破られた不可侵条約

「ここから先は私の領域だから、坂井くんは絶対にこっちにこないでください」
月に一度ある席替えでとなりになった女、真島ゆうこは大真面目な顔でそう言った。そして自分のカバンから可愛いネコのマスキングテープを取り出すと、先ほど指でなぞられた国境にそうように貼り付けた。
坂井けんと真島ゆうこの通う、この私立朝日学園高等学校の机は、長机である。一応三人用となっているこの机に二人で向かう。仲のいい者と一緒になれば、真ん中に共用スペースなるものを作り、お菓子を置いて駄弁ったりなどができ、楽しいが、逆に嫌いな者や無神経なやつと隣になると大変だ。消しカスが飛んできたり、自分のスペースが物凄く狭くなったり……。
けんは今まで、この机に特に不満はなかった。嫌いな奴と一緒になることはあっても、それなりにうまくやっていた。しかし、まさか……。
「こんなことするやつがいるなんてな……」
部活終わりの放課後、机に貼られたテープを見る。
ゆうこはクラスでも目立たない大人しい女子だった。長い黒髪を二本の三つ編みにしておろし、黒縁メガネをかけて、いつも俯いて本を読んでいるようなやつだ。そんなやつにこんなことをされるなんて、けんは予想もしていなかった。なぜならけんは交友関係も広く、明るいし、顔もよかった。けんを嫌うやつなんて殆どいなかったのだ。しかし、そんなけんを疎ましく思うやつが存在した。しかも地味な女子。
「こんな国境作られたらさぁ……」


「破りたくなるもんだよね」

そう呟くと、けんはネコのマスキングテープを豪快に剥がした。

***

翌日、長机には昨日剥がしたハズのマスキングテープが張り直されていた。隣の席に座る真島ゆうこはいつも通り本を読んでいる。
「ねぇねぇ真島さん。このテープのことなんだけどさ」
けんは机の上のテープに手を乗せて話しかけた。
「……手」
真島ゆうこはこちらをチラリと見るともう一度本に視線を落として、そう言った。
「手? なんのこと?」
「手が入ってます……そのテープより先は私の領域ですから」
今度はこちらを一度も見ずに一気に言い放った。
「ああ、ごめん……」
こりゃあダメだな。そう思ったけんは大人しく席に着いた。

それからというもの、何度かこの国境を越えようとけんは試みたが、全て失敗に終わった。

***

そんなこんなでもう直ぐ一ヶ月が経つ。一ヶ月経てば再び席替えをすることになる。そうすればこの席とともに、ゆうことも、国境ともおさらばだ。けんはそう思ったが、なんだかスッキリしない。なぜこいつはこんなにも俺を避けるのか? けんは分からないままだった。こいつが今まで他の男子と一緒の席になって、こんな国境を作っていたのを見たことはなかった。
国境を破ることなんて忘れてしまえばいい。諦めればいい。頭ではそう思っても諦められなかった。
けんはゆうこに夢中になっていたのだ。

***

31日の放課後。今日でこの席は最後だ。となりにはいつも通り無表情で読書をするゆうこがいた。
なにも変わらない。一ヶ月ずっと。変わったのはけんだけだ。
とうとう教室には誰もいなくなった。残るのはけんとゆうこの二人だけだ。
「なぁ……」
声をかけるとゆうこはゆっくりとけんの方を見上げた。
「なに?」
凛とした声。

ビッ!
机の上の、テープを勢いよく剥がす。
それと同時にゆうこの手首を掴んで引き上げ、抱きよせた。

ガタンという音とともに椅子が倒れる。

「ちょっと……っ!!」
ゆうこが抵抗するようにけんの目を睨みつけるように見た。その途端、ゆうこはけんの真剣な瞳に引き込まれる。
けんの口がゆっくりと開く。

「俺、お前のこと……!」


二人の国境が破られた瞬間だった。

破られた不可侵条約

破られた不可侵条約

「好き」と「嫌い」は紙一重なのではないでしょうか?

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更新日
登録日
2016-10-09

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