そこは海

 ある人が言った。あたしは、ここであの人と出会ったのだと。水を掛け合って、砂浜の上ではしゃいだ。笑い声が青い空の下、響き渡った。
 あの人が言った。僕は、嫌なことがあったらここに来るようにしていると。小さい頃を海の傍で過ごしたから、波の音を聞くと心が安らぐのだ。親友を連れてきたこともある。親友は笑った。海っていいものだなと。
 親友が言った。昔から、周りの人との価値観の違いに悩んでいたのだと。かわいいと思う女の子の話をするとき、どうしても特定の誰かを挙げられなかった。頭にすぐ浮かんでくるのは、智樹君や正平君だったりした。不思議でしょうがなかった。だから、母親に相談した。すると母親は、この世界で一番美しい笑顔を添えて、あなたは同性愛者なのよ、と教えてくれた。
 母親が言った。夜の海を一人で歩くのは危ないと。中学生だった頃、私は海岸沿いを散歩していた。嫌な恋に泣いていた。黒塗りの車から、一人の男が出てきた。男にあっさり捕まって、車に連れ込まれた。疲れていたから、されるがままに身を委ねた。そしてその夜、一つの命を宿した。
 男が言った。大きな罪を犯すと、平気で罪を重ねてしまうものだと。ボスの命令で死体を海に沈めた後、おれは欲求不満だった。一発抜きたくなっていた。そこに、百人がすれ違ったら百人が振り返るような女が通りかかった。これを逃す手はないと思った。車に連れ込んで、たいして抵抗しない女で一発抜いた。やがて生まれてきた子どもには、父親がいなかった。
 誰かが言った。そこは海だと。

そこは海

そこは海

誰かが言った。そこは海だと。

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-09-24

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