月光

ピアノソナタ第14番嬰ハ短調 作品27-2


ある若き聖職者がいた。
彼は日々信仰の証たる十字に祈りを捧げた。

彼の信仰は当時の王政によって弾圧されていた。
偶像は打ち壊され書は焼き払われ
祈りを口にする者は容赦なく処刑された。

彼はそれでも祈りをやめず信者を教会に匿った。
衛兵は権力を傘に金目の物を根こそぎ奪っていた。
街は無秩序と混沌で溢れかえった。

彼もまた父から受け継いだ大事な金の十字の首飾りを 奪われた。
そして遂には投獄されてしまった。
石造りの小さな牢屋、ろくな食事は出ず、トイレさえない。
牢屋の上には、小さなガラスもない窓、
いや、空気穴とでも呼ぶべきものが空いていた。
彼はすっかり痩せこけて、この牢獄の隅でうずくまり死を待つばかりだった。

手に持った石で彼は壁に線を引き
投獄されてからの日数を数えていた。
計算によれば 3日後には自分も処刑される。
祈るべき神の十字もここにはない。
きっともう救いはないのだろう。
我が神は失われてしまったのだろうか・・・

そう思った瞬間、 窓から射し込む淡い月の光に彼は気が付いた。
そして彼はそこに神を見た。
その小さな石窓は万が一でも囚人が逃げないよう鉄の楔が
十字に打ち込まれていたのだ。

月の光はその影を伸ばし床一面に巨大な十字を成した。
彼は涙を流し大地にキスをした。そして祈りの言葉を捧げた。
やはり人から信仰を、祈りを奪うことはできない。
神はいつも見ていてくださる。 どんなときも疑いはしない。
私は最期まで神と共にある。

もう恐れなどなかった。 彼は神を信じた。 
壇上に上がり首に掛けられた縄が生を締め上げる最期のその瞬間まで。

月光

月光

ピアノソナタ第14番嬰ハ短調 作品27-2

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-25

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