トランプが勝ったので嫁に賭けで負けて千円とられた件

21世紀のアジアについてのお話です。

上司に徹底的に嫌われて、うつ病の診断書をもらって休職してから2か月。
会社に廃人にされてはかなわないと思って見切りをつけてGive Upしたのが幸いして、
ほぼ1カ月である程度の社会生活を営めるレベルにまで回復した。

わが嫁は「良き夫・良き父養成講座」の鬼教官であり、病身の僕にも容赦がない。
僕も嫁の前では良き生徒たらざるを得ないので、順調によき夫よき父への道を歩んでいる。
皮肉なことは、彼女の教育が順調にいけばいくほど、僕は会社でモテるようになる。
なぜならば、彼女たちのわがままなど、わが嫁の要求水準と比較すればなんということはないからだ。
大体休み位は穏やかに過ごしたいと思うから、こっちで朝飯くらいは近所のマクドナルドで買っていく。そして彼女の好きなセブンイレブンのカフェラテを買って帰って机の上に置いておく。するとその日は嫁の機嫌がよい。

さて、先日アメリカでトランプが勝った。
睡眠薬をのんでうとうとしかかっていると、子供を寝かしつけた嫁が寝室に入ってきた。
「ねえ、千円頂戴」
「へ、なんでまた?」
「こないだ賭けたじゃん。トランプが勝つかヒラリーが勝つかで。」
あー、そんなこともあったかもしれない。
「そうだったっけね。しかしすごいね、なんでトランプが勝つなんて当たりがついたんだい?」
嫁は政治経済にまったく興味がない。
嫁の愛読紙は香港のリンゴ日報である。これは日本で言えばさしずめ日刊スポーツに相当する。
「なんたって、あんたEUからイギリスが抜けたじゃないの。トランプもあれとおんなじよ。」
僕はわが嫁が物事の流れのポイントを大まかにつかんでいることに驚いた。
要はイギリスのEU離脱もトランプ勝利も、ともにレーガン・サッチャー以来苛め抜かれてきた中下層階級の反乱といってよい。

「何でまたイギリスの件とトランプが関係するんだい?」
彼女がどういう理屈でイギリスとトランプを関連付けたのか聞いてみたかった。
嫁はニヤッとしていった。
Figure out by yourself.

嫁が続ける。
「しかしトランプが勝ったんじゃ日本も終わりだね。アジアは中国の天下よ。」
「なんで?」
「だってアメリカはもう日本を防衛しないって言うんでしょう?」
「しかし中国だってこれからそう経済が伸びるとは思わないわな。そうすれば貧困層の不満が爆発して、あの国も大混乱だよ。」
「中国経済は強いわよ。」
台湾人は政治の話をするときは台湾人面するくせに、経済の話をするときには急にグレーターチャイナの一員になる。

「大体あんな強圧的な警察国家で、新しいイノベーションが起きるかい?今世界で一番足りないのは商売のアイデアだよ。モノは十分にあふれてるんだから。だから中国も、そりゃ一般的な工業製品を作るところまではいくと思うけど、それ以上には行かない。つまりアメリカを超えることはないと思う。そうこうしているうちに、フィリピンだ、インドネシアだ、ベトナムだ、ミャンマーだ、果てはバングラだ、インドだと労賃の安いところにどんどん産業が移転していく。するとあの14億の人口があまねく安楽な生活が送れるなんて夢物語だ。そうすれば、中国共産党の正統性は失われて、国内は政情不安になるだろう。そうすれば勢い政権は対外的に強硬になって、こりゃ危ないよ。米中戦争だか日中戦争だか知らないが、戦争になるかもしれない。」

嫁は聞き飽きたらしく、「あたしもう寝る。」と言い出した。僕は「あと千円払うから最後まで話を聞け。」といって嫁をベットに留めた。
嫁は普段「あなたは私にあなたの考えていることを話してくれない。」とよく愚痴るのだ。
こういうときに、僕の考えを良く知っておいてもらわないと、僕が本一冊買うのにも一々もったいないとけちをつけてくる。

「大体お前の旦那が今うつ病になって日がなぶらぶらしているのは何故か?これは上司がひどく俺のことを苛め抜いたからだ。何で上司は俺のことをいじめたか?上司はそのまた上司にほめ殺しにされて朝の2時まで働かされて、気がおかしくなっているからだ。何故そのまた上司はそんなあこぎなことをするのか?それはノルマがあるからだ。何故ノルマがあるのか?それは会社が利益を上げるためだ。なぜ会社が利益を上げる必要があるか?それは株主のためにニューヨーク株式市場の株価を上げる必要があるからだ。世界経済の中心はニューヨークだから、どこの会社でも多かれ少なかれ同じようなメカニズムで末端が疲弊するような具合になっている。」
「じゃあみんなあんたみたいな半病人ばかりになっちゃうじゃないの。」
「そうだよ。だから今精神科は大いに儲かってるんじゃないかい。」
「そりゃ悲劇ね。」
「悲劇じゃすまないよ。人間我慢の限界ってもんがあるんでね、社会のゆり戻しが起きるよ。こんな経済の仕組みじゃかなわん、ふざけるなって。世の中大体の国は民主主義でまわってるんだから。その結果がトランプだよ。」

僕は、休職中のある日ふと着想を得、熟考の末ある種の確信に至ったアイデアについて、話をすることにした。
「イギリス、トランプで分かるように、今の世界の経済社会の仕組みはどう見てもガタが来ている。日本の景気は20年悪いままだし、ヨーロッパもまともなのはドイツだけ、イベリア半島じゃ失業率20%だ。ギリシャは国がつぶれた。だから、今後20年30年うちにだいぶ世の中が変わると思う。アジアでは、恐らく中国が10年やそこらで経済成長が鈍って政情不安が起きる、あるいは思いのほか経済が順調にいって、軍事的に膨張して西太平洋を中国の海にしようとする。アメリカの経済は3%成長で微増だから、趨勢から言ってアメリカの西太平洋でのプレゼンスは低くなるだろう。台湾もいつまで台湾でいられるかわからないよ。
しかしね、中国がアジアのリーダーになれるかといわれれば、これは明らかにNoだ。なぜならば、彼らにはアジアを統治する理念がない。哲学がない。アジア諸国からすれば、中国と商売したいとは思っているが、中国から学ぼうと思うことなんかありゃしない。中国で儒教だの道教だのを現代社会に生かせるような学問が盛んになればまだ目はあるけどね。
翻って東南アジアを見てみよう。インドネシアには3億、フィリピンには1億、ベトナムにも1億、タイには7千万、ミャンマーにも6千万の人口がある。これらの国がGDP1万ドルないし1万5千ドル位の国になれば、ある程度国際政治のプレーヤーとして独り立ちできるだろう。こうなった暁には、アメリカが西太平洋からある程度引いたとしても、いわばウェストファリア体制のような、勢力均衡政治をやって、中国を押さえられる。同時に、中国の国内世論に働きかけて中国を民主化に持っていく。あるいは中国を北、南、西に分割させる。文化的に上海と北京じゃ大違いなのだし、西のほうは漢民族の地域じゃないのだから。そうすれば割合に平和で自由で穏健なアジアが実現されるのじゃないか、こう思うわけだよ。もっと言えば、アジアから貧困を撲滅し、勤勉に働く人に安楽な老後を保証できるような社会も作れるのじゃないかとね。」

嫁は黙って聞いていた。
「分かった。それで、あなたいつから働けるの?」
「分からん。」
「なんで?」
「会社は半病人になんか月給を払いたくないからさ。」
「じゃあまずは早いとこ病気を何とかしてよ。」


まあ、そりゃそうだ。
しかし僕は僕自身の将来について非常に楽観的である。
なぜなら、自分の頭でグランドデザインを持っていれば、自ずと自分がなすべきことが見えてくる。
自分はAsian Unionのために今後の50年をささげるのだ。
そんなことを大真面目に考えている人を僕は聞いたことがない。これはいわゆるBlue Oceanだ。前途洋洋だ。

トランプが勝ったので嫁に賭けで負けて千円とられた件

トランプが勝ったので嫁に賭けで負けて千円とられた件

トランプが勝ったので嫁に賭けで負けて千円とられた件

  • 小説
  • 掌編
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-12

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