ハイパー作業員

 つまらぬことで上司とケンカになり、小野寺隼人は会社を辞めた。やたらとプラス思考の話をし、自分の考えを押し付けてくるイヤな相手だったが、二十九歳にもなって大人げなかったと、今では反省している。
 七十歳の定年までに何度か転職するのが当たり前の時代になったとはいえ、小野寺のようなケースでの再就職は簡単ではない。せめて、少しでも自分のキャリアを活かせる仕事に就きたいと願ったが、ほとんどの会社から門前払いをくった。会社とモメて退職した人間など、どこでも敬遠されるのだ。わずかばかりの蓄えもアッという間に底をつき、もはや仕事の選り好みなどしている場合ではなくなった。
「ピッキング作業員求む、高齢者も歓迎、かあ」
 求人情報を検索していた小野寺は、思わずそうつぶやいた。肉体労働などやったことはないが、高齢者も歓迎とあるから、さほどの重労働ではないのだろう。家から近いし、何しろ高給だ。電話して断られると他に当てがないので、とにかく、行くだけ行ってみることにした。
『銀河物流株式会社』というその会社は、宙港近くの倉庫街にあった。正面玄関から入ろうとしたら守衛に止められ、裏口に回るように言われた。『ハイパー作業員通用口』と書かれたドアを開けると、廊下に矢印が表示されており、それをたどって行くと事務所のような部屋があった。ドアには『ハイパー作業員準備室』と書いてある。小野寺は思い切ってノックしてみた。
「すみません。求人情報を見て来たんですが」
 すると、部屋の中から「開いてるよ、入りな」という男性の声がした。聞いただけの印象だが、かなりの年配のようだ。
「失礼しま、あっ!」
 ドアを開けた小野寺は、絶句した。パンツ一丁の老人が立っている。しかも一人ではない。三人いた。中でも一番年上に見える白髪の一人が、小野寺に向けて片手を挙げた。
「おお、気にせんでくれ。作業用のハイパースーツを着るのに、これが一番ラクなんじゃ。それにしても、おまえさん若いね。歳は?」
「え、ああ、来年三十になります。小野寺と言います」
 すると、片手を挙げた老人の隣に立っていた五分刈りで色黒の老人が「ほう」と言った。
「するとまだ二十代か。いやあ、若い。うらやましい。なあ、室谷さん」
 室谷というのが、最初に話しかけてきた老人の名前のようだ。
「なんの、わしから見れば、常ちゃんだって、充分若いよ」
「世間じゃ、七十二歳を若いとは言わんよ。それより、この若者をどうする?」
 若者呼ばわりされるのは何年ぶりだろう。小野寺はこそばゆい思いをした。
「うーん、今日は所長さんは休みじゃし、わしは単なるバイトリーダーじゃから、採否の権限はない。出直してもらうしかあるまいな。まあ、せっかくじゃから、パフォーマンスぐらい見せてはどうかの?」
 常ちゃんと呼ばれた方の老人は「そうだな」とうなずき、振り向いて小野寺を差し招いた。
「えーと、小野寺くん、だったかな。ちょっと来てくれ」
 今日は無駄足だったらしいと思いながら、小野寺はパンツ一丁の老人たちのそばに行った。
「何でしょう?」
「まず、自己紹介しとこう。おれは常成だ。せっかく来てもらったのに、このまま帰らせるのも気の毒だと思う。せめて、おれたちがどんな仕事をしているのかだけでも、見ていかないか?」
 それも悪くないと思った。とりあえず、パンツ一丁の理由だけでも知りたい。
「お願いします」
 常成という老人は「うむ」とうなずき、今まで一言もしゃべっていないもう一人の、見事なスキンヘッドの老人に向き直った。
「定さん、そういうわけだ。装着してくれ」
「ああ」
 常成は再び小野寺を振り返り、「定村さんだ。別に機嫌が悪いわけじゃない。いつも無口なんだ」と笑って片目をつむった。
 老人三人は、そのまま奥のロッカーに向かった。ロッカーといっても、通常のものよりかなり大きい。不謹慎だが、小野寺は棺桶を連想した。業務用のロッカーには珍しく、扉は観音開きになっている。三人が各自のロッカーを開けると、中に入っているものが見えた。小野寺は、思わず「ロボット?」とつぶやいていた。
 それは、一見、人間型ロボットのようだったのだ。だが、次の瞬間、三人が一斉にこちらを振り向いて「装着!」と叫ぶと、ロボットのようなものの前面のパーツが開き、後ろから彼らを包み込むように密着した。完全に体を覆うと、頭部もヘルメットの左右が合体し、ゴーグルから目の部分だけが見えている状態になった。
 これが、先ほど室谷の言っていたハイパースーツというものであろう。ただし、形も色もそれぞれ違っている。室谷が装着しているのは赤い色で、全体にスリムである。常成のものは黄色で、上半身がごっつい感じ。定村のは青で、足の部分が異様に太い。おそらく、それぞれ役割や機能が違うのだろう。
 常成が力こぶを作るように右手を曲げた。モコッと二の腕の部分が膨らむ。
《うむ、いい感じだ》
 口の部分までヘルメットに覆われているため、常成の声はマイクを通して聞こえてきた。
《よし、じゃあ、上に移動しよう。小野寺くん、そこの階段をのぼってくれ。おれたちは直接行く》
 直接、という意味は、すぐわかった。天井の一部が開いたかと思うと、まず、青いスーツの定村が垂直にジャンプして二階まで上がった。ものすごい跳躍力だ。続いて、常成の組んだ両手に片足をかけて室谷がジャンプした。最後に、残った常成が両手を上げてジャンプし、上から二人で引っ張り上げた。驚いている小野寺に、天井の穴から常成が頭を出して声をかけた。
《急ぐ時以外は、おれたちも階段を使うんだが、まあ、これもパフォーマンスの内さ。さあ、来てくれ》
 二階は全フロアが倉庫になっていた。天井が高い。おそらく十メートルはあるだろう。そこに、大小様々な荷物が積み上げられていた。荷物には地球以外の言葉が印刷されているものもある。それを指しながら、常成が説明を始めた。
《ここに置いてあるのは、貨物用宇宙船から積み下ろされた荷物だ。地球内に配送されるものもあるし、ここを中継点として、他の星系へ運ばれるものもある。おれたちの役目は、回ってくる注文票に従ってこの中から必要な荷物を探し出し、まとめてパッケージして配送係に渡すことだ。もちろん、軽い荷物ばかりじゃない。レアメタルの鉱石なんざ、何トンもある。昔なら、フォークリフトを使うような仕事だが、今じゃ、ほら》
 常成は片手で大きな箱を抱えて見せた。
《おれのハイパースーツは、腕の筋力を十倍パワーアップする。定さんは足が十倍だ。そして、室谷さんは》
 室谷の赤いスーツが、一瞬、消えたように見えた。と、次の瞬間には、手に小ぶりの荷物を持っていた。
《わしのは、動きが十倍速くなる。その分、力仕事は無理じゃがの》
「かっけー。あ、いえ、すみません」
 常成は箱を降ろすと、軽く手を振った。
《いいさ。そう言ってもらえると、おれたちもうれしい。ここにあるハイパースーツは、元々惑星開拓用に作られたものの中古品だ。本来の用途とは違うが、こうして年寄りが働くのに役立っているのさ。最近じゃ、肉体労働というだけで、若者が寄り付かないからな。結局、こういう作業をやるのは、おれたちみたいな現役を引退したジジイばかりだよ。小野寺くんのような若者が仲間になってくれれば、バンバンザイだ》
 その時、常成の降ろした箱が、ゴトゴトと動いた。それを見た定村が、うわずった声を上げた。
《バカヤロー!そいつはバグケラスの箱だぞ!》
 バグケラスという名前は、小野寺も聞いたことがある。ゴルゴラ星人の食料だが、『史上最も凶暴な食べ物』と呼ばれている。普通は冬眠状態で運搬するのだが、何かのはずみで目覚めてしまったらしい。ゴスッという音がし、箱を突き破ってカギ爪の生えた手が出てきた。常成は小野寺をかばうように前に回り込んだ。
《すまん、小野寺くん。こいつはおれたちで取り押さえる。とりあえず下に降りてくれ!》
「は、はい」
 大急ぎで階段を駆け下りた。会社の誰かに知らせた方がいいのか、警察に通報した方がいいのか、迷っていると、ドスンという大きな音とともに、目の前にバグケラスを腕に抱えた常成が落ちて来た。小野寺は初めてバグケラスの実物を見たが、痛そうなトゲがいっぱい生えた小型の肉食恐竜のような姿をしている。天井の穴から室谷が顔を出し、《小野寺くん、逃げるんじゃ!》と叫んだ。入れ違いに、青いスーツの定村がバグケラスめがけて飛び蹴りを仕掛けた。が、間一髪外れてしまい、ボゴッという音がして、床にメリ込んでしまった。
 小野寺はパニック状態で足がすくんでいたが、バグケラスが常成の腕を振りほどいたのを見て、反射的に逃げ出した。だが、気が動転していたため、出口とは反対側だった。後ろから、ガリガリという足音が追って来る。
「うわーっ、かんべんしてくれ。こんなところで、死にたくないよ!」
 目の前にハイパースーツ用のロッカーが見えた。あの中に入ればいい、そう思って開けたが、黒いハイパースーツが入っていて、小野寺が入るすき間がない。
「どどど、どうしよう。あっ、そうだ」
 小野寺はくるりと振り返り、バグケラスを見ないよう目をつむって、「装着!」と叫んだ。
 ふわりと包み込まれる感覚があり、すぐに耳元で《緊急事態のため、フルオートモードで対処します。全身の力を抜いてください》という人工音声が響いた。言われるがまま脱力し、薄目を開けた小野寺の視界に、牙をむき出したバグケラスの顔が迫って来た。
「うわっ!」
 次の瞬間、小野寺の右前蹴りがバグケラスの顔面に炸裂した。
 だが、弾き飛ばされながらも、バグケラスは空中で態勢を立て直し、咆哮を上げると再び襲いかかってきた。
「ひえーっ!」
 ビビる小野寺本人にかまわず、左右の腕が次々に高速パンチを繰り出した。さらに、回し蹴り、ヒジ打ち、飛びヒザ蹴り、相手の動きが止まったところを両手でつかみ、脳天逆落としにした。さすがに悲鳴のような鳴き声を上げ、バグケラスはうずくまって大人しくなった。
《よし、今じゃ、常さん!》
 呆然としている小野寺の前に、大きな透明のケースを持った常成が現れ、バグケラスにそれをかぶせた。反射的に飛び上がったところを、ガシャッと音がしてケースの下部が閉じた。
《確保したぞ!》
 常成の黄色のスーツの横に、赤いスーツの室谷が並んだ。
《温度設定を4度以下にするんじゃ。それでバグケラスは冬眠状態になる》
《おお》
 常成がケースについているダイヤルを回すと、バグケラスの動きが完全に止まった。
《おーい、わしを助けろ!》
 叫んだのは定村だ。なかなか床から抜け出せないようだ。小野寺のスーツが勝手に動き、引っ張り出した。それが済むと、また、小野寺の耳元で人工音声が響いた。
《緊急事態終了。マニュアルモードに戻ります》
 途端に、小野寺の動きがぎこちなくなった。老人三人の安心したような笑い声がし、常成が右手を差し出した。
《小野寺くん、ありがとう。きみのおかげで大事にならずにすんだ》
《いやあ、ぼくじゃありません。この黒いハイパースーツの力です。これ、すごくないですか?》
 常成と握手を交わすと、室谷もそこに手を重ねた。
《おまえさんが装着したのは、所長さん用のオールマイティタイプじゃよ。もっとも、所長さんは女の人じゃから、かねがね管理職に専念したいと言っておる。頼めば、喜んで譲ってくれるじゃろう。どうじゃね、明日、面接に来るかね。それとも、今日の騒動で、こりたかの?》
《あ、それはもう、ぜひ、お願いします。なんか、やりがいがありそうです》
 定村も手を乗せた。
《決まりだな》
《ありがとうございます。ところで》
 小野寺は少し恥ずかしそうに、こう付け加えた。
《ぼくも、パンツ一丁じゃなきゃ、ダメですか?》
 全員、大声で笑った。
(おわり)

ハイパー作業員

ハイパー作業員

つまらぬことで上司とケンカになり、小野寺隼人は会社を辞めた。やたらとプラス思考の話をし、自分の考えを押し付けてくるイヤな相手だったが、二十九歳にもなって大人げなかったと、今では反省している。七十歳の定年までに何度か転職するのが当たり前の時代に......

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  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-21

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