ぼくの家族を紹介します

 呼ぶと出てくるよ。
 フローリングの床から、テーブルの下から、おじいちゃんが趣味で集めている絵画の中から、ぬっと出てくるよ。ごましおくん。
 ごましおくんは人の形をしているけれど、人間ではないよ。血は緑色だし、からだをどろどろの液体にすることができるし、水の中でふつうにしゃべることもできるし、五階の窓から飛び降りたって怪我ひとつしない。ぼくはおじいちゃんと、おばあちゃんと、おかあさんと、おかあさんの妹と住んでいるのだけれど、おかあさんは仕事でほとんど家にいなくて、おかあさんの妹も恋人のところに入り浸って月に一日か二日しか帰ってこないものだから、ごましおくんも含めた四人家族と言っても過言ではないね。おじいちゃん、おばあちゃん、ぼく、ごましおくん。
 ごましおくんはその名の通り「ごましお」が好物で、ぼくがはじめてごましおくんに出逢ったのもうちの台所で、ごましおくんは皿に開けたごましおをごま、塩、ごま、塩の順でひと粒ひと粒ずつ食べていたのだったか。そのときは家の中であるのに何故か霧が出ていて、白い霧に映るごましおくんのシルエットがごそごそ怪しく動いていたので、最初は泥棒かと思った。泥棒かと思ったので掃除用のほうきを剣のように携え近づいたら、ぼくとおなじくらいの背丈の男の子がごましおを食べていたのだった。
「びっくりしたァ」と、ごましおくんは言った。
 それはこっちのセリフ、とぼくは答えた。ごましおくんは、笑った。ごましおくんの笑った顔は、あつあつのパンケーキにのせたバニラのアイスクリームがじわわと溶ける様を思い起こさせた。
「おなかが空いてたの、ごめんね」
 ごましおくんは皿の上のごましおのごまをひと粒、ひょいっと口に入れた。
 ごましお、好きなの。ぼくがそう訊ねたら、ごましおくんは目を見開いて「これ、ごましおっていうの?」と問うてきた。ごましおを知らない人がいるのかと、ぼくはおどろいたが、世の中には誰もが知っていて当然の物を知らない人がいたって別におかしくはないよな、とすぐに思い直した。世界は広いのだ。人間はたくさんいるのだ。人間の中にも、いろんな種類の人間がいるのだ。地理の授業で世界の国の人々の生活や習わしに興味を持ち、それらを取り上げている本を毎日のように読んでいた頃だった。しかしまさか、そもそも人間ではなかったとは。
 ごましおくんはときどき、ぼくらと一緒に夕飯を食べるよ。
 おじいちゃんもおばあちゃんも、ごましおくんのことをぼくの友だちだと思っている。ちがうよ。ごましおくんはりっぱな家族だよ。ぼくが呼ばないと姿を現さないだけで、壁と壁のすきまや、天井裏や、床下に、住んでいるんだよ。
 ごましおくんの最近のお気に入りは、ゆでたまごである。半熟のゆでたまご。おかあさんが海外で買ってきたエッグスタンドに立てて一度食卓に並べてみたところ、ごましおくんはスプーンですくって食べるそれにえらく感動したのだった。それ以来、ごましおくんが夕飯にいるときにはかならず、エッグスタンドにのった半熟ゆでたまごが用意される。ごましおくんではなく、ゆでたまごくんと呼んでやろうかなと思い始めている、今日この頃である。
 そういえば昨日、ごましおくんと串カツを食べる夢を見た。
 ごましおくんは、
「おいしい、おいしい」
と言いながら、串カツをばくばく食べていた。ぼくは串カツの付け合わせの山盛りキャベツを、もりもり食べていた。あつあつのホットチョコレートにマシュマロをひとつ落として、スプーンでかきまぜたときのあの、マシュマロがふわあと溶けていくような笑みを、ごましおくんは浮かべていた。
 ごましおくんと出逢ってから、何故だか、ごはんを食べている夢ばかり見るよ。ごましおくんとね。
「ごましおくん、ごましおくん」
 勉強があまりにも捗らないものだから、ぼくはごましおくんを呼んだ。数学は苦手だ。理科も。地理がいちばん好きで、国語がいちばん得意だ。
「呼んだ?」
 ごましおくんは、ぬっと現れた。机の上に開いていた数学の教科書から、ぬっと頭を出して、顔を出して、首のところで止まった。まるで生首だ。
「ごましおくん、ラーメン食べたくない?」
「おお、食べたいねェ。ぼく、とんこつラーメンがいいな」
「ぼくは野菜炒めたっぷりの味噌ラーメンかな」
などと会話しながら、ぼくは今日もごましおくんと暮らす。
 おとうさんはいないよ。おかあさんも、いないようなものだよ。
 でも、ぼくにはちゃんと家族がいるよ。うれしいね。ありがとう。

ぼくの家族を紹介します

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-08-27

CC BY-NC-ND
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