人魚姫
-それは少女の夢か、幻の魅せる世界か-
* * *
人魚の夢。
わたしと貴方では、生きる世界が違いすぎたのですか?
わたしが貴方を想う事は、叶わないのですか-?
* * *
深い深い、海の底。
わたしは、ずっと夢を見ていた。
丘の上にあるお城に住んでいる、王子様がいる。
その王子様に、わたしは憧れていた。
金色の髪に、鮮やかな海色の瞳。
宝石のような容姿に、優しい物腰。
わたしは彼が、幼い頃にわたしを助けてくれた少年だと確信していた。
* * *
「ねぇ、君は何をしているの?」
岸辺に打ち上げられ、力なく横たわっているわたしに、彼は声をかけた。
金色の髪に、鮮やかな海色の瞳。
その白い手が、わたしの頬に触れる。
「君、人魚だよね? こんなところにいたら危ないよ」
彼は、自分の服が濡れるのも気にせず、わたしを海の中まで運んだ。
この頃から、人間による人魚狩りが始まっていた。
人魚は狩られ、十字架にかけられ、火あぶりの刑に処される。
少年も、その実情を知っていたのだろう。
わたしは、少年にお礼の言葉を伝えたかった。
でも、声が出ない。
当然だ、わたしたち人魚に許された声は、人を海へ導く歌声のみ。
わたしたちは、人間と話すことなどできないのだ。
「大丈夫、君達が話せないことは知ってる。 さぁ、行っておいで」
少年は優しいまなざしでわたしに言った。
わたしは一度頷くと、周囲を警戒しながら海の深い深い底へ向かって泳ぐ。
いつか彼と再会できる日がくれば-。
わたしは、それだけを願っていた。
* * *
彼を想う。
わたしはそれから、磯へ向かっては歌を歌った。
彼が、わたしの元を訪れてくれるのをただ、ひたすら待ち続けた。
しかし、来るのは漁師ばかりで、その美しい少年の姿はなかった。
あるとき、わたしが深海で仲間たちといたときだった。
とある噂が、波に乗って流れてきたのだ。
『丘の上に、黄金の髪と海色の瞳を持つ、物腰柔らかな王子様が住んでいる』
わたしは確信した。
彼だ。
彼が、丘の上にいるのだ。
わたしの心は躍った。
わたしはあの日以来、彼に恋をしていたのかもしれない。
金色の髪に、海色の瞳に、優しい物腰に。
わたしは、すぐにその丘を目指し泳ぎだした。
彼に再び会えると信じて。
* * *
人間との隔て
足元から、熱い熱い炎が迫り来る。
鱗が剥がれ落ち、燃えて腐る肉の臭いが辺りに充満する。
わたしの両手と首には枷がはめられていて、身じろぎすらできない。
ああ、わたしはこのまま、燃えて消えてしまう。
あの後、わたしは彼に会うために丘へ向かった。
そこで、いつものように、歌を歌った。
そこを、漁師たちに捕まってしまったのだ。
わたしは、人魚狩りにあった。
ことは、とんとん拍子に進んだ。
彼は、どこにもいない。
わたしは裁判にかけられ、有罪を言い渡された。
刑は、火あぶり。
わたしは十字架にかけられ、枷をはめられ、足元から燃やされていく。
熱い、足が燃えていく。
苦しみに顔をゆがめていると、わたしの火あぶりを見世物にしていた婦人が言った。
「当然の報いよ、あの子を海に引きずり込んで!!」
わたしは、耳を疑った。
わたしは、誰一人海に引きずり込んではいない。
わたしの願いは唯一つ、彼と再びめぐり逢うこと。
誰かを海へ引きずり込もうなんて、考えたことすらなかった。
しかし、婦人の罵倒は続く。
「可哀想に、こんな怪物に殺されて!
ああ、きっとあの子のサファイアの瞳は、この海に色をつけているのだわ!」
わたしはただ驚いていた。
確かに、蒼瞳の人間などこの世界にはたくさん存在する。
しかし、その婦人の瞳は浅い海のように鮮やかで、かつその髪は太陽のように金色に輝いていたのだ。
まるで、幼い頃に出会った彼の生き写し。
「わたしの息子、あの子はここで王子になるはずだったのに…!!
貴方たち怪物のせいで、あの子は海に溺れて死んでしまったのよ!!」
わたしは、確信した。
ああ、この人の息子は、わたしの恋していた彼なのだ。
そして、彼はわたしたち人魚のせいで、海に引きずりこまれていったのだと。
わたしは、焼ける痛みを堪えながら、婦人の目を見つめた。
婦人は、汚らわしい、といって、身を翻した。
何故か、わたしの瞳から涙が溢れ出す。
ああ、本当に、彼はこの世にはいないのだ、と。
どうか、お願い。
わたしが燃えて灰になるとしたら、
どうかその灰を海の深い深い底へ連れて行って。
そうすれば、深い海の底へ連れて行かれた彼に逢えるのかもしれない。
幼い日の思い出は、泡となって、夢となって、溶けて消えた。
彼は、もうこの世界にはいない。
わたしも、この世界にはいなくなる。
お願い、どうか、
深い深い海の底でもいい、
彼と再び、巡り逢わせて。
* * *
人魚姫
* * *
美しい幻想の物語。
今日も少女は夢を見る。
ああ、これは少女の夢か、それとも幻の魅せる世界か-。