生命かみ粘土

かつて恋した人を超えた産物があった

 自信がある奴は輝いている。それは幼稚園、小学校、中学校、そして現在、高校生として生活しているが自信がある奴らは男女にかかわらず学校という中で突出していて、かっこよく羨ましいものだ。そうだ。ボクはその様な突出した存在ではない。教室の物陰にひっそりと椅子に座るモブキャラだ。小学校は足だって速くない、ドッジボールだって下手くそだったし、跳び箱だって飛べなかった。中学に上がってからも、パッとしないでいた。部活で活躍する選手とか、勉強が出来る優等生でもない、だからといって制服をくずして身に着けた反抗するヤンキーの精神を真似するわけでもなく、ごくごく普通の頭の黒い生徒で一般的な高校に進学したのだ。
 そうした後、ボクは高校二年生になった。頭の黒い、第一ボタンを留め、赤いネクタイをきつく締めた真面目だけが取り柄の学生。そしてボクは輝いてはいなかった。自信がない所為だろうか?理由はきっとそれだ、と思い続けていた。
 人差し指で携帯の画面をスライドして適度に流行っているゲームを教室の一角にある椅子に座って黙々とやっていると声の高い穴が削れたリコーダーの声帯の男子がボクに話しかけてきた。
「古本、そのゲーム面白いか?」
 眼鏡をかけた色の白い奴が画面を覗いて笑っていた。
「普通だけど」
 ボクは息を吐くついでに返答した。
「そろそろ、教室移動しないか?次は外廊下に渡った美術の教室だろ?遅刻しちまうぜ」
 ニヤリと微笑む。
 その見慣れた笑い顔を見てボクは携帯に映った画面を消した。

「みなさんに今お渡しした紙粘土は一度記憶した動きを覚える新しい技術で制作された物です!例えば先生が造ったこのインコを見てください」
 神経質そうな顔をした年若い女教師はそう言うと白い紙粘土で造られた毛の一本、一本まで丁寧に造形されたインコをボクたち学生に見せた。
 するとインコは両羽を元気に羽ばたかせた。

 だが、羽を羽ばたかせるだけで首やくちばしが動かない。その違和感が生きていると感じられなかった。

 美術室にいる学生たちは、その先生の説明を聞いた後に粘土をコネて動物や魚をとかを作り出した。ボクもその中の一人で黙って手の神経を動かした。ちなみにボクはカメを造っていた。何故カメを造ろうと思ったと言うのはホームセンターで五百円玉ほどのカメを最近見たのだ。首をニョキニョキと伸ばした小さいカメだ。特別好きと言った感情はなかったが記憶の縁にとどまっていた。きっとそのおかげだ。ボク的にも良い作品になりそうな勢いだった。
「おぉ!古本!めっちゃくちゃ上手いな!本物のカメみたいだぞ!」
 キーの高い声で眼鏡を着けた男子がボクの後ろから絶品の声をかけた。
 その言葉が教室中に響いた所為か周りにいた学生が集まってボクが造っているカメを見てきた。内容は眼鏡を着けた男子と同じでこのカメを褒めた。
「すげー」
「上手いな!」
「生きているみたい!」
 ボクはいままでにこれ程褒められた事がなかったので正直に言って嬉しかった。神経質そうな女教師もボクの作品を褒めてくれた。
 カメは首をゆっくりと上下に動かしていた。

 ボクはそれからと言うものこの紙粘土で動物や飛行機、自動車、カモノハシ、グルクン、おけら、オニヒトデを美術室にこもって造り続けていた。理由は簡単だ。自信がつきそうだった。ボクが生まれて初めて人から褒められたからだ。
 授業が終わりボクは習慣となった美術室に行き、一人で黙々と静かに白い粘土をこねていた。指にベトベトとへばり付き四角い物体が新しい形に変貌していく。ボクはこの日、アシカを造っていたが変に喉が渇いてべっとりとした汗が額からフツフツと垂れてきた。ボクはポケットに財布が入っている事を確認して美術室から出た。吹奏楽部のボヤけた音を聞きながら打ち放しの階段を下っていく。自動販売機へと向かっていた。
 暑い。炭酸が飲みたい。ボクの喉が炭酸を欲していた。百円玉を入れる、十円玉を入れる。と、財布に指を入れるがコインがない。あと十円玉が足りなかった。ボクは「あー」と静かにボヤいて諦めた時だった。
「何々?十円玉が足りないの?」
 ボクはその声の主に瞳を留めた。桃色の頬と赤い唇を優しくあげてニコニコ笑う髪が長い女学生がいつの間にかそこにいた。
「あ、はい」単発の言葉しかでない。
 けれどもその女学生は皮の財布を鞄から取り出して「十円玉あげる」と言った。
「いやでも」
「別に気にしないで、私の財布小銭が多いからパンパンなの。それに私も炭酸飲みたいから気持分かるの!暑いよね~この時期はね」
 ボクは白い手に十円玉を乗せたその女学生から丸い銅を受け取り自動販売機に投入した。
 カラン!
 軽い音が鳴る。
 ボタンが赤く表示されて、飲み物が選べる権利が得られた事に胸をおろすボクは青いラベルの炭酸飲料の下にあるボタンを強く押した。
 ガゴン!
 冷えたアルミ缶を取り出して爪を引っ掛けて開ける、空気が抜ける音と共にボクの口の中で粒が弾けた。喉仏を動かして飲んでいると女学生も飲み物を買ったらしく『ミカンサイダー』と書かれたアルミ缶を右手に持って言う。
「美味しそうに飲むね。相当喉が渇いてたみないな?」
 フフフと唇を上にあげて笑っていた。

 ボクは美術室に戻っていた。しかしさっきまで造っていたアシカに触る気になれなかった。ただ白い机にうつ伏せになって目を閉じていた。
 翌日ボクは昨日の自動販売機の前に立っていた。特段これといった飲み物が欲しいと言う事ではなかった。そうだ、名前も知らない、学年もわからない、あの女学生に会いたかったのだ。不思議と昨日ボクに見せてくれたあの笑う顔が見たいと思ってしまうのだ。財布を見る今日は夏目漱石が三枚入っていた。
 次の日も、そのまた次の日も自動販売機の前に来ていた。しかしあの女学生には会えなかった。ボクは時たま教室を移動する際にあの女学生の姿を見た。けれどもその距離は遠く声をかけるのは無理で、いやいや、まず僕が異性に声をかけるなんてまず無理なのだが、でも女学生の後ろ姿を見るだけでもボクは嬉しくなっていた。
 そんなある日の事であった。美術室に通い続けていたボクは造ってはすぐに飽きてしまう粘土を前にしてボーと眺めて座っていた。それに造りかけのアヒルは静かだった。気分転換に美術室のベランダに出て息を吸って、外を歩く学生を見ていた。するとだその中にあの女学生も友達と一緒になって歩いている。楽しそうに笑っていて何かの部活中かな?と考えているとボクはその彼女の表情を瞳に映している。その所為だ。ボクの中で何かが沸き上がってきて両手に神経と熱が沸騰しそうになった。ボクは途端に美術室に転がる様にして戻り、ありたっけの紙粘土を集めてこねはじめた。指にまとわりつく。ボクの吐息も粘土にまとわりつく。時計の針の音とボクの心臓の音しか聞こえない美術室の中、すっかり窓からの光は消え暗闇に向かって必死にそれを造っていた。瞳に映っていたそれを忘れないようにして記憶のパーツを一つずつ組み合わせて再現した。

 光が射す。ボクは眩しくなって目を覚ました。どうやら美術室で一夜を過ごしたらしい。涎を拭って机に視線を送った。
 桃色の頬と赤い唇を優しくあげてニコニコ笑う髪が長い女学生がボクを見ていた。だがしかし、首から上の女学生だった。
 ボクは思わず驚いて椅子から腰を落として叫んでしまう。白い紙粘土の女学生はそのボクの様子を見て優しく笑っている。分かっている。これはボクが造ったと言う事を、でも途中から記憶がない、何時これを造り上げたと言う事も分からない。しかしボクはその女学生の頭に向かって言ってしまうのだ。
「おはよう」
 それに返事をするようして、紙粘土はニコニコと笑っていた。

 授業が終わりボクは急いで美術室に向かった。教室の扉を開ける。美術室にあるロッカーを開ける。そこには楽しそうに笑っている女学生の頭があった。
 ボクはその女学生に声をかけて話し始めた。彼女は常にニコニコと笑っている。ボクは家に帰った後、至るところのスーパーに寄って紙粘土を買って歩いた。また美術室に保管してある紙粘土を開いてこねる。
 右手、左手、胴体、脚、それは丁寧に造り上げられていく。そして着色する。
 そこには女学生と瓜二つの紙粘土の女学生が居た。美術室の奥の部屋の椅子に座り此方を向いてニコニコと笑う。ボクはその愛しさのあまりに時間を忘れて喋りかけてしまう。彼女はボクの話を聞いて瞼を動かし、頷いて首を上下に降る。ハラリと髪の毛が額にかかると白い指で掃う。
 しかしどんなにボクが喋りかけても彼女は答えてはくれなかった。

「ん?古本、何を調べているんだよ」
 声が高い眼鏡をかけた男子が携帯をいじるボクに言う。
「声帯についてだよ」
「声帯?」
「声が出る理由を調べてんの」
「お前、俺の声が変だからって!」
「何々?膜に空気をあてて振動させる…この筋肉を造ればいいのか?」
 ボクはこの眼鏡男子を適当にあしらい美術室に向かう。

「これで君は喋れるはずだ」
 ボクはそう言うと目の前に座る女学生は頷いて口を動かした。
「こん、に、ちわ」
 なるほど、声の筋肉を覚えさせるのは大変そうだ。けども綺麗な声だった。

「なぁ、最近の噂でさ夜になると女の声が美術室から聞こえてくるってよ」
 眼鏡をかけた男子は高い声を震えなら言う。
「古本、毎日通っているだろ?美術室に?変わったことないのか?」
「ない」
 ボクとこの眼鏡男子は廊下を歩いていた。次の授業が移動しないといけないからだ。とその時「岩下くん!」聞き覚えのある声だった。ボクはその声の主に目を向ける。あの自動販売機の前でボクに十円玉を渡し優しく微笑んだ女学生だった。そしてその声はボクの隣にいる眼鏡男子に渡されたものだった。
「柳田さんそんな大きな声で呼ばないでくださいよー!恥ずかしい…」
 眼鏡男子は照れて笑う。
「何、照れてんのよ。こっちまで恥ずかしくなるでしょ?フフフ」そして女学生は優しく笑う。
 ボクが黙って二人を見ているとその事に気づいたらしく眼鏡男子は話す。
「あ、この人は柳田さんって言って三年生なんだ!ちなみに俺の彼女でさぁ。部活で仲良くなったというか…」
「岩下くんの友達?よろしくねー」
 ボクはただ「はい」とだけ返事をした。そうした後に言葉につまりながら言う。
「あ、あのこの間の十円玉。ありがとうございました」
 その言葉に女学生は困ったような表情をした後に「十円玉?何のこと?」と言った。
「自動販売機の前でボクにくれたんですよ…」
「んー、ごめんね、覚えてないや」
「そうですか…」
 ボクとの会話は終わり眼鏡男子と女学生は楽しそうに話す。ボクはその光景に気分が悪くなり一人で歩いていた。
 美術室に向かう。

「やっと、君の名前がわかったよ…でも何故だかその名前を君向かって呼びたくないんだ…」
 ボクの言葉に優しく微笑み答えてくれた。
「なら、呼ばなくていいんですよフルモトくん」
 椅子に座り赤い唇を振動させてボクの名前を呼ぶ彼女は可愛かった。
「でもボクは名前で呼ばれているのにさ…やっぱり呼ぶことにするよ。ヤナギダさん」
「はいフルモトくん」
 あぁ…なんてボクは幸せなんだ。ボクは彼女の頬に口づけをした。

 そんな時を過ごしたある日だった。
 数学の授業を受けてあくびを三度繰り返して唾を飲み込んだ瞬間だった。廊下の奥から悲鳴に似た声が響いてきた。
「美術室から煙が出てるぞ!火事だ!火事だ!」
 ボクは椅子から立ちあがる。
「おい!古本、どうした?」眼鏡男子は言うがボクは無視して教室から飛び出した。廊下にある窓を超えて見ると美術室から熱そうな煙が空に伸びている。息を荒くして死にそうになりながら全力で走る。美術室の前には教師や野次馬の学生が溢れていた。ボクはかまわず飛び込もうとする。彼女がいるあの美術室に、しかし「何をしているんだ!危ないから近づくな!」強健な体育教師に止められてしまう。
「中に入れさせてください!」
「馬鹿か!入れるわけないだろ!死にたいのか!」
 ボクはただ泣く事しかできなかった。膝を床につけて灰色の煙を吸いこみ蒸せて、思い出も燃えていくその扉の向こうをにじんだ目で見ていた。

「おい、聞いたか?美術室に三年生の柳田っていう女生徒があの火事で死んだって」
「可愛そうに骨しか残っていなかった。って噂だ。」
 ボクの後ろの席で教室の男子が会話をしていた。そしてそのボクのそばで目の下に大きなクマを作っている眼鏡男子がいた。そしてボクに言う。
「あれから一週間たつけど、現実味がないよ…」
 その言葉に静かに述べる。
「ボクも意味がわからないよ」
 あの時火事で燃え去ったのはボクが造った『女学生』ではなかった。岩下の彼女である柳田であった。ボクも理解が出来なかった。
 あのボクの造った彼女は一体どこに行ったというのだ…

 ボクは考えすぎて喉が酷く渇いた。だからだ自動販売機の前に立って炭酸飲料を飲もうとしていた。財布を開ける。コインを投入するが思わずため息が出た。十円玉が足りなかった。ボリボリと頭をかいた時であった。
「十円玉が足りないんですか?フルモトくん」
 背後から聞き覚えのある声が聞こえた。瞬時に振り返る。
 そこには桃色の頬と赤い唇をあげてニコニコ笑う髪が長い女学生がいや『彼女』がいた。でも何故かその笑顔には優しさは感じ取れない。
 でもボクは彼女を好きでいられる自信があった。

生命かみ粘土

生命かみ粘土

ボクに十円玉を渡し優しく微笑んだ女学生だった。

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-09-04

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