習作 4

初めて香水のかかった手紙をもらったお話です。

受験生仲間

コルネーリアの話をしたついでに、もう一人の女友達の話をしておきたい。

彼女はユンミさんといって、ソウルに住む高校生で、僕より1年先輩だった。
ユンミさんは僕と同じ大学受験生で、遠い遠いオーストリアに住んでいるコルネーリアと違って、より現実的な大学受験という壁を共有していた。
なので、未知への好奇心にドライブされた関係というよりは、プレッシャーにさらされている者同士がほっと一息つける相手だったのだと思う。

ユンミさんは、僕よりも大変な思いをしていた。
第一に彼女は僕より1年先輩で、初めて知り合った時すでに高校2年生だった。
また、韓国の大学受験の苛烈さは、日本のそれをはるかに超えていた。日本では「学歴は学歴、仕事は仕事」という考え方があるが、韓国では学歴即社会的地位であり、年収であり、結婚相手としての値打ちをも左右する。その「学歴」を決める日が、彼女には日一日と迫っていた。
にも拘らず、ユンミさんはそれほど勉強が好きそうではなかった。勉強が好きでない人が勉強するのは苦痛以外の何物でもない。

ユンミさんと僕は、MSNメッセンジャーというコミュニケーションツールでやり取りしていた。一昔前にはやったツールで、今でいうSkypeのようなものと思ってもらえればいいと思う。
2人が話すのは土日の昼間が多かった。土日は親が出掛けていることが多かったからだ。
ユンミさんの母親は厳しい人で、あまり彼女がパソコンを使っていると叱りつけるのだという。僕の母親も、あまり息子が外国の女の子と頻繁にやり取りしているのを好むタイプの人ではなかった。

お互いがオンラインになると、ちょっとした神経戦が始まる。どちらが先に話しかけたものか。
大体ユンミさんの方が1年先輩で大人だし、それにユンミさん自身も僕にお姉さんのように接しようとしていたので、大概僕の方が先に話しかけてしまう。
何を話したかはあまり覚えていない。
きっと話の中身はお互いにとってあまり重要ではなかったのだと思う。話していること自体が楽しかったのだと思う。

どちらかの親が帰ってくると
My mother is coming back. I gotta go :(
ということで、その日はお開きになる。
See you very soon :) Matane!
彼女はいつも別れしなこう言った。
Bye-Bye ! Yunmi !
こう答えるのがお決まりだった。

しばらくメッセンジャーで会えないときは、どちらからともなくメールを交換した。

彼女からのメールは、フォントが色付きで、しかもすこしかわいい字体で書かれていて、ちょっとしたFace Markがちりばめられているのが常だった。
無粋な僕は、濃い青色のArial でメールを書き続けた。
メールでやり取りするときはもう少し真面目な話をした気がする。
志望校のこと、模擬試験のこと、将来の夢、最近見つけた喫茶店、見かけたきれいな景色、友達のこと、などなど。

「この喫茶店ね、とても洒落てるでしょ?いつかソウルに来る機会があったら、絶対にお勧めだよ!」
写真を添付して教えてくれた。
なにせ群馬にはそんな洒落たところはない。川っぺりの桜が満開になっている写真を撮って送った。
「こちらでは桜が満開。日本人はやたら桜が好き。でも、確かにきれいだと思う。東京に来るなら4月だと思う。大学に受かってたら、案内してあげる。」

実際に彼女と会うかどうか、あまり真剣に考えたことはなかったが、こんな想像をすること自体が楽しかった。
きっとわざわざ喫茶店の写真を撮って送ってよこした彼女も、同じような気持ちだったと思う。

誕生日プレゼント

もうすぐユンミさんの誕生日だということだった。

「ねえ、ちょっとプレゼント送るから、住所教えてくれない?」
ユンミさんは教えてくれた。
住所をGoogle Earthに打ち込んで調べてみた。
ソウルの北の方の、高層マンションに住んでいるみたいだった。

僕は学校の帰り、町で一つしかないデパートに出かけた。
平日のデパートは客の数より売り子さんの方が多い。田舎町にデパートで買い物できるような人はそう多くないのだ。

案内嬢にちょっとした雑貨コーナーを教えてもらって、エスカレーターを登って行った。
何しろ女の子にプレゼントを買ったことなんてない。どう選んでいいものか見当がつかない。
うろうろしていると、売り子のおばさんが声を掛けてきた。
「贈り物をお探しですか?」

僕ははっとなって、顔を赤くした。
そうだ、詰襟の学生服を着て、昼間にデパートの女物の小物コーナーをうろついているということは、
これはもう、初心な高校生が彼女へのプレゼントを探しに来ているとしか思われようがないんだ。
「ええ。」
「どのようなものを。」
「いや、ちょっとしたものでいいんです。」

彼女へのプレゼントを、売り子さんに決められたくはなかった。
と、その時ふと茶色の光沢がある髪留めが目に留まった。
彼女が以前写真にとって送ってくれた喫茶店で、彼女がこの髪留めをしてコーヒーを飲んでいたら、様になるように思った。

髪留めを買って、町一番の本屋に寄った。
便箋と封筒を買いに来るためだった。
とはいえ、選択肢が少ない。どれもこれもおじいちゃんやおばあちゃんが古い友達に手紙を書くようなものしかない。
仕方がないので、一番ましな青地に雲がデザインされた便箋と、エアメール用の軽い封筒を買って帰った。

その足で、近くの図書館でユンミさんへの手紙を書いてしまうことにした。
なにか、もう一気にことを済ませてしまいたい気持ちになったのだ。
Happy Birthday Yunmi!
から書き始め、プレゼントを選んだ理由、田舎にはまともな便箋が無いこと、今年は受験の年で大切な一年だから体を大事にしてほしいこと、こちらはあまあま受験に向けてやっていることなどを縷々書き連ねた。
手紙、ことに女に送る手紙は2,3行、さっと書くのが粋なことを、その頃は到底知りようがなかったのだ。

手紙を書き終え、封筒にもったいぶって Via Air, R.O.Kと書いてから、ポストに投函した。


2週間ほどして、彼女から封筒が届いた。
なにか少し固い和紙のような、ちょっと工夫を凝らした薄いピンク色の封筒に、すこし丸っこい几帳面な字で宛先が書かれていた。

ドキドキしながら封筒を開くと、いい匂いがした。
その匂いは便箋3枚に振りかけられた香水だった。僕はその香水の匂いに、恍惚感を感じた。
色々経験した後今振り返れば、それはセックスを終わった後のあの心地よい余韻から、まるっきりセクシャルな、肉体的な要素を差っ引いたような気分だったといえると思う。
僕はしばらく手紙を読むこともなく、ただユンミさん、いやユンミの香水の匂いにしばらくうっとりした。ただうっとりしていた。

しばらくして、ようやく手紙自体を読む気になった。
その手紙の大部分は、縷々彼女自身の日常をつづり、こちらの日常を案じる内容だった。
最後に、こう書かれていた。
「私もプレゼントのお返しを探そうとしました。で、絶対あなたが好きだとおもう歌のCDを一緒に送ろうとしたんだけど、残念ながら見つかりませんでした。この手紙を読み終わったら、すぐにYoutubeで検索して聞いてみてください。ごめんね。でも本当に一生懸命探したんだから、許してね。」

実際に聞いてみると、落ち着いた曲調のバラードみたいな歌で、韓国の歌らしいのだが、韓国っぽい音調は感じられない、ビートルズが歌っていても不自然ではないような歌だった。
ただ、僕の好みの歌かと言われると、ちょっと違うような気がした。
とはいえ、僕の送った髪留めもおそらく似たようなものだろうから、お互いさまというものだ。


僕はユンミからの手紙を、机の引き出しの奥にしまいこんだ。

習作 4

ユンミの話はまだ続きます。

習作 4

初めて香水のかかった手紙をもらったお話です。

  • 小説
  • 掌編
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  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-11-05

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