つぎはぎ

 何が嫌になったのか分からなかったけど、私はバンドの練習に行かなくなっていた。遅刻癖のある松田君に対して愛想をつかしたのかもしれない。リーダーなのに、それを咎めない佐久間君に嫌気が差したのかもしれない。
 でも、少なくともそのどちらかの理由ではないだろうと思う。それは分かっているのだ。

 バンドを組んでから二回目の春を迎えた。一年間、難しいことは一つも考えずに、とにかく楽しんだ。バンドとしてどんどん上達していくのが、ただ嬉しかった。楽しく笑っていられる空間が存在するだけで、私は安らぎに包まれた。
 何にもなかった私の、いや、ひょっとしたら私たちの日々を、バンド活動がつぎはぎしていった。

 風が吹くたびに潮の匂いがする。学校から海が近いのはいいことだ。
 学校からの帰り道、後ろめたさが足の運びを鈍らせる。今日も、音楽室へ寄らなかった。終業のチャイムが鳴った瞬間、逃げるように校舎を後にした。
 このまま、私はバンドを辞めてしまうのだろうか。あんなにみんなのことが好きだったのに。よく遅刻するけど、いつも明るくて、場を盛り上げてくれる松田君のことも。気の利いた一言も言ってくれないリーダーだけど、ふんわりとして笑みを浮かべて、安心感を与えてくれる佐久間君のことも。そして――、
「岩永」
 竹早君のことも。
 背中越しの声に、しばらく身動きが取れなかった。どんな顔をすればいいのか分からなかった。声の調子からは、竹早君が怒っているのかどうかも判断できない。
 背中を向けたまま佇んでいる私の腕を、急に彼が掴んだ。そして、勢いよく引っ張る。
「行くぞ」
 どこへ、と思う間もなく、彼の明確な意志に引きずられていく。学校とは反対方向へ。その力は強かったし、それに、連れ戻すのではなくて、彼がどこへ連れて行ってくれるのか気になったから、されるがままに従った。
 学校が遠ざかっていく。数分して辿り着いたのは、海岸だった。
「前、見てみろ」
 言われなくても、とっくに気づいていた。今日の夕焼け空はとても色鮮やかに目に映った。ここからは、それがよく見えるのだ。あの、真っ赤な空を見せるために、ここまで連れてきてくれたのだろうか。
 二人で黙って眺めていた。
「代わりのメンバーはいないから」しばらくして、彼が言った。「戻ってきてくれるのを待ってる。ずっと」
 行かなくなった理由くらい、分かっていた。

つぎはぎ

つぎはぎ

背中越しの声に、しばらく身動きが取れなかった。どんな顔をすればいいのか分からなかった。声の調子からは、竹早君が怒っているのかどうかも判断できない。

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更新日
登録日
2016-10-23

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