金曜日の夜はコンビニへ

いつも金曜日の夜に来るあの人。必ずシュークリームとコーヒーを買っていくあの人。ほかのお客さんと違う事なんて何一つない。本当に普通の、どこにでもいるような人。なのになんでだろう。気になって仕方がないのは…。

時の流れとは恐ろしい。ぼんやりそんなことを思いながら小さくため息をついた。大学生になって2年目の春、まだ2年、もう2年、捉え方は人それぞれだが、私の捉え方では後者のほうだ。
入学して1年目のときは高校とは違う学生生活、はじめての独り暮らしなど新しい生活にただ慣れようと努力するばかりだった。そしてようやく生活に慣れ、心に余裕が生まれた今、なにか新しい事に挑みたいと思い始めるようになった。
「…ってなわけで、なんかいい感じのやつないかな?」
「新しい事ねぇ…?」
早速、数少ない友人の1人加奈を、学内のカフェに呼び出し相談してみる事にした。
「サークルとかは?」
「なんか、今さらって感じじゃない?」
「趣味は?」
「ないです」
「つくってみたら?」
「えー…。趣味ってつくるもの?好きなことをずっとやっていったら趣味になるんじゃないの?」
「まぁそうかもしんないけど。桜さぁ…」
コーヒーを飲み、加奈が呆れたように溜め息をつく。
「あーだこーだ言う前にとりあえずやってみなよ。挑みたいんでしょ?」
「うん…」
思わず下を向く。自分の膝を見つめながら加奈に言われたことを頭の中で思い浮かべる。
「あ!」
加奈が声をあげ、顔を上げた。
「バイトとかは?これならお金も入るしいいじゃない」
「バイト、かぁ…」
確かにこれなら時期も関係ないし、お金も入るし、社会勉強にもなる。利点ばかりだ。
「やってみたいかも…」
「本当?じゃあ私の働いてるところ、丁度この前1人やめちゃったから人手足りなくって。店長に聞いてみるからまだ誰もいないようなら桜、働いてみる?」
「うん、加奈ありがとう」
加奈は私に向かって笑顔を見せ、携帯を取り出して電話を掛けた。おそらく相手はバイト先の店長なんだろう。1、2分ほどして携帯を離し、鞄にしまった。
「桜、店長に聞いたらオッケーだって。よかったね」
「そっかぁ、よかった」
ほっと一息ついてふと思う。そういえば…
「加奈のバイト先ってどこ?」
「キャバクラ…って言うのはうそ、うそだから。そんな顔しないで」
「で、どこなの?」
「ただのコンビニ」
バイト先を知り、今度こそ安堵の溜め息をつく。加奈はそんな私をみてクスリと笑った。

「今日から新しく働かせて頂くことになりました。鈴木桜です。よろしくお願いします」
自己紹介をし、礼をするとまばらな拍手が降ってきた。カフェで加奈に相談してから数日。面接やらなんやらを行い今日からバイトとして働くことになった。
「じゃあ鈴木さん、これ鈴木さんのね」
穏やかな雰囲気を放つ店長から渡されたのは『すずき』と書かれた名札だった。店長が近寄り小声で
「山岡さんと一緒の方がいいだろうからシフトは山岡さんと同じ火木金の週3、夜6時から9時まででよろしくね」
と告げた。加奈の方を見ると満面の笑みで親指をたててきた。
「じゃあ山岡さんから色々教えてもらってね。今日と明日まずはこの2日頑張ろうね」
「はい。ありがとうございます」
店長は満足げに頷きそのまま店の奥に消えていった。代わりに加奈が私のそばに来た。
「じゃあ桜。説明するからついてきて」
その後は加奈の説明を聞いたり仕事を教えてもらったりすることでバイト初日は終わった。
「桜、どう?やっていけそう?」
バイトからの帰り道、加奈が聞いてきた。
「覚えることがいっぱいで大変だけどなんとか。でも店長や他のバイトさんたちが親切でよかった」
「店長はすごい。穏やかになれる」
加奈は大きく頷いた。店長は物腰穏やかで、常に笑顔が絶えず地蔵菩薩のような人だった。加奈にそれを伝えると「確かに!」と言い、あはははと豪快に笑った。
「じゃあ私こっちだから。バイバイ」
駅へと向かう道に加奈が歩いていく。加奈はコンビニから2駅離れた場所に住んでいる。因みに言うと私は徒歩10分だが。(驚きの近さである)
「うん、また明日」
加奈の背中に向け手を軽く振り、私も家への道を歩いた。
次の日、金曜日。大学の講義を終えた私と加奈は一緒にバイト先のコンビニへ向かった。
「山岡さん、鈴木さんもう10分したら交代だから準備早めにね」
店長がひょこっと顔を覗かせ笑顔で告げる。急いで制服に着替え店内に入る。昨日よりかはましに働けてはいると思うがなかなか上手くいかない。
「ごめん加奈!」
本日3回目のミスをし、加奈に謝る。
「大丈夫、それより今度はレジに行こう」
レジをする加奈のそばで商品を袋に詰める。「桜、袋詰め上手」と加奈が小声で誉めてくれる。
主婦になったときこのスキルは生かされるんだろうな…とのんきに考えていた。
「あのぉー」
間延びした声がしてカウンターの向かい側に目を向けるとそこにはスーツを着崩し、ネクタイを少し緩めた一言で言うとだらしない、そんな感じの男性がいた。髪は少しくせがありウェーブがかっており、長い前髪から覗く目は気だるげだ。
まじまじとその男性を観察していると加奈が肘で脇腹を小突いた。
「桜!じろじろ見ない!失礼でしょ!」
「あ…ごめんなさい!」
自分の失礼な行動に気付き謝る。
「ああ、別にいいよ。ボーとしてたから声かけてみただけ」
「桜!仕事中でしょ!」
男性の言ったことを聞き加奈が叱る。小さく謝ると男性が「いいよいいよ。疲れてるんだろうしね」とフォローをいれてくれた。(別に疲れてはいないのだが…)
「本当に申し訳ありません…」
「もう2回聞いたしもういいよ。それよりこれよろしくね」
ふわりと柔らかく笑い、男性はシュークリームとコーヒーをカウンターに置いた。

金曜日の夜はコンビニへ

金曜日の夜はコンビニへ

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-29

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