【仮想日常】パン屋娘への告白

仮想日常。「世の中のどこかで、過去や未来やパラレルで、こんな日を過ごした人がいるかもなー」って想像で、日常の1コマを描いてみたシリーズの1つです。
空き時間や寝る前のちょっとした数十分で書くので、数分で読み終わる短さです。文章の筋トレのつもりです。

今日だ、今日こそ声をかける。
なんて意気込みに、自分自身で心底呆れている。
そうやって結局声をかけない。
そんな日を何十回過ごしてきた?
正直、もう疲れた。
ちょっと笑いかけてくれたなぁとか、
歩き方がキモイと思われてないかとか、
お釣りをもらう時に手が触れたくらいで心臓が跳ね上がったりとか、
「レシートください」ですら、緊張してボソボソとしか言えなかったりとか、
そんな齷齪する日々に、もう疲れた。
いっそさっさと当たって砕けて楽になってしまいたい。
そう思うと、なんだか今日こそは、声をかけられそうな気がしてきた。

「いらっしゃいませー」

いつ来ても、この声に癒される。
でも、それも今日で終わりかもしれない。
あぁ、まずい、泣きそうだ。
せめて、最初で最後になるであろう誘い文句だけは、しっかりと言いたい。
まるで死刑台に臨む囚人の気分で歩みを進める。
トングをカチカチと鳴らしながら、いつものパンの元へ向かう。
少しでも印象に残りたいがために、毎回同じメニューにしてた。
まずはサンドイッチ。
挟まれたレタスや卵が前菜に相応しい。
次にカレーパン。
揚げたてかそうじゃないかで、段違いの美味さだ。
正直、どちらも同じ値段なのはおかしいと思う。
次に、クリームパンを取る。
カレーパンで辛くなった口を、クリームパンで癒すのがたまらない。
あれ、そう言えば…。
所持金が足りないかもしれない。
確か小銭しかなかったのに、金を下しておくのを忘れてた。
いい、面倒だ。
今日はクリームパンを諦めて、レジに向かう。

「お預かりします」

相変わらず、目を合わすことすらできない。

「今日は、クリームパン買われないんですね」

ん?
おかしい、なんだ。
嘘だ、まさか、向こうから声をかけてくれた?
こんな奇跡があっていいのか。
あまりの予想外に、俺の頭は真っ白になっていた。

「え?あ、えぇ、まぁ…」

これは啓示だ。
神が俺に行けと言っている。
一世一代の大告白だ。

「あの、お願いがあります」

「? はい、なんでしょうか」

キョトンとした顔の彼女も可愛らしい。
俺はポケットから空瓶を取り出して、こう言った。

「あなたの唾液をこの中に入れてくれませんか?出来るだけたくさん。俺、女の子の唾液収集が趣味なんです」




まさか叫ばれるとは。
思わず走って逃げだしてしまった。
あぁ、やっぱりダメだった。
けど仕方ない。
今までの43人の娘達も、こんなもんだったじゃないか。
俺の欠点はあがり症な所だが、長所は切り替えが早い所だ。
さぁ、次はどんな娘に会いにいこうかな。

【仮想日常】パン屋娘への告白

【仮想日常】パン屋娘への告白

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-30

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