徒然日夜

閲覧ありがとうございます。
前作未読の方は序章を一読されると、私という人間が
どんな人間なのかが少し掴み易くなると思われます。

序章に続き、入学式と入学して暫らく経つ頃の日記から引用しています。
余談ですが、私は大の人見知りでネガティブ寄りの思考です。

四月四日

『寝坊した。入学式しょっぱなから寝坊。
スーツは買ってもらえなかったから、代わりの新しい服に
慣れないヒールでB子と九段下歩いたから疲れた。
新入生ガイダンスもそうだったけど、やっぱ武道館の中見ても
金髪は三人いるかいないかくらいだった。ちょっと恥ずかしかった。』

せっかくの入学式に、天気は生憎の雨だった。
「あんたの行事の日はほんと雨降るね~、雨女!」
なんて母に小突かれながら満員のバスに乗り、
雨で遅延した都営線に若干苛つきながらも九段下で降りた。
入学式は親友のB子と待ち合わせをしていた。
B子は高校三年間ずっと同じクラスで、学校ではB子といつも一緒に過ごしていた。
休日もよく遊んでいたし、お互いの家に散々泊まっては語り明かした。
B子とは別の大学に行く予定だったが、お互い第一志望に受からず、
やけくそで受けた今の大学に二人ともすんなりと受かったので、
学部は違えど「大学でもよろしく。」と約束していた。
ちなみに「B子」とは私が定着させた呼び名である。
(B子や他の友達から私もニックネームで呼ばれているが、
ここでは「N」とする。)
B子は母と軽く会話をすると私の左隣を歩き出した。
「…また雨だねぇ。」
「ね。泥で靴汚れるわ。」
「うちらの行事で晴れたの逆に無いでしょ。」
「なー、ほんと誰だよ雨降らしてんの!」
「Nが悪いことしてるからじゃないの?」
B子はニタリと笑って私の顔を覗き込む。
「うるせぇなー、私の知ったこっちゃあない。」
私もB子の顔を見てニッと笑い返す。
桜は雨の雫に光を受けてキラキラと輝いて眩しく、
春先の雨のしん、とした冷たい空気が不思議な雰囲気を作っていた。
武道館に来たのは元カレとライブに来て以来だな、なんて
若干センチメンタルになりつつ母に先を急かされ、
速足で武道館の階段を上がる。母と別れてからは
入学式中B子と普段と変わらない、下らない話をして過ごした。
「フロアの前の方に座ってる人たちどんだけやる気あんだよ。」
だとか
「やっぱド金パ少ねぇな、浮くわ。」
「いや既に浮いてる。」
「アァ?」
だとか、本当に高校生の頃と変わらない、
まるでこの空間に私とB子しかいないような空気だった。

茶番とも呼べる入学式を終えると、B子の母が
後から合流し、挨拶を交わすとB子とはそこで別れた。
少し歩くと幼馴染と幼稚園の友達とばったり遭遇し、
二人の母親も交えて近くのダイニングカフェでランチを済ませた。
幼馴染とは十年の付き合いだし、幼稚園の友達とも流れた月日は
些細な事のように、三人で砕けた会話を忙しなく楽しんだ。

四時間ほど店に居座った後は各々電車へ乗り込み、
私達もすっかり土砂降りになった道を歩き家へ帰った。
「疲れたぁ」と愚痴をこぼす母に
なんとなく感謝したくなって、私はその日
普段は絶対やらない皿洗いを進んでやった。
私が手が濡れる事が嫌っている事を知っている母は
煙草を深く吸うと煙交じりに
「珍しいじゃん?」
と言って嬉しそうに笑った。

『久しぶりに褒められたかも…w』

四月二十五日

『大学でもあだ名が姉さんになった。』

入学してから三週間が経ち、授業にも慣れ、
初めての電車通学に毎日なけなしの体力を削られながら
大学楽しいかも、と思いだした私だったが
一つ大きな課題があった。
友達が未だ作れずにいたのだ。
入学前のオリエンテーションでは周囲は早速友達を作り、
既にグループも幾つかできていた。
私は人見知りを拗らせすぎて話しかけるどころか
話しかけるなオーラを纏い登校していた(と親友のYは言う)。
この自叙伝のようなものを書くにあたって当時の私の
ツイートを検索して見ているのだが、日々のツイートは大体
『やばい、授業グループ組むっぽい、どうしよう…』
『今日も安定のぼっちめし!!!!』
などである。今見返すと本当に我ながら
涙が出るような可哀想な女子大生である。
ちなみに外見だが、金髪という点を覗けば至って普通だ。
ただ少し服装が周りより「大人っぽい」雰囲気ではあったかと思う。
学内で同じ授業を取っている女子二人組から
「めちゃくちゃお洒落でかっこいいです!」
となぜか敬語で話しかけられる程度ではあったが。

そんな一人寂しい大学生活も、唯一楽しみがあった。
昼休みと下校のB子との時間だ。
B子は普段は大人しく寡黙な方だが、口を開けば
私とは真逆で初対面の人が相手でもきちんと話せる子だった。
経済学部に在籍するB子は、経済学部のいわゆる
「ノリノリ系女子」と何人か友達を作り
大学生活も順風漫歩だったのだが、可哀想な親友のため
昼休みと下校の時間は私に合わせてくれていた。
学食でラーメンを啜りながら
「友達できない…怖い…。」
と愚痴を垂れる私に
「なんで私にはガツガツ言えるのにコミュ障なのw」
と笑いながらB子はサラダを口へ運ぶ。
昼休みが終わると
「じゃあ終わったらLINEするわ…。」
と私は後ろ髪を引かれる思いで、いや、
B子に縋り付きたい気持ちを必死にこらえて授業へ向かう。
そんな学生生活を二十日過ごした頃、転機が訪れた。

その日最後の授業、私はいつものように一人で
教室前方の席へ座り鞄から教科書を取り出していた。
その時ふと頭の上で声がしたのだ。
「おねーちゃん金髪似合うね!」
「お前フランクすぎねぇか?」
男二人の声だった。恐る恐る顔を上げると目の前には二人ではなく
三人の男子学生が私を囲うように立っていたのだ。
その男たちに私は若干の嫌悪感を抱いていた。
というのも彼らの見た目がまぁ凄い。
一人はガタイのいい屈強そうな人で、顎髭を蓄え
サングラスをいつもしている「怖そうな人」だった。
以前彼には別の授業で話しかけられ、その際私は
『厳つい見た目の男の人に話しかけられて ヒエッお金は持ってないです
って言おうとしたら、同じ授業取ってるらしく「今日何やった?」って話でした。
見た目の怖い人に話し掛けられるのは、やはり怖いです(なお本人は)(以下略)』
とTwitterに残している。なお本人は、という所は私が
金髪であり、ツーブロックであり、ピアスが開いているという点で
私が思う「怖い人」の見た目をしていたからである。
そして残す二人だが、これもまたよく目立つ人たちだった。
片方の男は私を超える遅刻常習犯で、いっつも腰にジャラジャラと
家の鍵やキーホルダーらしきものを鳴らして歩き、
見た目からして「チャラい」「無理」と私が会話もせず
白旗を挙げていた相手であった。
そして片方は身なりは普通なのだが、目が怖い。
切れ長の目で尚且つ喋っている所をあまり見たことがなく、
この人も「寡黙で怖そうな人」認定を私から受けていた(一方的だが)。
ちなみに「怖そうな人」と「寡黙な人」とは同じクラスで
高校で言うホームルームのような授業では顔を合わせていた。
そして「チャラ男」と「寡黙な人」とは以前、
私が小腹を空かせておかきを食べていた際に後ろから視線を感じ
振り向いたらこの二人だったことがある。
その際私はどうしようか悩んだ挙句に「寡黙な人」に
「…食べますか?」
とおかきを差し出した事があり、また「チャラ男」にも
「ついでにどうぞ…」
とおかきを一つプレゼントしたことがあった。
たったそれだけしか会話をしていない相手、それも
苦手だと思っている相手が一同に会し
私の頭上でニヤついているのだ。
私は何を言ったらいいのかわからず散々テンパった(焦った)後
「…どうも。」
と一言だけ返して下を向く。だが、
よっしゃ返事できた、乗り切ったァ!頑張った私!
と私が内心喜んでいたのもつかの間であった。
「席どうする?」
「ここで良くね?」
「じゃあ俺ねーちゃんの隣。」
…どういうことだ。
私はもう心臓が飛び出るかというくらい焦っていた。
知らない人が急に話しかけてきた上に
私の前、斜め前、そして隣に座りだしたのだ。
そして
「あ、ねーちゃんのこと姉ちゃんって呼んでいい?」
私の前に座った「チャラ男」がニコニコしながら言う。
「お前話しかける前から呼んでんじゃん。」
と「チャラ男」の隣の「怖い人」が笑う。
「寡黙な人」は私の隣で鞄をいじる。
私はもう「寝てやり過ごすしかねぇ!」と開き直り
寝ようとするも、授業後提出のペーパーを書くうちに
すっかり一時間半の地獄のような授業が終わってしまった。

やっと終わった!と私はそそくさと荷物をまとめ
足早に教室を出る。出たのだがエレベーターが来ず
そこでまた男三人に絡まれた。
「ねーちゃん身長小っちぇーのな!いくつ?」
「150くらい?」
「150ねぇよこいつ。」
私の頭をグイグイと撫でまわし勝手に人の身長で盛り上がる。
私も言われっぱなしは気に食わないので
「四捨五入すりゃ150あるわ!」
と威勢よく食って掛かる。そうして彼らの新しいおもちゃにされていると
エレベーターが到着し「助かった…」と思った次の瞬間に
彼らもエレベーターに乗ってきた。
しかも最悪なのがまだ人が乗れるのに他の人たちが乗ってこない!
しかも目も合わせてくれない!まるで生贄になった気分だった。
エレベーター内でも私の話は勝手に続き、
「それ伊達眼鏡?マジ眼鏡?」などだるい絡みをされ
そのまま遂に学内のバス停の近くまで歩みが進んでしまった。
更に、頼みの綱のB子は授業の時間が違うので今日は下校は一人。
えぇ…このままバスも一緒とかヤだよ私…、と悩んでいると
驚くことを「チャラ男」が私の肩に手を置いて言ったのだ。
「煙草吸ってから帰ろー?」

「…は?」
私は思わず声が出てしまった。
お前煙草吸ってんの?と。(まぁ人の事は言えないのだが。)
狼狽えながら近くの喫煙所へ四人で入る。
B子と以前「学校で煙草は吸わん!」と言っていたのだが、
春休み散々吸っていたせいか正直二時間吸わないだけで体が
若干だるくなる症状に苛まれていた私は誘惑に負け
誰よりも先に鞄から箱を取り出した。
その瞬間彼らが子供のように輝く瞳で話しかけてきた。
彼らの初めて見た笑顔は知り合って半年経った今も鮮明に思い浮かぶ。
「姉ちゃんセッタかよ!」
「俺絶対吸ってると思ったわ~!」
確かによく考えりゃ見た目の厳つい三人が
真面目に未成年として生活している訳がないのだが、
当時の私は「うおお仲間がいた!」と内心喜んだ。
それから、煙草に火を付けてからは展開が早かった。
名前は?どこ住んでんの?連絡先交換しない?とトントン拍子に話は進み
乗るバスが違う「怖そうな人」(以後おっさん)「寡黙な人」(以後Iちゃん)と別れ
私と「チャラ男」(以後Y)は同じバスで帰ることになった。
バス待ち中から
「俺絶対ねーちゃんと仲良くなれると思ってた!」
とYは意気揚々と話し、なんだか私も
「こいつらもしかして面白いんじゃないか?」と思い始めていた。

駅の近くに住んでいるというYとも別れ、
電車の中で私はニヤつく口元を隠すことで精いっぱいだった。
友達ができた、友達ができたぞ!と心の中で何度も何度も言い、
電車の中でB子にこうLINEした。
『やばい奴らと出会ってしまった。』
しかし人見知りの私はこれから五月の初旬過ぎる辺りまで
三人とはこれ以外はあまり会話はせずに過ごしていた。
所詮「様子見」という奴だったが、今思うとそんなの必要なく
こちらから進んで話しかけるべきだったかな、と少し思う。
今じゃこの三人とB子との五人でいることが日常となり、
弱音も愚痴も何でも言い合える親友になった。
個人個人との思い出は、また後に語ることにする。

『男三人に「よぉヤンキー」とか最近よく絡まれる…』(Twitterから)
『よくわからないけど仲がいい?のかな、友達できた。男だけど。
B子以外でこんなに大学の人と話したの初めてだ。嬉しい。』

徒然日夜

最後まで読んでいただきありがとうございました。
こんな具合で話を重ねていきたいと思います。
喫煙や飲酒は「よくない」とは思ってはいるものの、
一度味を知るとやめられなくなってしまいました。
きっかけはカッコつけや先輩の勧め等ではなく、
友人関係で行き詰った際に親が「吸うとスッキリする」と言っていた
ことを思い出し、親のを盗んで吸っていたのが始まりです。
17歳頃のことでしょうか。
両親も同じ年くらいからヤンチャしていて、私には
「大人になった時に自分の限度は知っておくべきだ。」
と止めるわけでも勧めるわけでもなく、正に
身の振り方は自分で決めろ、と言われているような状態です。
田舎のヤンキーのように流されて、なんとなく、ではなく
煙草は色んな種類から好きな味のものを選び愛煙し、
お酒も色々な種類を試して好きなものを見つけ飲んでいます。
やはり嗜好品だなと感じると共に、美味しいなと思うものを
見つけた時にはとても嬉しい気持ちになります。
皆さんは若い頃はどうでしたか?
私のように子供のうちから背伸びして味を知った人や、
成人しても「苦手だ」という人もいるかと思います。
人には種類があって当然だと思っていますし、
私のような人間を糾弾する人もいるでしょう。
それでも私は赤裸々にに日記兼自叙伝を掲載することで
将来の自分の何かプラスになれば、と考えています。
今から辞めても飲酒・喫煙していた事実は変わらない、
なら成人してきちんと認められるようになった際に、
TPOをきちんと弁える 等の能力が身に付いているように、
若い今から経験を積むことも大事なのではないかな、と思っています。
聞こえが良くなってしまいましたが、
単に夜中の煙草とお酒の味が好きなだけの中身がオッサンなだけです…。 八幡

徒然日夜

現・大学生のありふれた日常の特別な一瞬を詰め込みました。 私の日記から基にした自叙伝のようなものです。 等身大の大学生、が伝わりますように。

  • 随筆・エッセイ
  • 短編
  • 青年向け
更新日
登録日
2016-09-18

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 四月四日
  2. 四月二十五日