おそろいのかんざし

 私の知らない私と出会う瞬間は、いつだって曖昧な境界線を越えてくる。ときどき、そんなことを思う。
 秋葉原の喧騒から少し離れた通りを緩やかな足取りで進む。今日の練習メニューをどうしようかと、頭の中で考えながら。
 秋になり、朝方は冷え込むようになった。息を吸い、涼やかな空気が胸の内に流れ込むのを意識する。風が吹く。そろそろマフラーを出そうかしら。
 横断歩道に差しかかるところで、見慣れた後ろ姿を捉えた。背中まで伸びた柔らかな髪。頭の上では輪を作るように、その髪をかわいらしく結わっている。ことりだ。
「ことり、おはようございます」
 背中へ向かって声をかけると、こちらを振り返ってにっこりと笑みを浮かべる。彼女はいつでも明るい笑顔をたたえている。その明るさに何度癒されたか知れない。
「海未ちゃん。おはよ~」
 ちょうど信号機が青を示したから、並んで歩き出す。
「もうすっかり秋ですね」
「寒くなってきたね。朝、お布団から抜け出すのがもう大変」
「ええ。――寝坊が増えないか心配です」
 角を一つ曲がり、神田明神へ通じる長い階段が見えてきた。日中は観光客などで賑わうのだけれど、このくらいの時間だと静かで落ち着いている。
 階段の手前で二人の少女が待っていた。私とことりより一学年上、三年生の絢瀬絵里と矢澤にこだ。絵里は軽くストレッチをしていて、一方にこは腕組みをして、不機嫌そうな顔をしている。
「あ、海未、ことり。おはよう」
 絵里が私たちに気づいて手を振る。ロシア人の祖母を持つクォーターで、スタイル抜群。モデルのような彼女は手を振るだけで絵になる。
 成績優秀で、夏休みを迎えるまでは高校の生徒会長も務めていた。
「おはようございます」
「絵里ちゃん、おはよ~」
「おはやくないわよっ。揃いが悪すぎない? みんな、たるんでるわよ」
 にこが険しい顔をしている。二つ結びの綺麗な黒髪、背の低い彼女が不機嫌そうにしていると、どこかいじらしさもある。
 にこのプロ意識の高さを差し引いたとしても、集合時間に間に合っているのはこの四人だけ、声を荒げたくなる気持ちも分からないでもない。
「にこちゃん、アイドルなんだから、笑顔笑顔」
 ことりが取り成すと、にこはハッとしたように頷く。
「そうね……にっこにっこにー! おはにこっ!」
 彼女の、自らの名前になぞらえた決め台詞。
「どうする。先に練習始めてる?」
「そうだね~。時間も限られているし」
「そうしましょうか」
「ちょっと、スルー⁉」
 むくれているにこを置いて、私たち三人は長い階段を駆け上がり始めた。遅れて、にこも付いてくる。秋の匂い漂う空の下、リズミカルな足音が響き渡る。
 私たちは、秋葉原、神田、神保町の三つの街のはざまにある音ノ木坂学院に通う高校生。そこでスクールアイドル活動をしている。
 音ノ木坂学院は生徒数の減少で廃校の危機に瀕していた。自分たちの学校を愛する私たちは、今流行りのスクールアイドル活動をして、学校を有名にしようと励んでいる。
 グループ名は「µ`s(みゅーず)」。メンバーは九人いるのだけど、今朝の練習にはまだ四人しか来ていない。曲を踊りきるためにも、体力をつけることは、アイドルにとって欠かせないものだというのに。
 真っ先に思い浮かぶ顔。穂乃果は、ちゃんと来るだろうか。

 息を切らしながら、階段を上がっていく。少しずつ、内側から気分が高揚してくる。小さい頃から弓道に励んでいたため、これくらいでばてることはない。
 絵里とことり、にこもちゃんと続いてくる。活動を重ね、着実に体力をつけている何よりの証左。
 階段の一番上までたどり着くと、神田明神はすぐ目の前。――その境内に、見知った姿を見つける。巫女服を身に纏い、境内を掃き清めている一人の少女。ふわりとしたボリュームのある髪が背中にかかり、今朝はそれを編み込みにしていた。µ`sのメンバーの一人、三年生の希だ。
「希、おはようございます」
 私が声をかけると、彼女は恐る恐る、といった感じで振り向く。
「希、朝練はどうしたのよ」
 絵里も気づいて、問いかけた。
 希は箒を持ったまま、私たちの方まで歩み寄ってくる。
「ほかのお手伝いの子にどうしても代わってほしいって言われて、断れなかったんよ」
 スピリチュアルスポットに目がない彼女は、神田明神でお手伝いをしている。それで活動に参加できない、なんてことは今までなかったのだが。
「そういうことなら、仕方ないね~」
「希……あんたも……走り……なさいよ」
 そう文句を口にするにこは、息も絶え絶え。もう少しスタミナをつけてほしいものだ。ただ、彼女はステージ上では笑顔を絶やさないため、なんとも言えない。
「にこっち、ごめんな。今朝はここで、スピリチュアルパワーを充電しておくから」
「じゃあ、私たちは走り込みを再開しましょう」
 絵里が促し、私たちは軽く頷く。にこが休憩を欲するような顔をしていた気がするけれど、気づかない振りをした。
 階段を降りようとしたら、下の方からかしかましい声が聞こえてきた。三人の少女が、なんのかの言いながらこちらまで走ってくる。
「微笑ましいわね」
 絵里が愛おしむように目を細めた。私は、ほんとですね、とそれに同調した。
「一番にゃ~!」
 まるでそこにゴールテープがあるように両手を広げ、元気いっぱいに一人が私たちの横を駆け抜けた。一年生の星空凜、もちろんメンバーの一員だ。
「今日も練習、いっくにゃ~!」
 男の子みたいなショートカット、汗がきらりと光る。朝からテンションが高くて、彼女が来るだけで場の雰囲気が華やいだ。
 とはいえ。
「凜」
 呼ばわると、にゃんにゃん言っていた凜が、ぴたりと動きを止めた。
「遅刻ですよ。集合時間はちゃんと守ってください」
「り、凜は悪くないよ。かよちんがUTXの前でA-RISE(あらいず)の新曲に見入ってたから~」
 凜から遅れ、当の花陽が私たちの傍まで駆け寄ってくる。
「凜ちゃん、競争じゃないんだから。最後まで持たなくなるよ……」
 いつものように、誰よりも凜のことを心配する花陽に視線を据えた。
「花陽も、遅刻はいけませんよ」
「ご、ごめんなさい……。A-RISEがどんな曲でパフォーマンスするのか気になっちゃって」
 消え入りそうな声で俯いてしまう。控えめな性格の彼女は、ちょっと注意しにくい。
 花陽の言うA-RISEとは、秋葉原駅から徒歩数分の位置にあるUTX学院という高校のスクールアイドルで、私たちよりも遥かに知名度が高い。これから予選が始まるスクールアイドルの大会「ラブライブ!」の優勝候補と目されていて、同地区で争うµ`sにとって、最初にして最大の関門だろう。
 UTX学院の校舎に設置されている大画面では、彼女らのプロモーション映像が流されている。気にかかる気持ちも理解できる。
 矛先を変え、二人と同じ一年生の真姫に目を向けた。
「真姫、あなたはどうして遅れたのですか?」
 いや、その、と気まずそうな表情をしてから、「新曲を作ってたら深夜までかかっちゃって――そうだ、後で感想を聞かせてよ」と真姫は答えた。
 ピアノが弾ける彼女は作曲担当を務めている。真姫の音楽センスに支えられている側面は多分にあるため、それを出されては矛を引っ込めるしかない。
「それは楽しみね。後で聴かせてもらいましょう」
 と、絵里。続けて、ところで、と周囲を見渡す。
「ところで、誰か一人、いない気がするのだけど」
 絵里の発言を受け、みんながそれぞれの顔ぶれを確かめた。
「希ちゃん――は、向こうでお手伝いしてるし」
 と、ことり。
「にこじゃない? あ、いた」
 と、真姫。
「何よ、失礼ね」
 にこが頬を膨らませると、だって、たまに忘れられてるから、と真姫は心ないことをさらりと口にする。
「あ、分かったにゃ。穂乃果ちゃんがいないにゃ~」
「え、穂乃果ちゃん、まだ来てなかったのぉ⁉」
 花陽が驚きの声を上げるまでもなく、私はとっくに気づいていた。だって、ほかでもない穂乃果なのだから。
 しょうがない、というようにため息をこぼす。
「寝坊ですね、きっと」
「昨日の部活で疲れちゃったんだよ。穂乃果ちゃん、ダンスの動きを確認するの、だいぶ気合入れてたし。たまにはゆっくり休ませてあげても、いいんじゃないかな~」
 ことりがみなまで言い終えるより先に、
「穂乃果の遅刻はたまにじゃありません! それに、部活に励んでいるのはみんな一緒です」
 と反論が口をついて出る。ことりはいつも穂乃果に甘い。
 だけど、少しの間を置いて思う。だけど、穂乃果のことになると、どうしてか私はつい感情的になってしまう。
 結局、今日の早朝練習に穂乃果は現れなかった。

「今日もパンがうまいっ!」
 幸せそうな顔でパンにかぶりつく。今朝の反省をすっかり遠くの彼方へ追いやっていそうな、穂乃果のその表情。彼女はパンが大好きなのだ。
「穂乃果、また中途半端な時間に食べて――もう一度、ダイエットしなきゃいけなくなりますよ」
 穂乃果、ことり、それから私の三人は幼馴染で、互いのことは知り尽くしている。喋り方はふわふわしているけれど、内面は意外としっかりしていることりはいいとして。自分の思いつくままに行動しがちな穂乃果は、いつも口出しせずにはいられない存在だ。
「え、大丈夫だよ。これからたくさん体動かすし」
 そうそう、と隣で花陽が頷く。「食べたいものを我慢する方が、かえってよくないと思うよ……もぐもぐ」
 花陽の手には特大のおにぎりがあって、さっきからそれを満面の笑みで食べていた。穂乃果にとってのパンと同じように、花陽は白米が大の好物。花陽の中の天秤にかけたら、たぶん白米とµ`sのメンバーはいい勝負。
「花陽、同じ言葉を繰り返してほしいのですか」
 没収です、とそのおにぎりを奪い取る。「一人でこんなに食べてはいけません。みんなで分けましょう」
 花陽は泣きそうな顔になった。
「わ、私のおにぎり……誰かたすけて~」
 はあ、とまたため息をついてしまう。これから部活の時間だというのに。
 放課後。私たちは屋上に来ている。晴れているときはここが活動場所になるからだ。すっかりお馴染みとなった。
「二人とも、スクールアイドルとしての自覚を持ってください。特に穂乃果は! 今朝も寝坊して」
「ひいっ」
「まあまあ」希が間に入る。「お説教はそれくらいにして。せっかく晴れてるんやし、練習始めようやん」
 そうですね、と頷く。大会までの時間は限られている。有効に使っていかなければ。
「そういえば、新しい曲は聴いた?」
 絵里に訊かれ、私は首を縦に振る。
「ええ。とてもいいメロディーでしたね。さすがは真姫です」
 すると、当の真姫は照れたように横を向いた。
「べ、別に、いつも通りよ」
「わたしも聴いた~。すごくよかったよ」
 笑みを浮かべることり。
「じゃあじゃあ、次はその新曲で臨むの?」
 凜の問いに、絵里が答える。
「そのつもりよ」
 それから、と私の方に向き直る。「作詞は、今回も海未に任せていいかしら」
 もちろん、そのつもりだった。
「はい。がんばります」
 作曲担当は真姫だけど、作詞は基本的に私がやっていた。始めた頃は作詞の経験なんてなくて、できるとは到底思えなかった。けれど、今ではみんなのために、そう思うだけで筆が進んだ。
 まあ、とにこが腕を組んで得意そうな顔をする。
「まあ、間に合わなかったら、私が作った『にこにー・にこちゃん』で代用すればいいから。気楽にやりなさいよね」
「海未ちゃん、ファイトだよっ!」
 太陽に負けないくらい眩しい穂乃果の笑顔を目に焼けつける。

 翌朝、ふとした拍子に目を覚ますと、外の気配が感じられなかった。カーテンを引いて確かめると、しとしとと秋の雨が降っている。
 なんとなく、ぼんやりと見つめてしまった。穂乃果は雨の日だと「つまんないよー」とこぼすけど、私は嫌いではない。規則正しい雨音のリズムが心を落ち着かせてくれる。
 ただ、このまま放課後まで降り続くようでは、部活ができない。時期が時期だけに、それは困るのだ。
 登校すると、やはり穂乃果は嘆き節だった。
「えー、雨どんどん強くなってないー? もう、雨やめー‼」
 空に向かって声を大きくする穂乃果の隣で、ことりが苦笑いを浮かべていた。
「天気ばっかりはしょうがないよ~。お願いしても変わらないって。――あ、海未ちゃん。おはよ~」
 私に気づいて、手を振る。おはようございます、と応える。
「あ、海未ちゃん。おっはよう! 明日から連休に入っちゃうのに、これじゃあ屋上が使えないよー」
「仕方がありません。放課後までに止んでくれることを祈りましょう」
「うーん……あ、そうだ。希ちゃんが祈ったら、きっとすぐに止むんじゃないかな」
 お願いしてくる、言うが早いか、穂乃果はパタパタと教室を出ていく。思いついたらすぐに行動するのは相変わらず。確かに、スピリチュアルパワーで強運を引き寄せる希なら、もしかしたら――と考えなくはない。
「行っちゃったね」
「ええ」
 ことりと笑みを交わし合う。小さい頃から一緒にいるから、もうすっかり慣れた。
 教室で待っていると、出たときと同じ勢いで穂乃果が戻ってきた。
「海未ちゃん! ことりちゃん!」
「どうしたんですか、そんなに慌てて」
「何かあったの?」
 穂乃果は呼吸を整えてから、「絵里ちゃんが、三年生の教室に来てくれないか、って。話があるみたい」

「合宿⁉」
 みんなの声が揃う。驚きと歓喜の色が溶け込んでいた。
 絵里のもとへ向かうと、凜と花陽、真姫も集められていた。絵里と同じクラスのにこと希も話の輪に加わっている。
「ええ、どうかしら。今日はこんな天気で、それに、明日から連休に入ってしまって、学校が使えないのはつらいから」
 なるほど、と胸の内で納得する。
「曲や振り付けを考えるのにも、集中してやった方がいいかもね~」
 ことりが賛同する。
「私も賛成です」
 ことりに続いた。
「穂乃果はどう?」
 少し考える素振りを見せてから、「いいと思う! 絆も深まりそうだし」と穂乃果は言った。
「じゃあ、決まりやね」
「わーい、楽しみ! 凜、ラーメン持っていくにゃ~」
「お、お米は、私におまかせを」
「それより、どこに泊まるのよ」
 にこの問いかけに、それぞれの視線が自然と真姫に集まる。
「ゔぇっ⁉」
「真姫ちゃん、夏に使った別荘はどうかな? また使わせてもらうこと、できるかな?」
 期待に満ちた瞳をたたえて、穂乃果がすり寄る。彼女を真似て、後ろで私たちも両手を組む。お願い、というように。
「べ、別にいいけど。それなら、前回と違うところにしよっか?」
 前回、というのは夏休みのこと。夏休み期間に行った合宿でも、真姫の家の別荘に泊まらせてもらった。いわゆるお嬢様である彼女には、こういうときにどうしても頼ってしまう。
「え、真姫ちゃん、別荘いくつも持ってるの?」
「さすがだにゃ~」
 こうして泊まるところも確保し、急遽、合宿が決行されることになった。
 外は穂乃果の叫びも虚しく、依然として雨が降り続いている。

 結局お昼を過ぎても太陽がお目見えすることはなく、灰色の空。アイドル研究部の部室からその様子を恨めしそうに眺める。
 μ`sが結成するより前に、部員が一人だけの「アイドル研究部」が存在していた。その部員とは、ほかでもないにこ。経緯あって、にこがμ`sに加入して以来、私たちはこの部室を利用している。室内に置かれているのはにこの私物ばかりだが。
「今日は残念だけど、練習は無理ね」
 絵里がみんなの思いを代弁した。
「そうだね~」
「でも、たまにはいいんじゃない。こうしてのんびりするのも」
 真姫が片目を瞑ってそう言う。明日から合宿へ行くのを踏まえれば、そういう考え方もありかもしれない。
「目標に向かって突っ走るだけじゃなく、立ち止まる日も大事――カードもそう告げてるんよ」
 希がさっとタロットカードを掲げる。
「そうですね。――ところで、何人か見当たらないのですが」
 部室にいるのは絵里、ことり、真姫、希、それからにこと私。三人いないことになる。
「凜と花陽は買い出しに行くって言ってたわよ。お菓子とかパーティーグッズを買うって。穂乃果も一緒じゃない?」
「おそらく、そうね」
 真姫の推測に、絵里が頷く。
 私は思わず首を横に振った。「もう、遠足ではないのですから――」
「まあまあ」
 ことりのなだめるような笑顔。
「海未ちゃんは、穂乃果ちゃんにはいつも厳しいんやな~」
「対照的な性格だから、余計に気になってしまうのかもね」
「違うわよ」
 頬杖をついて空模様を眺めるだけだったにこが、唐突に言葉を発する。
「何が違うの、にこちゃん?」
 ことりが尋ねる。
「海未が穂乃果に厳しいのは、好きだからよ」
 ――好き、だから? 何気ない言葉だったのに胸に引っかかって、上手く表情を作れなかった。好きって、どういう感情だったかしら。
「ことりが穂乃果に甘いのもそう。二人とも、穂乃果が好きでしょうがないのよ」
 やれやれとばかりに肩をすくめるにこ。
 半ば開いていた口をぎゅっと閉じた。そうしないと、思いがけないことを言ってしまいそうだった。
「そんなことより、暇なんだから、キャッチフレーズの練習でもしないの? スクールアイドルなんだから。ほら、真姫」
「なんで私が。嫌よ」
「にこっちがお手本見せてくれたら、みんなやってくれるんやない?」
「お手本?」にこは腕組みをする。「仕方ないわねー。いい? たとえば――にっこにっこにー! あなたのハートににっこにっこにー! 青空もにこっ!」
「最後の、花陽がこの前やっていたのじゃないかしら」
「それに、曇っててぜんぜん青空じゃないし」
「何よ、人にやらせといて! あんたたちもやんなさいよ」
「いやー。にこっちが完璧すぎて、その後でやる勇気はないな~」
 笑い声がする。そのやり取りを黙って見ていた。
 何かの糸が切れてしまったかのように、私はぼんやりとしていた。心当たりのない感情がいつの間にか内側に住まっている。

 夜を迎えて。
 湯船に浸かりながら、長く息を吐く。のぼせたわけでもないだろうに、瞳はどこをも捉えない。ピントの合わないファインダーを覗いているみたいだ。
 穂乃果と出会ったのはほんとに小さい頃。公園で遊ぶ子どもらの中心に彼女はいた。傍らには、その頃からかわいかったことり。人見知りが今よりも激しかった私は、その様子を木の陰からずっと窺っていた。
 楽しそうだな、仲間に入れてほしいな、そう思いながら。でも、なかなか一歩が踏み出せなかった。
 その位置関係が変わったのは、穂乃果と目が合ってしまったとき。急いで隠れたけど、彼女はこちらへ近寄ってきた。そして、手を差し出される。
 ――次は、あなたがオニだよ。
 自然な形で遊びに加わらせる。穂乃果にそんな意図があったとは思えないけれど、彼女らしい誘い方だった。
 あの日から、今日まで。ことりを含めた三人で、ずっと一緒にいる。穂乃果が突然スクールアイドルをやると言い出してからは、気づいたら私たちも巻き込まれていた。いつも、私を知らない世界へと導いてくれるのは穂乃果だった――。
 深く考えたこともなかった。私にとって、穂乃果とはどういう存在なのだろう。マイペースで、毎日、振り回されてばかりだ。
 それでも、かけがえのない存在。穂乃果がいてくれたから、今の私がある。
 浴室から出、バスタオルで全身をくまなく拭く。
 洗面所の鏡の前までいき、そこに映る瞳と視線を合わせる。腰まで達する髪がまだ濡れている。にっこり、笑顔の練習をすると、鏡の向こうの少女も微笑んでくれる。
 私は、と思う。私は穂乃果のことが好き。

 合宿先の別荘。やはり広々としていて、綺麗にされていた。学校の宿泊行事のときみたいな、自然と湧く高揚感。真面目に練習するつもりだけれど、遠足気分は否めないかもしれない。
 部屋がいくつかあるけど、それぞれにベッドが二つしかない。そのため、二人ずつに分かれる必要がある、と真姫が説明した。
「凜は、かよちんとがいいにゃ~」
 凜が花陽に抱きつく。
「じゃあ、うちはえりちといちゃいちゃするで」
 わしわし、と言って、希はいやらしい手つきで絵里にすり寄った。
「真姫、私と組むわよ」
 にこと真姫は、普段から一緒にいることが多い。
 めいめいが勝手に選んでいってしまい、私と穂乃果、ことりが残された。
「――三人、というわけにはいかないのでしょうか」
 何も二人にこだわらなくても。
「眠るところがないし、スペース的にかなり厳しいわよ」
 真姫が首を横に振る。ずいぶんと頑なだった。
「えー、じゃあ、どうしよっか……」
「わたし、穂乃果ちゃんとがいいな」
 かわいい声で、ことりがさりげなく穂乃果の腕を取る。負けじと、私も反対側の腕を掴んだ。
「いいえ、私が穂乃果とです」
「先に言ったのはわたしだよ、海未ちゃん」
「むっ……き、決めるのは穂乃果です。穂乃果はどちらと同じ部屋がいいのですか」
 両腕を引っ張られている穂乃果は、左右を一瞥してから、「そんな、選べないよー!」と悲鳴を上げる。
「だめ、穂乃果ちゃん。わたしを選んで」
「いいえ、穂乃果。私ですよね」
 引き下がるつもりはなかった。奪い合いが続く。
 終止符を打ったのは、ことりの必殺技だった。
「穂乃果ちゃん……お願いっ」
 見るものの心をとろけさせる、得意の決め顔。瞳を潤ませて、首を傾ける。
 私は胸を手で抑えた。ことりは、ずるい。
 対抗してラブアローシュートを放とうとしたけれど、遅かった。
「穂乃果、ことりちゃんと組む!」
「ありがとう、穂乃果ちゃん」
 二人で部屋へと立ち去ってしまう。遠ざかる後ろ姿をねめつける以外に、なす術はなかった。
 パタン、とドアの閉まる音。私は空を掴もうとするように、哀れにも手を伸ばす。こみ上げてくる激情を抑えきれず、穂乃果、と必死に名前を叫んだ。今までならその名前を呼べば、必ず振り向いてくれた。
 穂乃果。穂乃果。穂乃果。
 声の限りに叫び続ける。繰り返し、何度も――。

 そこで目が覚めた。起き上がって、夢だったことに安堵する。それにしても、リアルな夢だった。
 起きる間際、叫んでいたようだけど、実際に声に出さずに済んだらしい。周りはみんな、静かに眠っている。
 話し合いの通り、合宿へ来た。真姫が快く別荘を使わせてくれ、一日目はそこで練習に励み、ちょっと遊んだ――いや、けっこう遊んだ。
 夜にはにこが得意の料理を披露し、白米は花陽がすべて管理した。凜は一人だけ持参のラーメンも食べていた。
 そして、就寝。部屋に分かれることもできたけど、せっかくだから一緒に布団を並べようと、リビングに全員分敷いた。
 私は横になってすぐ眠りへと落ちていけたのだが、なぜか枕投げをした憶えがある。これも夢かな。
 隣の布団を見やると、ことりが安らかな寝息を立てている。その向かいの穂乃果は――しかし、そこだけ空だった。
 どこへ行ったのだろうか。起床するには早い時間だ。
 立ち上がり、ストールだけ羽織って別荘内を少し見回ってみた。どこにもいそうになく、建物の外に出る。
 なんだか、まだ夢の続きみたいだった。別荘の周りは自然に囲まれていて、朝焼けに映えている。
 建物の裏から足踏みする音が聞こえた。なんとなく息を殺して近づくと――穂乃果が一人でダンスの練習をしていた。正面をただ見据えている真摯な眼差し、つい横顔に見入ってしまう。
 自分で数字をカウントして、振り付けを何度も確かめる。たまにリズムがずれることもあるけど、穂乃果の全身をダイナミックに使うダンスは、ステージで人の目を惹きつける。
 どのくらい隠れるようにして穂乃果の姿を眺めていただろう。

  友達ならいいけど 恋人ならいやなの

  迷いの振り子が止まらない

 背中の方から歌声がして、私は心臓が飛び出るかと思った。くるりと振り向き、口ずさみながらこちらへ歩いてくることりを認める。
「ことり……」
「あ、海未ちゃん。こんなところに」
 二人の気配に感づいたのか、穂乃果もこちらへやって来た。
「海未ちゃん、ことりちゃん! 早いね」
「穂乃果こそ、どこへ行ったのか心配になったのですよ」
「ごめん、ごめん。合宿だからか早く目が覚めちゃって、体動かしたくなったから」
 夢を思い出す。穂乃果とことりの顔を直視できなかった。
「……どこかへ行っていなくてよかったです。私はもう一眠りしてきます」
 二人にそう告げて、別荘へと戻る。
 自分の気持ちが分からなくて、ただ持て余している。

 合宿先から帰ってきて、一気に歌詞を書き上げた。自分の内側にあるものが次々に溢れてくるみたいだった。


   「Anemone heart」

  Lonely my love. Lonely my heart.

  蕾じゃない

  Lonely my love. Lonely my heart.

  摘まれたいの

  優しさに憧れ 優しさに傷ついて

  もてあますこの気持ち 知りたくなかった

  あなたの心が遠いから泣きたくなる

  それでも待つと決めました

  初めての恋

  Anemone heart, my lonely heart.

  ひとり咲く花の涙

  見つめてもっと私を ここにいる私

  Anemone heart.

  身体中いとしさが駆け抜けて

  いつか触れ合う 愛の鼓動


 連休が明け、放課後に屋上で集合したときに、完成した歌詞を披露した。書いたときの記憶は薄れていて、ほんとに自らの手で作り上げたのか曖昧だった。でも、確かに自分の筆跡。
 迷ったけど、今さらほかに考えられそうもない。
「ハラショー」
 絵里が目を見張っている。
「海未がラブソングを書き上げるなんて、珍しいわね」
 真姫もかなり驚いているようだ。
「私、すごくいいと思います! 切なくて……」
「海未ちゃん、何かあったにゃー?」
 凜に指摘され、顔を背ける。「いえ、別に何も――」
「なんにもなくて、こんな言葉たちが出てくる?」
 にこも詰め寄ってくる。たとえあったとしても、上手く説明できそうにない。
「なんでも、ないんです。ちょっと、挑戦してみただけで」
 そこに、まだ来ていなかった穂乃果、ことり、希が姿を現した。何かを持っている。
「見て、見て。衣装ができたよ!」
 穂乃果が掲げる。白を基調に、かわいらしい花柄の刺繍があしらわれている。みんなで歓声を上げる。
「ハラショー! さすがことりね」
 絵里がロシアの言葉で褒めた。
 手先が器用で、衣装担当を任されていることりは、えへへ、と照れ笑いを浮かべる。
「ありがとう。――今回は三種類用意したから、三人ずつで違うタイプになるよ~」
 確かに見比べると、パンツスタイルが三着と、丈の長さの異なるスカートが三着ずつ。
 スカートの一方はちょっと短すぎる気が。
 私の眼差しをどう感じたのか、目が合ったことりは目を細めた。
「ミニスカート、かわいいでしょ~。これはにこちゃんと~」
「にこっ」
「花陽ちゃんと~」
「ええっ」
「海未ちゃんのだよっ」
 一瞬、誰のことか分からなかった。
「わ、私ですか? こんなかわいらしいの、似合いませんよ……」
 ことりがすっと寄ってくる。
「いいから、いいから~。合わせてごらん。きっと似合うよ」
 渡されて、言われるままに自分に当ててみると――これは、さすがに。
「無理です!」
「え~」
 想像しただけで、恥ずかしさがこみあげてくる。ただでさえ、素足を晒すことには抵抗があるというのに。「ほんとに、無理です!」
「海未ちゃん、わたしが作った衣装が着られないの?」
 覗き込むように屈んだことりの顔が、すぐ目の前にある。その瞳の奥に窺い知れない光が宿っているように感じ、不安を覚えた。
 ことり、あなたは――。
「大丈夫だって、海未ちゃん!」
 穂乃果の声で、やっと顔を上げる。
「海未ちゃん、足が細くて綺麗だし、絶対に似合うよ」
 曇りのないその笑顔で言われたら、拒絶する心は折れてしまう。

 気がついたら地面が橙色に染まっていた。季節の変化は陽の陰る時間で実感する。外で部活をする私たちならなおさら。
 曲に歌詞も付き、衣装もできあがって、練習によりいっそう力が入った。爽やかな汗をかきながら、互いに指摘し合って、振り付けを確認する。
 充実感を覚えていた。
「わ、もう夕焼け空だにゃ~」
「え、陽が暮れちゃったのぉ……⁉ なんだか早いです」
「季節の変わり目、秋に入ったんやね」
「ハラショー。オレンジ色の絵の具をまぶしたようよ」
「にこっ、青春ね。スクールアイドルと夕暮れ。――真姫、あの夕陽に向かって走るのよっ」
「お断りします」
 一列に並んで空を眺める。いろんなことを叩き込んだ頭が自然と休まった。心を落ち着かせて、ここ数日に思いを馳せる。
 穂乃果に何か伝えなければいけない、そんな気がした。
「帰りましょうか」
 美しい景色は名残惜しかったけれど、いつまでもこうしているわけにはいかない。私が促すと、ぞろぞろと屋上を後にした。
 教室までてくてくと歩いていく。ふと、周りを確認すると、ことりと穂乃果の姿が見当たらない。
 まだ屋上に残っているのだろうか。だとしたら、なぜ。
 下唇を軽く噛み、後方に目を凝らす。気になるなら確かめればいい。踵を返して、屋上へ戻ることにした。
 階段を上がる途中で、降りてくることりと鉢合わせした。
「ことり。見当たらないから、見に来たんですよ。穂乃果は?」
「ちょっと、話したいことがあったから。――穂乃果ちゃんもすぐ来ると思うよ」
 すれ違って、ことりは先に教室へと向かう。一緒に行ったってよかったけど、穂乃果の様子を見ようと、やはり階段を上がりきった。
 開いたままのドア。その向こうへ足を踏み出そうとした刹那、慌ただしく駆けてくる穂乃果とぶつかった。
 とっさのことで尻餅をついてしまった。床に倒れ、その上から穂乃果が覆いかぶさるようになる。したたかに打ったお尻が痛かったけれど、それ以上に肌で感じる穂乃果の体温を強く意識した。顔が、近い。
 半開きの穂乃果の唇をまじまじと見つめてしまう。その唇が、ごめんね、と動く前に。
「穂乃果」
 視線をやや上にし、瞳と瞳を合わせる。無垢な眼差しに吸い込まれそうだった。
「海未ちゃん――?」
「穂乃果、付き合ってくれませんか」
 恍惚とした想いを抱えて、いつの間にか転んだ際の痛みがなくなっていることに気づいた。

 秋葉原駅の周辺はたくさんの人で賑わっている。新しい日本文化の発信地、外国人も大勢見かけた。
 一人でぶらぶらと巡りながら、気になったお店へと足を運ぶ。アイドルのグッズが置かれているお店にも寄った。スクールアイドルのコーナーもあって、一番大きく特集されているA-RISEの隣に、µ`sのグッズも少しだけ見つけた。恥ずかしさで頬が熱くなって、すぐにその場から逃げたけど。
 久しぶりに何もない休日だった。散歩がてら近くを歩いてみようと思い立ち、秋葉原駅の方まで来てみた。あまり人混みは得意じゃないけれど、来週もおでかけするのだし、これくらい慣れておかないと。
 ――穂乃果、付き合ってくれませんか。
 数日前の屋上での会話を思い返す。
 ――ほえ?
 穂乃果は間抜けな声を出して、ようやく体を起こした。私も立ち上がり、向かい合った。
 ――その、最近どこかへ遊びにいくこともありませんし、次の日曜日、よかったら買い物にでも付き合ってくれませんか。
 どうしてそんな提案をしたのか、よく憶えていない。
 ――海未ちゃんとおでかけ? いいよ、いいよ!
 あ、でも、と穂乃果は気まずそうに眉を下げる。
 ――あ、でも、次の日曜日はだめなんだ。先約があって。その次なら大丈夫だよ。
 ――では、そうしましょう。
 ――ことりちゃんも誘う?
 穂乃果の問いは当然だった。いつもなら、三人ででかける。だけど、私はすでに決めていたように答えた。
 ――いえ、たまには二人で行きませんか?
 もしかしたら、今日、隣を歩いていたのは穂乃果だったかもしれない。だから、なんだと言うのだろう。でも、そんな考えがよぎってしまう。
 歩き疲れていた。喉も乾いたから、喫茶店で少し休むことにした。辺りを見渡してみると、オープンテラスのカフェが目に留まる。あそこにしよう。
 徐々にカフェがはっきりと見えてきて、通りに面した座席の状況もよく分かってくる。それほど混んでいない。うら若い少女が二人――。
 思わず、ぴたりと足を止めた。真昼なのに視界が真っ暗になるのではないかと思った。楽しげに笑みを交わし合う二人。一瞬で誰だか分かるくらい、見慣れているその姿。
 穂乃果とことりが、向かい合っていた。
 ――あ、でも、次の日曜日はだめなんだ。先約があって。その次なら大丈夫だよ。
 表情とともに、そのときの言葉を思い出せる。どうして、先約があると言って、ことりの名前を出さなかったのだろう。知られたくなかったから? 私に?
 あの二人は――。
 空模様を気にするみたいに軽い素振りで、ちらりと穂乃果がこちらに視線を移した。しまった、と感じたときには遅かった。目がしっかり合ってしまう。
 何か言われる前に背中を向け、早歩きでその場を離れた。
 ……もてあますこの気持ち、知りたくなかった。

 無我夢中で歩き続け、無意識に朝の練習場所である神田明神にたどり着いていた。階段の下で短く息を吐き、そこに腰掛けた。
 妙に疲れている。
 座っているとたまに誰かが通るけれど、意外と静寂に包まれていた。もうすぐ一日が終わる、そんな気配を抱いた。
 私はいったいどうしたいのだろう。何を求め、何が受け入れられなくて、自分の心はどこにあるのだろう。正体の見えない感情にいつまでも囚われている。
 膝に顔を埋めていると、ポン、と肩を叩かれた。大儀そうに顔を上げると、目の前に穂乃果とことりがいた。安心させるような、小さな笑み。
「次は、海未ちゃんがオニだよ」
 目を見開いた。公園で遊んでいた、あの日と同じ。
 確信が舞い込む。穂乃果はあの頃から少しも変わっていない。ことりも、そしてきっと私も――。
「鬼ごっこなんてしてませんよ」
 口をついて出たのはそんな言葉だった。
「海未ちゃん。来週は海未ちゃんとおでかけするからね」
 あなたという人は。いつだって、そうだ。
「海未ちゃん、最近考え事をしてるみたいに、ぼんやりしてることが多くて。穂乃果、どうしたのかなって思ってたんだ」
 うん、とことりが説明を引き取る。
「それで、ことりと二人で、海未ちゃんを笑顔にしたいねって話してて。……かわいい衣装は、逆効果だったみたいだけど」
 ようやっと、結びついた。
「でねでね、今日は海未ちゃんに何かプレゼントしようって探してたんだ。ほんとは、学校で会ったときに渡すつもりだったんだけど」
 そう言いながら差し出されたのは、桜の花びらが溶ける白いかんざしだった。
「これを私に、ですか」
「うんっ。三人でおそろいにしたんだよ」
 ことりと穂乃果も同じ柄のかんざしを掲げる。
 私を思いやってくれてのプレゼント。嬉しくないはずがなかった。
「ありがとうございます。穂乃果、ことり」
 心からお礼を伝える。
 しんみりしそうになっていると、いきなり「ぎゅ~!」と、穂乃果が抱きついてきた。あまりのことで変な声を上げそうになる。
「ちょ、ちょっと穂乃果。いきなりなんですか」
「だって、ぎゅってしたくなっちゃったんだもん」
 さらに、ことりまで「ぎゅ~!」と真似して抱きついてくる。
「ことりまで……。二人とも、苦しいです」
 でも、ほんとうは。二人の温かさが心地よくて、ずっとこうしていてほしいな、と密かに願っていた。

 三つ編みを二本作るようにしてから、それらを頭頂部で合わせる。バラバラにならないようにかんざしを通していくと、ぴたりと頭の上で止まった。和美人、という言葉が浮かぶ。うなじが見え、艶やかに美しい。
「海未ちゃん、ありがとう」
 いつもと違う髪型の穂乃果が振り向く。かわいい、と素直に感じた。
「次は海未ちゃんだよ」
 ことりが私の後ろに回り、まず髪を梳いた。慣れた手つきで後頭部のあたりにおだんごを作り、そこにかんざしを挿す。不思議なほど、簡単にしっかりと固定された。
「海未ちゃん、似合う」
「ほんとだ。かわいいよ、海未ちゃん!」
 そんなに褒められても、恥ずかしいだけ。だけど、悪い気はしない。
「ほんとに、これで学校に行くのですか……?」
 おそろいのかんざしを挿して登校しようと、朝早くから穂乃果の家に集まった。今さらながら、躊躇う。
「大丈夫だよ、海未ちゃん。ファイトだよっ!」
 ことりが腕時計に目を落とす。「たいへん、遅れそうですぅ」
 慌ただしく三人で部屋を飛び出した。これでは和美人が台無しだと、なんだか微笑ましく感じていた。

 学校でメンバーのみんなにお披露目した。
「ハラショー。印象ががらりと変わるわね」
「ええやん」
「しゃ、写真撮ってもいいですかっ」
「三人とも美人さんだにゃ~!」
「まあ、いいんじゃない」
「宇宙ナンバーワン・アイドルのにこの次に、似合ってるわね」
 たくさん褒められて(?)しまい、どうにも照れ臭かったけれど、ちゃんと隠さないでおいた。普段と違う私だけど、穂乃果とことりが一緒だから隠さない。
 次のお休みの日には、三人でおでかけする予定だ。
 ことりがどんなに甘やかしたって、穂乃果をちゃんと叱る。ことりが考えてくれた衣装、恥ずかしくてもちゃんと着る。
 自分の気持ちが分からなくなっても。いらない心配や、不安を抱えてしまうときがあっても。穂乃果とことりが一緒ならきっと、いや、絶対に大丈夫。
 ――次は、あなたがオニだよ。
 差し出される掌がある限り。これまでも、これからも、私たちはずっと親友だ。
 どんなときもずっと。

おそろいのかんざし

おそろいのかんざし

某スクールアイドルアニメの二次創作です。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-09-19

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