謎の同窓会

花の金曜日

金曜日の夜、飲み屋街のアーケードへ向かう春田和樹(はるたかずき)の足取りは軽く、しかしゆっくりである。
今日は「花の金曜日」。春田にとっては、週に一度の楽しみだ。
抑えきれないワクワク感が彼の足取りを軽くさせ、同時にワクワクしている事を認めるのが照れくさく、敢えてゆっくり歩く自分がいる。「旧友」に会いにいく春田の胸中は、決まってアンヴィヴァレントだ。
春田は角を曲がってアーケードに入っていった。

そこには、花金らしくサラリーマンやOL達に、大学生らしい若者たちなど、様々な人が群れをなしていた。
すでに顔が赤くなった上機嫌な酔客もいて、春田はもうそんな時間だったかなと腕時計に視線を落とした。そのときだった。

「キャーッ!」
雑踏のざわめきに混ざって、甲高い悲鳴が聞こえた。
春田が驚いて顔を上げると、アーケードの一角に人だかりができていた。
こりゃあ「仕事」かな。
春田は人だかりの方へ駆けよった。

野次馬の間をくぐって人だかりの中心を見ると、若いOL風の女性と中年風のおっさんが言い争っていた。
何がおきたのか、野次馬から聞くところでは、どうもこのおっさんがチカンを働いたらしい。
「あんた、触っといて何しらばっくれてんのよ!」「やってねぇっつってんだろ!証拠あんのか?ああ?」
春田はため息をついた。
女性の方はかなり確信をもっている様子だが、証拠がない以上平行線だ。ここで言い争うより、警察を呼んだほうが話が早いだろう。
彼女も同じように考えたらしく、バッグから携帯電話を取り出して言った。
「埒あかないんで、警察呼びます」
するとおっさんはふざけんなコラ、殺すぞ、みたいなことを叫んだ。
女性が構わず電話を掛けだすと、おっさんは拳を振り上げて彼女に飛びかかった。

春田は素早く動いた。
一息で二人の間に飛び出ると、春田は左手でおっさんの突き出した右手の袖をつかみ、右手で首をつかむと、身体をひねりながらおっさんを左後ろに転がすように投げた。そして彼が再び暴れないよう、春田は自分のネクタイを外すとそれで両手を縛っておいた。

これでいい、さぁ早いところここを離れて、飲みに行かなくては。
周囲の酔っ払いが拍手したり口笛を鳴らす音が聞こえ、春田はどっと疲れを感じた。
春田は野次馬に背を向け、また一人アーケードを歩き出す。

「あの・・・」
女性の声が聞こえたような気がしたが、足を止める気にはならなかった。
別に礼を言われることでもないし、称賛されるようなことをした覚えもない。
おっさんは本当に無実だったのかもしれない。女性に暴力を振るおうとしたから制圧しただけのこと。
それに。春田はぼそっとつぶやいた。誰にも聞こえないくらいの声で。
「これはただの仕事だ」

そう、春田にとってこれは、日常的な「仕事」でしかなかった。

チカン騒ぎにも関わらず賑わい続ける花金の飲み屋街。春田はそこから隠れるように、暗い脇道にひょこっと足を踏み入れた。
その道は細いが長く続いており、たまに飲み屋に出くわすものの、先ほどのアーケードに比べたら盛り上がりがなく、むしろさびれていた。
そんな花金の盛り上がりから取り残されたような店の一つが春田の目的地だった。

「小料理屋 みさと」と書かれた置き看板が目印なのだが、その店を知らない人の目には留まらないだろう。
なぜなら、置き看板は電気で点灯する方式のものにも関わらず、常に消灯してあるからである。
しかし常連である春田は置き看板を目印に目当ての店の暖簾をくぐり、引き戸に手を掛けた。

ガラガラガラと引き戸を開けて中に入ると、昔ながらの和風な内装に心がなごむ。
店主のみさとが笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃい」
小さな店なので、客が一人しかいないことがすぐわかる。いつも通りだ。
春田は毎週金曜日、ここで「旧友」と酒を飲むのである。

「待たせたな」
春田は先客の隣に腰掛けた。
「旧友」の隣には空のジョッキ。すでにビールを空けたようだ。
「いいよ、また急な仕事だろ?」
「ああそうなんだよ。すぐそこでチカン騒ぎがさ」

「ハイボールでいいかしら」
「おう」
「北村くんはビールおかわり?」
「うんお願い」
北村というのは「旧友」の名前だ。
「もうお客さんこないし、私も飲んじゃお」
みさとはもう一つコップを出して、自分のビールを注いだ。
三人で静かに乾杯すると、いつもの「同窓会」が始まった。
「ハルちゃん、お仕事大変なのね」
みさとは春田のことをハルちゃんと呼ぶ。
これは遠い昔、春田と北村とみさとが小学校の同級生だった頃からずっとそうだった。
「まぁ俺は、不定期に仕事が来るだけで普段は大変じゃないからさ」
「そうなの。北村くんは調子どう?」
みさとは北村のことは北村くんと呼んでいる。この理由は春田にはよくわからない。
「まぁ似たような感じ」
顎を突き出してそっけなく言うと北村はビールに口をつけた。

「ハルちゃん、ちょっと太ったんじゃない?」
「えぇ、そうかな。みさとこそ、最近”女将”っぽい貫禄が・・・」
「やだ、うそ」
「あ、それ俺も思ってた」
「北村くんうるさい」
バカみたいな話題で盛り上がる三人。
特に面白い話をする訳でもなく、重大な報告がある訳でもない。
それでもこの三人で酒を飲んでいると、春田はとても居心地が良いのだった。
30を目前にして、こうして幼馴染三人で盛り上がれることに幸せを感じる。
きっと北村も、みさともそう感じているだろうと春田は思っている。だから週に一度、金曜の夜はこうして集まっているのだ。
春田自身を含め、誰一人それを口に出して言う者はいないのだが。

これだけだとただの飲み友達だが、実は春田と北村には、他人に言えない関係性がある。
その関係性を知っているのは二人の他はみさとしかいない。
それ故この同窓会には、秘密を共有する三人が語り合う場という意味もあった。

みさとはビールを一杯空けると、いたずらっぽく言った。
「しかしまぁ、日ごろ世間を賑わせてる敵同士が実は同級生で、こんな所で一緒に酒飲んでるなんて知ったら、みんな驚くわね」
「今更それは言いっこなしだよ」
春田が笑いながら言うと、北村も同調してうなずいた。
「もう何年もこんな感じだからな。春田は町の平和を守るヒーローで、俺は平和を脅かす怪人。普段は俺たち戦ってるけど、まぁ仕事ですから」
「そうそう、仕事ですから」
言いながらおかしさがこみあげてきて、春田は笑った。二人もつられて笑った。暗い路地の小さな飲み屋に、明るい笑い声が響いた。

この街には、平和を守るヒーローがいる。
しかしヒーローがヒーローとして存在し続けるためには、対の存在としての怪人が必要だ。
だからヒーローと怪人が同級生でもおかしくないし、毎週飲んだっていいだろう。
よくわからない論理だが、春田がこの謎の「同窓会」を正当化するには十分な理屈だった。

つづく

衣の中の真実

酒が進むと、自然と「仕事」の話になってくる。

ヒーローという仕事には秘密が付き物だ。というのも、町の平和を守るヒーローを良く思わない者も少なからずいるからだ。
春田もその例に漏れず、おいそれと自分の職業を明らかにできる身分ではなかった。

仕事の愚痴をこぼすという、30手前の男にはありふれたコミュニケーションさえ満足にできない春田にとって、みさとの店は数少ないオアシスのような場所だった。

「ヒーローの仕事も、昔と変わっちまったなぁ」
日本酒に移行した春田は、お猪口に口を付けながら言った。
「昔は警察では歯が立たないような怪人相手の派手な仕事だったのに、今となっては痴漢やひったくりを捕まえるのが主になってる。虚しくなってくるよ」
「そんなこと言って。怪人なんて出ない方がいいでしょ」
みさとがたしなめるように言った。
「そりゃそうだがな…」
春田は北村の方を見ると、北村は何かを堪えるような顔で、ジョッキの泡をじっと見つめていた。
「あぁ、そうだよな。出ない方がいいんだよな。怪人なんて」
そう静かに北村が呟いたのを最後に、店内に沈黙が訪れた。発すべき言葉が見つからない春田は、黙って徳利を傾ける。
こういう時に沈黙をやぶるのは、決まってみさとだった。
「あ、そうだ二人とも、天ぷら食べる?」
「おう、いいね」
春田はみさとの気遣いに感謝しながら、その提案に乗った。
「僕も食べたいな」
北村も表情を緩めた。

ジュー、パチパチという音が店に響いている。

謎の同窓会

謎の同窓会

毎週金曜日、飲み屋街のはずれ―小さな居酒屋で二人の男が飲んでいる。小学校時代は同級生で親友だった彼らだが、今は他人に言えない関係性があった。一人は町の平和を守るヒーロー、もう一人は町の平和を脅かす怪人。親友だった彼らはなぜ敵同士になったのか?そして敵同士になった彼らがなぜ、毎週一緒に酒を飲んでいるのか?謎に包まれた彼らの「同窓会」だが、細かいことは気にせず今日も乾杯。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-25

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  1. 花の金曜日
  2. 衣の中の真実