夕焼け猫

 夕焼け色した、小柄な猫がおりました。
  塀の上に鎮座ましまし、こちらをむいて座っていました。

  見えそで見えない塀のむこう。
  恰好よさげな松の枝。
  見事な色の屋根がわら。

  松の全部が見えたなら、
  屋敷の全部が見えたなら、
  どんなに素晴らしいことだろう。

  威風堂々松の木と。
  それを取り巻く庭園と。
  時折とどく薄紅色。

  むこうの景色はどんなだい?

  夕焼け猫に聞いたなら、首を一振り目を細めた。

  ちらりと見える豊かな橙。
  かすかに聞こえる一音一音。
  鼻をくすぐるお出汁の香り。

  むこうに私も入れるかい?

  夕焼け猫に聞いたなら、みゃあと一声、
  おまえはお帰り、しっぽを振った。


  肩を落としてまわれ右。
  お屋敷、塀に背をむけた。

  音色はどんどん遠くなり、あたりはすでに夜の気配。

  のどから手が出る、愛しいお屋敷。
  嫉妬で今にも狂いそう。

  一生懸命がんばって、毎日毎日働けば、
  おんなじ物が手にはいる?

  徒党をくんで押し入って、
  ぜんぶ奪ってみましょうか。
  
  はてさて一体どちらが早い?

  背中を丸めて舌なめずり。
  あかい舌出し、身震いひとつ。

  いつかいつか愛しいお屋敷。
  も一度見たくて振り返り、夕焼け猫と目があった。


  夕焼け猫は闇の中。
  愛しいお屋敷闇の中。
  けれどもずっとついてくる。
  夕焼け猫がついてくる。
  横かと思えば足元に。
  後ろと思えば、ほら、前に。
  みゃあ、と鳴けば、あちこちに。
  ずっとずっとついてくる。


  夕焼け猫は塀の上。
  ずっとずっと塀の上。

  恰好よさげな松の枝。
  見事な色の屋根がわら。
  威風堂々松の木と。
  それを取り巻く庭園と。
  時折とどく薄紅色。
  ちらりと見える豊かな橙。
  かすかに聞こえる一音一音。
  鼻をくすぐるお出汁の香り。
 
  それらのすべてを守るため。
  ずっとずっと塀の上。

夕焼け猫

夕焼け猫

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-10-02

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