バス

私は今日もバスに乗る。
駅の改札を出て、まっすぐバスプールへ歩く。
私が乗るのは駅前のバス停を8時42分に発車する市営バス。
水色の車体を丸いタイヤに預けて、運転手さんの心地いい声とともにバスは発車する。
乗り込んだ人々はケータイをいじったり、本を読んだり。この空間をそれぞれ自分のものにしている。
駅から学校までは30分間。私のドキドキが詰まった時間。
窓の外に映る景色は毎日少しだけ変化している。
昨日はまだ開きかけだった青い蕾が、今日は少しだけふっくらと色付いて新しい命を感じさせる。マンションのベランダに干してある白のシーツが、今日は薄桃色のタオルケットに変わっていた。
少しの変化どころか、全く違う風景も見れたりする。
よく晴れた日は、水色のキャンバスに絵筆みたいな飛行機が、白い尾を引いてまっすぐに飛ぶのが見える。
バケツをひっくり返したような雨の日には、道を歩く小学生の色とりどりな傘が灰色の世界にくるくると小さな花を咲かす。
風の強い日には、世界が少し霞んでいて白っぽい光に優しく包まれているような気になる。
私には世界がいつも特別美しく見える。
でも、私にとって1番世界が輝いて見えるのは9時3分から9時8分の5分間。
9時3分。バスはゆったりと坂道を登って、東雲前のバス停に止まる。扉が開いて、必ず3番目。黒いリュックに、栗色の柔らかな髪をしたカレが乗ってくる。そして必ず私の斜め前の、窓際の席に座って少しだけ体を窓に預ける。そしてイヤホンで耳から入る、外の雑音から自分を守るようにして眠る。
それを見届けてから私は次の駅でバスを降りる。
私を降ろしたバスは、安心しきった顔で眠るカレを乗せて走りだす。
カレは私を知らないし、私はカレがどんな人なのか知らない。でも、その柔らかな寝顔を見てから私の世界が美しく感じるようになった。
最近は心なしか目に見えるもの全てがきらきらして見えます。
これが恋なのか、どうなのか。
どっちだっていい。だってカレのおかけで、私の世界はこんなに美しく映るんだから。
でも、その日は突然やってきた。
いつもの9時3分。3番目に乗ってくるはずのカレが今日は4番目だった。
3番目にはショートカットのきらきらした女の子。大きな瞳に、長いまつげが印象的。
そんな彼女がカレに優しく微笑む。それにつられて、カレが優しく微笑み返す。
今までできらきらして見えていた私の世界のフィルターは、一瞬で溶けてしまった。
少し色褪せた世界。少し痛む胸。斜め前の席で、優しく触れ合う2つの肩。
本当はもう降りなければならないバス停についたけれど、今日は乗り過ごしてしまった。
2つの肩は触れ合ったまま。
それから2つ先のバス停で2人は降りた。
自然と繋ぐ2人の手。15センチ程の身長差。
栗色の柔らかな髪と、きらきらのショートカット。
バスは私を乗せてまた走りだす。
初めて見る窓の外の景色は、なんだかとても潤んで見えた。

バス

バス

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-17

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