呪会

人を呪い殺すことができるという、会員制の闇サイト「呪会」の会員であった、
日向亜希子の回りで、次々と人が殺されていく・・・。
彼女は親友たちと共に、事件の真相を暴こうとするが、そこには人間の心の暗い
深淵が亜希子たちを引きずりこもうといていた―――。

第1章

第1章

 午後十一時五七分。最終電車を待つ、
そのプラットホームに人の姿はまばらにしかなかった。
彼らのほとんどは中年のサラリーマンで、
足元もおぼつかないほどの酔客ばかりだ。

 屋根を支える支柱によりかかってうたた寝している者、
ベンチに横たわって失禁している者、
冷たいコンクリートの地面に座りこんで大声でグダをまいている者、
ホームから線路に向かって、
おじぎをするように身体を折り曲げながら
ゲロを吐き出している者もいる。

 そんな醜態をさらす中年のオヤジたちに、
時折、侮蔑の視線を送りながら鼻で嘲笑っている少女がいた。
白いブラウスにブルーのネクタイ、
太ももも露わなチェック柄のミスカート。
肩には黒っぽいトートバッグを下げている。
おそらくどこかの女子高校生だろう、
そのトートバッグには校章らしきものが刺繍されていた。

Ipodで流行りの楽曲を聴きながら片足は軽くリズムを刻み、
口は絶えずガムを噛み続けている。

こんな深夜の駅のホームにいる女性は彼女一人だけだった。
まわりの男たちのまとわりつくような、
黄色く澱んだ視線に生理的な嫌悪感を感じながらも、
援助交際で醜悪なオヤジたちの相手をしている彼女にとっては
耐えられないほどのものではない。
中にはスケベ心をむき出しにして近寄る酔っ払いもいたが、
彼女の迫力あるガン飛ばしを喰らうと、すごすごと離れていく。
 援助交際といえば、そもそもそれが原因で
普段は乗ることのない、こんな最終電車で帰るはめになったのだ。
 いつもデートの帰りは、相手に車で自宅まで送ってもらう。
車を持っていない男とは付き合わない。それが彼女の主義だ。

 今付き合っているのはマサユキという大学生。
彼女好みのイケメンなのだが、年中金欠の男だった。
実家からの仕送りにバイトもしているので、はた目には余裕がありそうだったが、
その金のほとんどを車にかけていて、デートにかかる費用はほぼ全額、
彼女が出していたのだった。
 そうなると当然彼女も金に困ってくる。そこで思いついたのが援助交際だ。
これなら手っ取り早く金が稼げる。
薄汚いオヤジと安ホテルで寝るだけで数万円の金が手に入るのだ。

 時給800円のコンビニのバイトなんかで、ちんたら稼ぐのなんてごめんだった。
だいたい人に使われるのなんか性に合わない。
彼女は常に他人より優位に立ちたい性格だった。
援助交際だったら、オヤジたちは自分の身体欲しさに言いなりに大金を出す。
メタボリック症候群の豚のような男たちに抱かれながらも、
心の中で彼らを嘲笑い見下していた。

 その援助交際がマサユキにバレてしまったのだ。
今日のデートの帰り際、マサユキは彼女がいつも数万の現金を持っていることを
不審に思っていて、今までになくしつこく問いただしてきた。
前から何度か金の出所を訊かれてはいたが、
それに対して親からもらったお小遣いだと答えていた。
だが付き合いが長くなるにつれて、互いの素性もわかってくる。
彼女の父親は中小企業のサラリーマンで、
母親もパートで働いていることをマサユキは彼女の口から聞いている。
数万もの金をたびたび娘に与えるほど裕福ではないはずだ。

 それに彼女がバイトをしていないことも知っている。
そして普通のバイトなど出来ないだろう性格だということも。

 マサユキのあまりにしつこい追求に彼女もついに根をあげた。
真実を知ったマサユキは逆上し彼女の頬をぶった。それには彼女もキレた。
彼女にも言い分はあった。
車ばかりにお金をかけて、満足にデートも出来ないのは、
そもそもマサユキのせいなのだ。
原因は彼にあって自分にはすこしも非はなく、
ぶたれるような理由はないと彼女は思っていた。

 彼女はマサユキの車を降りると、
ドアミラーにトートバッグを叩きつけてへし折り、その場から走り去った。
ドアミラーの惨状にパニックになったマサユキの悲鳴が、
背後から響いてきたのを覚えている。

 本当はタクシーで帰りたかったのだが、財布には三千円ほどしかなかった。
今日のデートで使い果たしてしまい、
それでこんな最終電車に乗らなければならないことになってしまったのだ。

 胸ポケットの携帯が着メロを奏でた。
マサユキからだ。ウザそうに顔をしかめると、携帯を開いてメールを読んだ。
そこには破壊されたドアミラーの恨みつらみが書き連ねてある。
謝罪要求と弁償請求。

(誰があやまるもんか。弁償?ざけんなよ。
だったらこっちも今までの飯代、遊び代、ホテル代請求してやる)

 携帯を閉じポケットにねじ込んだ。
ガムを膨らませパチンと潰す。まるでそれを合図にしたかのように、
ホーム内にアナウンスが流れた。

『3番乗り場に十二時四分発下り電車が入ります。黄色い線の内側に立って・・・』

 彼女はそんなアナウンスに耳も貸さず、黄色い線から半歩踏み出した。
ホーム内のけたたましいベルの音に負けじと、Iポッドの音量を上げる。
 それに気を取られたのか、彼女は自分の背後に近づく人の気配に気づくのが遅れた。

 (またスケベオヤジかよ)

ため息混じりに振り向くのと、
その人影が勢いよく彼女の両肩を突き飛ばすのがほとんど同時だった。

彼女は何が起こったのかわからず、
キョトンとした表情を顔に貼り付けたまま半回転してホームから落下していった。
その直後、最終電車が彼女の身体の上を通過した。

三十メートルも飛ばされた彼女の携帯がメールの着信音を鳴らす。

「To 好恵 
援交のことは水にながしてあげるからさあ またつきあおうぜ 
でもさ ドアミラーはちゃんとべんしょうしてくれよお 
マサユキ」

第2章

九月半ばになっても降り注ぐ熱を帯びた陽光は、
まだ夏が終わってないことを体感させた。
十四階建てマンションの六階、ダイニングキッチンのテーブルで、
亜希子は制服姿でミルクとバターをたっぷり塗ったトースト、
それとスクランブルエッグにパクついていた。

「今頃になってもこの暑さだなんて、
これも地球温暖化の影響かしら」

強い日差しに目を細めながら、レースのカーテン越しに外を見て
母親の由実が言った。

「今日は打ち合わせで遅くなるから、
帰ったら冷蔵庫の中のハンバーグ温めて食べてて。
それとサラダも作ってるからそれも一緒にね」

「わかってる」

いつものことだという感じで亜希子は答えた。

由実とこの2LDKのマンションで、
二人きりの生活を始めてもう四年になる。
亜希子の両親は、彼女が中学二年生の時に離婚した。
離婚する夫婦がめずらしくないご時世とはいえ、
自分自身に起きてみるとやはり衝撃的な出来事だった。

父親である山村希一は大手広告代理店の営業部長で、
母親の由実は希一とは別会社でマーケティング・コンサルタントをしていた。
互いに同じ業界で同じような仕事をしていたため、
夫婦で共有する時間も取れず、すれ違いが多かった。

中学の頃の亜希子自身も、家族三人で遊びに行ったり、
食事をしたりした記憶はほとんどない。
父と母の間に流れる希薄さは、彼女なりに敏感に感じ取っていた。

離婚を決定づけたのは、父の希一に「女性」ができたことだった。
それも単なる浮気ではなかった。
希一は由実に離婚を求め、しかるのち、その女性と再婚したからだ。

相手の女性は希一の会社の取引先の秘書らしかった。
妻である由実と過ごす時間より、
その秘書との時間の方が長かったということか―――。

かつて由実と結婚した時も似たようなきっかけだった。
当時、とある企業の新商品のマーケティングを任された希一は、
由実が勤めていたデザイン会社に企画・立案を依頼した。
その時、その仕事を担当することになった彼女と知り合い、
仕事の打ち合わせをしているうちに付き合うようになって結婚したのだ。

(パパは淋しがりやなのかも・・・)

亜希子は今でもそう思っている。
それに対して由実の方は違った。

もともと男勝りで、さばさばした性格の由実は、
希一に離婚を切り出された時もあっさりとそれを承諾した。
そして亜希子の親権を主張し、
慰謝料と養育費の確約を取ると、離婚届に判を押した。

相反する性格の二人であったが、
共通していたことがひとつあった。

それは一人娘である亜希子の気持ちをまったく考えていないことだった・・・。
「すこし口紅キツいかな?」

由実が亜希子の前にかがみ、唇を突き出す。

「う~ん、ちょっとグロスが強すぎるかも」

「でもこれが流行ってんのよ。知らなかった?」

(だったら訊かなきゃいいじゃない)

亜希子は口をとがらせた。

由実は仕事でもプライベートでもオシャレを欠かさない。それに美人だ。
とても四六歳には見えず、十歳以上若く見られることもしばしばだった。
そんな母親を亜希子は内心、誇りに思っている。

今も経営コンサルティング会社の課長をやっている、
いわゆるキャリアウーマンで、
女優のような美貌のシングルマザー。
流行りのドラマの中にしか存在しないような女性なのだ。

亜希子も美人ではあったが、由実のような派手さはなかった。
どちらかというと父親似で、
おとなしめの和風美人といったところか。
それに今は黒ぶちのメガネをかけていて、彼女をことさら地味に見せていた。
由実も娘がそんなダサいメガネをしていることが不満で、
コンタクトを強くすすめているのだが、亜希子がそれを頑強に拒否していた。
彼女がそのメガネにこだわるのは特別な理由があったのだが、
そのことを由実には打ち明けてはいない。

「それじゃ、ママ行ってくるわね」

パタパタと玄関へと向かう。亜希子も見送りに後をついていく。
今日はディオールのスーツにプラダのショルダーバッグだ。香水はエスカーダ。
エルメスのハイヒールを履くと身長は百七十センチ近くなる。

「いってらっしゃぁ~い」

亜希子がけだるく手を振る。それをチラと振り向き、
口元で微笑みながら由実は出かけて行った。

亜希子も手早く朝食を済ませると、
カップとソーサーを流し台へと運んだ。
バッグを肩にかけると手鏡で髪形を簡単にチェックする。
腕時計をつけ、時報代わりに付けっぱなしにしていた、
テレビのスイッチをオフにしようとリモコンに手をのばす。

壮年の人気タレントが司会をしている、
朝の情報番組が映っていた。
その中の各局別のニュース・コーナーで事故のニュースが流れる。
何気なく亜希子は手を止めた。

『XX本線で12日深夜、
午前0時4分発○○線下り列車に、ホームから人が転落しはねられ、
死亡するという人身事故がありました。
死亡したのは私立高校に通う、菅野好恵さん17歳と判明しました。
この事故で同列車は発車が1時間ほど遅れ・・・』

亜希子の手はリモコンに触れようとしたまま、
凍りついたように固まっていた。

スガノ・・・ヨシエ・・・

この名は亜希子の記憶に深く刻み込まれている。
忘れることは決してない名前。

あれは四年前、まだ両親と家族3人で
暮らしていた頃の忌まわしき思い出。
思い出すたびに胸が締め付けられる。

亜希子の動悸が激しくなった・・・

第3章

亜希子は中学二年生の夏まで山村亜希子という名前だった。
それが両親の離婚で母親に引き取られ、
由実の旧姓の日向に変わったのだ。

それは亜希子の苗字が変わったと同時に始まった。

いじめである。

いったいなぜ自分がいじめられることになったのか、
はっきりした原因は未だ亜希子にはわからない。

当時、亜希子には仲の良かったグループがあった。
そのリーダー的立場にいたのが菅野好恵である。
好恵は気が強くわがままな性格で、
クラスの中でも目立った存在だった。

つりあがっていて冷たい印象を与えるが、
他人をひきつけるぱっちりした大きな目。
肌はいつも日焼けサロンで焼いているらしく艶やかな小麦色で、
すこし厚めの唇はピンク色の口紅に彩られ、
年齢からは不相応な色っぽさを醸し出していた。
当然、彼女には男の子の取り巻きも多く、
まるで女王のようにふるまっていた。

そんな好恵と内向的な亜希子が
どうして友達になったのか・・・。
先に近づいてきたのは好恵の方だった。
亜希子も彼女に憧れていたところもあって、
好恵の誘いを受け入れた。
もっとも好恵には亜希子と友達になる
明確な理由があったのだ。

クラス内でも下位の成績であった好恵は、
クラス一の秀才であった亜希子に
勉強を教えてもらおうという思惑があった。
というよりもテストのヤマを知りたかった
といったほうが正しいかもしれない。
しかし亜希子がせっかくヤマを教えても、
その問題を解く肝心の学力が好恵にはなかった。
というのも、根気のない性分の好恵は
いくら熱心に亜希子が勉強を教えても、
学ぼうという意欲が微塵もなかったからだ。

亜希子と好恵の仲は、しばらくはうまくいっていた。
ところが亜希子の両親が離婚する頃から、
好恵の態度が豹変したのだ。
最初は些細なことから始まった。
ある日の昼食の時、
好恵がグループ4人分のパンと飲み物を、
購買部で買って来るよう亜希子に頼んできたのだ。

はじめは頼んでいたのだが、
次第にそれが命令口調になった。
そして次には自分達のパン代、
飲み物代を亜希子にたかるようになった。

亜希子はそれを拒んだ。
すると好恵達は、彼女を無視するようになったのだ。

クラスでも中心的な
グループのボスである好恵達がそうすると、
他のグループ達もそれにならうように
亜希子を無視し始めた。
それまで仲の良かった友人もよそよそしくなり、
亜希子と視線さえ合わさないようになる。
ひと月もしないうちに
亜希子はクラス中から無視されるようになった。

他のクラスにも亜希子の友達や後輩はいたが、
好恵の力はそこにまで及んだ。
亜希子は学校にいる間中、
誰とも会話をしない日が続くようになった。

好恵達が亜希子に話しかける時は
金を要求する時だけだった。
だが亜希子はどんなに脅迫されても、
かたくなにそれを拒否した。
すると好恵達のいじめはさらに
エスカレートしていった。

机や教科書に油性マジックででかでかと、
“お前最悪”とか“死ね”と
書かれるようになったのだ。
犯人は好恵達に決まっていた。
以前、好恵達に勉強を教えていた頃に、
彼女達の筆跡はだいだい覚えていたからだ。

亜希子は母親の由実にこのことを相談しなかった。
というより相談する気が起きなかった。
というのも当時離婚したばかりで、
女手ひとつで亜希子を育てると決心し、
今まで以上に仕事に力を注いでいる由実に、
余計な心配をかけることができなかったのだ。

それで亜希子は担任の教師に相談した。
最初は「お前の勘違いだろう」と取り合わなかったが、
落書きされた教科書やノートを見せると、
今度は「お前にいじめられる原因があるんじゃないのか」
と言い出す始末だった。

中学を卒業後、うわさで知ったことだが、
その頃すでに好恵達は援助交際をやっており、
その担任教師も好恵達と関係していたらしいのだ。
好恵に弱みを握られている担任が、
彼女達に対して、強い態度ができないのも当然だった。
亜希子は夜、ひとりで泣くようになった。

『自殺』という言葉さえ頭に浮かんだ。
でもその一方で、
どうして私がこんなことのために
死ななければならないのか、
という理不尽さに怒りを覚え、それを頭から振り払った。
しかし問題を解決する方法が
見つからないこという現実は消せなかった。

その事実に亜希子は怯え、震えた。
そして動悸が激しくなり、手が震え、
身動きができないほど
全身が痺れたように
動けなくなる発作に見舞われるようになった。

パニック症候群シンドロームである。

パニック症候群とはパニック障害とも言われており、
めまい、動悸、呼吸が苦しくなる、
手足がしびれる、吐き気や呼吸困難、
このまま死ぬのではないか、狂ってしまうのではないか、
という恐怖に襲われる症状が突然起こる病気のことで、
原因は強烈な精神的ショックともいわれている近代病である。

亜希子はいじめにあって
この病気に悩まされることになったのだ。
あれから四年経った今でも症状は治まらなかった。

亜希子はリモコンを操作し、
テレビのスイッチをオフにした。
動悸はますます激しくなっていく。
震える手でバッグからタブレットケースを取り出し、
ふたを開け軽く振る。
白く小さな錠剤が一錠、手のひらに転がった。
それを口に含み、ミネラルウオーターをコップに注ぐと、
一気に飲み下す。
それは精神科医に処方された精神安定剤だった。
この薬がなければ、
亜希子は一切の行動ができなくなってしまうのだ。

しばらくすると動悸は治まってきた。
深呼吸をして、ゆっくりと呼吸を整える。
腕時計を見ると7時半をすでに回っている。
亜希子はバッグを肩に担ぐと玄関へ急いだ。
あわただしく靴を履き外に出る。
ドアの鍵をかけてエレベーターへ向かいながらも、
菅野好恵の事故のことが頭の中をよぎる。

本当に事故なのか―――?

そういう疑問が湧く理由が亜希子にはあった。

第4章

亜希子もいじめにあっていることに、
手をこまねいているわけではなかった。
だが担任の教師はあてにならないし、
かといって由実に相談する気もない。
しかし、自分の不安定な精神状態を癒すために
何かしなければと思った。
そうしなければ自殺の二文字が現実になりそうな気さえした。

そこで始めたのがブログである。

 母親の由実にとって
仕事上インターネットは必要不可欠であり、
自宅に一台のデスクトップ型パソコンと
小型のノートパソコンを置いていた。
その影響もあってか、
亜希子も小学生の頃からコンピューターに興味を持ち出し、
由実にしつこくねだって買ってもらったのだ。

OSのバージョンアップごとに買い換えてもらい、
現在のパソコンで三台めである。
 だがいままでインターネットをしていても、
自分のブログを持つことは無かった。
そして初めて自分の管理するブログが、
こんな形になるとも思わなかった。

亜希子は自分のブログの中で、
学校のみんなに
いじめられていることを公表したのだ。
勿論、実名や学校名は伏せてある。
ハンドルネームは〈アキ〉と名乗った。

それは亜希子にとって良い結果となった。
亜希子は自分の置かれた状況をブログで公開し、
不特定多数の誰かに語りかけることで、
精神的なカタルシスを得た気がしたのだ。
実際に同じようにいじめられている境遇の人や、
過去にいじめられた体験をした人達からの励ましや
応援のコメントが多く寄せられた。
中には中傷的なコメントもあったが、ごくわずかであった。

それら亜希子を応援する人達の中に、彼女はいた。
彼女のハンドルネームは〈カコ〉。
〈カコ〉のコメントによれば、
彼女も亜希子と同じ歳で当時13歳の女の子だった。
共通点はそれだけではない。
〈カコ〉も亜希子と同様にいじめにあっていたのだ。
彼女もかなり深刻しんこくな状況で、
自殺のことも考えていることを亜希子に告白していた。

亜希子と〈カコ〉はお互いのメールを交換し、
互いの悩みを打ち明ける仲になっていった。
そしてある日、〈カコ〉は
自分の顔写真を携帯へ送ってきた。

それはすこし上目使いでカメラを見つめている、
茶髪で肩までの長さのショートカット、

少しだけのぞいてる耳には
ハート型のピアスをつけている、
勝ち気そうで大きな瞳の女の子だった。

亜希子も自分の顔写真をメールで送った。
『カコ』は亜希子の透き通るような肌の白さと、
その上品な顔立ちをうらやましがっていた。

ふたりはつらいことがあるたびにメールを交換した。
当時の亜希子にとって、
『カコ』はただひとりの友達だった。
そのやり取りの中で、亜希子は『カコ』を励まし、
亜希子もまた『カコ』に勇気づけられた。
ふたりが互いに支え合う仲になるのに時間はかからなかった。

そんなある日、『カコ』が
あるウェブサイトを紹介してきたのだ。
そのサイトの名は呪会。
それは会員制のサイトで、
呪会に登録されているメンバーでなければ
閲覧、書き込みができない。
会員にはそれぞれIDとパスワードが割り振られ、
必要なコードを打ち込まなければサイト内に入れない。
このサイトを管理しているのは、
ハンドルネームを D と名乗る人物だった。
そしてこの呪会の会員になるには、次のような条件があった。

1、現在、殺したいほど呪っている人物がいること。
2、他の会員の呪っている相手も同じように呪えること。
3、入会の際、一人以上、自分が呪う相手を登録すること。
4、呪会のことを他に漏らさぬこと。
5、生涯この呪会の会員であること。
6、死亡によってのみ、脱会が認められること。

これらの条件を承認し、そしてかつ、
呪会会員の紹介がなければ入会はできなかった。

『カコ』はその呪会への入会を勧めてきたのだ。
『カコ』はすでに呪会の会員であり、
自分が紹介するから心配いらないと言う。
亜希子は〈呪会〉というサイトに入ると
どんなメリットがあるのか尋ねた。
すると驚くべき答えが返ってきた。

会員一人一人の呪っている人物を登録し、
呪い殺していくというのだ。
『呪い殺すリスト』に書かれた人物を
会員全員で死ぬまで呪い続けるという・・・。

あまりに非現実的で実現しそうにないその行為に、
正直、亜希子は戸惑い、
疑念を抱いた。
だが『カコ』は多くの人が念じれば、
それは現実の力になると信じて疑わなかった。
事実、当時の呪会のメンバーはすでに3000人を超えていた。

(それだけの数の人間が、呪いの念を送ればもしかして・・・)

当時、13歳の少女であった亜希子の頭に、
そのような考えがよぎっても無理は無かった。
かといって本当に憎い相手を呪い殺したいかといえば、
ためらってしまう。

菅野好恵に対してもそうだ。
確かに好恵には、亜希子自身、
怒りや憎しみを抱いているのは否定できない。
だが実際に、好恵を殺したいかというと、
どうしてもそんな気持ちになれなかった。

真剣に悩んでいる亜希子とは対照的に、
『カコ』は軽く受け止めているようだった。
自分が憎んでいる相手を、
自分以外の人も一緒に呪ってくれる・・・。
それだけでその憎しみの対象に復讐した気分になれるというのだ。
勿論、人を呪い殺せると本気で信じている『カコ』は、
本当に『呪い殺すリスト』に書き込まれた人物が
死んでもかまわないようだった。

亜希子にもその気持ちがわからないわけでもなかった。
確かに冷静に考えればそうだ。
人を呪い殺すなんてできるはずがない・・・。

亜希子は『カコ』とは違い、
そんなカルト的なことを信じる気にはならなかった。
亜希子は深く考えるのをやめて、
『カコ』に付き合うことにした。
『カコ』の紹介で呪会に入会したのだ。
その際、入会の条件である3番目の項目、
“入会の際、一人以上、自分が呪う相手を登録すること。

そして亜希子は呪う相手に菅野好恵を選んだ―――――。

あれから4年―――。
高校進学と同時に呪会のサイトにいくことも無くなった。
その存在は亜希子にとって、
過去のお遊び程度の認識しかなかった。

全国的にも有名な進学校に進学した今、
学校生活は楽しかったし、
仲のいい友達もたくさんいる。
もういじめとは無縁な明るい高校生活を送っていた。
でも、中学時代の忌まわしい思い出と共に、
亜希子は自分でも自覚のないまま、
潜在的な対人恐怖症になっていたのだ。
そのためかコンタクトレンズではなく、
黒ぶちの野暮ったいメガネをかけている。
それは自分が地味に見えるように、
他人を刺激しないようにとの願いがこもっていた。

『カコ』とは今でもメールのやりとりをしている。
しかし今ではそれも月に一度か二度で、
中学生の時ほど頻繁では無くなっていた。
『カコ』も高校に進学して、いじめはなくなったそうだった。
それだけにメールの内容も学校でのできごとや、
好きな男性アイドルのこと、最近読んだ漫画のことなど、
他愛もないことを書き連ねたものになっていた。

『カコ』にとっても自分と同様、
もう忘れたい思い出に違いないのだと亜希子は思った。
亜希子の中でも中学時代のいじめの体験はすでに断片化され、
心の隅に追いやられている記憶の一部分に過ぎない。
もうすべては過去のものなのだ。
これからの自分には必要のない、
思い出のかけらになりつつあった。

それなのに菅野好恵は死んだ。
真夜中の駅のホームから転落して、列車に轢かれ・・・。
遠く彼方へ追いやっていた、
忌まわしい記憶がよみがえってくる。

呪会―――。


呪い殺すリスト―――。


まさか”呪い”が実行されたのか―――?


4年もたった今、なぜ―――?


いや、まだ呪いのせいだとは決まっていない。
単なる事故だという可能性の方が高いではないか。
単なる偶然、そうに違いない。

だが一方で、心の中の何かがそれを否定していた。
それが言い知れぬ不快感のようなざわめきとなって、
亜希子の心を震わせた。

(でも、もし本当に呪いが実行されたとしたら・・・?)

(私が呪会のリストに好恵の名前を書いたから・・・?)

(私のせいで・・・?)

亜希子はマンションの1階ロビーへ降りていくエレベーターの中で、
うつむき唇を噛み締めた。

第5章

「どうしたの?アッキー。浮かない顔して」
米倉里美の声で、亜希子は我に帰った。

昼休みの教室。
クラスには三分の一ほどの生徒が、
三つ四つのグループに分かれて残っているだけだった。

亜希子の通う高校は有数の進学校だけあって、
そのほとんどの学生が休み時間にもかかわらず、
辞書や参考書を開き自主的に勉強している。
中には塾の宿題をしている者もいた。

亜希子は菅野好恵の件が気になって、
ずっとそのことが頭から離れられないでいた。
それと〈呪会〉のことも・・・。

そんな物思いに耽っている時、
里美の心配そうな声が耳に響いた。
亜希子は親しい友人からは〈アッキー〉と呼ばれていた。
亜希子はそのあだ名を気に入っている。
その音の響きは
内向的な自分には似つかわしくないかもしれないが、
呼ばれるたびになんだか元気になれそうな気がしたからだ。

亜希子は米倉里美、
加原真湖、来島祥子の三人といることが多かった。
彼女たちは机にかじりついているようなガリ勉ではなかった。
東大を目指している生徒達がひしめく中、
普通の女子高生のように高校生活を楽しんでいる。
そんなところが亜希子をなごませてくれた。
それは中学校時代に楽しめなかった友達との時間を、
取り返しているようだった。

「あ・・・うん。なんでもない」

「なんか変だよ。今日なんかめずらしく遅刻してくるし・・・」

「ごめん。ちょっと考え事してたから・・・」

亜希子はすこしこわばった顔で里美に返事した。
里美はそんな亜希子の様子に、怪訝な表情を浮かべた。

「それならいいけど・・・。それでアッキー、
今話してたんだけどさ、クリスマスの夜に
〈シュツルムピストーレ〉のコンサートがあるのよ。
アッキーも行くでしょ?」

〈シュツルムピストーレ〉とは今人気の
ビジュアル系の4人組みのユニットで、
すこしダークなバンドカラーが若い女の子達に
ウケている超人気バンドだった。

 「う・・・うん。」

 微かに微笑みながら亜希子は返事をした。
正直言って亜希子はそのバンドのファンではなかったが、
他ならぬ里美に誘われたのだ。行かないわけにはいかない。
里美、真湖、祥子の3人は入学当時からの親友だ。
明るい彼女たちといると、楽しくて時間をわすれてしまう。
それは中学時代に関わっていた、
菅野好恵達とは全く違う関係だった。
里美達といると本当の仲間だと実感できる。
特に姉御肌の里美は姉のように亜希子を助け、気遣ってくれていた。

「日向ってあんなの好きなのか?」

唐突に、すこし嘲るような
ニュアンスを含んだ調子で声をかけてきたのは、
亜希子の斜め後ろの席にいる宮島祐介だった。
振り返った亜希子には顔を向けず、
だるそうに椅子に座り、
机の上に広げたパソコンの情報誌に視線を落としたままだ。

その姿はいつも学生服のボタンを3つほど開けたままで、
髪は校則で禁止されているパーマで茶髪。
それに耳にピアスを4つもつけている。
その外見と比例していつも挑戦的な言動と挑発的な態度をとる、
どこから見ても巷に溢れる不良学生といった少年だった。
うわさによれば他校の生徒と喧嘩して補導されかけたこともあるという。

霞ヶ関の高級官僚を多く輩出するこの進学校で、彼は異質の存在だった。
だがその外見・態度とは裏腹に、
成績は学年で10位以下に落ちたことはないという秀才でもあった。

 「あんなのって何よぉ」

 亜希子の代わりに言葉を返したのは里美だった。
口をとがらせて祐介をにらんでいる。

 「あんな薄っぺらい歌詞をリズムに乗せて
がなってるだけの、ヘタクソバンドのどこがいいんだ?
米倉はともかく日向までがファンだったなんて驚きだな」

 鼻に嘲笑するような小皺を寄せ、口元には苦笑いを浮かべている。

 「アッキー、何か言い返してあげなさいよ。この馬鹿に!」

 里美が亜希子をけしかける。

亜希子はどぎまぎしながら、祐介に向かって言った。

 「あ、あの・・・人の趣味を・・・
あまり中傷しない方がいいと思うけど・・・」

 その時、一瞬だけ祐介が視線を上げ、亜希子を見た。
すぐにうつむきパソコン情報誌に視線を向ける。
だが、その目は情報誌のページを追ってはいなかった。

 「あーつまんね」

 祐介はそう言うとパソコン情報誌を乱暴に机の中へ突っ込み、
勢い良く立ち上がった。面白くなさそうに教室を出て行く。

 その背中を見ながら里美がいたずらっぽく舌を出した。
 誰に対しても不遜な態度をとる宮島祐介だが、
亜希子にだけはいつものなりを潜めてしまうのだ。
それは里美をはじめ、亜希子と祐介に親しい者には公然の秘密であった。

 「怒らせちゃったかな・・・?」

 亜希子が不安そうにつぶやいた。

 「いいの、いいの。他ならぬアッキーに注意されたんだから、
  あいつも悪い気はしてないわよ」

 里美はさも可笑しそうに笑った。
真湖と祥子も同意するように笑い出す。
 宮島祐介とは高校入学以来、ずっと同じクラスだった。
里美と祐介が同じ中学校出身ということもあり、
そのつながりで彼と知り合った。

 最初はその身なりと態度にすこし怖れを持ったが、
里美とのやり取りを見ているうちに、
今ではとてもいい人なのではと思っている。
確かによく突っ掛かって来るのだが、
最後はいつも里美に言い負かされている。
それは彼独特のすこし不器用な、
コミュニケーションのとり方のような気がした。

「あいつも煮え切らない男よねぇ。
さっさとアッキーに告っちゃえばいいのに」

 里美が示したように、
祐介は亜希子に好意を寄せているようだった。
それには亜希子もうすうす気づいていた。
それは亜希子以外の者に対する祐介の態度が明らかに違うからだ。
他の者はともかく、亜希子には威圧的な態度で接したことが無い。
それに亜希子に話しかける時の言葉の響きに、
どことなく優しさが含まれていることもそれを証明していた。

 亜希子自身も祐介に少なからず好意を抱いていたが、
まだ恋心とは呼べないものだった。
 里美の言葉にすこし頬を赤らめながら、
亜希子は主のいない祐介の席を見つめていた。

第6章

 バス停は帰宅途中の学生達で溢れそうだった。
通学路だけに20人ほどが入れる
屋根付きの待合所も設置されているのだが、
そこも今はいっぱいだった。
 亜希子は里美とともにバスを待っていた。
亜希子の隣で里美はあいかわらず、
例のシュツルムピストーレのことを
さかんにしゃべっている。

 亜希子も時々相槌を打ちながら、
里美の話を聞いていた。
里美のおしゃべりを聞いていると、その楽しさから
いつもどんなに暗い気持ちでさえ吹き飛ぶのだが、
今日に限っては澱のようなものが、心の隅にこびりついて離れなかった。

 それはいうまでもなく呪会と菅野好恵のことだった。

これまで里美には何でも打ち明けてきた。
自分が中学の頃、両親は離婚して現在は母子家庭であること、
その母親は広告代理店で課長をやっていること、
そして自分がパニック症候群であること・・・・。

だが、その原因ともいえる、いじめに遭っていたことや
呪会のことなどは話していない。というよりも話せなかった。

そんなことが過去にあったことを知れば里美はどう思うだろう。
いじめのことは理解してくれるかもしれない。
快活な里美のことだ、きっと亜希子に同情してくれ、
一緒に憤慨してくれるだろう。

しかし呪会についてはどうか?人を集団で呪い殺すことを
目的にした連中の存在に対して、
里美が理解を示すとは亜希子には到底思えなかった。

陰湿なことが嫌いで、裏表のない性格の里美から見れば、
呪会は、なんとまがまがしい存在に思えるだろう。
そんな集団に亜希子が加わっていると知ったら・・・。
同情どころか、逆に里美に嫌われるかもしれない・・・。
それが亜希子の最も恐れていることだった。
友達を失いたくなかった。
もう二度と中学生の時と同じ過ちを繰り返したくない。

 だからこのことは誰にも相談できない。
だからといってすぐに解決策が見つかるとも思えない。
忘れることができればいいのだが、そんなことはとても無理だった。
なぜなら自分が『呪い殺すリスト』に登録した人間が死んだのだ。

単なる偶然だといい・・・。

亜希子はそう願わずにはいられなかった。 

そんな亜希子を励ますかのように里美はおしゃべりを続けていた。
それはいつも以上に高いテンションのような気がした。

(もしかしたら里美は気づいているのかもしれない・・・)

具体的なことはわからなくても、里美はそれとなく雰囲気を
察しているのかもしれないと亜希子は思った。
亜希子自身からそのことを話してくれることを待っているのかもしれない。
亜希子は里美の気持ちに応えられない自分が悲しかった。

「ふたりそろってご帰宅か?」

祐介がいつのまにか二人のそばに立っていた。
マウンテンバイクを片手で支えながら、ガムをくちゃくちゃ噛んでいる。
ミントの香りが亜希子の鼻をくすぐった。

亜希子と里美は驚いて祐介を見上げた。
祐介は180センチを超える長身であり、比較的大柄な里美でさえ
彼の肩くらいまでしかなく、亜希子はその肩にも届かなかった。

「何よあんた、ここ通り道じゃないでしょ?」

確かに祐介の通学路ではなかった。
祐介は自転車で通える距離に自宅があり、方向も逆だった。

 「どこを通ろうがオレの勝手だ」

 里美の問いに祐介はそっぽを向きながら、ぶっきらぼうに答える。
そこで何かに気づいたかのように、
里美は祐介と亜希子を見比べながら忍び笑いを漏らした。

 「そうだ、宮島ァ、
あんたアッキーに話があるんだったよねぇ?」

そう言いながら里美は祐介になにやら目で合図を送った。

そこへバスがやって来た。

 「アッキー、宮島の相談に乗ってあげなよ。
あたしお先に帰るね」

 里美はそう言うと、
さっさとバスに乗り込んでしまった。亜希子も何か言おうとしたが、
他の生徒達もどかどかと乗り込んでいったのでその声は届かなかった。
ほぼ満員のバスは走り去っていく。

 その場に残された祐介と亜希子は
どうしていいのか言葉が見つからず、ふたりともそわそわしている。
しばらくして亜希子が、ぎこちなく微笑みながら口を開いた。

 「私に相談って何ですか?」

 そう訊かれて頭を掻いていた祐介だったが、亜希子に向き直ると真顔になった。
亜希子の瞳を見つめて意を決したように言う。

 「相談があるのは日向の方じゃないのか?」

 亜希子の顔から笑みが消えた。

第7章

亜希子の通う学校のすぐ裏手にある喫茶店アシンメトリー。
古びたマンションの一階にある、垢抜けない外観の店だった。
だが、店内は白い漆喰の壁と、落ち着いた南欧風の、
ダークブラウンで統一された、テーブルとチェアが5セットほどあり、
オーナーのセンスの良さを感じさせた。

その店内の窓際の席に、祐介と亜希子は互いに向かい合うように座った。
カウンター内には白いものが混じる口ひげを蓄えた初老の男が、
サイフォンでコーヒーを入れている。
BGMはリストの名曲ラ・カンパネラだ。

 亜希子もこの店の存在は知っていたが、入るのは初めてだった。

 「マスター、俺、コーヒー。日向は?」

 「私も同じので・・・」

 「コーヒーひとつ追加!」

 祐介はこの店の常連なのか、慣れた感じでその初老の男に注文する。
マスターと呼ばれた初老の男は、祐介の方をちらとも見ずに
コーヒーカップにコーヒーを注いでいった。
トレーに乗せてコーヒーを持ってくる。

 「ここのコーヒーはハンパじゃなくうまいんだぜ」

 祐介はそう言うと、運ばれてきたコーヒーの香りを楽しむかのように
鼻先にカップを持ってきて、悦に入った表情を浮かべた。
その顔が可笑しくて亜希子は思わず吹き出した。
祐介が憮然としたようにそっぽを向いた。
だが、すぐ思い直したように亜希子に顔を向けると言葉をきり出した。

 「今日、お前すこし変だよな。心ここに非ずって感じでさ」

祐介にそう言われると、亜希子は顔をこわばらせた。

「米倉たちが心配してる」

祐介はそう言いながら、カップを口に運び、
「俺もだ」という言葉をコーヒーと一緒に飲み込んだ。

「俺でいいんなら、・・・・・聞くぜ」

里美が祐介に、亜希子のことを気にかけて、
何かあれば話を聞くように頼んだのだ。
だが、そんなことは今までになかった。それくらい亜希子の様子が、
里美の目には奇異に映ったのだろうか・・・・・。
たしかに、これまでは悩み事はほとんど里美に打ち明けてきた。
それに里美はとても親身になってくれた。

そんな亜希子が里美に打ち明けようとしないことに里美自身、
不穏なものを感じたのだろう。
 それなら宮島祐介になら、あるいは話すのではないか。
実際、祐介は亜希子たちとは親しい仲でありながら微妙な距離もあって、
かえって話やすい相手でもあった。
それに祐介は亜希子のことを想っている。ならば必ず、
祐介は亜希子の味方になってくれるはずだ。
それで里美は祐介に亜希子のことを任せたのだろう。

しばらく二人の間に沈黙が続いた。
亜希子はうつむき、膝の上でこぶしを握っている。
亜希子はまだ迷っていた。里美の心配は痛いほどわかっている。
本当は自分が相談相手になりたいのだろうけど、
しつこく訊き出そうとすることは里美の主義に反していた。
里美はいつでも、相手から打ち明けない限り、余計なおせっかいはしない。
その里美が祐介に頼んでまで、亜希子のことを気にかけてくれたのだ。

しかし、祐介に呪会や菅野好恵のことを打ち明けてもいいものだろうか。
里美に話して嫌われるのも怖いが、祐介にだってもし嫌われたら・・・・・。

「別に何もないのならいいけどさ・・・・・」

祐介は努めて明るい声で言ったが、
本気でそう思っていないことがその声の響きに含まれていた。

亜希子は思った。里美がそんなにも心配してくれているのだ。
その気持ちに応えるべきではないか?
そうしないのは、亜希子自身が里美を親友として
信じていないことにはならないか?
目の前の祐介に対してもそうだ。彼の真摯なまなざしを信じて、
打ち明けるべきではないか?

それに、今、話さなければ、
もうその機会は永遠に来ないかもしれない―――――。

「じゃあ、遅くなるとまずいだろ?もう出ようか・・・・・?」

あきらめた様子で、祐介は飲みかけのコーヒーを一気に煽ると、
伝票を手に立ち上がりかけた。

「待って・・・・・」

亜希子はかすかに聞き取れる声で言った。

祐介が少し驚いたように亜希子の様子をうかがった。

「・・・・・お願いがあるの。これから話すことは、里美たちには
 まだ言わないで」

「ああ・・・・・約束する」

祐介は座り直して言った。

亜希子は顔を上げると、祐介に向かって、静かに語りはじめた―――――。

「呪会か・・・・・」

亜希子の話を聞き終わった祐介はため息交じりにつぶやいた。

「・・・・・軽蔑するでしょ?私のこと」

亜希子は悲しげに訊いた。

「軽蔑?なんで?」

「だって、そんなサイトに入会して人を呪ってるなんて・・・・・」

「何言ってんだ?お前は誰も呪ってなんかいねえじゃねえか」

亜希子は黙ってうつむいたままだ。

「それにお前はその菅野って女にひどい目に会わせられてたんだ。
たとえ憎んでたって、無理もない話だ」

「・・・・・でも、私が彼女の名を書いたから・・・・・
『呪い殺すリスト』に書き込んだから・・・・・」

「呪い殺されたって本気で言ってんのか?
そんな馬鹿なことあるかよ。事故に決まってんだろ」

祐介は少し怒ったように言った。
でもそれが亜希子の気持ちを少し楽にしてくれた。

「とにかく、その菅野って女が事故にあったことと
日向がそのサイトにその女の名前を書き込んだこととは無関係で、
それが重なったのは、単なる偶然だとオレは思う」



「とにかくさ、米倉にも話した方がいい。きっとオレと同じことを言うよ」

「・・・・・うん。ありがとう、宮島君・・・・・」

亜希子にそう言われると、祐介は聞こえないふりをしながらコーヒーをすすった。
そこではじめて亜希子はコーヒーカップを手に取った。コーヒーはすっかり冷めている。
カップを口に運ぼうとしてその中に水滴がひとつ落ちた。

涙が亜希子の頬を流れ、顎を伝ってカップに落ちたのだ。
涙はとめどなくあふれてくる。

「・・・・・あれ、どうしたんだろ。涙が・・・・・とまらないよ・・・・・」

祐介に打ち明けたことで、今までの緊張の糸が切れたのだろうか。
亜希子は頑なに閉じられていた、自分の心の中の窓が開け放たれたように感じた。

その解放された感覚は、呪会に入会した4年前からずっと続いていた、
いつまでも心を締め付けていた束縛を誰かに打ち明けたことで、
断ち切られたことによるもののように感じたからかもしれない。

それと祐介が味方になってくれて安心したからか―――――。

「日向・・・・・」

祐介はあわてて、テーブルの上に備えてあった
紙ナプキンを数枚引っこ抜くと、亜希子に差し出した。

「・・・・・ありがとう」

亜希子はそれを受け取るとメガネをとって、涙を拭った。
その姿を、祐介は少し驚いた顔で見つめている。

その様子に気づいた亜希子がメガネをかけ直し、怪訝な様子で見つめ返す。

「・・・・・どうしたの?宮島君」

亜希子に問われ、祐介はあわてて視線をそらした。


「祐介、カノジョ泣かしちゃだめじゃないか」

祐介は驚いて声の主を見た。そこにはいつのまにかトレーをかかえた、
エプロン姿のマスターが立っていた。

「お、おじ・・・マスター、オレが泣かしたんじゃねえよ!
それにカノジョじゃ・・・・・」

マスターは祐介の抗議をさえぎって、ふたりのカップをソーサーと一緒に
トレーに乗せ、さっさとカウンターへ持っていく。
そして新しくコーヒーをカップに注ぐと、ふたりの席に戻って来た。

「これは私からのおごりだ。コーヒー冷めちまっただろ?」

マスターは亜希子に優しく言った。

「聞くとはなしに、聞いてしまったんだが・・・・・」

マスターは、一息つくように溜息を漏らし、少し厳しさを含む声で、訊ねた。

「お嬢ちゃん、落ち着いたら今の話、もう少し詳しく聞かせてくれないか?」

マスターの名は村田和久。驚いたことに、宮島祐介の母親の実兄だった。
つまり祐介にとっては伯父にあたる。
そして元捜査一課の刑事で、すでに定年退職をして3年前から
この喫茶店のオーナーをやっているということだった。

村田は簡単な自己紹介を済ませると、亜希子にいくつか質問をした。
呪会の管理者Dという人物についてや呪会の会員同士は面識があるのかとか
『呪い殺すリスト』に登録された人は実際、どれだけ死んでいるのか・・・・・などだ。
 質問の中には、亜希子にとってつらいものもあったが、
村田の丁寧な口調と、彼という人物の温かさが
伝わってきて、知りうる限りのことを答えられた。

「なるほど・・・呪会というのは
今までの闇サイトとは、少し違うようだな」

村田は不精ひげに覆われた顎を掻きながら言った。

闇サイトの中には、一見仕事を斡旋するように見せていて
実際は犯罪者を募る場になっているものがある。
それには金銭などの報酬を約束しているものがほとんどだ。

 だが、呪会は『呪い殺すリスト』にその人物の名前と住所などの個人情報を
書き込む以外、具体的に殺人などの教唆や依頼を行っていない。
当然、報酬などもうたわれていない。
ただ、会員皆で『呪い殺すリスト』に書かれた人物を呪い殺すことを
求めている・・・。

亜希子から得た情報からは犯罪組織としての疑いを持つことは困難といえた。
単なる子供じみたカルト集団としか思えない。

「マスター、なんで呪会のことなんか聞いてきたんだよ?」

そう言うと、祐介が入れたばかりの熱いコーヒーを旨そうに一口含んだ。

「いや、サイバー犯罪を担当している後輩がいてな。
いろいろと情報を集めているらしいんだ。
この前もこの店に来て、その話をしたばかりなんだよ。・・・
で、その呪会もそういった闇サイトの
一つじゃないかと思ったわけだが、どうやら違うらしい。
お嬢ちゃんの言ってた菅野っていう女の子の死亡事故も
祐介の言ったとおり、単なる偶然の一致と考える方が自然だろうな・・・・・」

「ほら、言ったとおりだろ?元刑事が言ってんだ。間違いないぜ」

「・・・・・うん」

亜希子の顔にかすかだが、自然な笑みが浮かんだ。


アシンメトリーを出ると、外はすっかり夕闇に包まれていた。
祐介はバス停まで亜希子を送ることにした。

「ねぇ、訊いてもいいかな?」

亜希子が隣でマウンテンバイクを押している祐介に向かって言った。

「なんだ?」

祐介はぶっきらぼうに答えながら、亜希子を見下ろした。

「なんで伯父さんのことマスターって呼んでるの?」

「ああ、そのことか。店ではマスターって言わないと怒るんだ。あのオヤジ」

「なあんだ。そうだったんだ。じゃあ、
私も今度会った時はマスターって呼ばなくちゃ。
 里美たちも誘ってみよっと・・・」

「あのとおり閑古鳥が鳴いてて、いつ潰れてもおかしくないからな。
売り上げに協力してやってくれ」

祐介の言い方があまりに真剣だったので亜希子は思わず、吹き出してしまった。
祐介もつられて笑い出す。それに亜希子はあることに気づいていた。
祐介にに対して敬語を使っていない自分に・・・。

今朝とは全く違った気分だった。朝のニュースで菅野好恵の事故を知った時は
ショックで心が鉛のように重い澱に包まれているようだった。
だが、祐介に相談して自分が抱いていた疑念も晴れた。
これでまた明日から元気よく学校へ行ける。

バス停について間もなく、バスがやって来た。亜希子はバスに乗り込むと
、振り返って言った。

「今日は本当にありがとう。また明日」

「ああ、明日な」

 相変わらず、祐介の返事はぶっきらぼうだ。
扉が閉まり、バスは走りだす。
そのテールランプが小さな点になるまで祐介は見送っていた。


帰宅時間にもかかわらず、バスの車内に乗客の姿は多くはなかった。
学生は亜希子を含めて、数人ほどしかいない。
亜希子は後部座席のひとつに腰かけた。
すると、カバンの中の携帯電話が着信音を鳴らした。
亜希子はあわてて携帯を取り出してメールを読んだ。

(To 亜希子さま
 おめでとうございます。菅野好恵は削除されました。
 今度はあなたの番です。 呪会より)

亜希子の全身を戦慄が走った。携帯を持つ手が震えだす。

菅野好恵の事故と呪会とは関係なかったのではないか?
あの事故と亜希子がサイトに、彼女の名を書き込んだこととは
偶然なのではなかったのか?
やはり菅野好恵の死には呪会が関わっているのか?そうだとしたら・・・

亜希子は崩れるように、バスの車窓にもたれかかった―――。

第8章

亜希子は、浅い眠りから目覚めた。視界に飛び込んできたのは、
見慣れた白い自室の天井だ。
カーテンは閉められているので、室内は薄暗い。窓とカーテンの間から、
日差しがこぼれているからまだ陽は高いようだ。

昨日、バスの車内で呪会からのメールを受け取った。そのショックのあまり、
自分がどういう風に自宅まで帰ったのか、亜希子の記憶は定かでなかった。
ただ、母親の由実がとても心配していたのを覚えている。

亜希子は帰宅するとすぐ、食事もとらずに自分のベッドにもぐりこみ
そのまま朝を迎えたようだ。
だが、眠った自覚はなかった。自分が現実の中にいるのか、
それとも夢の中にいるのか、
その感覚があいまいなまま時が経った感じだ。

今朝、意識の朦朧としたままの記憶では由実が亜希子の体調を気遣い、
大事をとって学校を休ませる旨の電話をしていたように思う。
亜希子は微熱がある以外、特に異常はなかった。
由実も疲れが出たのだと判断したようだった。

「今日の会議はどうしても抜けれないの。ごめんなさい。
じゃあ、行ってくるわね」

そう言って出かけて行ったのを、うつろに覚えている。

そしていつものように冷蔵庫の中に作り置きの料理があるから、
温めて食べるようにとも・・・。

亜希子は半身を起して、部屋の隅に立てかけてあるスタンドミラーを見た。
記憶にははっきりと残ってないが、制服は着替えたようだ。
お気に入りのレモン色のパジャマを着ている。

そこでふと机の上に視線を移した。そこには自分の携帯電話が置いてあった。
着信のランプが明滅を繰り返している・・・・・。
携帯電話を手に取るのが怖かった。
また呪会からではないか、という怖れが脳裏をよぎる。

呪会からのメールは衝撃だった。
4年間も放置していた呪会からメールが来たのは昨日が初めてだった。
その文面が携帯の画面に描かれたままに記憶に呼び戻される。


(To 亜希子さま
 おめでとうございます。菅野好恵は削除されました。
 今度はあなたの番です。 呪会より)


亜希子は唇を噛んだ。菅野好恵の死には、やはり〈呪会〉が関わっているのか?
彼女の事故をニュースかなにかで知り、さも呪会が天罰を下したかのように、
アピールしているだけではないのか?
そういう風に考えることもできるが、それが亜希子の願望のこめられた答えで
あることに彼女自身わかっていた。

亜希子はベッドを降り、ゆっくりと机に近づいた。深呼吸すると、
ランプの明滅を繰り返す携帯電話に手をのばした。

亜希子は携帯を開いた。液晶画面に映し出されたのは、米倉里美の名前だった。
安堵のため息をつくと、亜希子は通話ボタンを押した。

「もしもし・・・?」

『アッキー?今日はどうしたんだよ!?みんな心配してるよ』

里美の元気な声は、亜希子の陰鬱な気分を吹き飛ばしてくれるようだった。

「ごめん、ちょっと気分が悪くて・・・・」

『―――と思ってさ、みんなでお見舞いに来たんだよ』

「・・・え?」

その時、玄関のチャイムが鳴った。亜希子は、あわてて玄関に向かった。

インターホンに映し出されたモニター画面には米倉里美がこちらに
手を振っている姿が映し出されている。
彼女の後ろには加原真湖と来島祥子の姿も見える。
亜希子はドアチェーンを外すと、ドアを開けた。

「アッキー、メールくらいしろよな~。
それもできないくらい重病なのかと思ったよ」

亜希子の姿を見て、開口一番、里美は言った。

「ごめん、ちょっと考え事があって・・・」

「ま、いいや。意外と元気そうだし・・・・。というわけで、お邪魔しまぁ~す」

里美たちは言うが早いか、どかどかと上がり込んだ。

「あれ?おばさんは仕事?」

両手に缶コーラ数本と、ポテチなどのスナック菓子を詰め込んだ
コンビニの袋を提げた真湖が言った。
見ると、里美と祥子も同じようなコンビニ袋を提げている。
里美達3人は、迷わず亜希子の部屋へ直行した。
週に1度は遊びに来ているだけに慣れたものだ。
部屋に入ると、それぞれの指定席におさまる。
里美は亜希子のベッドに陣取り、真湖はテレビに一番近い場所に座り、
祥子は亜希子の机に備え付けられている椅子に跨った。
彼女たちの手にはコーラの缶が握られている。
里美はポテチの袋をやぶくと、その数枚を一度に口に放り込んだ。
亜希子も半ばあきれ顔で、ガラステーブルについた。

「今日休んだのは、どういうわけ?
見たところ風邪って感じじゃないけど・・・」

里美はポテチをほおばったまま、口をもごもごさせながら言った。
いつも太り気味の体質を嘆いているが、
誰もが彼女のこの姿を見たら、本当に悩んでいるのか疑問に思えてくるだろう。

「宮島君、しょげちゃって、ちょっとかわいそうだったわよね?」

跨った椅子を左右に回しながら、祥子が言った。

「宮島君が・・・?」

思わず亜希子は問い返した。その問いに里美が答える。

「そうそう。宮島の奴があんなにヘコんだの見たことないよ。
 なんでも自分の言ったことでアッキーを傷つけたんじゃないかって
 言ってさ。それで日向は休んだのかもしれないって・・・」

それを聞いて、亜希子は祐介に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
すぐにでも誤解を解きたくて、携帯電話に手をのばしたい衝動にかられた。

「それで宮島君は何か話したの?」

亜希子はおそるおそる訊いた。

「それが何もしゃべらないのよ。日向に直接聞いてくれって・・・」

里美は亜希子の瞳をのぞきこむように言った。

「さあ、何もかも話しちゃいなよ。親友でしょ、私たち」

里美の真剣な口調に、亜希子の心は揺れた。

本当に呪会のことを話してもいいのだろうか?
一瞬、その疑問が頭をよぎった。
呪会のようなサイトの会員だった亜希子を、里美達がどう思うか?
真実を話すことで、親友を失うことになりはしないか・・・?
それは祐介に話す前にも考えたことだ。
でも祐介は受け入れてくれたではないか。里美だって、
きっとわかってくれる・・・。
そんな希望が亜希子に勇気を与えた。

「これから話すこと、ここだけの秘密にして・・・」

里美達3人に向き直ると、亜希子は静かに話し始めた―――。

亜希子はすべてを話した。中学生の頃、いじめにあっていたこと。
そのいじめに抗うつもりで始めたブログのこと。
ブログで知り合った友人に紹介された呪会というサイトのこと。
その後、呪会の会員になったこと。そして4年経った先日、
いじめのリーダー格だった菅野好恵が
列車の事故で亡くなったこと・・・。
話し終わると、亜希子は里美達の審判を待つ気持ちで瞼を閉じた。

「そんなことがあったんだ・・・」

心なしか里美のその声音には、亜希子に同情するような、
温かみを帯びているようだった。
祥子と真湖も驚きと共に、慰めるような眼差しを亜希子に向けている。

「アッキー、なんでもっとはやく話してくれなかったのよ」

里美が少し怒ったような口調で言った。

「・・・軽蔑しないの?私のこと」

「なんで軽蔑すんのよ」

里美はあきれたように言った。

「呪会みたいな・・・人を呪うようなサイトの会員だったんだよ。私」

亜希子の声はこみ上げる嗚咽に震えていた。

「いじめられていたとはいえ、彼女の名前をサイトのリストに
書き込んで・・・。死んじゃうかも知れないのに・・・・!」

亜希子は両手で顔を覆った。とめどなく涙が溢れてくる。

「アッキーは悪くないよ。悪いのはその菅野って女だよ」

そう言ったのは真湖だった。普段は言葉少ない女の子だがその口調には
少なからず怒りが含まれていた。

「そうよ。真湖の言う通りよ。私だって、
アッキーと同じ立場だったら同じことやったかもしれない」

真湖の言葉に同調するように、里美は言った。

「じゃあ・・・私のこと嫌いにならない?これからも・・・
友達でいてくれるの・・・?」

声の震えが止まらない。

「あったりまえじゃん!
そんなこと心配してたの?バカだね、アッキーは!」

そう言いながら里美は亜希子を抱きしめた。亜希子は安堵感と里美達の優しさに、
全身から力が抜けるようだった。亜希子はこみ上げる嗚咽を止められず、
今度は声を上げて泣いた。

第9章

缶コーラを一口飲むと、亜希子はいくぶん落ち着きを取り戻した。
それでもまだ、涙のせいで瞼がはれている。

「でもさ、アッキー。なんで例の列車事故と呪会が関係してるって思ったの?」

そう尋ねたのは祥子だった。だが、その問いに答えたのは里美だった。

「だって、その菅野好恵って女が『呪い殺すリスト』に登録されてて・・・」

そう言ってから、そっと亜希子を気遣うように、声をひそめた。
亜希子は大丈夫だよというように、里美に向ってかすかに微笑んだ。

「アッキーは当然、呪会がからんでるって思うじゃない」

里美はそう言うと同意を求めるように、亜希子を見る。

「それだけじゃないの。昨日、帰りのバスの中で、こんなメールが届いて・・・」

亜希子は携帯電話を開くと、呪会から届いたメールを里美達に見せた。
それを読んだ3人は、一様に驚きの表情を見せた。

「おめでとうございます。菅野好恵は削除されました。
 今度はあなたの番です。 呪会より―――か」

里美がつぶやくように言うと、祥子が何かに気づいたように口を開いた。

「でも、これってよく何か大きな事件があると、
 後になってあの事件は、私がずっと以前から予言してましたって言ってる
 エセ超能力者のパターンに似てない?」

「そうね。後からだったらなんとでも言えるわよね。
 こう言っとけば、自分たちの力を誇示できるし・・・。
 安っぽいブラフだわ」

里美が鼻で笑うように言った。

「でも、もし本当だったら・・・?あ、ごめん、アッキー」

それまで無口だった真湖が、もう一つの可能性を述べた。

「じゃあ真湖は、呪会が・・・その会員達が呪い殺したっていうの?」

里美は挑むように、真湖に言った。

「別にそういうことじゃないけどさ・・・」
それきり真湖は閉口した。

「とにかく、すべては偶然。アッキーのせいじゃないわ」

里美は言いながら、亜希子の肩をポンとたたいた。

「宮島君とアシンメトリーのマスターも同じこと言ってた」

亜希子がポツリと言うと、里美が少し驚いた顔で訊いた。

「アシンメトリーって、あの暇そうな喫茶店?あの店のマスターが
なんか関係あるの?」

亜希子は、アシンメトリーのマスターが祐介の叔父にあたる人物で、
元刑事であることを説明した。
これには里美も祥子も真湖も、驚きの声を上げた。

「え~マジ~?宮島のおじさんがね~」

里美はおもしろがっているようだ。

「その元刑事のおじさんも言ってるんだから、間違いないよ。
 呪会からのメールだって、説得力ないし。
 これでもうアッキーはいつものアッキーに戻っていいんだから」

里美の力強い言葉に、亜希子は胸が熱くなった。

その時、亜希子の携帯電話が鳴った。亜希子は一瞬身体をこわばらせるが、
表示された名前を見て安堵した。
電話は祐介からだった。亜希子はわずかに胸の鼓動を昂ぶらせて、
通話ボタンを押した。

「もしもし、宮島君?あの、今日、学校休んだことなんだけど、
宮島君のせいじゃないから―――」

すると、亜希子の言葉をさえぎるように、祐介は慌てたような早口で言った。

『その話は後だ。日向、テレビをつけてみろ。○○TVのニュース番組だ』

亜希子は何か得体のしれない不安を抱きながら
テレビのリモコンに手を伸ばした。

26型の薄型液晶テレビに画像が映し出されるまで少し時間がかかった。

亜希子は祐介の言っていたテレビ局にチャンネルを合わせた。
見なれたいつものニュース番組が映し出される。

亜希子の不穏な雰囲気に気づいた里美が、
亜希子の手の中に握りしめたままになっている
携帯電話を取ると、耳にあてた。

「もしもし?宮島?・・・あ?今見てるわよ・・・
その話、たった今アッキーから聞いたばかり・・・
 どうしたのよ・・・見ればわかるって?」

里美もニュース番組に視線を移した。テレビ画面向かって右側に立っている、
新人の女性ニュースキャスターが手にしたニュース原稿を読み始めた。

『3日前、○○線下りで起こった女子高生列車死亡事故の様子が
 当時、ホームに設置された監視カメラに撮影されていたことが
わかりました。映像を調べた結果、事故直前、被害者の女子高生の背後に
不審な人物が確認されており、この人物の行動からこの事件は事故ではなく、
殺人事件の疑いが強まりました。では、問題の映像です―――』

画面が切り替わり、モノクロの不鮮明な映像が映し出される。
ホームの天井から撮影されたもののようだ。
俯瞰の位置から、ホームにまばらにいる人たちをとらえている。

画面右端にホームと線路のギリギリのところに女子高生が立っているのが
わかる。彼女が菅野好恵だろう。
亜希子はまだ手にしていたテレビのリモコンを握りしめた。
亜希子には画面の女子高生が菅野好恵だとはっきりわかった。
粗い映像でも、彼女の成熟したプロポーションが認識できる。
それになによりも、その自信に満ちた態度が画面からでも伝わってくる。

菅野好恵は耳にしたイアホンから、何か音楽を聴いているらしく、
右足で軽くリズムをとっている。
すると一人の酔っ払いらしき男が、彼女の背後に近づいた。
一瞬、画面を食い入るように見ていた亜希子たちに緊張が走った。

だが、好恵はその酔っ払いにすぐに気づいて一瞥を食らわせたようだ。
画面ではよくわからないが、すごすごと去っていく酔っ払いの様子からも、
容易に想像できた。

その直後に耳をつんざくような、けたたましいホームのベル。
あまりの音量に音が割れた。同時に映像にノイズが走り、画面が乱れる。
その時、また一人、好恵の背後に近付く人影があった。

人影はサラリーマン風の男性のようだ。
短髪で、左肩に黒い通勤バッグを掛けている。
俯瞰からの視点で、しかも背後からの映像、
それに画質も粗いため年齢やその他の特徴の判別は難しそうだ。

今度はそれに気づく様子は好恵にはなかった。
イアホンから流れる音楽に気をとられているのか、
それともベルの音にその男の気配がかき消されているのか・・・。

ふいにその男が好恵の背に手を伸ばした。それにやっと気付いたのか、
好恵も振り向く。
男は好恵を突き飛ばすように押した。好恵は振り向いたままの姿勢で
ホームへと消えていく・・・・・。次の瞬間、列車がその上を通過していった。

祥子が短い悲鳴をあげた。里美の生唾を飲み込む音が聞こえた。
亜希子は思わず強く瞼を閉じた。
好恵をホームへ突き落とした男は、何事もなかったかのように左を向くと、
そばの階段を駆け登っていった。
最後までカメラに、その顔が映ることはなかった。

『この映像から、被害者の菅野好恵さんは何者かに殺害された可能性が
強まりました。管轄である××署は
捜査本部を設置し―――』

再び女性アナウンサーが画面に現れ、無表情で経緯を語った。
しかし、その内容など亜希子の耳には届いてなかった。

(あれは事故ではなく殺人・・・・!?
 だとしたら呪いなんかじゃないってこと・・・・・?)

「やっぱり呪いなんかじゃなかったね・・・」

重苦しい沈黙を破って、里美が言った。続いた言葉をつなぐ。

「これで、アッキーには何の責任はないってことが
 証明されたってわけね」

亜希子の肩を優しくたたく。でも亜希子の心は少しも軽くならなかった。
何か不安をかきたてるものが意識の中に居座っているのだ。
それが亜希子に気付かれようとして、じっと見つめている。

たしかに菅野好恵が呪会による呪いではなく殺人であれば、
双方に何の関係もないようにみえる。
だが、本当にそうだろうか・・・?
亜希子は里美に握られている自分の携帯電話を手に取った。
それはすでに祐介との通話が切れていた。
亜希子はメールボックスを開くと、呪会からのメールを表示させた。

(次はあなたの番です――――。)

この言葉の意味することが、それを伝えているように思えてならない。

里美が言うように、殺人事件であるならば
亜希子に責任はないかもしれない―――。
だが、そうでない可能性が頭をもたげ、亜希子を内側からじっと見つめている。
それはふいに立ち上がると、亜希子の意識を侵し始めた―――――。

第10章

雲ひとつない、つきぬけるような秋空の下、校舎の屋上では
いくつかの生徒たちのグループが昼食をとっている。
その中にフェンスによりかかっている宮島祐介と,
彼を取り囲むように立っている亜希子、里美、真湖、祥子の姿があった。

「そうか・・・そんなメールが来てたのか」

亜希子は呪会から届いたメールを祐介に見せたのだ。

(To 亜希子さま
 おめでとうございます。菅野好恵は削除されました。
 今度はあなたの番です。 呪会より)

それを見て、祐介は考え込んでいるみたいだった。
時おり、紙パック入りコーヒーに突っ込んだストローを
ズズッとすすっている。

「それで日向はどう判断したんだ?」

祐介は横目でちらりと見るように、亜希子の様子をうかがった。

その問いに答えたのは里美だった。

「どう判断って、あれは殺人事件で、人を呪い殺すっていってる呪会とは
何の関係もないってことでしょ。
 それに、その好恵って子、援助交際やってたそうじゃない?
だったら恨みを買うことだってあったんじゃないかな?
 それともストーカーとかさ・・・」」

里美は腕を組んで祐介に挑みかかるように言った。
祐介はそんな里美には見向きもせず、
視線は亜希子を見つめたまま訊いた。

「日向もそう思ってるのか?」

祐介も、もうひとつの可能性に気付いているのだ。亜希子はそう思った。

「私、気になってるの。
呪会からのメールにあった今度はあなたの番です―――って言葉」

亜希子は祐介の瞳を見返して言った。

「それは単にあなたも次はだれかを呪ってってことじゃないの?」

そう言ったのは祥子だった。里美も同意するようにうなずく。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

祐介は紙パック入りのコーヒーをすすりながら言った。

「どういうことなの?わかるように言ってよ」

里美が口をとがらす。

「もしかしたら、菅野さんを突き落としたのは呪会の
会員じゃないかって・・・」

そう言った亜希子の声は少し震えていた。怖れていたこととはいえ、
実際、言葉にするとそれは実像を結んでしまう。

それを聞いた里美、祥子、真湖は絶句した。

「呪会の会員が・・・・?」

祥子の声も震えている。

「オレが説明していいか?」

言葉を詰まらせている亜希子を気遣い、祐介が亜希子の後をとった。

「つまりだ、呪会の『呪い殺すリスト』に登録されている人間は
会員であれば誰でもその個人情報を閲覧できる。
その名前を書き込んだ本人でなくてもその人間の名前や住所を知ることが
できるんだ。だから・・・・」

「だれかが自分の代わりに殺したっていうの?」

祥子が疑わしげな視線を祐介に向けた。

「それにもし誰かがやったとして、報酬なんてあるの?」

里美は黙りこくっている亜希子の顔をのぞきこむように言った。

「いえ・・・そんなものはないわ」

亜希子は蚊の鳴くような声で答える。

「元から報酬なんて求めてないさ。
自分の怨んでいる相手を誰かが殺してくれる・・・
だからそのお礼に自分は他のだれかが呪っている人間を殺す・・・」

祐介の言葉はまるで呪文のように聞こえた。

「そんな・・・!」

里美は顔をこわばらせてつぶやいた。

「その可能性がないとは言えないということさ。
確かな証拠があるわけじゃない」

祐介はそう言うと、飲み終わったコーヒーの紙パックを,
クシャッっと握り潰して近くのごみ箱に投げ捨てた。
さらに祐介は言葉をつないだ。

「もしそうなら、日向の携帯に届いた呪会からのメールにあった、
次はあなたの番ですという言葉の意味も通じる・・・」

「でも、それって宮島の推理でしょ?証拠がなきゃ・・・」

里美はなおもその意見に反対の態度をとった。それには理由がある。
もし、祐介の言うことが事実で、今回の事件で菅野好恵が
呪会の会員によって殺されたのなら、
それは亜希子が『呪い殺すリスト』に彼女の名前を書いたからだ。
それは亜希子にどれだけの苦しみを与えるだろう・・・。
それを考えると里美は祐介の意見を否定せざるを得なかった。

「ああ・・・たしかに証拠がなきゃだめだ。
それを確かめる方法がひとつだけある」

そこで言葉を切ると、祐介は亜希子の瞳をじっと見つめて言った。

「日向、オレを呪会の会員にしてくれ」

亜希子は驚愕して祐介を見返した。

祐介の言葉に、その場にいた誰もが驚いた。

「どうして・・・そんなこと」

亜希子の声は震えていた。祐介の意図がつかめないでいた。
祐介はよりかかっていたフェンスから身を起こすと4人を見まわして言った。

「すでに削除された人間が本当に死んだのか、検証することはできない。
でもこれから削除される人間がどうなったかを確かめることはできる」

そこで一呼吸すると、言葉を続けた。

「つまりだ。『呪い殺すリスト』に書かれた名前と、全国で起こった殺人事件、
 もしくは事故として処理されている事件などの被害者の名前を
 照らし合わせるんだ。
 もちろん、『呪い殺すリスト』に書かれた方が時間的に先じゃないと
 いけないけどね」

「なるほど、もし一致する名前が多ければ、〈呪会〉がなんらかの形で
 関わってる可能性が証明されるってわけね」

里美が納得したように言った。

「でも、それって大変じゃない?全国の事件事故をリストと照会するって・・・」

真湖が眉を寄せた。

「ああ、その通り。かなり骨の折れる作業さ。でも、やる価値はある。
 もし呪会が殺人事件に関与しているって証明されれば
 警察だって動くに違いない」

祐介の瞳は強い決意を示していた。

「そのためには、いつでも『呪い殺すリスト』を確認できる必要がある。
 だから会員になるのさ。そうすればいつでもリストを閲覧できる」

祐介は胸を張って言った。

「でも・・・」

亜希子は言い淀んだ。たしかに祐介のアイデアに賛成だ。いまのところ、
その方法しか呪会の関与を確かめることはできないだろう。
しかし、そのために祐介を呪会の会員にするなんて・・・。

「もし、呪会がハッタリだけのカルトサイトだったら会員になってても
 何の問題もない。でも、もし殺人集団だったら、その証拠をつかんで
 ぶっ潰す。だから会員になっても、ケリがつくまでだ。心配ないさ」

そこで、里美が吹き出した。

「何がおかしいんだよ!オレはマジだぜ」

「ごめん・・・」

里美が祐介に向けて手刀を切った。さらに、
口をとがらせている彼を指さして、亜希子に言った。

「ねえ、アッキー。祐介に任せたら?
こいつアッキーの力になりたいんだよ」

「こ・・・この米倉・・・」

祐介は顔を紅潮させて、そっぽを向いた。亜希子をさとすように里美が言う。

「それにさ、そのリストに書かれた名前と、事件事故の被害者の名前の照会も
 私たちだって協力するからさ。5人がかりでやればなんとかなるわよ」

祥子と真湖もうなづく。

たしかにこのままでは呪会の呪縛から逃れるすべはない。
それになによりも、祐介をはじめ、里美達の友情を無にしたくない。

「ありがとう・・・みんな」

亜希子は溢れる涙をおさえられなかった。
そんな亜希子を元気づけるかのように、
祐介がガッツポーズをとる。

「よし!決まりだ!さっそく作戦開始!」

彼の耳のそばに近寄り、里美がそっとつぶやく。

「よかったね~。アッキーとお近づきになれて」

「! 米倉ァ~~~」

祐介は顔を紅潮させながら、逃げる里美を追いかけた。
その彼の後ろ姿を見つめながら、
亜希子はほんのりと熱い胸の高鳴りを覚えていた・・・・・。

第11章

亜希子はバス停に降りると、自宅マンションに向かった。
歩いて5分ほどのいつもの帰り道なのに、今日は遠く感じた。
ここ数日間でいろんなことがありすぎた。
呪会のこと、菅野好恵の事件、そして里美や祐介たちが、
亜希子のために呪会のことを
暴こうと行動を開始したこと・・・。
何かが動き始めている。亜希子はそう感じていた。
それは亜希子の不安や怖れを洗い流してくれるものなのか、
それともさらなる恐怖の道へと誘うものなのか。

沈みかかっている夕陽を見上げると、雲がほんのりと赤みがかっている。
まだ初秋という時期で、風は涼しく心地良いくらいなのに
亜希子は少し身震いした。

その時、亜希子の背後で自動車のクラクションが短く鳴った。
亜希子は反射的によけながら振り向いた。
そこには白のクラウンが停まっていた。
彼女にとってそれはなじみ深い車種だった。

クラウンのドアが開いて、中年の男性が降りてきた。
ダークグレーのスーツに濃いブルーのネクタイ、
少し白いものが混じった頭髪をオールバックにしている。

「亜希子」

その男性は亜希子に優しく微笑みかけた。

「パパ!」

亜希子も駆けより、その胸に抱きついた。
その男性は亜希子の父親の山村希一だった。

「どうしたの?こんなとこに来たら、ママに見つかっちゃう・・・」

亜希子は希一の顔を見上げて言った。

離婚調停の時、親権は母親の由実に渡った。
その時に、由実の許可無しに会えないように条件を出され、
希一も了承している。だが実は時々、
亜希子は内緒で希一に会っていた。
なぜなら、希一に会うことを由実が許さないからだ。

亜希子は希一が好きだった。
離婚のきっかけになったのは希一の女性問題だ。
それはわかっている。だがしかし、
亜希子はそれでも希一を憎めなかった。
希一をそんな行動に走らせたのは、
母親の由実にも大きな原因があることも
わかっていた。

ただそれだけではない。
なぜか希一には由実にはない温かみを感じることが
あるのも、その理由かもしれない。

「電話かメールしてくれればよかったのに」

希一から身を離し、亜希子は少しむくれて言った。


「すまない。この時間にたまたま暇が作れたんでな。
 事前にメールでもすればよかった」

希一も広告代理店の営業部長という立場上、
由実に負けず劣らず多忙な身だ。
事前に亜希子と会う約束をしても、必ず守れるとは限らなかった。
実際以前にも急な会議や商談で、約束をすっぽかされたことは
1度や2度ではない。

「亜希子、時間あるか?」

「うん、ママはまた残業で遅くなるって言ってたから・・・」

「そうか、じゃあこれから食事でもどうだ?」

「うん、いいよ」

亜希子は時々、希一とこうして会っている。
もちろん、母親の由実には内緒だ。
彼女に知られたら、また裁判沙汰になりかねない。
当然、これまでもバレたことは1度もない。
それは亜希子が慎重だったということもあるが、
仕事に追われている由実に、
亜希子に大きな関心を払う余裕がないということも理由にあった。
仕事に忙しく、かまってくれない由実に不満もあったが、
こうして父親と会える機会がつくれる点では、そのことが幸いしていた。

クラウンの助手席のドアが開いて、一人の女性が現れた。
希一の再婚相手の絵里子だった。
亜希子に向かって軽くお辞儀をする。

「こんにちは」

亜希子も快活にあいさつを返した。
彼女には以前にも何度も会っている。
小柄な女性で、物腰の柔らかな優しい雰囲気を持った女性だ。
その点、大柄で勝気な性格の由実とは正反対のタイプといえた。

亜希子は希一に促され後部座席に着いた。
助手席に絵里子が座ると、
希一はクラウンを夕闇が迫る街並みの中へと
ハンドルを切った。

大手IT企業の経営する、高層ビジネスホテルの34階のラウンジ。
その一角にあるフランス料理店のテーブルに、
亜希子たち3人の姿があった。

東側の壁一面の窓から望む街並みは、感動的なものがあった。
ちょうど夜の帳が下りる時刻で、ちらほらと明りが灯り始めている。
それはまるで、これから街が着飾ろうとしているようにだった。

「やっぱりおいしいね、このお店」

前菜を食べ終わった亜希子がにこりと笑う。
この店には希一と何度か来ていたが、
再婚相手の絵里子と来るのは初めてだった。

「今日のメインはカモのローストらしいぞ。亜希子の好物だろ?」

希一はナプキンで口元を拭いながら言った。
それに亜希子も笑顔で答える。

「なんだか妬けるわ。二人を見てたら」

希一の隣で絵里子が微笑みながらつぶやいた。

「ごめんなさい」

亜希子は神妙な表情で謝った。

「ううん、わたしもうれしいの。亜希子ちゃんに会えて。
 でも、この人ったら亜希子ちゃんと会うと
 わたしにも見せたことのない笑顔するんだもの」

そう言って隣の希一をいたずらっぽくにらんだ。

「だってしょうがないだろ。俺の自慢の娘だ」

「あら、わたしにとっても娘だわ。そう思ってもいいわよね?亜希子ちゃん」

亜希子から見たら、まだ30代半ばの絵里子は母親というより
姉に近い感覚だ。
姉妹のいない亜希子にとって絵里子は特別の存在でもあった。

それからしばらくして、メインデッシュのカモのローストが運ばれた。
3人はゆっくりとそれを食べ終わると、
それぞれが好みのデザートを注文する。
亜希子はホワイトチョコのムース、
絵里子はイチゴとワインのマリアージュ、
希一はコーヒーのシャーベットだ。

「パパ。私に何か話があるんじゃないの?
だってパパがこの店に誘うときは
 いつも大事な話のときだもの」

亜希子はホワイトチョコを口に運びながら、希一に言った。
そう言われた希一はスプーンを置き、背筋を伸ばした。
その様子を見て亜希子もスプーンを止める。
絵里子も隣で両手を膝に置いた。

「実は海外出張が決まってな。シンガポールだ」

希一は亜希子の瞳を見据えていった。

「海外・・・・出張?」

ショックで亜希子は声が出なかった。口ごもっただけだった。

「でも、たった1年だから・・・」

希一の寂しそうな顔を見て、亜希子はパパも苦しいんだと感じた。
それに1年だ。それだけ辛抱すればまた会えるのだ。
何も永遠の別れってわけじゃない。
だから亜希子は気丈にふるまおうと思った。

「絵里子さんもいっしょ?」

亜希子は努めて明るい声で訊いた。

「ああ、彼女も一緒だ」

「だったら安心。だってパパったら、
一人だと下着の場所もわかんないんだから」

「・・・そうだな」

そこでやっと希一は口元を緩めた。

「それで、いつ行くの?」

「それが急なんだ。12月の上旬には行かないといけない」

「そっか。じゃあクリスマスの前だね」

「ああ、だからちょっと早いけど、クリスマスプレゼント何がいいか
 聞いとこうと思ってな」

希一が優しく微笑む。毎年、希一は亜希子への誕生日プレゼントと
クリスマスプレゼントを欠かしたことがない。
それは離婚してからも続いている。

そう言われて亜希子は呪会のことがふいに脳裏をよぎった。
欲しいものではないが、
呪会からの呪縛から解放されたいというのが今、
一番の亜希子の望みだった。
無論、そんなこと希一に言えるはずもない。
亜希子は呪会などといいうサイトの会員ということなんて
希一に教えてないのだ。

しかも今、その呪会が関係しているかもしれない事件を
調べているなんてこと、希一に絶対に言えない。
でもその一方で、すべてを希一に話したい衝動にかられた。
きっとパパなら私を励まし、優しく抱きしめてくれるだろう。
そしたらどれだけ癒されるか・・・。
いろんな思いが心を乱した。
亜希子はホワイトチョコのムースののった皿をみつめていた。

そんな亜希子の様子を見て、
欲しいものを考えあぐねていると感じた絵里子は助け船を出した。

「だったら、プレゼントを渡すときまでのサプライズってことにしない?
 わたしとこの人で何か考えてみるわ」

「はい、楽しみにしてます」

亜希子は絵里子に微笑みかけた。

自宅マンションの100メートルほど手前で希一はクラウンを停めた。
亜希子は後部ドアを開け、外に出ると運転席にまわった。
運転席のパワーウインドウが下がる。

「パパ、ごちそうさま」

「どういたしまして。お嬢様」

希一は少しおどけた口調で言った。

「今度はメールするから。プレゼント楽しみにしてろよ」

「うん。絵里子さんもまたね」

亜希子は助手席の方をのぞきこんで声をかけた。

「また逢いましょうね。亜希子ちゃん」

クラウンはゆっくりと発進していった。
赤いテールランプが次第に遠ざかっていく。
亜希子はにわかに寂しさに囚われた。
言葉にできない孤独感が押し寄せてくる。
いつもこんなことはなかった。
それは今までは希一と別れた後でも、
また会えると確信していたからだ。
でも、希一が海外に行ってしまったら、
好きな時に会えなくなるのだ。
それも1年も・・・。

(たった1年じゃない。しっかりしろ、亜希子!)

亜希子は自分で自分を叱咤した。それでも、足取りは重かった。
自宅マンションへの道をゆっくりと辿っていく。

マンションに近付いた時に、ふい自宅のある部屋を見上げた。
亜希子は驚いて思わず足を止めた。
自宅の窓に明かりがついているのだ。

(ママがもう帰っている)

亜希子の頭脳は条件反射的に切り替わった。
こんな時間に帰宅した言い訳を、
瞬時に頭の中に構築する。
いままでもこういうピンチは何度も切り抜けてきた。
経験値は積んであるので、大きな動揺はない。

亜希子はエントランスを通り抜け、エレベーターの昇降ボタンを押した。
その間も亜希子は自然で道理に合った言い訳を考えていた。
エレベーターを降りると、まっすぐ自室へ向かう。鍵を開けると、
亜希子は明るい声でいった。

「ただいまー!」

いるはずの由実の返事がない。亜希子は少し不安にかられて、
急いで靴を脱いだ。
キッチンを抜けて、由実の部屋を見る。
わずかにドアの隙間から明かりが漏れている。
そうやら由実は自分の部屋にいるようだ。

「ママ、入っていい?」

亜希子はそう言うと彼女の返事を待った。だが返事はない。
亜希子はゆっくりと、ドアのノブを回した。内側にそっと開ける。

見ると部屋の電灯は点いておらず、机の上のノートパソコンの
液晶画面の明かりだけが光源になっていた。

由実はその画面を熱心に見つめていた。
何か仕事に関するものでも見ているのだろうか?
その背中には、なんとなく声を掛けづらい雰囲気があった。
それでも何も言わないわけにはいかない。亜希子は由実に声をかけた。

「ただいま。ママ」

その声に身体を少しピクリとさせ、由実が振り向いた。

「おかえりなさい。遅かったわね」

由実はそう言いながら、手早くパソコンのディスプレイを閉じた。

「うん、里美たちとマックに行ってたから」

ごく自然に言い訳を口にした。
こういう場合はとってつけたような言い訳をしてはならない。
日常的なありふれた事をいうのがコツなのだ。

「そうなの。じゃあ冷蔵庫の作り置きのパスタいらないわね」

「明日の朝食にするわ」

「わかったわ。でも太るわよ。あんなもの朝から食べちゃ」

由実はそう言って笑った。いつものママだ。亜希子は安心した。
それと同時にいくばくかの罪悪感も胸に残る。
ママの知らないところでパパに会っていることで、
なんだかママを裏切っているような気になる。

「私、仕事の残りがあるの。いい?」

由実はそう言ってパソコンに向き直った。

「はーい」

よかった。いつものキャリアウーマンのママだ。それに希一とのことなど、
露ほども気づいていないようだ。
というより、亜希子の行動に注意を払ってないというべきだろうか。

亜希子は安心して自分の部屋に向かった。

第12章

放課後の教室には、生徒の数はまばらにしかいないかった。
ほとんどが学習塾か部活だ。

西に傾いた陽光が差し込む窓際に、亜希子、祐介、里美の姿があった。
真湖と祥子は学習塾とのことでここにはいない。

「それで進展はあったの?」

窓際の椅子に座った里美が、自分の机の上にあぐらをかいている
祐介に訊いた。もちろん、呪会のことだ。

「おいおい、オレが呪会の会員になってから
まだ2日しか経ってないんだぜ。そう簡単にいくかよ」

そう言って傍らにある、祐介の愛用している黒いメッセンジャーバッグから
数十枚枚のコピー用紙を取り出した。
それは数枚ごとにホチキスで留められている。その束は4つあった。
その中から一つずつ亜希子と里美に渡す。

「何よ。これ」

そのコピー用紙の束をめくりながら、里美が訊いた。

「現在、呪会の『呪い殺すリスト』に登録されている人物の表と
 この数日間、全国で事件事故で亡くなった被害者のリストだ」

「すごい数だね。『呪い殺すリスト』に登録されている人の数って・・・」

里美が率直な感想を述べる。それはA4の紙に20枚に及んでいた。

「ああ、約12000人いる。つまり会員の数も同じだけいるってことだ」

「い・・・1万!?」

里美が目を剥く。

亜希子はあまり驚いてはいない。
亜希子が登録した4年前で、すでに3000人を超えていたのだ。
むしろこの数字は、亜希子の予想を下回っていたぐらいだった。

「でもリストと照会すること事態は、5人でやればなんとかなると思う。
 それより、歯がゆいのは
 これから最低1カ月くらいは様子をみなくちゃならないことだ。
 なるべく多くの全国の事件事故のデータを集めなくちゃならない。
 それもマスコミが報じているものしか、その情報は入らない。
 単なる交通事故レベルだったら、特別なニュースバリューでもない限り
 マスコミは触れないからな」

たとえば交通事故での死亡者の数は、全国で5000人を超える。
1日平均14人だ。そのすべてが全国ニュースになるわけではない。
社会的に注目を集めやすい事故、飲酒ひき逃げ事故だったり、
1度に複数の死亡者が出たりした場合に報道されることが多い。
それだけにすべての交通死亡事故の情報を、
一般人が収集することは容易なことでななかった。

それに呪会の会員が関与してるのであれば、
何も交通事故と限ったものではない。作業中の事故に見せかけたり、
通り魔的な殺人事件と思われているものもあるだろう。

今回の菅野好恵の列車事故がいい例だ。
最初は事故だと思われていたが監視カメラのおかげで、
殺人事件だと断定された。
この件に関しても、女子高生が列車に轢かれるという、
いかにもマスコミが飛びつきそうなものだったから
取り上げられたのだ。

「だからしばらくは全国の事件事故の情報を
 インターネットで収集することにする。
 ネットならローカルニュースも比較的簡単に手に入りやすい」

祐介はリストを指先で弾いた。

「ありがとう、宮島君。私のために・・・」

亜希子は祐介に頭を下げた。そう言われて、
祐介は窓の外に視線を向けた。
そしてひとり言のように言う。

「もし、呪会の会員が、そらぞれの怨んだ相手を
 交換しながら殺してるんだったら、それを止めないとな。
 ただ単純にそう思ってるだけだ。
 それに、そのことで日向が苦しんでるのを見ると・・・」

そこまで言って、祐介は我に返ったように、亜希子と里美を振り返った。
里美が意味ありげな視線で、にやけ顔を見せている。
その隣で亜希子は頬を少し赤らめていた。

「・・・オ、オレはただ・・・な、なんだ米倉、なんで笑ってるんだ」

里美は今度はお腹をかかえて笑っている。
祐介は返す言葉もなく顔を真っ赤にし、窓にかかったカーテンを
引きちぎらんばかりに掴んで、その嘲笑に耐えていた。
ひとしきり笑った後、里美は急に真面目な顔になって祐介に訊いた。

「ところでさ、あんた『呪い殺すリスト』に誰の名前を書いたの?」

そうだ、それは亜希子も気になっていた。
呪会の会員として認められるには
自分が呪っている相手の名前と住所などを、
『呪い殺すリスト』に個人情報を書き込まなければならない。
祐介はいったい誰の名を書いたのか―――。

今度は祐介がにやけ顔を里美に向けた。

「あんた、まさかあたしの名前を・・・!?」

里美が蒼白になって祐介に掴みかかろうとした。

「違う!誰がお前の名前なんか書くかよ」

「じゃあ誰を書いたのよ!」

里美の勢いに気圧されながらも、祐介はニヤリと口元を歪めた。
左手の親指だけを立てると、自分に向けた。

「まさか、自分の名前を?!」

里美は呆気にとられて言った。

「呪会に登録するときに必要なのは
ハンドルネームとメールアドレスだけだ。
 実名を書く必要はない。
 だからサイト管理者も会員の素性は知らないんだ。
 でも、『呪い殺すリスト』に書き込む人間は
 その個人情報を書くことになってる。
 だから会員と『呪い殺すリスト』に書かれた人物か同一なのかなんて
 わからない。
 そもそも『呪い殺すリスト』に
自分の名前を書く奴なんかいないだろうけど」

祐介の言葉を聞いた亜希子は不安を口にした。

「でも、それって祐介君も、危険なんじゃ・・・」

「まだ呪会が殺人に関与してると決まったわけじゃない。
 それにもしそうだとしても、オレは大丈夫さ。
 簡単にやられるつもりはない」

亜希子を安心させたいのか、ゆっくりと言った。

「ほんと、あんたには頭が下がるよ」

里美がほとほと感心したように言う。

「とにかく地道な作業だが、やってみるしかない。
 これを来島と加原にも渡しといてくれ」

そう言って、祐介は『呪い殺すリスト』をプリントアウトした
書類の束を2つ里美に渡した。

窓から差し込む逆光の中、祐介の姿がシルエットになる。
亜希子は眼を細めて、祐介の顔を見ようとしたが
祐介の姿は輪郭のはっきりしない人影にしか見えず、
はっきりとらえられない。その黒い人影は、
何か得体のしれない不安を亜希子の胸の中にかきたてた。
亜希子は思わず、こぶしを強く握りしめていた。

呪会

呪会

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更新日
登録日
2016-09-26

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  1. 第1章
  2. 第2章
  3. 第3章
  4. 第4章
  5. 第5章
  6. 第6章
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  11. 第11章
  12. 第12章