カフェインレス

待ち時間、外の風景を覗くとやっぱり普通で

 逃げ出した文鳥が小枝にしっかりと摑まっているようでありました。洒落のきいたテエブルにですね、袖を巻くりカッコつけるんですよ、法杖をついてね。そんで四角い窓の向こうには歩道がありまして、その地先ブロックの周辺に純潔な葉を生やした木が一本ですね育っているんです。そうです、そうです、その木に乗っているんです。多分ですよ何処かの家屋から自由と冒険を追い求めて羽ばたいて来たんです。文鳥が、ゴマみたいな粒な眼でボクに言ってました。あんな籠と低い天井はごめんあそばせってね。そこでモカをお口に注ぎました、タール色素が唾液と混じって舌に転がるのがわかります。カフェインの影響でしょうか、それともボクのナルシスト成分でしょうか、瞼を閉じて、うっとりと心酔して口元に笑みを浮かべてしまうのでした。心拍が元に戻ると再び四角い窓の向こうに視線を送りますが、さき程小枝に爪をかけていた文鳥はもう姿を消し、味気ない風が木の葉を揺らしているだけで、あの文鳥は自由を探す旅へと飛び立ったと言えましょう。
 カフェの店内にはボクと店員と杖をついた年配者だけがひっそりと居まして、寂しく光を放つ照明に冬の外套の下で誰かを待っている様に座っていました。そしてボクは湯気の香りを吸い込みつつ、陶器の縁に唇を当ててモカを流そうと息を吐いた時でありました。青い襟が首を隠し華奢な身体に学生服の袖から白い肌を通した女の子が四角い窓側に立ちまして、大きく口を広げます。それは、それは大きなあくびを羞恥心の欠片もなく盛大にやって見せたので、思わずモカを噴き上げそうになりゴホゴホと床のタイルに咳払いをしてしまいました。そこでこう思いました。あれは将来大物にる、あぁ絶対になる。でなければ拍子が抜けるよボクが思うんだから間違いないね。ところどころ女の子の華奢な線を眺めていると猫背な女の子が一人交わりまして、どうやら友達らしく、横断歩道を渡っていきました。あと手を繋いでいて仲が良いもんだなぁと呟き、縁に口を付けモカを味わいました。
 シュウクリイムを店員が持ってきました。それからスコオン。いやはや、お店に入る前に看板に書いてあったのでお恥ずかしながら注文してしまいましたよ。メロン味のシュウクリイムは珍しい、これは、二十四世紀の発見かも知れません。大袈裟と思うかもしれないけども、生まれてははじめて口に踏み込ませるのです、それはボクにとって新大陸の発見と同等なわけです。はい。
 次に丸くて真新しい風船が四角い窓から挨拶をしました。小さい少年の手にはスルスルと降りた紐がしっかりと握られていて、何となく悪戯をやりたくなります。悪い性分だと自負はしているんです。けれども、可愛い小動物や好きな子に意地悪をほんの少しだけ、そう、突きたくなるそんな道理です。ホント、治した方がいい癖ですよね。申し訳ありません。ボクが見つめていると少年はふっと顔を輝かせて何処かへと駆けていきました。お母さんか、それともお父さんを見つけたんでしょうか、コッチがワクワクしたんです。少年の表情に不思議とね。
 スコオンを頬張りモカでパサパサした触感を消し去った時、ボクの背後から声が聞こえた。
「こんな時に優雅に落ち着いてコーヒーを飲んでいるなんて気が知れないわ」
 髪が長い女はそう言うとボクの目の前に腰かけた。
「何もボクだけじゃないさ。さっきから外を観察していたけど皆いたって普通の日常を送っているよ」
「そうね。意外だけど最後の日って平凡なのね」
「良いか悪いかは判断できないけどね」
 四角い窓から空を見上げると沢山の破片が舞って燃えていた。地球の外にゴミを捨てすぎたんだ。アホだよなぁ、ちょっとした事で地球の重力に吸い寄せられて降り注ぐ事になるなんてさ。先祖たちに平手打ちを嚙ましたくなるよ。
 頭をポリポリと掻いて女の顔を見ると目の下がほんのり赤かった。チィンとテエブルにある鐘を鳴らす。黒いエプロンを着けた店員がいそいそと近づいて髪の長い女の横に背筋を真っ直ぐ伸ばして立ちメニューを見せた。すると女はすぐさま注文した。
「カフェインレスのブラックで」

カフェインレス

カフェインレス

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-07

Copyrighted
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