならばわざわざ増やす必要も無いですし。それにアクセス数が以前のアカウントからは数十分の一なので。普段は親しい知人への生存報告と日記代わりにしか使っていません。

現首相が「私が野党ならば、もっとうまく邪魔をする」という意の発言をされたことがあります。本当にそう思います。本気で流れを変えたいのなら軍需産業と既得権益に切り込むべきなのに、それが出来ないのだから、けっきょく自分たちの利益しか考えてない集団だということです。

この国は、というか世界は、利益(金)しか考えてない。作中でずっと根底に描かれています。そしてそれに憎しみを感じる表現が多く使われています。

けれど、それを利用してでもいいから、最小不幸を目指したい。それが私の考えです。だから、現状の流れに逆らいません。不満はたくさんあるけれど、その本流に逆らってる勢力の考えのほうが許せないからです。

中村文則さんが作品のなかで伝えてきた考えと、私の考えは違います。私は理想を全面に押し出すのは悪に目をつけられ、潰されるだけだと思うから。もしくは理想が高すぎると、多くの人は協力してくれないと思うからです。

思想に縛られた人を解放するのは別の思想だと語られていますが、そうは思えません。

思想に縛られた人を救うのは「ぬるま湯につからせる」ことじゃないですかね。

カッコ良く言い換えると「実体験で平和を享受させる」こと。

日本が平和なのはいろいろな理由(土壌とか歴史とか)があると思いますけど、1番大きいのは娯楽が多いからだと思いますよ。それも昔からずっと。

こんなに遊べるものがあったら、誰も戒律に縛られにいこうとは思わないし、現世が楽しかったら、来世のために神頼みなんてしなくていいもの。

だから、私はこの国が縮こまるのは嫌なのです。たとえ事大主義だ、傲慢だと言われようが、トップに居てもらわないと嫌なのです。

なぜなら、海外の人が日本の発明した玩具に驚いて喜んでくれるのを「やった!」と思える人が多いから。
強姦犯罪者に「死ね!」と本気で言える『男性』が多数居るから。
被災地に義援金を送ることに誇りを持てる人が多いから。
悪人もたくさん居ますが、それでも世界の大多数よりはマシな国です。だから舵取りをしていって欲しいのです。

さて、そんな社会問題をベースに事件が展開していく本作ですが「神の存在の証明」も大きなテーマになってました。

全ての生命体は同一の個体ではないか、宇宙の神秘、生命の仕組みそのものに「神の存在を示唆するような跡」がある、くらいまでは考えたことはあったのですが、本作はそれを科学的に掘り下げた文章が沢山でてきまして。それだけでも、実に読み応えのある作品です。

それと、これは、いつもいつも、中村文則さんの作品を読むと思うのですが。
なんで、こんなに精神疾患者の思考描写が巧いの……読んでてゾッとするよ。リアル過ぎる。紙一重で自分もそっち側に行ってしまうことが、この先あるんじゃないかという現実感が怖いわ。

性的虐待シーンにグロい描写が多々あるので読みたくないとは思いますが、それは現実にインドやアフリカで起きてる現在進行形の問題です。世の中の悪に無関心で居たくない人には是非読んで欲しいのです。

知った上で出来ることをする。働いて税金を納め、投票に行き、この国を支える。私の選択はそれです。


2015年10月4日のblog記事

「A」中村文則

「A」中村文則

中村文則さんの「A」を読み終えました。



あとがきによると収録作品のひとつの「A」が、この本を代表しているというわけではなく、Aという文字が「人」をあらわしているように見えて「それぞれの個人」をテーマに書いた短編集に相応しいから、だそうです。

初出もバラバラの雑誌に掲載された、2007年から2014年までに発表された短編を集めた本なので、作品それぞれの雰囲気がかなり違います。いろいろな中村文則さんを感じ取れるので、ファンとしては嬉しいですね。逆に中村文則さんの作品をあまり読んだことが無い人にはオススメしにくいかな。最初に読むなら「掏摸」か「土の中の子供」を推します。

職場の人に「掏摸」を貸しました。本好きの人なのでハマってくれたら嬉しいなぁ。

収録作品の中で1番好きなのは「嘔吐」ですね。
口から、白いものが出た
という書き出し、作品全体に流れる危うい雰囲気、ラスト1文、読み終えた時のタイトルへの回帰。綺麗にまとまっていて美しい文書で、それが更にゾクゾクさせて。

最後に収録されたものは中村文則さん御本人の悩みを書いていらっしゃるものだと感じたのですが、こんなに巧く小説が書けるのならば、小説に命を捧げるのは道理だと思いますよ、とファンとしてお伝えしたいです。ただのファンですが、少しでも支えになれればいいのですけど。

私もある時、ある人に言われたことがあります。
「なんでその状況をそんな冷静に伝えられるの、怖い」
おぞましいものを見るような表情でしたが、きっとその人は、私が「そんな風に見られるのに慣れている」ことなんて想像も出来ないのだろうなと思いました。

自分に起こる理不尽や、哀しいことを、客観視点で対処すると「冷酷」だと言われます。

それは理不尽な目に遭うことが少なかった人間の価値観です。幸せなことです。

鈍感で他人を傷つけているのに、自分が1番傷ついていると泣いている人間はなんて醜いのだろうと私は思っていますが悟られたことは無いですね、だってその人は鈍感だから。私が見せる表面上の優しさと貼り付けた笑顔にずっと騙されていてくれたらいい。

人はいつでも狂っている。そのうえで体裁を整えている。そう自覚しながら罪を犯さず、実直に生活し、周囲に優しくあることを目標にしている。今の自分を私はそこそこ気にいっています。

2016年1月11日のblog記事

「銃」中村文則

「銃」中村文則

中村文則さんの「銃」を読み終えました。単行本未収録の「火」も併録されたリニューアル刊行バージョンです。「火」が映画化されるそうです。

「銃」は中村文則さんのデビュー作です。ようやく読めました。私にとっては珍しいことですね。たいてい作家さんにハマったらデビュー作は他の作品を読むよりも先に読むことが多いのですけれども。

ご本人もあとがきで書いてらしたのですが、中村文則さん本人にすごく距離が近いというか、読みやすく削り落とした文章ではなくて、荒々しくて、肉薄した文章でした。

大学生の青年である主人公が、自殺死体の傍に落ちていた銃を拾って、その銃の魅力に憑りつかれて銃を撃ちたくなる衝動に駆られて、少しずつ狂っていく話です。1人称で、ほぼ主人公の内面を語る構成で、他人との会話文がほとんど出ないにも関わらず、主人公がその生い立ちから(文章内に表記は無いですが)おそらく乖離性障害の為に、客観的視点かのようなイメージで物語は進んでいきます。

主人公のアパートの隣に母子が住んでいて、母親から虐待を受けている男の子が出てくるのですが、表現が本当にエグイ。ザリガニの描写に鳥肌が立ちました。その少年を通して主人公の幼少期を匂わせます。詳細は最後まで書かれません。ですが主人公が狂っていくのが道理だと思えてしまいます。中村文則さんはそういう描写が本当に巧いと思います。

「火」は幼少期に両親から虐待を受けていた少女が両親に火をつけて焼き殺したあと、転落に転落を重ねて売春から抜け出せなくなる話でした。
「どうしてもっとはやく警察に相談しなかったのか」と周囲は諭すけれど、不幸に不幸を重ねて転がり落ちていく時に、そんなことはできないものだという描写が出てきます。
それはよくわかります。暴力を受けているのに、暴力を加えてくる人間に、なにかしらの救いを見出して、このままでもいいんじゃないか、とか、別にこのくらいなら耐えられるだろうとか、考えてしまって
【他人に救いを求める気にならない】んですよ。暴力を加えてくる人間を【自己の一部】かのように錯覚してるから。共依存ってこんな感じです。
本人にもわからない何かのきっかけで目が覚めればいいのですが、難しいです。実際、私は10年以上抜け出せなかったし。

むしろ幼少期の実母のせいでなった乖離性同一性障害(たぶん。病院行ってないけど症状はこれが一番近い)のおかげで、共依存から抜け出せたとも言える皮肉な話。私の中に私を守ろうとする男の子の人格が居たおかげ。彼が薄くなってはいたけど消えてなくてよかった。

中村文則さんはいつもあとがきで「大衆受けするものばかりでなく、こういう小説も必要」と語ります。必要です。私は本当に救われています。

2017年6月16日のblog記事

「魔女は蘇る」中山七里

中山七里さん初です。読むぞと言いながらなかなか読めなかったのです。そしてドビュッシーよりもこちらのほうがアタシの好みなんじゃないか? と読者仲間に言われてましたので、中山七里さんを読むのならこの作品を最初にしようと決めていました。

実際、後書きを読むとデビュー作が受賞する前に選考作品として残っていた原形が今作に昇華したらしいですから、この順番で読むのが良かったんじゃないか、と満足しています。

作品は製薬会社研究員の惨殺死体が発見された現場を導入シーンとしています。ちょうど今日は登録販売者研修で札幌に出張してまして、これを書いている今も特急列車に揺られていたりします。日中は薬剤師から講習を受けていましたから、今日は薬漬けですね(笑)

電車の中というのはどうしてこう読書が進むのかしら。田舎暮らしは性に合っていますが、こういう時は電車通勤の都会人が羨ましくなります。

話運びが優れた作品を読むのは気持ちいいですね。前半と後半でまったく別の物語が動きだす、しかも知らないうちに始まってた!って驚きの展開が大好きなんですが、今回の作品にもそれを感じました。

あとキャラクターのブレなさがいいです。行動理念がハッキリしてるので、その場に登場していなくても電話の向こうでのやりとりや伝聞で動きが良く見えるのです。終盤で絶望的な状況に手に汗にぎるわけですけど、どこかで希望が強く持てるのも主人公の味方ならきっと動いてるはずと信じられるからです。それが主人公とリンクするので尚更のめり込むのです。

後書きで、この作品には続編があるのだと知りました。よし、読もう!

ただドビュッシーも文庫で購入済ですので、まずはそちらから、ですね。

ふむ、また読みたい作家さんが増えてしまったぞ。ブログ繋がりのおかげで良い本に出会えるのは幸せなんですが、積ん読が追いつきませんね。

入籍に関する手続きは終わったので、なんとか時間を作って読書にあてよう。

2015年6月2日のblog記事

「パズラー」西澤保彦

蓮華の花 ……『新世紀「謎(ミステリー)」倶楽部』平成10年

卵が割れた後で ……「ミステリマガジン」平成9年1月号

時計じかけの小鳥 ……「名探偵は、ここにいる――ミステリアンソロジー(1)」平成13年

贋作「退職刑事」 ……「贋作舘事件」平成11年

チープトリック ……「密室殺人大百科(下)――時の結ぶ密室」平成12年

アリバイ・ジ・アンビバレンス ……「殺意の時間割――ミステリ・アンソロジー(4)」平成14年


副題に「謎と論理のエンタテインメント」とあるように、キャラとかお話の魅力よりも、不可解な謎を解くことに、主点を置いている作品。



狭義の本格派小説になるのかな。



本格派を読むのは数年ぶり。やっぱりしんどいなぁ。



こういうのが好きな方にはたまらないんだろうけど。



読んでいてだいぶ疲れた。



トリックや落ちの意外さよりも論理過程に主眼を置いていて、見事に破綻していない。無理もないし、納得できる。



「蓮華の花」と「卵が割れた後で」は情念が多少入っていて好みだったけれど、他作品はとにかく論理、論理だ。


小説はキャラとお話の面白さで食指が動く人には向いていない。


自分で、本格派ミステリーを書こうとしている人には向いていると思う。


シリーズ作はキャラの作り込みやSF要素が加わるらしいので一作目に挑戦してみようかと。


台詞の作り方は好みなので、長編だと自分に合う気がする。


2011年4月3日のblog記事

小説感想な行作家

中村文則さんばかりになってしまっていて分けたほうがいいのでは? と思ったものの、そうすると「な行」が少なくなりすぎるんですよね……

小説感想な行作家

blogに書いていた小説を読んだあとの感想をまとめたものです。作者名かな順で掲載していますので時期により文体と構成が変わっています。ネタバレは無いように書いています。

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-17

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 「土の中の子供」中村文則
  2. 「悪と仮面のルール」中村文則
  3. 「掏摸」中村文則
  4. 「王国」中村文則
  5. 「教団X」中村文則
  6. 「A」中村文則
  7. 「銃」中村文則
  8. 「魔女は蘇る」中山七里
  9. 「パズラー」西澤保彦