独白 6 前

『彼の望みは今ある社会の破壊でした。しかし私は、残される弟達の生きていく社会は残しておきたいと思ったのです。私は弟達や、家庭を崩壊させたあの両親でさえ愛していた。そのための苦悩を理解してくれる人は、おそらく誰一人としていないでしょう。そんな事よりも私の罪を責めるでしょう。矛盾に思われるかもしれませんが、しかし私には、彼の思い描く革命という名を借りただけの破壊よりも、彼等の生きる未来の方が尊いのです(城谷直樹 独白 最後に残す言葉)』
 都内連続爆破事件から二ヶ月後のある日、佐伯隆司は計画の最終段階について語るためサークルの主要メンバー全員を呼び出す。場所は城谷直樹と佐伯隆司が他のサークルメンバーには一切知らせていなかった潜伏先の一室だったと云う。そこで佐伯隆司から明かされた計画、意それはある国家権力者達を標的とした人質立てこもり事件である。標的の居場所は東京都千代田区永田町一丁目……そう、それは国会中継中の国会議事堂の占拠だった。彼はそこでこの国の政府とある取引をしようと企てていた。無論、そのような無謀な計画にはさすがに反対する者もあった。彼等はその場で佐伯隆司自身の手によって処刑されたという。
 警察の捜査でその存在を疑われはじめたと悟った佐伯隆司は、密かに手配していた銃器と数台の大型トラックを準備する。出発は国会中継に合わせてのものだった。まず先行している大型トラックで議事堂内部に突入し、後続の大型トラックにより道を封鎖、駆けつける警官隊、機動隊の足止めとして武装した複数のメンバーを配置。突入部隊となるメンバーには城谷直樹、佐伯隆司を含む武装した十一人。短時間のうちに議事堂内を占拠し、内閣総理大臣と佐伯との交渉、そこまでが計画として実行メンバーには知らされた。佐伯の用意した交渉のカードが明かされる事は最後までなかったという。後にそれに関する記録も一切残されてはいなかった。
城谷直樹が佐伯隆司を殺害したのは計画開始を目前にした早朝であった。他のメンバーが集合する直前、彼は二人きりの車内で佐伯を射殺する。衝動的なものではなかったことが手記では明らかになっていた。彼がこの瞬間のためにどれほど苦悩したかも綴られていたが、しかしやはり彼が云うように、私にも城谷直樹のこの時の苦悩は理解できない。仮に城谷直樹が佐伯の用意していた政府との交渉カードを事前に何らかの手段で知り得ていたとして、彼が危惧するような社会の破壊とはどんなものだったのだろうか? 今となってはすべての真実は闇の中である。
佐伯を射殺した後、彼は自ら匿名で警察に通報していた。自分は一連の事件の実行犯であり、先ほど仲間の一人を射殺した、という旨の内容だ。駆けつけた警官が到着した時、そこには佐伯隆司の遺体と、この計画に参加する予定だったメンバーの人数分の銃器が転がっていたという。押収された銃器はすべて中国で製造されたアメリカ製の精巧なコピー品であるが、後の捜査で明らかになる佐伯の手配した数より一丁だけ少なかったそうだ。それが逃亡中に城谷直樹が使用していた銃であったのは云うまでもない。
計画の首謀者である佐伯隆司の死亡、さらには銃器を警察に押収された事により計画は頓挫、参加する予定であったサークルの主要メンバーは逮捕を恐れて散り散りに逃亡した。その多くは失踪後直ぐに身柄を警察によって拘束されていた。死亡した佐伯隆司携帯電話に残った通話履歴を元に炙り出され、メールの内容が物的証拠として提出されると一連の事件に関与した数々の罪状によって逮捕されたのだ。その多くが城谷直樹や佐伯隆司と同世代の、十代~二十代の一見平凡な学生達である。
『最後の別れの瞬間、彼は私をどう思ったのでしょう? 裏切り? 謀略? しかし彼との決別は私にとっても一つの終焉を意味していたのです(城谷直樹 独白 最後に残す言葉)』

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  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-06-27

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