あたしたちのクラブ活動

 あのクラブの子たちは、みんなおもしろいわねって言われるけれど、別におもしろいことをしているわけではなくて、あたしたちは至極まじめに、蛙仙人を調査しようと沼地を探訪し、たぬきおじさんを観察するために山に入り、かまきり女の実態をつかむために町内を散策し、人面カモメを捕獲するために漁港を見張っている。
 みんなおもしろいわね、は、みんなおかしいわね、である。
 おかしいわね、は、愉快という意味ではなくて、つまり、変、である。
 あたしたちは一応、変、なことをしている自覚はあるけれど、それはあたしたちクラブの宿命なのであって、決しておもしろいから蛙仙人を調査したり、たぬきおじさんを観察したり、かまきり女に近づいたり、人面カモメの捕獲に乗り出したりしているのではなくて、それが、あたしたちクラブに与えられた使命なのであって、あたしたちはそれをやらないといけない立場にある、ということ。
 あたしたちにとっては、意味のない行為ではないということ。
 変だと怯えるのも、おかしいと嗤うのも、くだらないと馬鹿にするのも自由だけど、興味本位で邪魔をするのはやめてほしい。蛙仙人は、警戒心が強いのだから。たぬきおじさんは、怒ると怖いのだから。かまきり女は少しでも気分を害するとすぐ、切り刻んでしまうのだから。

 それで、きょうは、さいきん真昼の児童公園に現れるという”ねずみ男の妖精”について、調査に行ったの。
 ねずみ男の妖精は、目撃情報は相次いでいるのに、その生態は一切不明で、学名もない、つまり、新種の妖精なのだけれど、未知なる生物ということは、あたしたちクラブにとってうってつけの存在だった。
 あたしたちはみんな、やる気に満ち溢れていた。部長なんて、ねずみ男の妖精を捕獲するために徹夜で罠を作って、児童公園で遊んでいた子どもたちを巻き添えにしないよう避難させながら、自作の罠を公園中に張り巡らせていった。あたしと副部長は、ねずみ男の妖精を捕まえておくための檻を、いくつも公園に運び込んだ。大きいのから小さいのまで。横に長いのから、縦に長いのまで。
 なんせ、ねずみ男の妖精の情報ときたら、ジャングルジムより背が高いとか、円形の砂場を覆い隠すほど太っているとか、花壇に咲いている花に埋もれてしまうほど小さいとか、目撃者によって様々で、どれも信憑性があり、どれも嘘くさかったのだ。
 遊び場を、見知らぬ高校生三人組に占拠された子どもたちは、ひどく怒った。
 石を投げてくる子どももいた。地球の子どもというのは実に野蛮であるな、と副部長は、人差し指でふちなしの眼鏡をくいっと上げた。
 地球の道理でいけば高校生のあたしたちが、小学生の子どもたちをどうこうするわけにもいかず、石を投げられても、空き缶をぶつけられても、怒声を浴びせられても、かまわず作業を続けた。こんな状態でねずみ男の妖精が現れるなど、到底思えなかった。きょうの捕獲は無理だろうと、あたしは諦めていた。子どもたちの妨害を物ともせず、自作の罠を鼻歌まじりで設置している部長の能天気さが、あたしは心底羨ましいと思った。
「かなしいな」
 近くにあったベンチに腰かけながら、副部長が呟いた。
 副部長は制服の胸ポケットから引き抜いた水色の布で、眼鏡のレンズを丁寧に拭き始めた。あたしも副部長のとなりに座り、持参した飲み物をぐいぐいと飲んだ。今朝淹れたお茶だが、少し酸味が強かった。先日通販で取り寄せたのだが、原材料のあの虫が原因だろうか。確かにあの虫の翅には、酸っぱい成分が多く含まれていると聞くが。
「地球人というのは実にかなしい生き物だ。自分たちの目に見えないものは、その存在すら認めたがらない」
 副部長も大概めんどうなやつだよな、と思いながら、あたしは水筒の蓋をきゅっとしめた。
 あたしはクラブ活動の邪魔さえされなければ、地球人が蛙仙人や、たぬきおじさんや、かまきり女や、人面カモメや、ねずみ男の妖精等々が見えようが見えまいが、どうだっていいと思っている。見えない方がいいこともある。世の中。例えば、あたしのクラスの男性アイドルの話ばかりしている浮かれた女子たちに、たぬきおじさんの姿が見えたとしたら、彼女らは卒倒するだろう。するに決まっている。ご飯なんか、しばらく食べられないかもしれない。
 あたしたちだけに見えていれば、それでいいのでは。
 あたしは言った。
 これは何度も繰り返してきた、あたしたちだけの自問自答である。
 地球人は目に見えないものの存在を強く否定したがる、何故か。
 そんなものは知らない。あたしたちだけに見えていれば、それでいいではないか。
 これは地球人が地球人であって、あたしたちが地球人でない以上、永久的に解決しない問題だ。
 副部長はまだ何か言いたそうだったけれど、子どもたちが大人を呼びに行こうとする気配が感じられたので、急ぎ部長のところに走った。
 あたしは檻をまとめて消した。そこにあったはずのものがとつぜん消えたことで、子どもたちがざわめいた。
 正確には消したのではなくて、異空間に移動させたのですよ。そう教えたところで無駄だろう。
 大人たちが聞きつけてくる前に、あたしたちは児童公園から走り去った。明日にでも出直しましょうか、とあたしが言うと、副部長が首を横に振った。
「いや、あしたはかまきり女が現れる日だから、だめだ」
 そうだ。かまきり女は少しでも気分を害すると、なんでも切り刻む人なのだ。
 あたしはきょうのクラブ日誌に、ねずみ男の妖精現れず、地球人の子どもは野蛮、と書き記しておかなくてはと思いながら、せっかく徹夜して作った罠を副部長に一瞬で破壊されて拗ねてしまった部長の背中を、ぽんぽんとやさしく叩いた。

あたしたちのクラブ活動

あたしたちのクラブ活動

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-06

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND